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3. 海洋・環境教育の今後のあり方
3.1 学校教育における海洋・環境教育のあり方
(1)共働体制の確立
 学校教育における海洋・環境教育を実践するためには、解決しなければならない様々な問題がある。すなわち、地域の教材や学習環境を取り入れ、グループ学習や異年齢集団による学習などの多様な学習形態を工夫し、地域の人々から様々な協力を得ながら学び、その成果は幅広く学校外にも公表することが大切となる。それは、子どもが学習過程で社会との関わりを実感するためには、地域の人々などの理解が必要となるからである。保護者や地域の人々、公共機関などとの協力無しでは、成果はあがらない可能性がある。一般的には、教育の場としての海の危険性、プログラムの内容による協力者(漁民)の理解、保護者や学校長の理解、指導者の「海の知識」の習熟度の向上などが問題となる。換言するならば、教員を中心とする協働体制の確立が急務と思われる。
 
(2)海洋・環境問題に対応した教材の開発
 総合的な学習の時間に対応したプログラムには多様なものが考えられるし、それに即した知識を解説する教材は多数存在する。しかし、新しい学習指導要領で謳われている「自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力」「学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の在り方生き方を考えることが出来るようにすること」を総合的に指導するための体験及び協力者等のプログラムおよび教材がほとんどないのが現状である。そこで、海洋・環境問題に焦点を当てた、目的に応じたプログラムの開発が急務であり、次いで、プログラムに即した教材の開発が急務である。
 一般的に、子供達を対象に海の環境教育を推進する場合は、やはり学校教育とは異なるフィールドでの楽しい体験ということが重要である。環境教育を事例としてその目標を以下に示す。また、海の環境に対する関心や理解、行動などは年齢や社会的位置付けで大きく異なる。年齢別にみる海の体験教育の目標を表1示す。
[1]海の環境と環境問題に対しての「関心」をどのように持たせるのか
[2]人間と海の環境のかかわりについて、どのように「理解」させるのか
[3]海の環境の状況を「把握・評価」する考え方や方法を教えるには
[4]海の環境の保護と改善の為の「態度」を育むには
[5]問題解決の為の「技能」を身につけ「行動」するには
[6]問題解決の為の活動に「参加」するためには
表1 年齢別にみる海の環境体験教育の目標
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 海での体験教育は非日常的な体験プログラムである。この体験をいかに面白く指導するのか、また自然の脅威(自然現象、危険な動植物、転落・溺死)を教えるのも重要な課題である。
 
(3)小中高校の教職員の基礎知識向上
 海の環境教育や総合的学習の時間としての教育フィールドとしての海洋空間は、陸のそれと比較してもかなり危険性を有するフィールドである。しかしながら、教職員の多くは、単に危険な場所として捉え、事故が発生した場合の瑕疵責任のみを危惧するあまり、積極的に関わらないようにしているのが現状である。それは教育の場としての海、あるいは海洋というものの教育上の本質を理解していないのみならず、責任回避および自分自身の保身を最優先しているからにほかならない。さらに、教職員そのものが、自身が受けてきた教育課程において海を体験していないという問題を有していることも、海を教育の現場としての位置付けから乖離させているものと思われる。
 小中高等学校の教職員を対象とした基礎知識向上の方策としては、第1に海の体験があげられる。海を体験する方法には、海岸や砂浜、干潟、漁港、港湾を対象とする場の経験、次いで、ヨットや漁船などの乗船体験が上げられる。すなわち、自らが体験して、海に接する楽しみや喜びを体感しなければ、海を教育のフィールドとして選択する可能性は失われるであろう。これらの体験をもとに、気象学、生物生態学、社会学、歴史学的な知識を学び、あわせて海の危険性および危険からの回避の方法を学び、最後に子供たちの安全な管理の仕組みを学ばなければならない。
 海に関するさまざまな知識および知見は、既に社会システム上確立されたものがあり、文献から教職員自らが学ぶことができる。しかし、子供たちを海というフィールドで体験学習をさせるための安全管理の仕組みが整備されていないのが現状である。早急に安全管理の仕組みのあり方を検討しなければならないであろう。
 
(4)地域社会との連携
 海を教育のフィールドとして選択した場合、学校独自では全く手に負えないという問題が発生する。第1にどこの海、海岸、漁港、港湾が教育の場として適しているのかという選択上の問題、あるいは受け入れてくれるのかという問題がある。第2にフィールドの管理者が誰であるのか、あるいは誰に許可や協力をもらえるのかという問題がある。第3に船舶チャーターなどの費用の発生に伴う資金的裏づけの問題がある。第4に専門家などの支援や協力を仰ぐ場合の方法が確立されていないという問題がある。第5に安全管理上のシステムの構築を誰が評価し、実行責任者の瑕疵範囲の問題などが挙げられる。
 これらの諸問題に対処するためにも、地域の行政、市民、NGO、NPO、漁業協同組合、漁民などと連携を図る必要がある。また、前述した通り、子どもが学習過程で社会との関わりを実感するためには、地域の人々などの理解が必要となる。
 
