2. 精密検査
2.1 生態系の安定性
海湾の生物構成比が大きく変化している、もしくは安定した生態系ならばいるべき種がみられなかったということは、その海湾の生態系が不安定な状況にある可能性を示唆している。この場合、対象海湾の生物組成に影響を与える生息空間と生息環境について詳細な調査を行う。
2.1.1 生物組成(分類群毎の漁獲割合の推移(生態−1))
再検査において特定した魚種の変化要因を推定し、精密検査を実施する。
養殖藻類については、他の生物と異なり、自然の生物構成要員と位置付けることに問題が残る。特に、その漁獲高(=資源量)の増加が、生息環境の良好さや生態系の安定さを示すものではなく、逆に生態系を不安定にする要因になりうることに注意が必要である。
(1) 生息環境
水質については、公共用水域水質測定結果や浅海定線調査結果等既存の調査結果が利用できる場合は、それらを用いて対象魚種の変動との関係を調査する。利用できる調査結果がない、もしくは不足している場合は、現地調査を行う。この場合、魚介類の生態と関係があるとされる水温、塩分、pH、DO、COD等の項目について年間を通した調査を行う。藻類の生息環境については、藻類の成育に関係するとされている水温、光、栄養塩、流動について調査を行う。
対象魚種が底生系魚介類であった場合は底質調査も行う。底質については、粒度組成、有機物含有量、酸素消費速度実験等について主に夏季を中心に調査を行う。
測点の配置は、水平方向には対象魚種および藻類の生息域内(貝類の場合は生息場とその沖合い)を網羅するように設定し、鉛直方向には最低でも上中下の3層設定する。また、「
生態−5」の結果を参照し、有害物質による汚染の履歴についても調査を行う。
(2) 生息空間および利用空間
干潟や藻場等生息空間および生活史のある段階で強く依存する利用空間の変動については、一次検査の「
生態−3」で用いたデータを参照し、対象魚介類の変動との関係を調査する。
藻類の生息空間については、藻類の付着基盤等の変動を調査する。
(3) 餌環境
餌環境については、対象魚種の生活史における餌量源を調べ、その量、有効性等について調査を行う。具体的には動・植物プランクトン、小魚、デトリタスの量やサイズ、他の競合種との関係について調査する。
(4) 漁業被害
赤潮・貧酸素水塊等による漁業被害については、各県の水産試験場等が有する既存資料を用いて過去に遡り調査を行う。
2.1.2 生物組成(生物の出現状況(生態−2))
再検査で行った定量的な調査結果から、出現した生物を食性毎に分類して、「何を食べている生物がいないのか」を明らかにする。一方、特定の生物が優先的に繁殖していることなども、海湾の不健康の一因であることが考えられるため、「何が増えすぎているのか」についても調査する。調査対象とする生物および結果のまとめ方の例は、以下の表IV-1に示すとおりである。
表IV-1 精密検査における調査対象生物
|
動・植物プランクトン |
ベントス |
海藻類 |
マグロ |
メガロ |
付着生物 |
磯 |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
砂浜 |
- |
○ |
- |
- |
- |
干潟 |
○
(付着珪藻) |
○ |
○ |
○ |
○ |
人工護岸 |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
海底 |
- |
○ |
- |
- |
- |
表IV-2 再検査で出現した生物のまとめ方の例(磯場の精密検査の例)
生物分類 |
生物種名\餌量 |
栄養塩 |
懸濁物中の
有機物 |
堆積物中の
有機物 |
死肉 |
付着藻類 |
動物
プランクトン |
植物
プランクトン |
海藻 |
小動物 |
植物プランクトン |
植物プランクトンA |
○ |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
植物プランクトンB |
○ |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
植物プランクトンC |
○ |
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|
|
|
|
|
|
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動物プランクトン |
動物プランクトンA |
|
|
|
|
|
|
○ |
|
|
|
動物プランクトンB |
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|
|
|
|
|
○ |
|
|
|
動物プランクトンC |
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|
|
|
|
|
○ |
|
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マクロベントス |
フジツボA |
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○ |
|
|
|
○ |
○ |
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フジツボB |
