4. 事業活動規制法
沿岸域における事業活動の規制に関連する法律は多い。しかし、わが国における沿岸域の利用調整問題の主たるものは漁業との関係で生ずる。以下では、本年度の報告書別稿で、筆者が漁業関連の法制度の全体像を整理していることを前提に、漁業については必要最小限度の整理を施し、他の活動を規制する法制度の主要なものを見ておくこととする。
4.1 漁業法
沿岸域における人間の諸活動を規制する法律(条例を含む)の中で、漁業法による漁業権に裏打ちされた漁業活動が他の海洋利用との調整問題を生じさせることが多い。中でも、公有水面の埋立免許は、事前に、漁業権者の同意を必要とする(公有水面埋立法3条1項)ために、漁業権消滅補償が行われるが、補償基準よりはるかに高い価格が支払われていることは既に述べた。補償金額の大きさ、特定海面で一度消滅した漁業権が、他の漁業権として復活しうること等、漁業権補償については非漁民からの批判も多い。
漁業権の消滅に至らない場合でも、海の新たな利用を試みる場合には、漁業に対する影響が常に漁業者との間で問題になり、一定の金銭の支払が行われることが常態となっている。
漁業権者と釣りやダイビング等の海のプレジャー利用者との利用調整が、漁業権者に対する金銭の支払を前提とする契約(合意)で行われる例も多く、裁判でその正当性が争われた事例もある
15。
他方で、排他的経済水域のみならず、日本全体での漁業が資源管理型漁業に移行する傾向が強まっており、そのような中で、レジャー活動と漁業資源の管理の問題が生じている。
漁業とは直接関連しないが、異なるレジャー相互間でも特定海域の利用に関して利害の対立が生じており、それがかならずしも充分に調整されていない。
4.2 鉱業・エネルギー関係法
鉱業法(昭和25年法律289号)」は、鉱物資源の合理的開発によって公共の福祉を増進することを目的として、鉱業に関する基本的な制度を定めた法律である。一定の種類の鉱物の採掘を行う権利を、土地所有権と切り離して鉱業権として構成し、鉱業権は国が付与するものとする。鉱業権は試掘権と採掘権の2種類であり、日本国民または日本法人のみが鉱業権の主体となる。鉱業法は鉱業権とこれに伴う土地収用、鉱害賠償制度、採掘権者との契約によって他人の鉱区または鉱床で鉱業権の目的となっている鉱物を掘採・取得する租鉱権等について定める。鉱業の合理的な開発のために、鉱業権の交換・売渡し等について通商産業局長の勧告の制度も設けられている。
「深海底鉱業暫定措置法(昭和57年法律64号)」は、第三次海洋法会議の後1980年から82年にかけて、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、ソビエトが、マンガン団塊の開発に関してそれぞれ国内法を制定し、自国の事業者に自己の鉱区として対外的に主張可能な鉱区を政府に申請させ、関係国との間で鉱区調整を経て確定した鉱区を許可する制度を採用したことに対応して制定された。マンガン団塊を対象鉱物資源とし、人的管轄権に基づいて深海底のマンガン団塊の探査・採鉱の事業を許可制によって規制するものである。外国事業者との間で鉱区調整をするメカニズムを定め、許可を得た事業者が独占的に当該深海底鉱区における事業を遂行しうる特権的地位を占めることから、事業の実施、着手、継続、的確な実施等に関して事業者に義務づけをしている。
「石油及び可燃性天然ガス資源開発法(昭和27年法律162号)」は、昭和13年の石油資源開発法に代えて、石油及び可燃性天然ガス資源を合理的に開発するために、採掘方法、補助制度等を定める法律である。採掘方法に関しては流体の侵入等の防止、坑井間隔、ガス油比、坑井の封鎖、掘採の方法に関する命令等について定める。補助金はガスの探鉱をする鉱業権者、租鉱権者に与えられる。大臣が採掘方法等の制限をする際に石油審議会への諮問が義務づけられている。
「砂利採取法(昭和43年法律74号)」は、昭和31年の砂利採取法を全面改正した法律である。旧法は、砂利採取業の健全な発展に資するとともに、砂利の採取と河川の保全等の調整を図るものであった。高度成長に伴う砂利の乱掘が河川の保全上さまざまな問題を引き起こしたために、砂利採取業について事業者の登録、採取場・砂利の種類・採取量・期間等に関する砂利の採取計画の認可、その他の規制を行い、砂利の採取に伴う災害を防止し、砂利採取業の健全な発展に資することを目的として現行法が制定された。この法律によって砂利の供給源が多様化し、河川砂利より山砂利と陸砂利の供給が多くなり、海砂利の供給も増えた。海砂利の供給増に伴い、塩分の洗浄の不十分によるコンクリートの構造鉄材の腐食問題等も発生した。
「採石法(昭和25年法律291号)」は、他人の土地において岩石を採取する物権としての採石権を創設し、採石事業者の登録、採石計画の認可その他の規制等を行い、岩石の採取に伴う災害を防止し、採石事業の健全な発展を図ることを目的とする法律である。法律制定当初は、事業者の登録、計画の認可等の規制制度は定められていなかった。しかし、高度経済成長による採石現場での環境破壊等が問題となり、昭和46年に第2次の法改正が行われて、現在のような規制制度となった。計画の認可において、採取場の区域、岩石の種類、数量、期間、災害防止の方法・施設等がチェックされ、譲渡した堆積物の管理、岩石の採取を廃止した者に対する災害防止命令等の制度も定められている。
4.3 海上交通関係法
