2. 海洋・環境教育の現状
2.1 海洋・環境教育にかかる教育機関の現状
2.1.1. 大学教育
現在、国内には101の国立大学、72の公立大学、312の私立大学(日本私立大学協会加盟校)があり、(社)海事産業研究会の調べ(平成6年)によれば、そのうち海洋・水産関係の大学は33校、海洋・水産関係の研究施設は31施設、理学系生物学科を有する大学および研究施設は52校存在する。このうち、わが国の海洋研究をリードするのは東京大学海洋研究所であり、後述する海洋科学技術センターとならび気候変動予測等の国際共同研究の窓口ともなっている。その対象分野は、海洋物理学、海洋化学、海洋底科学、海洋生態系、海洋生命科学、海洋生物資源等多岐にわたり、まさに、わが国の海洋科学研究の最先端を担っている。
他方、海洋・沿岸域の利用・開発・保全等、より身近で産業界とのつながりも深い学問領域については、工学部の造船系学科および土木系学科が存在しているが、わが国で唯一海洋学部を持つ東海大学や、同じくわが国唯一の建築系学科である日本大学理工学部海洋建築工学科など、ユニークな大学も存在する。
また、古くからわが国の海洋教育をリードしてきた東京水産大学や、東京商船大学、神戸商船大学等もあるが、東京水産大学と東京商船大学は統合される予定になっていることにも注目する必要がある。
このほか、海洋・水産関連では、水産庁所管の水産大学校、海上保安庁所管の海上保安大学校がそれぞれ山口県下関、広島県呉市にあるが、いずれも平成13年4月より独立行政法人となっている。
それぞれの所在地を図1〜3に示す。
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図1 水産系大学の分布
(出典:相模湾沿岸域課題調査 海洋教育・環境教育の視点から、平成7年3月)
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図2 海洋開発系大学の分布
(出典:相模湾沿岸域課題調査 海洋教育・環境教育の視点から、平成7年3月)
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図3 生物系(理学系)大学の分布
(出典:相模湾沿岸域課題調査 海洋教育・環境教育の視点から、平成7年3月)
2.1.2 高等学校
高等学校教育の中では、特に水産系高等学校が海洋・環境教育とのかかわりが深いと思われるが、全国の沿岸都道府県にほぼ1校ずつの割合で分布している。そのうち、北海道、岩手県、千葉県、高知県の4自治体には3校以上の水産系高等学校が存在する。
また、水産系高等学校も、漁業人口の減少や漁業の衰退といった時代の流れを反映し、その生徒数は年々減少する傾向にあるが、近年では、その対応策として海洋・沿岸域環境・開発・保全分野に関連したコースを設置する例が多く、その名称も「○○水産高校」から「○○海洋高校」と変更になっている事例も見受けられる。
他方、旧運輸省所管で全国に8校存在していた海員学校は平成13年4月より独立行政法人となり、その名称も海員学校から、海上技術学校および海上技術短期大学校へと変更となった。
2.1.3 小中学校
(1)総合的な学習の時間
2002年4月から、小学校から高校にいたるあらゆる学年で、新たに設置される「総合学習の時間」が設けられる。総合学習は教科だけではなく、学校が独自に子どもの主体性を尊重しながら内容を決定し、体験・経験学習によって取り組む時間である。
文部科学省は総合学習のテーマ例として、環境や福祉、国際などをあげている。2002年度から学校は週5日制となり、土曜が完全に休みとなる。このため授業時間数は、従来と比較して2割カットとなり、子どもたちの学力低下を危惧する声も聞かれる。
しかし、それにもかかわらず、年間当たりの総時間数が小学生低学年70時間〜中学生130時間にもなる総合学習が設けられた理由は、自然体験、生活体験を含む子どもたちの体験不足に対する危惧が大きかったからである。統合以前の文部大臣の諮問機関である中央教育審議会の中間答申(1997年)では、将来、子どもたちが環境問題などわれわれを取り巻く諸課題に立ち向かうためには、「生きる力」を育むことが最も重要だと述べている。「生きる力」とはすなわち、「いかなる状況においても自ら考えて、判断し、行動する力や健康」。この「生きる力」を育むため、生活体験や自然体験は欠かせないとしている。
教育には、「国や社会のために役立つ知識・技能の修得」と、「生徒ひとりひとりの発達援助」という2つの目的があるが、これまで日本では、どちらかと言えば前者にウエイトがかかっていた。しかし、こうした方向性について、ここ10〜15年で教育政策のあり方が変化してきたように思われる。総合的な学習(子どもの興味・関心にもとづいた、教科の枠をこえた学習)自体は、必ずしも目新しいカリキュラムではなくて、これまでにも紹介されたり、実際に試みられたりしたことがあるが、結局、主流になることはなく立ち消えになってしまった。したがって、今回の総合的学習の登場は、マクロな教育政策の変化を示しているのではないかと考えることができる。