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○ |
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|
○ |
○ |
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カサガイA |
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○ |
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カサガイB |
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○ |
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カサガイC |
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○ |
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巻貝A |
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○ |
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○ |
○ |
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巻貝B |
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○ |
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|
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付着生物 |
巻貝C |
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○ |
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巻貝D |
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○ |
○ |
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イソギンチャクA |
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○ |
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イソギンチャクB |
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○ |
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○ |
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イソギンチャクC |
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○ |
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○ |
メガロベントス |
ウニA |
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○ |
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ウニB |
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○ |
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節足動物A |
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○ |
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カニA |
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○ |
○ |
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○ |
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カニB |
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○ |
○ |
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○ |
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カニC |
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○ |
○ |
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○ |
海藻 |
海藻A |
○ |
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海藻B |
○ |
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海藻C |
○ |
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|
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再検査によって出現した生物を食性で分類することにより、低次の食物連鎖構造のどこが悪化しているのかを調べる。表IV-2には出現した生物が何を食べているかが網羅的に表示でき、食物連鎖のどの部分が欠損しているのかが理解できるようになっている。
また、この項目における“不健康”の原因としては、生息環境の悪化、生息空間の不安定化、生物間同士の競合(外来種増殖による在来種の駆逐、死骸による汚濁化、特定生物の突発的増殖による摂食圧など)などが挙げられる。
(1) 生息環境
生息環境として水質調査を行う。公共用水域水質測定結果や浅海定線調査結果等既存の調査結果が利用できる場合は、それらを用いて対象生物との関係を調査する。利用できる調査結果がない、もしくは不足している場合は、現地調査を行う。その場合は海水の栄養塩濃度や底質調査項目(COD・T-N・T-P・強熱減量・粒度組成)を測定する。現地調査は年間を通じて行うことが望ましい。また、「
生態−5」の結果を参照し、有害物質による汚染の履歴についても調査を行う。「
生態−5」が再検査においても“不健康”であると診断された場合は、現地調査を行い、底質中の人為由来の有害物質や生物体に蓄積が考えられる有害物質濃度(ダイオキシン、カドミウム、鉛など)を測定する。現地調査は年1回程度行うことが望ましい。
(2) 生息空間
人工護岸には生物の生息の場となるような工夫が施されているか、砂浜の砂の安定性に問題はないか、車両等の侵入など人為的な擾乱の有無について調査する。
(3) 生物的要因による異常
ムラサキイガイなどの外来種は、天敵もいないことやその生産速度の早さから優占的に増殖する。その後、自らの重量で基質から剥がれ落ち、海底で腐って結果的に海を汚す。このように、特異的に増殖している種が確認されたときも、生態系の安定性を損なう可能性があるのでその生態について調査する。対象生物に関連する既存資料が利用できる場合はそれらを用いて関係を調査する。利用できる調査結果がない、もしくは不足している場合は、現地調査を行う。その場合、対象生物の生活史を調査し、飼育実験などによって増殖速度、摂餌速度を分析する。
しかし、しばしば起こる突発的な生物の増殖現象などは、自然の治癒能力の一面であるといった可能性も示唆されているので、そのような場合は生物的にも化学的にも多角的な調査や検討が必要である。
2.1.3 生息空間(藻場・干潟面積の推移(生態−3)、海岸線延長の推移(生態−4))
藻場・干潟・自然海岸線が減少しているということは、その場に生息する生物の減少と、生活史の一部としてその場に依存する生物の減少も示唆し、生態系を不安定にする要因となり得る。また、近年明らかになってきた水質浄化機能の減少についても懸念される。
(1) 人為的改変の履歴
埋立て等人為的改変の内訳・面積を経年的に整理する。
(2) 潮位振幅および平均水面
潮位振幅の変動については、一次検査の「
物循−2」の調査結果を参照する。また、平均水面の変動によっても干潟面積が変化するため調査を行う。データは、「物循−2」で用いた朔望平均満潮位と朔望平均干潮位の平均をとって平均水面とした。図IV-5に各海湾ごとの平均水面の変遷を示す。これから、長期的な海面昇降の傾向が見て取れる。主な特徴としては、有明海の全ての検潮所および大阪湾の大阪検潮所で海面上昇が顕著な点である。有明海の各検潮所では10〜20cm程度の海面上昇がみられる一方、大阪では50cmにもおよぶ著しい海面上昇がみられた。
(3) 土砂供給および侵食
河川からの土砂供給量の減少および沿岸流動の変化に伴う場の消滅については、既存の知見を用いる。
(4) 藻類の生息空間
藻類の生息空間については、藻類の付着基盤等の変動を調査する。
(5) 藻類の生息環境
生息環境については、藻類の成育に関係するとされている水温、光、栄養塩、流動について調査を行う。公共用水域水質測定結果や浅海定線調査結果等既存の調査結果が利用できる場合は、それらを用い、利用できる調査結果がない、もしくは不足している場合は、現地調査を行う。測点の配置は、水平方向には対象藻類の生息域内を網羅するように設定し、鉛直方向には対象藻類の生息層まで多層に設定する。
(6) 磯焼けや食害
磯焼けや食害等に伴う藻場の消滅については、原因究明のための調査を行うが、磯焼けの原因については、未だに諸説あり明らかになっていないのが現状である。食害についても、食害生物の異常発生等、原因を究明することが困難な場合がある。
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【データ出典】
有明海以外: JODCホームページおよび気象庁潮位表
有明海: 1970〜1972 気象庁データ
1973〜1996 気象庁「潮汐概況」
1996〜2000 気象庁「潮汐観測原簿」
