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3.3.3 沿岸域において自然景観の魅力を向上させる「建築物」の景観形成手法
 海岸空間における建築物の建設にあっては、地形・海面との高低差・海岸線からの距離など周辺の自然環境との関わりに留意して立地・規模・形態を定める必要がある。
 
【解説】
 砂浜をはじめ松原や岬などを有する自然豊かな海岸空間は、自然環境と人間が接せられる貴重な空間であるといえる。とくに、操作性の高い建築物は、自然環境を印象深く眺められる視点場としての役割を果たすことが可能であり、逆に自然環境の眺めをより魅力的にする視対象(景観要素の一部)ともなり得るものとなる。
 したがって、海岸空間における建築物の立地にあっては、自然環境と人間との視覚的な関わりを断絶させることなく、双方の関わりが深められるような海洋景観ならではの魅力が創出できるよう、地形・海面との高低差・海岸線からの距離など、周辺の自然環境との関わりに留意して立地・規模・形態を定める必要がある。
 
【根拠】
 海と建築物が織り成す魅力的な景観構造を明らかにするために、「江戸名所図会」を題材として「人」「建築物」「海景」の三者によって構成された名所(などころ)の空間的魅力を分析した。「江戸名所図会」は、江戸時代に刊行された当時ベストセラーの観光ガイドブックであり、江戸時代においてさまざまな身分の人びとで賑わいを見せた名所が仔細な空間描写とともに、名所たる所以が解説された史料である。
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図3−5 海岸線を基準として三者の位置関係から求めた各分析対象絵図の空間座標*1
 この分析にあたっては、海岸線を基準とした三者の位置関係を求めることで図3−5に示す各絵図の空間座標を明らかにし、これをもとに各座標の集合具合と空間の類似性の2点から類型化を行うことで、大きく6つの空間形態(海景観賞の型)を導いた*1。各型の特徴を示したものが表3−6、各型の典型例を示したものが図3−6〜11である。
 これにより、海岸線を基準として、三者それぞれの位置関係によって海景の楽しみ方が異なってくるという特徴が解明された。
表3−6 「海景観賞の型」を成り立たせる「人」「建築物」「海景」の特徴*1
型名 型の概要 人(視点場) 建築物(形態・立地場所) 海景(視対象)
(1)開放型 高台に立地する建築物内が視点場となり、その建築物の海側の壁面に大きな開口部があることで、眼前の自然物を介して眼下の海が一望できる。 ・高台に立地する建築物の内部である。 ・高台に立地する。
・海側の壁面に大きな開口部をもった開放的な造りで、建築物内から周辺の自然物とともに海景が広々と見渡せる。
・建築物周辺もしくは視点場と海景の間にある自然事物(植物等)によって視線が海景へと誘導される。
(2)引き締め型 海道を視点場として、海岸線沿いに連立する建築物の間隙(スリット)により引き締められた海景が、シークエンスとして眺められる。 ・建築物が連立する海岸線沿いの海道である。 ・接岸して連立している。

・連立する建築物間にはスリットが設けられ、海景を垣間見ることができる。
・海道を視点場として、建築物のスリットからシークエンスとして海景が垣間見られる。
・建築物のスリットを介すため、海景が引き締められる。
出島上の建築物がアイストップとなるため、広大かつ茫洋として視線が定まりにくい海景が引き締まって見える。 ・海に突き出した土地に立地する建築物が見える海岸線沿いである。 ・海側に突き出した土地に立地することで、広大な海のアイストップになっている。 ・海岸線から海側に突き出した建築物がアイストップとなり茫漠としがちな海景が引き締められる。
(3)視線誘導型 高台の視点場と視対象(海)の大きな高低差や海方向に下る坂道の沿道両側に立地する建築物などにより、内陸のまちなかにいながら遠方に広がる海へと視線が誘導される。 ・高台(まちなか)の海方向に下る坂道である。 ・高台に立地している。

・海方向に下る坂道の両側に連立して、視点場から海方向へと視線を誘導する。
・海方向に下る坂道の地先に広がる。
(4)活動誘発型 海岸線沿いに立地する建築物が、屋内外の往来を容易にする形態をとることで、潮の干満で変化する海景が屋内外の多様な視点場で楽しめる。 ・容易に往来できる建築物内(座敷)・外(海岸線近傍の空地)である。
・屋内外を往来して海景を眺める。
・海岸線沿いに立地する。
・海側全面に開口部を造り、座敷と地面の高低差を小さくすることで、屋内外への移動を促している。
・満潮時には豊かな水量、干潮時には干潟に息づく生物など、潮の干満に伴い多様に変化する。
(5)同時型 陸・海上それぞれのにぎわいを高い視点場から同時に一望できることで、陸と海という異なる空間の一体感が楽しめる。 ・海岸線沿いの繁華街に立地する建築物内の高い座敷(2階など)である。 ・海岸線から後退して立地することで、海岸線沿いににぎわいを創出している。
・2階などの高い位置に座敷(視点場)がある。
・海岸線沿いの陸域のにぎわいと、海上の船舶等のにぎわいが同時に創出されている。
(6)水面一体型 接岸した建築物内の低い視点場(座敷)から水面の表情を見て水面との一体感が楽しめる。 ・海岸線沿いに立地する建築物内部である。 ・静穏域に接岸して立地している。
・水面との高低差が小さい座敷をもち、海側全面に開口部が設けられている。
・波に洗われる木の枝などにより、湾内(静穏域)での水面の動きが強調され、水面の雰囲気が高められている。
雁木や連立する建築物の額縁効果によって際立った水面の表情が楽しめる。 ・建築物が連立する海岸線沿いの海道である。 ・静穏域に接岸して連立している。
・スリットが設けられ、海景を垣間見ることができる。
・雁木や連立する建築物の額縁効果によって湾内(静穏域)での水面の動きが強調され、水面の雰囲気が高められている。

 たとえば、海岸線から内陸方向に遠ざかった市街地から海景を愛でる際には、海景へと意識が向きやすくなる(俯瞰景が得られる)ような空間構造、すなわち見通しが効いた高台に立地する建築物内を視点場として、その建築物は開口部が大きいことからパノラマ状に視界を開らかせ、建築物前面には視線を海方向へと誘導するような植栽が備わるという空間構成(図3−6)がみられ、また、水面に近い建築物であればその一体感が満喫できるように、視点と水面との高低差を小さくした座敷(視点場)が形成されている(図3-11)。つまり、自然環境が豊かに備わるとともに、水辺の高層建築化を促す土木・建築技術が備わっていなかった時代においては、水面をはじめ、植物や地形などといった自然環境と巧みに交じり合いながら豊かな海洋景観を創出していたことが理解できる。
 したがって、こうした「人」「建築物」「海景」という三者の視覚的な関わり方を現代においても活用していくことは、自然環境と人間との関わりを視覚を通じて深めていくということから、きわめて重要な手立てになると考えられる。








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