(5)海洋環境教育ビジネスモデルの構築
 海洋環境教育にビジネスモデルが関わるのか、あるいは成立するのかという疑問を有するかもしれないが、教育に民間業者やNGO、NPOなどが密接に関わる場合、その教育のノウハウにビジネスモデルの可能性があるということである。また、ここでいうビジネスモデルというのは、利益を生み出す仕組みを意味するものである。特に、情報技術やインターネットを利用して、消費者や取引先とのアクセス手段・商品や行為の選択・決済・配送まで一連の経済行為をシステム化し、さらにそれをモデル化したものを指す場合が多い。
換言するならば、前述の地域社会との連携にあげた諸問題の解決方策の一つとしてビジネスモデルの構築があり、あわせて新しい産業の創出および雇用の機会の増加に寄与する位置付けもあるということである。
 すなわち、ビジネスモデルのコンテンツとしては、[1]海洋環境教育の目標および目的の提供、[2]それに関わる機材および教科書、参考書、教育ツールの紹介および販売、[3]教育および体験プログラムの提供、あるいは新たなプログラムの提案とシステムの構築、[4]フィールドの案内と手続きの仲介および代行、[5]教員に代わる専門家などの人材の派遣および紹介、[6]移動手段、移動ルートの紹介および船舶などの手配、移動手段などの手配、[6]安全管理のシステム構築および教員に代わる安全指導員の紹介などがあげられる。
 
(6)大学・大学院における海洋・沿岸域管理専門コースの設立
 海洋環境教育は、前述の(2)海洋・環境問題に対応した教材の開発に示したように、年齢によって関心や理解、参加までの学習行動目標が異なるため、幼稚園児から大学までの一貫した海の環境問題に関する指導方針や支援が必要と思われる。そのためにも高等教育機関あるいは研究機関において徹底した専門家の育成が急務であると思われる。現在、大学院生を含む大学生の総数は270万人余であるが、そのうち海洋に関わる高等教育機関の学生数は多く見積もっても4,000人に満たないのが現状である。その中でも海洋・沿岸域管理専門に関わる学生および研究者数は極めて少ない現状がうかがわれる。
 海洋・沿岸域管理に関する高等教育機関および研究機関のあり方は、地球温暖化問題、地球総人口100億人の時代に対する地球資源(食料、エネルギー)の枯渇問題、先端産業の育成および新たな産業の創出などに密接に関わると共に、わが国の国際社会における貢献、ひいてはわが国の戦略的資源空間として高度な研究が求められている。
 また、これらの高等教育・研究機関が果たす社会的フィードバックは、高度な研究成果のみならず、わが国の教育の基盤をなす人材の育成にも必要不可欠なものである。それにもかかわらず、これらに関わるの専門家の絶対数が少ないのは問題であると思われる。そのためにも、幼稚園から大学までの海洋に興味や関心を抱かせるような仕組みの構築が求められると共に、地域ごとに海洋・沿岸域管理の専門家を教育する高等教育、研究機関の整備が早急に求められよう。
3.2 社会教育・生涯教育としての海洋・環境教育のあり方
(1)沿岸域管理における海洋・環境教育の位置付け
 地球環境問題や生活の豊かさに関わる沿岸域、あるいはウォーターフロントは「21世紀の海洋開発(近藤健雄著)」に述べられているように、都市再生の中核用地、ホモルーデンスとしての人間の行動欲求、海が有する本質的な心の癒しや潤いに貢献する資質および資源として、明確に位置付けされている。その意味で、まず社会生活における海、沿岸域、ウォーターフロントなどの価値および効用の認知を高めるためにも、社会教育および生涯教育の場としての理解が求められる。
 しかし、海岸や沿岸域のアクセシビリティが極めて限られているのが現状である。そこで、都市あるいは地域ごとに海岸、港湾などのユニバーサルデザイン、あるいは少なくともバリアフリーの整備が緊急な課題であると思われる。
 高齢者や障害者がアクセス可能である整備が海岸や港湾などの沿岸域でなされるようになれば、必然的に社会教育、生涯教育の場として真に海が開かれたものとなろう。海辺には都市的に対するオープンスペース効果や人々を癒すキュアー効果、経済的ポテンシャルを高めるインセンティブ効果が認められているので、社会教育および生涯教育の場としては最適な空間と位置付けることができる。
 
(2)地域特性を活かした海洋・環境市民講座の開催
 海洋や海岸は地域の属地性が高く、固有の文化と社会性および自然環境特性を有しているため、市民教育の場としては最適な環境にあるといえよう。兵庫県洲本市では由良の海をテーマとする市民大学講座が市によって開催されており、NPOが実質的な運営を委託されてこれまで7年にわたって継続公開されている。ここに参加している人々は、概ね地域の高齢者や主婦が多く、1回の受講料金が1,000円となっているが、平均受講者数は20〜30名となっている。講座のテーマとしては、海洋環境問題、海の歴史、魚種や漁法、海の生物生態環境、地域の海の料理と美味しい魚、海と陸とのエコトーン、関西空港の建設に関わる効用と負の遺産というように地域と密着した講座内容となっている。
 これによって、地域の人々は地元の海の環境に対して関心が高まり、海岸清掃や環境美化などの活動が活発になってきている。このような、地域の特性や固有の環境資質を顕彰する海洋・環境市民講座の開催が多くなれば、小中学校の海の環境教育や体験学習の理解が高まり、地域をあげた協働体制が整備されるものと思われる。
 