注) ここでの平均水面とは朔望平均満潮位(H.W.L)と朔望平均干潮位(L.W.L)の平均を示す。
図IV-5 海湾ごとの平均水面の経年変化
2.1.4 生息環境(有事物質(生態−5))
有害物質が存在するということは、海湾に生息する生物の生息環境が悪化しており、その存続が危機的状況にあることを意味する。
一次検査で不健康の判定の原因となった物質について、海域および河川域の水質、底質、生物における有害物質調査を行う。また、有害物質発生源(大気、河川、処理場排水、船起源、構造物起源等)についても調査を行う。水質については、通年調査を行い、底質および生物調査は任意の時期に年1回程度調査を行う。
2.1.5 生息環境(底層水の溶存酸素濃度(生態−6))
海湾内の調査点の過半数で貧酸素(3ml/L以下)が観測されているということは、底生系生物の生息にとって深刻な環境悪化が生じていることを意味する。
富栄養化海域における一般的な状況としては、成層する夏季に上層からの酸素供給量が減少し、底層での貧酸素化を招くことが知られている。これは、植物による基礎生産が可能な生産層が躍層より上に位置するか下に位置するかによって貧酸素化の進行を大きく左右する。富栄養化の進行した海湾では、透明度が低く生産層も薄くなっていることが多い。そのため、生産層は躍層より上に位置し、上層では酸素過飽和、底層では貧酸素状態になってしまう。また、富栄養化海域では、異常発生したプランクトンの死骸や排泄物等が底層に堆積し、その分解過程で酸素消費が増大し、貧酸素化をいっそう早めている。さらに、底層が貧酸素化することにより、底生系生物が減少し水中の懸濁態有機物や堆積物の除去能力が減少するため、貧酸素化しやすくなる“負のスパイラル”現象が生じることもある。
溶存酸素濃度は、生物の生息環境の重要な要因であるが、貧酸素化の原因については上記のように湾内の物質循環を調査しなければならない。このため、ここでは、湾内溶存酸素濃度の詳細調査を行い、原因の究明については、【物質循環の円滑さ】の底層水の溶存酸素濃度における精密検査を行う。
(1) 溶存酸素濃度の詳細調査
一次検査および再検査で把握した、対象海湾における貧酸素化がもっとも深刻な時期を選び、溶存酸素濃度の詳細調査を行う。調査点は既存のデータから貧酸素化が恒常化している海域を中心として任意の点数を配置し、鉛直方向に連続観測を行う。
2.2 物質循環の円滑さ
海湾内の物質循環過程の調査を行い、物質収支としてまとめ、どの過程が対象海湾内の物質循環の円滑さを阻害しているかについて検討する。
2.2.1 負荷、海水交換(滞留時間と負荷に関する指標(物循−1)、潮位振幅の推移(物循−2))
海湾に流入する負荷量が、その海湾の海水交換能力と比べて過大であり、海湾内の水質環境に大きな影響をおよぼしている可能性がある。
潮位振幅の減少は海水交換能力の低下を意味する。さらに潮汐流が弱くなることによって、堆積物の分布等にも影響を及ぼすことが推測される。
(1) 海水交換能力
海水交換能力を総合的に評価する方法としては、湾口部での詳細な流動および潮位の調査や、流動シミュレーションによる検討調査がある。後者は気象や埋立て等による海湾容積および地形の変化など下記の要因を考慮した流動シミュレーションを実施し、海水交換能力の変化を把握することができる。流動シミュレーションを行うには数値モデルとそれを使用するための特別な知識が必要となるため、有識者からの助言を得て実施する必要がある。
(2) 気象要因
淡水流入量は気象条件によって変化する。多雨の年においては、当然ながら海湾に流入する淡水は多くなる。さらに、風の条件も海湾の流系を支配する要因となる。このような気象要因からなる流系の変化が海湾の海水交換能力に変化を及ぼすと考えられるため、気象要因の調査を行う必要がある。
調査方法は、該当海湾近郊のアメダス地点のデータを収集し、経年的な降水量の比較を行い、海湾に流入する淡水量変化の検討を行う。さらに、同じデータから風速・卓越風向の経年変化を検討する。
(3) 海湾の埋立履歴
海湾内の埋立ての進行に伴って潮位振幅の減少が見られることから、埋立て面積の増加が原因の一つであると考えられる。一般に閉鎖性海湾の潮汐は、湾口から入射する潮汐波と湾奥での反射波が共鳴することにより増幅され定在波的に振舞う。その結果湾口で潮位振幅は小さく、湾奥で潮位振幅は大きくなる特徴を持つ。ところが、埋立等により湾口と湾奥の距離が減少することにより、この共鳴の程度が小さくなり潮位振幅が小さくなると考えられている。そのためにも、海湾における埋立の程度を把握しておくことが必要となる。
調査方法としては、年代ごとに埋立面積の変遷を整理し、潮位振幅の推移を比較することにより、潮位振幅の減少の原因を探る。
2.2.2 基礎生産(透明度(物循−3)、プランクトンの異常発生(物循−4))
一般に赤潮のようなプランクトンの異常発生は富栄養化の進行を示す指標とされているので、一次検査で不健康とされた場合は対象海湾が富栄養化していることを意味する。プランクトンの異常発生は漁業被害を引き起こし、海域の除去能力を減少させるだけではなく、異常発生したプランクトンが底生系に沈降・堆積し底質悪化を招く原因にもなる。また、間接的な要因としては、二枚貝等プランクトンの捕食者の減少が赤潮を長期化させる原因であることも指摘されている。
(1) 透明度の支配要因の特定と変動要因