「海上衝突予防法(昭和52年法律62号)」は、わが国の海上交通の安全確保のための基本法である。異なる国の船舶間の交通の安全確保のために、1889年、国際海事会議で各国の国内法制定の基礎となる国際海上衝突予防規則が議定された。これを受けて、日本では明治25年海上衝突予防法が制定され、その後、時代の変化に対応して国際規則が改正される都度、わが国でも法改正が行われた。現行法は1972年の「海上における衝突の予防のための国際規則」の規定に準拠したものである。船舶の遵守すべき航法、表示すべき燈火及び形象物、行うべき信号等について必要な事項を定め、海上における船舶の衝突を予防し、船舶交通の安全を図ることを目的とする。
「港則法(昭和23年法律174号)」は、港内における船舶交通の安全及び構内の整頓を図ることを目的とする法律である。港則法の適用される港およびその区域は政令で定められる。現在、適用港は約500である。入出港および停泊、航路および航法、危険物、水路の保全、灯火等について定める。
「海上交通安全法(昭和47年法律115号)」は、船舶交通が輻輳する東京湾、伊勢湾、瀬戸内海の3海域における特別の交通方法を定めて、その危険を防止するための規制を行い、船舶交通の安全を図ることを目的とする法律である。3海域に浦賀水道航路、伊良子水道航路、明石海峡航等11の航路を定め、交通方法として航路における一般的航法と、航路毎の航法、特殊な船舶の航路における交通方法の特則、狭い水路における航法、危険防止のための交通制限等、灯火等を定め、危険の防止措置として工事等の許可、届出、違反行為者に対する措置命令、海難発生の場合の措置等について定める。
4.4 船舶、海上構築物関係法
船舶法(明治32年法律46号)」は、日本国籍を有する船舶の要件(1条)、登録及び船舶国籍証書(5条)、船舶の航行に関する行政的監督について定めた法律である。日本国内で外国との通商を許されていない不開港場に寄港し、国内の各港間の貨物、旅客の運送に従事することができるのは、日本国籍を有する船舶のみである(3条)。船舶の日本国籍取得の要件は当該船舶が総トン数20トン以上か否かで変わる。
20トン以上の船舶については、所有者が船舶港を定め、船舶港所管の法務局に船舶を登記し、同地の官海官庁に総トン数の測度を申請して、登録を行う(4条1項)。官海官庁は、船舶所有者に対して船舶の名称、船籍港、船舶番号、総トン数等を記載した船舶国籍証書を交付する(5条)。20トン未満の船については以上の手続が簡略化され、都道府県知事から船舶票の交付を受けることとされている(20条、21条)。
また、放置艇対策の有力な手段として、従来、総トン数20トン未満の小型船舶について登録義務がなく、プレジャーボートの多くがこのクラスであるために、放置艇の所有者特定が難しく、放置艇問題を深刻化させていたことに鑑み、平成13年、小型船舶の登録等に関する法律が制定され、総トン数20トン未満の船舶のうち、漁船等を除く船舶の所有者に登録義務が課せられ、登録を所有権得喪の対抗要件とし、所有者が国土交通大臣から受けた船舶番号を当該船舶に表示し、変更登録、移転登録、抹消登録、船体識別番号の刻印、譲渡証明書の交付等の制度が設けられた。登録事務は小型船舶検査機構が行うこととされた。
なお、船舶の安全を確保するために必要な船体、機関、諸設備に関する基準を定める法律として「船舶安全法(昭和8年法律11号)」がある。同法の下で、船舶安全法施行規則、船舶構造規程、木船構造規則、船舶機関規則、船舶救命設備規則、船舶消防設備規則、船舶設備規程、満載喫水線規則、船舶区画規程、船舶防火構造規則、漁船特殊規程、小型船舶安全規則、小型漁船安全規則、船舶復元性規則等がある。なおこの安全性の基準に船舶が適合しているか否かを点検するための制度として船舶検査がある。
陸上の建築物について、船舶安全法に対応する規制を行うのが「建築基準法(昭和25年法律201号)」及び「消防法(昭和23年法律186号)」である。建築物が基準法の定める最低基準に適合するか否かを検査するために建築主事による建築確認制度(4条〜7条の2)がある。建築主事が建築確認を与えるためには、防火の観点から当該建築物の所在地の消防長又は消防署長の同意をえなければならない(消防法7条)。
船舶と陸上の建築物との間には、このように大きな法制度上の取り扱いの差がある。通常は船舶と陸上の建築物は完全に異なるものとして観念され、現にその機能も異なっているので特に問題となることはない。しかし、海上に浮体構築物を建造してレジャー施設として利用する場合や、本来船舶であったものを土地に固定して建物的に用いる場合には、両者の区別があいまいになり、法律的にも複雑な問題が生ずる。以下そのような状況に関連する法的な問題を整理しておこう。
いずれにせよ、陸上においてはこのような問題は生じない。問題となる建築物が海上に存在するときにこの問題が生ずる。それゆえ、まず海面の占用許可が問題となる。港湾区域内のウォーターフロント開発関連の水域占用許可については、従来、私的目的での占用許可に消極的な法運用が行われていたが、平成2年7月20日の港湾局長通達で、期間を最長10年まで認め、水域利用計画の策定とあわせて私的な占有にも積極的に対応するような法運用の転換が行われた。
構造物そのものに関しては、自力走行しないことを前提とするものについては、係留船扱いとなり、船舶安全法の体系による船舶検査等に関連してはその規則が適用される。建築基準法の体系では、浮体構造物が一定期間一定地点に継続的にとどまる場合には、土地に定着する工作物とみなして、海洋建築物として扱われ、海洋建築物安全性評価指針が適用される。構造物の形態によるが、安全性の確認について、船舶安全法と建築基準法の両系列の安全性基準が重複して適用される可能性がある。その場合には、火災に関する船舶における基本的な消火方法と建築物の違い等があり、船では不要な排煙設備等の安全性確保の施設が二重に要求される可能性もある。