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3.4 漁業権および漁業補償に関する提言
3.4.1 漁業権区域の新たな考え方の必要性
 海洋利用の多様化や環境配慮型開発事業の増加という近年の社会状況をふまえると、今後の漁業権にあっては、漁業権設定区域を漁業に最も適した場に制限・縮小する一方、漁業権設定区域における漁業権利を拡大化させ、水域の占用・管理権とすることにより、漁業生産性(海域環境)向上と海の多目的利用を促すべきである。
 
【解説】
 沿岸域の利用特性のひとつは、陸域と海域の利用が相互補完的または制約的関係になり得ることである。たとえば、ある陸域を臨港地区として整備すると、その地先水面は港湾区域として泊地・航路等として利用され(相互補完的関係)、当該海域では養殖などの漁業活動は制限されることとなる(制約的関係)。
 沿岸域はこうした産業的用例をはじめとして、海洋性レクリエーション利用、ウォーターフロント開発等の都市的利用、国土保全そして環境保護など、陸域と海域の双方から寄せられる多種多様な要請の受け皿になっており、その結果として、さまざまな競合問題が露呈している状況にあるといえる。
 その競合問題の中心となりがちなのが、我が国固有の水面利用権ともいえる「漁業権」である。漁業権は、周知のとおり漁業法で定められた排他的に漁業を営む(魚介類を採取する)権利であり、この権利区域は、我が国の海岸線からほぼ1km以内の沿岸海域において、ほとんど途切れることなく設定されている(図3-12)。利用が稠密な我が国の沿岸域において、漁業権とはいえこのように広範囲に「排他的利用権」が設定されてしまえば、当該利用権以外の利用と競合してくるのは当然の結果といえよう1)
 したがって、沿岸域利用の多目的利用を促すとすれば、現行の漁業権区域の設定方法の見直しが求められるわけである。しかし、水産業として近年必要性が高まっている資源培養型漁業は、従来の自然採捕型漁業よりも、一層の負担を漁業者が負うことで成り立つものであり、とくに水産資源の培養として欠かせない水域や漁具(イケス、ブイ等)については、他の利用から保護する必要があろう。
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図3−12 漁業権水域の設定事例(神奈川県三崎半島付近)*1
 これらのことをふまえると、今後、多様な利用が期待される我が国の沿岸域においては、「漁業権を消滅させる」ということではなく、他の沿岸域利用と「同等(等価)」となる権利として漁業権を見直すことが時代の要請といえよう2)。その見直しの具体的方策としては、水産資源培養型漁業の高まりを念頭に置き、漁業者による一定海面の排他的な占有・利用を認めることとするが、その設定区域(漁業権設定区域)は漁業に最も適した場に制限・縮小することが望まれる。ただし、水産資源培養型漁業においては、給餌に伴う海洋汚染が懸念されるため、水域の占有権を保持する以上は、漁業権者には設権海域の環境保全義務を付加させる必要がある。つまり、漁業の継続に必要不可欠な環境保全への積極的な関与を漁業従事者に求めることが必要となろう。
 沿岸域の総合的利用を促すためには、こうした漁業権の設権範囲の縮小に加えて、沿岸域のさまざまな利益代表により構成される上位組織を設置し、そこに沿岸域利用の一元的管理権を付与させる方向も検討に値しよう。
 
【根拠】
1) 海は法定外自然公物とされ、直接に公衆の自由な使用に供される公物とされている。通説・判例では、公物の自由使用によって享受する利益は反射的利益であって、権利ではないとされている。したがって、船舶の航行のほか、海洋性レクリエーションや入浜権運動などにみられるような一般市民の利益は、権利としては認識されない。これに対して、行政により海に設定された漁業権に基づく漁業は、公物の特別使用と観念され、それが私権であるために、法律上その権利性が他の利用形態に比して強く保護されている。
 とくに漁業法23条によれば、「漁業権は物権とみなし、土地に関する規定を準用する」とされており、物権的請求権が漁業権者に付与されるため、漁業権漁業には一定海域における排他的利用権が実質的保護されることとなる。このため、漁業権漁業は一般市民によるさまざまな海の自由使用に対して法律上、上位の位置づけにあるといえる。
 