対象海湾において、透明度を決めている最も支配的な要因を特定する。一般的には、富栄養化海域では植物プランクトンを含む懸濁態有機物であり、有明海のように底泥の巻きあがりが激しい海湾では鉱物由来の懸濁粒子であると考えられる。この特定のためには、透明度とこれら支配要因物質との相関関係を調べ、相関関係の強いものを支配要因と特定する。
透明度の支配要因を特定した後、何故対象海湾で透明度が変化したかについて調査を行う。支配要因とその変動に関わる項目の経年的な変動について既存データがあればそれらの整理を行う。既存の調査結果がない、もしくは不足している場合は現地調査を行う。調査項目は、富栄養化進行型海湾の場合は、主に植物プランクトンを含む懸濁態有機物の変動に関わる項目で、透明度、光量子、植物プランクトン、懸濁態有機物濃度、Chl-a濃度、栄養塩濃度等であり、鉛直方向に多層に観測層を設ける。懸濁粒子の巻きあがり型海湾では、主に懸濁粒子の巻きあがりに関する項目で、透明度、懸濁粒子量、鉛直循環の強さ等である。
(2) 赤潮発生と各種要因との関係
赤潮発生時期の気象データ、水温、栄養塩濃度の整理を行い、赤潮発生と各種要因の関係について把握する。気象データはアメダスデータから日射量や気温、降水量等を利用することができる。水温および栄養塩濃度については、公共用水域水質測定結果や浅海定線データを用いる。また、「
生態−1」や「
物循−7」の漁獲統計データを参照し、プランクトンの捕食者との関係についても整理を行う。
(3) 基礎生産力
この項目の本来の目的である基礎生産力について調査を行う。変動に関わる項目の経年的な変動について既存データがあればそれらの整理を行う。既存の調査結果がない、もしくは不足している場合は現地調査を行う。調査項目は、透明度、光量子、植物プランクトン、動物プランクトン、Chl-a濃度、栄養塩濃度等であり、鉛直方向に多層に観測層を設ける。富栄養化進行型海域の場合は、(1)の調査項目と同様になる。調査は最低でも四季行うことが望ましい。
2.2.3 堆積・分解(底質環境(物循−5)、底層水の溶存酸素濃度(物循−6))
海湾内の調査点において底質環境の悪化もしくは無酸素状態(0.5mg/L以下)が観測されているということは、底生系環境において生物が排除され、上層から沈降し底泥に堆積した有機物が速やかに分解せず、底泥からのリンの溶出増大等、海湾内の物質循環が円滑ではない状況を表している。
富栄養化海域では、異常発生したプランクトンの死骸や排泄物等が底層に堆積し、その分解過程で酸素消費が増大し、上層からの酸素供給量を上回ってしまうことが起こる。さらに、底層が貧酸素化することにより、底生系生物が減少し水中の懸濁態有機物や堆積物の除去能力が減少するため、貧酸素化しやすくなる“負のスパイラル”現象が生じることもある。このような状態が、底層環境を悪化させ、無生物化を引き起こると考えられる。
(1) 躍層の出現状況
無酸素化の物理的発生要因である躍層の出現状況について現地調査を行う。無酸素化が生じる時期に、水温、塩分、流動の鉛直観測を行い、躍層の出現状況について把握する。また、環境悪化の原因が、底層海水の流動の停滞によるものかどうかについても確かめる。
(2) 生産層の状況
海域における酸素供給過程のもっとも大きな役割を担う基礎生産の状況について現地調査を行う。光量子、植物プランクトン、栄養塩濃度、溶存酸素濃度の鉛直観測を行い、生産層および生産量について把握する。調査時期は、躍層の出現状況の調査と同時期とする。
(3) 水中からの沈降量
セディメント・トラップを用いて上層からの懸濁物沈降量および沈降物の組成を測定する。調査時期は、躍層の出現状況の調査と同時期とする。
(4) 底層における堆積物分解状況
底泥の有機物含有量調査、酸素消費速度実験を行う。調査時期は、躍層の出現状況の調査と同時期とする。
(5) 底生系生物の出現状況
懸濁態有機物の除去に影響する底生系生物の出現状況を調査する。調査時期は、躍層の出現状況の調査と同時期とする。また、「
生態−5」の結果を参照し、有害物質による汚染の履歴についても調査を行う。
2.2.4 除去(底生系魚介類の漁獲推移(物循−7))
底生系魚介類の漁獲が減少するということは、海湾内、特に底泥内にかつては系外へ持ちだされていた物質が蓄積されていくことを意味する。
ここでは、一次検査では除外していた藻類養殖についても考慮し、湾内からの除去についてより詳細な検討を行う。ただし、藻類養殖については、海域により施肥を行っている場合があるので、単純に漁獲量を除去量として評価できない可能性があるので、注意が必要である。調査方法としては、漁獲量を炭素、窒素、リン等の元素量に換算し、海湾内の物質循環諸過程の物質量との比較を行う。
また、必要に応じて、大きく漁獲高が減少した魚種について減少要因の調査を行う。調査方法は「生態−1」の精密検査項目に準ずる。
2.3 その他
ここでは、【生態系の安定性】と【物質循環の円滑さ】の各調査項目が再検査においても“不健康”であると判断された場合の精密検査の調査内容を記述した。しかし、日本沿岸の閉鎖性海湾の精密検査において、上記の調査項目で充分であるとは言えないのが現状である。これまでに挙げた調査項目を基本としつつ、各海湾特有の生態系や物質循環について、現場を熟知している水産試験場の職員等が検査項目を検討した上で追加・変更する等、より目的に沿った調査内容となるようアレンジすることも時として必要であると考えられる。