(3)エコツーリズム・ブルーツーリズムの推進
 近年、水産庁と国土交通省(旧国土庁)は相互に協力して、漁村および農村の諸問題を考慮してブルーツーリズム、グリーンツーリズム、エコツーリズムによる地域振興方策を推奨している。エコツーリズムとは、生態系や自然保護に配慮し,旅を通じて環境に対する理解を深めようという考え方、また、そのような旅のしかたのことである。エコツーリズムの対象となる資源は、一般には世界遺産に登録された原始的自然が保全された地域や文化遺産である。その思想は、自然や文化財の保護には、経済的な裏づけが必要との認識に立って、その資源の公開を行っている。
 しかし、その公開に当たっては、一切の人為的干渉を許さず、歩くだけ、見るだけという、極めて制約された条件がある。一方、ブルー・ツーリズムとは、島や沿海部の漁村に滞在し、魅力的で充実した海辺での生活体験を通じて、心と体をリフレッシュさせる余暇活動の総称である。それらには、海辺の資源を活用したマリンレジャーや漁業体験、トレッキングなど様々な体験メニューを来訪者自らが選択し、オリジナルのツーリズムを創り上げていくことができるものである。
 水産庁はブルーツーリズムのねらいを、以下のように整理している。
[1]民ニーズに応える新しい余暇活動の提案
*海辺での長期滞在を可能とする生活体験の場を提供します。
*都市住民のもつ海のイメージをさらに拡げるような、海に関する新たな見方・楽しみ方を提案します。
*都市住民にとって海がレクリエーションの場から「ふるさと」になるような交流を推進します。
[2]離島・漁村地域の活性化(交流・体験事業による効果)
*交流を通じて地域住民自らがそこに住むことに誇りをもつことを推進します。
*新たなサービス産業の創出や地場産業育成を推進します。
[3]漁業と海洋性レクリエーションの調和
*交流や体験事業を通じ、国民の海の利用におけるルール遵守とマナー向上を促進します。
 
(4)まちづくり・地域振興としての海洋・環境教育
 海洋・環境教育の場としての沿岸域は、海岸に隣接する自治体の環境整備の対象であると共に、多くの人々を海に誘うという交流空間としての機能を包含する。それゆえ、開かれた海辺の創出は、地域の経済的活性化並びに都市のバリアフリー整備を推進する契機となるものである。
 また、最近の修学旅行は、従来の神社仏閣や名勝探訪にとどまらず、地域での文化体験、自然体験が主流を占めつつある。そのために、過疎化に悩む山村、農村漁村では修学旅行にターゲットを絞り、その誘致に努力する傾向が強まっている。
 地域の海辺が海洋・環境教育の場として開かれた海に位置付けられると、地域の行政、お土産屋や旅館業などの民間企業、NPOが積極的に関わる契機となり、新たな地域活性化の一助となることが期待されている。
 
(5)海洋・環境教育関連情報データベースと教材・資源マップの作成
 ブルーツーリズム、エコツーリズム、あるいは海の環境資源を体験学習の場として提供し、地域の活性化や振興に貢献しようとしても、地域の海洋情報、環境情報が整理されていないと資源としての利用および活用ができない。また、地域の学校が学習の場として利用するにも、その利用および活用方策やプログラムの作成のためにも、海洋環境の関連情報の整備が不可欠である。さらに、海の気象条件や生物層のデーターは、子供たちの安全管理のためにも必要不可欠のデーターである。
 海に関連した各種情報は国家的役務として整備しているが、教育的視点からのデーター整理とはなっていない。そこで、誰もが判りやすく、視覚的に理解しやすい可視情報として整備しなおすことが重要と思われる。また、これらの情報を教材として利用するためには、情報のアクセシビリティを担保しなければならないであろう。
 
(6)地域に根ざした海洋・環境教育ネットワークの構築
 前述した通り、地域の海洋・環境情報は属地性が高く、固有の自然および文化的諸相を有している。また、それらの地域情報が整備されることによって、地域住民のアイデンティティの醸成や、子供たちの地域に対する夢と希望と誇りを醸成する契機となろう。
 また、海洋・環境教育は学校単一に実施することはかなり困難であるため、行政、NPO、漁業者、有識者などと協働して推進することが望ましい。また、これらの活動を実践したことのある学校や地域との情報交換の場も必要となる。そこで、ビジネスモデルの項でも述べたようなコンテンツを基に、総合的な観点に立脚したネットワークの構築が急務であろう。さらに、情報交換ネットワークの整備と併せて、安全管理マニュアル作成や、事故の際の緊急対策マニュアルなどの整備も必要である。








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