2) 現行の漁業権設定の手続きは、他の沿岸域利用と比して明らかに漁業優位の仕組みになっている。すなわち、その手続きでは、漁業振興と民主化を目的とした漁業法の理念に基づき、漁業調整委員会の審議を経ることとなるが、その枠組みおよび漁業法の主たる目的は漁業者間の権利調整にあるため、漁業とその他の利用との調整を行うことが主旨にはなっていない。その現われとして、これまでの漁業調整委員会システムでは、自然公物の利用権者である住民は漁業権の決定プロセスに参加するようにはなっていなかった*2。それゆえ、漁業者の要求どおりに、たとえば各漁協の地先水面にそれぞれ「共同漁業権」が設定されるのも当然の成り行きといえる。
 
《参考文献》
*1 長尾義三・横内憲久監修、ミチゲーションと第3の国土空間づくり、p.142、共立出版、1997
*2 中村智広・横内憲久・桜井慎一、都市沿岸域における開発と漁業との調整のあり方に関する研究、日本沿岸域学会論文集、No.10、pp.39〜51、日本沿岸域学会、1998
3.4.2 事前一括補償から事後逐次補償への転換
 近年における国民の環境意識の高まりはもとより、環境への影響緩和・修復・増強をめざした開発技術の普及・促進などに伴い、当該開発で一旦は損害を受けるであろう海洋環境も、その回復力はかつてのものよりも格段に向上していると考えられることから、今後の漁業補償にあっては、従来のような事前一括補償ではなく、当該開発が漁業に与えた損害を発生ベースで捉え、事後的に補償していく仕組みづくりが求められる。
 
【解説】
(1) 現行の「事前一括補償」の限界性と「事後逐次補償」の提案
 現行の漁業補償形態の最大の特徴は、漁業に与える損害(損害額)を予測に基づいて算出し、着工に先立って一括して補償金を漁業者に支払うところにある(事前一括補償)。 
 しかし、近年の国民の環境意識の高まりにより、汚染海域の浄化活動が展開されたり、これまで汚染源とされてきた開発事業においても、自然環境に配慮した開発手法すなわち環境創造事業(藻場造成、干潟・浅場造成など)が各地で実施されるようになるなど、開発を行った場合に一旦は損害を受けるであろう海洋環境も、その回復力は格段に向上してきていると考えられる。
 加えて、かつては人間の健康に関わる事項が中心であった環境アセスメントにおいても、99年のその法制化(環境影響評価法)に伴い、自然環境や景観に関する事項が評価項目に含まれることとなり、具体的には、今後の開発事業において海洋環境への悪影響を回避・最小化あるいは代償するといったミチゲーション概念が導入されている。
 以上のことから、開発と環境との調整策は、当該開発において直接に損害を与える自然環境そのものに補償(保障)を行う方向へと進んでいることが理解できる。
 かつての我が国では、このような自然環境の修復・創造といった概念が定着していなかったことから、沿岸域の開発に際しては、自然環境を生活の糧とする漁業者への「金銭的補償」も成り立ったのであろうが、今後は、一旦は失った自然環境(水産資源)も長期的には回復させることを余儀なくされる社会システムになることをふまえれば、現状のような事前一括補償型漁業補償は、たいへん大きな矛盾を含んでくる。その主たる具体例としては次のものが挙げられる。
 
