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3. 公物管理実定法
 海に関連する法制度は既に見たように非常に多岐にわたる。本稿でその全てを分析することは不可能である。また、筆者は漁業関係の法制度については、別項を本稿と同様の視点でまとめてある。それ故、以下では、わが国の国土保全・公物管理に関する主要な実定法、その他とりあえず重要と思われる人間活動規制実定法をいくつか取り上げて、その概要を整理しておこう。
3.1 海岸法
 海岸法は、昭和31年、高度成長の開始時期における、わが国の主要な海岸管理の法律として、「津波、高潮、波浪その他海水または地盤の変動による」自然災害から国土を保全し、人命、財産を防護することを目的として制定された。しかし、わが国が高度経済成長から安定成長を経て、それなりに成熟した経済を持つに至るとともに、海岸侵食の進行や海岸環境への認識の高まり、海洋性レクリエーションへの需要の増大、地方分権の推進といった事情変化もあって、海岸に対する国民の要求も変化し、従来の海岸防災中心の海岸行政を改めるための法改正が平成11年に実施された。
 改正海岸法は、法目的を従来の海岸の防護から、[1]海岸を防護するとともに、海岸環境の整備・保全および公衆の海岸の適正な利用を図り」と改め、国土保全・環境・利用の調和の取れた総合的な海岸管理制度の創設を可能にし、[2]国と都道府県、海岸管理者がそれぞれ役割分担をし、必要な場合には関係地域住民の意見を反映する海岸整備の計画制度を創設し、[3]国有海浜地の全てを海岸法の対象として、 (一般公共海岸区域の創設)、海岸管理のために必要な行為規制を行えるようにし11、[4]市町村の海岸管理への参加を可能にし、[5]排他的経済水域の確保上重要な意義を有する沖ノ鳥島の保全に関して、国の直轄管理制度の導入を行った。
3.2 港湾法、漁港法(漁港漁場整備法12 平成14年4月施行)
 港湾法は、「交通の発達および国土の適正な利用と均衡ある発展に資するため、港湾の秩序ある整備と適正な運営を図るとともに、航路を開発し、および保全すること」を目的とする(1条)。漁港法は、「水産業の発達を図り、これにより国民生活の安定と国民経済の発展とに寄与するために、漁港を整備し、およびその維持管理を適正にする」ことを目的とする。
 両者ともに港湾と漁港という広い意味での港の管理運営のための法律であるが、漁港は水産業に直結した施設として法的に位置づけられている。ともに終戦直後に制定され、経済の復興期、高度成長期の産業優先時代の法制であるため、今日、豊かになった国民の海への余暇利用ニーズ等への対処や、港湾における国際競争の激化とコンテナ化等への対処が必ずしも十分ではなかった。
 港湾においては、従来型の物流基盤整備や産業基盤整備と並んで、快適なウォーターフロントの整備やマリーナ整備等を中心とする「生活基盤整備」事業の展開が重要課題となっている。物流基盤整備との関係では、近時、シンガポールや台湾、中国、韓国等のアジア諸国との関係で、わが国コンテナターミナルの国際競争力のなさが指摘されている。
 港湾法46条1項は、港湾管理者が、国の直轄事業によって設けられた港湾施設や、国の補助を受けた港湾施設の譲渡、貸し付け等を行う場合に、運輸大臣の認可を得ることを要求しており、第2項は、港湾管理者が運輸大臣の認可を受けた場合に、「その管理する一般公衆の利用に供する港湾施設を一般公衆の利用に供せられなくする行為をしてはならない」と定めている。過去、このような制限を設ける理由は、港湾管理者の業務の公共性を担保するためであると説明されてきた。すなわち、港湾法は、港湾管理者の業務として、一般公衆の利用に供する施設の提供とその管理を定め、これらの施設を専用的または排他的に使用させ管理する場合には、公共性が担保されないものとして取り扱うこと、が旧運輸省の基本的な考え方であった。
 そこでの公共性の阻害は、[1]施設に私権が設定されること、[2]施設の使用に不平等な取り扱いがなされること等を中心に考えられてきた13。この制約が、公共方式のコンテナターミナルの使い勝手を非常に悪くし、国際競争力を失わせる原因となっていたことの反省から、国土交通省港湾局は平成13年、公共性についての考え方を弾力化し、効率性を高める方向での以下に示すような方向での解釈の変更を打ち出した。
 国有財産法18条は、公共用財産を含む行政財産について、貸し付けや私権の設定を禁止するが、「その用途または目的を妨げない限度において、その使用または収益を許可することができる」と規定する。(地方自治法238条の4第4項も同趣旨)。公共用財産の利用について、いかなる場合でも平等性の確保が唯一絶対の要請となるわけではない。それぞれの時代状況に応じて、平等性と効率性とのバランスが求められる。他の社会的価値を実現するために認められる、専用ではない専用「的」利用の限界が重要になるのである。
