2. 【物質循環の円滑さ】を示す項目
以下には【物質循環の円滑さ】を示すそれぞれの項目について評価・解析方法を示す。さらにデータが存在する項目については、代表6海湾について具体的な数値を示す。
【物質循環の円滑さ】を示す項目は合計7項目で評価を行うが、
1. 負荷
2. 海水交換
3. 基礎生産
4. 堆積・分解
5. 除去
という5つの観点から評価項目を選定している。【物質循環の円滑さ】を示す項目の一覧を表III-5に示す。
表III-5 【物質循環の円滑さ】を示す項目の一覧
観点 |
番号 |
指標項目 |
調査方法 |
調査結果の見方 |
負荷 |
物循-1 |
滞留時間と負荷に関する指標 |
湾内に流入する単位体積あたりの負荷量と海湾の平均滞留時間との関係を2次元のグラフ上で整理する。 |
C0(負荷滞留濃度)というパラメータで適正な負荷量を判断するとともに、高負荷滞留型・低負荷交換型という海湾の特徴を捉える。 |
海水交換 |
物循-2 |
潮位振幅の推移 |
気象庁の潮位表などから検潮所における潮位データを整理する。整理する項目は朔望平均の満潮位と干潮位でその差を持って潮位振幅とする。またそれらの経年変化を整理する。 |
潮位振幅の変化に着目する。 |
基礎生産 |
物循-3 |
透明度 |
公共用水域水質測定結果に基づき透明度の経年変化を整理する。 |
透明度の変化に着目する。 |
物循-4 |
プランクトンの異常発生 |
既存資料に基づき、赤潮の発生件数の経年変化を整理する。
赤潮調査を行っていない場合は、聞き取り調査を行う。 |
赤潮の発生の有無に着目する。 |
堆積・分解 |
物循-5 |
底質環境 |
底質をコアサンプラーや採泥器で採集する。 |
性状や生物の有無を中心に底質の臭いや色にも着目する。 |
物循-6 |
底層水の溶存酸素濃度 |
公共用水域水質測定結果及び浅海定線調査に基づき底層の溶存酸素濃度の経年変化を整理する。 |
溶存酸素濃度が0.5mg/L以下を無酸素状態とし、無酸素状態の頻度に着目する。 |
除去 |
物循-7 |
底生系魚介類の漁獲推移 |
農林水産統計年報に基づき最近10年間の底生系魚介類の漁獲量を整理する。
整理する底生系魚介類は底魚、底生生物、貝類とする。 |
漁獲量の変化に着目する。 |
2.1.1 調査趣旨
単純に負荷量の絶対値(もしくはその増減)では、その海湾にとっての適正量を評価することが難しい。そこで、海湾の物質循環に対するインプットの多くを占める負荷量と海水交換機能のバランスにより決まる、海湾ごとの適正量を把握するためのパラメーターを導入した。
2.1.2 使用データ
必要なデータは、淡水の平均滞留時間、負荷量および海湾の容積である。
(1) 淡水の平均滞留時間
既往調査や既往文献によって淡水の平均滞留時間を調査する。ただし、調査や文献がない場合には、淡水の平均滞留時間を淡水流入量および海湾の平均塩分より簡易的に算定する。
水は自然界で生成も消滅もしないで、保存される。すなわちモデル化した閉鎖性海湾の水量の時間変動は、モデル領域への水流入量から水流出量を引いたものに等しい。
ここで、dV/dtはモデル化した沿岸海域の水量の時間変動量(m3/month)、Qは河川水の流入量、Pは海面への降水量、Gは地下水の流入量、Oは工場排水・下水などによる水流入量、Eは海面からの蒸発量、Rはモデル化した沿岸海域の外洋境界を抜ける水流出量を表す。通常、OやGは他の項と比較すると無視できるほど小さいことが多い。
一般に1年間など、適当な平均時間スケールを考えると、平均水位は一定とみなせるので、(1)式の左辺は0となり、右辺の中で直接観測データから見積もることのできない淡水流出量Rが求められることになる。ここで、淡水の平均滞留時間τfは、問題としている海湾域内の淡水存在量Vƒを淡水流出量Rで割ることにより求められ、次式のように定義される。
湾内の淡水存在量(Vƒ)は次式で求めることができる。
ここでSoは湾外水の平均塩分、Siは湾内水の平均塩分、Vは海湾の体積である。
(2) 負荷量