<現行の漁業補償制度において想定される主な矛盾点>
[1]開発が認可されたとしても、時代の価値観によって「開発中止」や「開発規模縮小」などの不測の事態が発生することがあり、その際、事前一括補償をしてしまうと、一旦支払った補償金の回収を行うことは現実的には不可能となる(図3−13)。
[2]補償対象期間内において水産資源が回復した場合には、回復途上期間の補償は必要であるが、回復がみられた補償対象期間内は、補償の必要性が認められない。
[3]環境配慮型の開発によって水産資源が回復した場合、開発事業者の自助努力に対して優遇措置(たとえば補償金のフィードバック)が図られてもおかしくはないが、しかし、現状の事前一括補償であると、漁業者に一度支払った補償金を回収することが困難であるばかりか、当該開発において再開発の必要が生じた時には、補償額の高騰を招くこととなり、結果として開発事業者の環境配慮に対する意欲低下を誘発する恐れが生じる。
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図3−13 現行の補償制度(事前一括補償)の障害例*1
 以上のことは現行補償制度の限界性を浮き彫りにしているわけであるが、こうした限界性を克服するためには、開発者の漁業振興・環境保全への取り組みに応じて、結果的に補償額が決定される仕組みが必要となろう。
 具体的には当該開発が漁業に与えた損害を発生ベースで捉えるものであり、開発後に逐次水産資源の状態を評価し、その結果に基づいて段階的に補償を行う、つまり当該開発の影響により実際に水産資源が減少した分だけ補償するシステムが望まれる。こうした開発後の水産資源状態に基づいて補償を展開するシステムが「事後逐次補償」であるが、その実行に際しては、以下に述べる「漁業補償ファンド」がぜひとも求められる。
 
(2) 「漁業補償ファンド」の提案
 このシステムは、図3−14に示すように、基本的には開発者側が環境保全・漁業振興に配慮するほど、それが補償コストの軽減につながることとなる。
 このシステムの補償算定基準は、客観性が求められることから「漁獲所得の減少額」に着目し、その減少額に対して補償を行うものとする。
 ただし、その減少額は、水産資源減少によるものではなく、操業を怠ることでも発生するものなので、補償算定基準には「最低操業日数」も設ける必要がある。この「最低操業日数」の設置は、単に漁協員であれば誰でも補償対象者になり得る現行制度に対して、漁業を継続する意志のない漁業者にまで補償金を支払う必要がなくなる一方、漁業に真剣に取り組む漁業者に重点的に補償が行き届かせることを可能とする。
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図3−14 漁業補償ファンドの仕組み*2
 以上のことをふまえた漁業補償ファンドの概要を表3-7に示す。
 なお、以上の提案システムは、開発事業者サイドの取り組みを第一義としており、漁業者の水産資源向上に資する自助努力に対する支援・評価策は具体化していない。
 しかし、水産資源も環境の一部であり、環境が今や公共財にまで昇華している今にちにあっては、漁業者の自助努力が社会的便益(環境)の向上に寄与できるという意味において、優遇措置といった評価を検討すべきであろう。
 また、水産資源の回復・向上によって漁獲収益が補償額を上回るものとなれば、このシステムであれば、漁業者と開発事業者の両者にとって望ましい状況になり得ることから、両者の積極的な水産資源回復・増強策が期待できよう。 
表3−7 漁業補償ファンドの概要*3
1.現行の補償基準による漁業補償契約の締結
2.漁業者・開発者により漁業補償ファンドを設立
・設置期間は漁業権の設権期間等を基準に決定する。
3.開発者は補償金を預託
4.漁業者は漁稼所得の減少額を請求
・漁業継続の意志の有無を確認するため、稼働日数等に最低基準を設ける。
・補償を開発の影響による漁業所得の減少額に限定するため、同一海域で操業する漁業者の漁業所得減少率の平均値を限度とする
・漁業者の就労機会および漁業外収入の確保を目的とした開発者の取り組みによる収入額と漁業所得を相殺するため、補償対象を漁稼所得とする。
・納税申告をもとに補償金の請求額が決まるため、客観的かつ公正なものとみなすことができる
5.ファンドから補償金の拠出
・年ベースで補償金を拠出する。
・ただし、預託金が消滅した場合、その時点でファンドは解散される。
6.預託期間終了時の余剰金は開発者が回収
 
《参考文献》
*1 朝日新聞(夕刊)、「漁協、県に補てん要求へ・三番瀬転業準備金43億円」、2001年10月1日
*2 中村智広・横内憲久・桜井慎一、都市沿岸域における開発と漁業との調整のあり方に関する研究、日本沿岸域学会論文集,No.10、pp.45、日本沿岸域学会、1998
*3 前掲*2、p.46








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