 そこで同一港湾施設についても、時間帯が異なれば、複数者の利用が可能な状態であること、あるいは同一港湾内に同等のサービスを提供しうる岸壁が他に存在すれば、港の利用全体から見て「一般公衆の利用に供せられなくする行為」には該当しないとし、専用「的」使用を認める者を選択する際の手続の透明性、使用条件の条例による規定、コンテナのように取扱われる貨物が広く一般の荷主を対象としていること等を条件として、専用利用とはならない専用「的」利用を弾力的に認めようとする方向を示した。
 国民の海への余暇利用ニーズ等への対処に関連して、平成12年に港湾法と漁港法が改正された。
 港湾においても、漁港においても、これらの港の施設が事実上プレジャーボートの保管場所として利用されており、今後ともその種のニーズの高まりが予想される。しかるに、漁港においては、漁港法が「水産業の発達を図る」という法目的の実現のための施設であることとの関係で、プレジャーボートを収容することは法的にはできなかった14。さらに、プレジャーボートの急増は、漁港のみならず、通常の港湾、河川、湖沼等においても放置艇の増加をもたらし、近隣住民、伝統的な公物管理、プレジャーボート利用者間の、相互に矛盾する要求を調整する新たな行政ニーズを生じさせていた。港湾法改正は、港湾区域のうち、港湾管理者が指定した一定区域内において、みだりに船舶等物件を捨て、または放置することを禁じ、港湾管理者が一定要件を満たす場合に当該物件等の売却、廃棄等を行うことができるようにし、一定期間経過後に当該物件等の所有権が港湾管理者等に帰属することとした。
 漁港法改正は、一方で地方分権との関係で漁港指定制度を見直すとともに、他方で、放置艇対策として、港湾法と同じように、漁港管理者が指定する一定区域において、船舶等の放置を禁じ、簡易代執行、保管、売却、廃棄を行うことができるようにした。また、港湾法と都市計画法との関係で、従来、臨港地区の分区指定と分区内の規制(港湾法39条、40条)との関係で、臨港地区における港湾隣接地域の住宅建設等をめぐり、都市行政と港湾行政の調整上の困難があったことは一般に指摘されて来た。この点についても、港湾行政が、伝統的な物流のみを考える方向から積極的に一般市民に開放された港湾への転換を図っていることから、より弾力的な調整が可能になる可能性も高い。
3.3 河川法
 河川法は「河川について、洪水、高潮等による災害の発生が防止され、河川が適正に利用され、流水の正常な機能が維持され、及び河川環境の整備と保全がされるようにこれを総合的に管理すること」によって、国土保全と開発に寄与し、公共の安全を保持し、公共の福祉を増進することを目的とする(1条)法律である。平成9年の法改正で環境の整備と保全が法目的に加えられた。河川管理者は水害発生の状況、水資源の利用の現況及び開発ならびに河川環境の現況を考慮し、かつ国土総合開発計画との調整を図って河川整備基本方針を定め、さらに河川整備計画を定めて河川の管理を行う。
 日本ではほとんどの河川が海に流出するために、河川管理者と港湾管理者、漁港管理者との管理権限の調整規程が存在する(6条5項)。多くの場合、利用の面から見ても管理の面から見ても、河川と港湾、漁港、海岸が密接な関連を有しているので、管理の面で異なる管理主体間の横の連絡を十分に付ける必要がある。環境の保全や放置艇問題等についてとりわけその必要性が高まっている。省庁統合による国土交通省の発足によって、従来、河川を所管していた建設省と港湾を所管していた運輸省が一体化した。このような制度変更の下で、沿岸域の管理に関する省庁横断的な連携の強化がますます期待される。
3.4 公有水面埋立法
 公有水面埋立法(大正10年法律57号)は、公有水面の埋立による国土造成のための免許手続を定める法律である。その意味では、これまでに見てきた公物管理法制とは性格を異にする。しかし、これが海面という公物の管理に実質的に大きな影響を与える法であることも否定しえない。
 急峻な山岳部と海との間にある、わずかな平野部に人口の多くが張りついているわが国の地勢学的な特徴は、いかなる時代でも、海面の埋めたてによる土地造成の社会的なニーズを絶対的に減少させることはない。わが国の高度成長が、埋め立てによる臨海工業地帯の造成を、一つの原動力にして進められたことはよく知られている。今日の交通問題やゴミ問題の解決ですら、海の埋立てなしには考えられない状況となっている。