1996年、中教審は「生きる力」「ゆとりの教育」を盛り込んだ教育政策を提案し、それを受けて98年に教育課程審議会は、21世紀に向けた教育政策の中で「総合的な学習の時間」創設と「学校週5日制」の導入を答申した。それが今日の学習指導要領の改訂に至っている。
他方、1997年、当時の文部省は都道府県の教育委員会に「通学区域制度の弾力的運用」を求める通知を出している。また、その翌年に中教審は、文部省の通達の推進を提言した。こうした流れを受けて始まったのが、東京都品川区、豊島区などの学校選択制である。これらの学校では、カリキュラムに独自性を出すために、さまざまな授業改革の試みが行われている。さらに同じ年の98年には、教育職員免許法が改正され、教員資格のない非常勤講師の適用領域の拡大、任用条件の緩和が図られている。
こうした教育制度の構造改革は、米国ではすでに大きなうねりになっていて、たとえば、1992年には「チャーター・スクール」が設立されている他、最近では「バウチャー制度」の導入や「インターネット・スクール」が公認されるところまできている。
学校選択制や米国での新しい学校の試みの教育効果については、まだはっきりしないところがあるが、従来のような教科書中心の授業ではなく、教師ひとりひとりが子どもたちの興味・関心を踏まえたカリキュラムを構想し実践することが求められる時代になってきた、ということである。
わが国において総合的な学習が必要とされるようになった理由は、次のような諸点にあると考える。
[1]画一的価値観による社会から、多様な価値観が必要とされる社会になったこと
[2]情報化社会の進展によって「能力」の概念が変化したこと
[3]豊かな社会になったことにより「モノ」と「ココロ」のあり方が変容してきたこと
当然のことながら、こうした社会の変化に対応して教師に求められる資質も変化してきた。つまり、画一的な教育システムに順応する教師ではなく、自らの創意工夫によって独自の授業を組み立てることのできる教師が求められるようになってきている。
従来の教科指導の目標は、伝統的に、知識や技能の獲得が中心であった。しかし、新しい学習指導要領で謳われている「自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力」「学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の在り方生き方を考えることが出来るようにすること」とは、態度の重要性を盛り込んだものであり、まさに、これまでバズ学習が基本としてきた認知的目標と態度的目標の同時達成を志向したものである。
このような認知的目標と態度的目標の同時達成、つまり知識や技能などの教科内容の修得とともに、さまざまな社会的態度や対人的スキルをともに学ばせていこうとする授業は、協同学習という学習事態でのみ可能となるものである。「互いに協力する技能はもって生まれるわけではない。学ぶものである。」これは「学習の輪−アメリカの協同学習入門−(二瓶社)」の中にある言葉であるが、こうした態度は協同的な学習状況の中ではじめて培われるものである。
前出の日本大学海洋建築工学科近藤研究室では、三番瀬(東京湾に現存する数少ない干潟)の周辺に存在する小中学校を対象として環境教育への取り組みについてアンケートを実施したが、その結果、すでに5校が三番瀬を活動の場とした環境教育に取り組んでいることが明らかになっている。また、周辺の河川を対象とした環境教育及び体験学習の場として活動している小中学校は6校であった。このように、海や河川での環境学習及び体験学習の場として選定し活動している小中学校は11校にもあがっている。
(2)神奈川県内の教育関係機関における海洋問題への取り組み
前出の海洋科学技術センターが平成6〜7年度にかけて実施した「海洋研修に関する調査」では、同センターの所在地である横須賀市内の中学校および神奈川県内の理科・社会の教員を対象に、中学校における海洋問題の取り扱いに関するアンケートを実施した。
その結果、授業で取り上げている科学関係のテーマに関する設問では、環境問題に対する取り組みが重視され、海洋に関するテーマ(海洋科学・海洋開発)については、あまり重視されていないという傾向であった。
わが国は四面を海に囲まれた海洋国家であるという表現がよく用いられるが、実際の教育現場では一般的な取り上げられ方しかしておらず、今後検討すべき課題は多いと考えられる。
なお、本調査では、教育現場で取り上げられている海洋・沿岸域に関する具体的なテーマについては調査をしておらず、今後は教科書で取り上げられている海洋・沿岸域の記述内容も含めた質的な評価も必要である。