負荷量は基本情報の収集においてすでに調査されているものを用いる。基本情報の章においても述べたが、詳細な負荷量が算定されていることが望ましいが、そのようなデ一タがない場合は、流量年表(上述)から得られた一級河川流量に公共用水域水質測定結果(上述)の水質濃度を掛けたものから算定する。
(3) 容積
負荷量と同様に基本情報の収集においてすでに調査されているものを用いる。
2.1.3 調査手法
海湾に流入する負荷量が適正であるか、過大/過小であるかを判断する指標として、
次式に示す指標を導入する。
ここで、Coは「負荷滞留濃度」と呼ぶこととする。 Fは物質の負荷量、τƒは淡水の平均滞留時間、Vは海湾の容積を示す。このCoは濃度の次元を持ち、流入負荷量起源による物質の湾内の平均濃度とも言える。このパラメーターを用いることにより異なるスケールや異なる海水交換特性を持つ海湾での平均濃度を同等に評価できる。このパラメーターは、河川負荷量Fが多いほど、またτƒが長いほど、大きな値となり、逆に、Vが大きいほど小さな値となる。
このCoを算定することにより湾の規模や海水交換を考慮した上での海湾固有の負荷量を評価することが可能となる。
2.1.4 調査結果の評価手法
後述する主な海湾のデータとその海湾の環境情勢を勘案して、「海の健康度」の評価基準は以下のよう設定する。
各水質項目のCo(負荷滞留濃度)が以下の基準値を越えないこと。
COD:0.2mg/L T-N:0.2mg/L T-P:0.02mg/L
2.1.5 調査結果の事例
算定結果を表III-6に示す。
表III-6 Co(負荷滞留濃度)の算定結果
|
東京湾 |
伊勢湾 |
三河湾 |
大阪湾 |
周防灘 |
有明海 |
博多湾 |
洞海湾 |
τ ƒ (月) |
1.0 |
0.7 |
1.1 |
1.9 |
6.4(注 |
4.1 |
0.5 |
0.2 |
湾容積(km3) |
17.9 |
33.9 |
5.5 |
41.8 |
92.0 |
34.0 |
0.67 |
0.09 |
COD |
負荷量(t/day) |
286 |
351 |
36 |
352 |
52 |
47 |
- |
- |
Co(mg/L) |
0.48 |
0.22 |
0.22 |
0.48 |
0.11 |
0.17 |
- |
- |
T-N |
負荷量(t/day) |
281 |
189 |
19 |
198 |
49 |
31 |
10.4 |
11.4 |
Co(mg/L) |
0.47 |
0.12 |
0.11 |
0.27 |
0.10 |
0.11 |
0.22 |
0.91 |
T-P |
負荷量(t/day) |
23.0 |
16.0 |
1.0 |
15.0 |
3.5 |
1.8 |
1.26 |
0.53 |
Co(mg/L) |
0.039 |
0.010 |
0.006 |
0.041 |
0.013 |
0.007 |
0.027 |
0.042 |
注)周防灘の値は算定方法が異なるため、参考データ
算定結果から、CODでみると、東京湾、大阪湾で高い数値を示すが、伊勢湾は東京・大阪湾とほぼ同程度の負荷であるのに半分以下の値となっている。これは伊勢湾における淡水の平均滞留時間が最も小さいことに起因している。つまり、海水交換能力が高く、海湾としては負荷に対する許容量が高い。周防灘や有明海は平均滞留時間が大きいので、負荷された物質は海湾内にとどまりやすい。しかし、Coの濃度は比較した海湾の中で最低レベルであり、負荷に起因する水質濃度は高くない。つまり相対的には負荷は過大ではないことがわかる。
このCoに関する諸量の関係を視覚的に理解するために、図III-11に示すように諸量をプロットした。この図は、縦軸に海湾の単位体積あたりの負荷量をとり、横軸に淡水の平均滞留時間をとったものである。図中に負荷滞留濃度の基準値を曲線で示すことにより各海湾の負荷に対する評価が直感的にも理解できる。曲線より外側の領域は基準値を超えており、曲線の内側(原点や軸に近い領域)は基準値を満たしていることを示している。
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図III-11 Co(負荷滞留濃度)と諸量の関係図