 しかし、公有水面の埋め立ては必然的に従来の自然海岸線を消滅させ、不可逆的に自然を変化させる外部性の大きな行為である。急激な埋め立ての増加による環境の悪化に対応して、無秩序な埋め立てにブレーキをかけるべく、同法が昭和48年に大改正されたことはよく知られている。長い歴史を持つ法律であるが、実質改正は昭和47年の改正一度だけである。同改正は埋立法の精神を経済的価値重視から環境重視へと転換した。わが国において、埋め立てと海面保全の最適バランスがいかなるものかが常に問題となりうるのである。
 また、従来、公有水面の埋め立てによる漁業補償の額や方法をめぐって、さまざまな批判的議論もなされている。
 公有水面埋立法の適用対象となる公有水面であるためには、水流又は水面であること、公共の用に供するものであること、国の所有に属するものであることの3つの要件を満たす必要がある。公有水面はそのままでは私的所有の対象とはならず、特定人の排他的支配に属さないが、埋立てられた土地は竣功認可の告示によって私的所有権の対象となり(24条1項)、特定人の排他的支配に属するから、埋立のもつ社会的な外部効果は非常に大きい。それゆえ、法はこれを私人の自由に委ねず、都道府県知事の免許を得て初めて行いうることとし(2条1項)、利害関係者との利害の調整や、免許要件を厳しく定める。
 同法3条1項は免許の出願に対する縦覧制度を定め、3項は利害関係者の意見申し出の制度を定める。利害関係者とは、施行区域内の水面権利者(5条)、埋立により影響を受ける水面の漁業権者、埋立により営業上又は生活環境上影響を受ける者、自由漁業の水面利用者、関係都道府県知事、関係市町村等の長である。
 同法4条1項は埋立免許の基準を以下のように定める。
[1]国土利用上の適正性と合理性があること、
[2]環境保全、災害防止に十分な配慮がなされていること、
[3]埋立地の用途が、土地利用、環境保全に関する国、地方航行団体の計画と整合性を持つこと
[4]埋立地の用途との関係で公共施設の配置と規模が適正であること、
[5]他人に対する土地分譲を目的とする埋立や、他人の使用を目的とする埋立については、公共団体又はこれに準ずる法人(現在では公共団体の出資比率が50%未満でも良い)が出願し、埋立地の処分方法および予定価格が適正であること。
[6]出願人が埋立を遂行しうるだけの資力・信用を持つこと。
 工事の施工区域内の水面に権利者が存在する場合には、当該権利者が埋立に同意しない限り、都道府県知事は免許をなしえない(3項1号)。漁業権は漁業法上移転しえない権利とされる(26条)。それゆえ、埋立法が免許の要件として水面権利者の同意を挙げていることとの関係で、漁業権者の同意は、埋立による漁業権の消滅がもたらす経済的損失を埋立権利者が補償することを約束し、その額に権利者が満足した場合に行われることとなる。補償の基準として、電発方式(昭和28年閣議了解)ないしは閣議決定方式(昭和37年)の二つがある。しかし、大規模な埋立に関しては、免許申請の段階では予定地を実質的に変更することは不可能であるため、漁業権者の同意は補償基準に従った算定金額をはるかに超えるものとなる現実がある。実質的には独占的な売手と買手の間のゲームによる価格付けが同意の対価として求められ、それが補償金額にならざるをえない。
 漁業権者の同意については、水産業共同組合法48条の総会の特別決議で足りるか、あるいは歴史的に漁業権が入会的な性格を持っていたこととの関係で、それのみでは足りないと考えるかにつき、長い間争いがあった。現在では最高裁判所の判決(平成元年7月13日 臼杵漁業協同組合総会決議無効確認事件 民集43巻7号874頁)によって、総会の特別決議で足りると解されている。公有水面の埋立は海を陸に変える作業であり、環境に与える影響が大きいために、国の行政機関の行う環境影響評価の対象事業となっている(昭和58年8月28日閣議決定)。
 なお、人工島の建設によって空港、発電所等を設置するような大規模なプロジェクトにおいては、公有水面埋立法以外にも非常に多くの法律が関連することとなる。関西電力の御坊発電所の建設に関連して必要とされた諸願・届は、通産省・通産局関係88、県市関係85、消防法関係197、道交法関係56、建築基準法関係76、高圧ガス関係31、労働監督署関係54、その他31の合計618という膨大な数であった。この数は人工島建設の場所、目的等で異なるが、規制緩和の進行も、安全等にかかわる問題については、事態を決定的に変えることにはなっておらず、今後とも相当数の法令による規制が継続すると考えられる








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