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3.3 景観に関する提言
3.3.1 自然環境の価値を人間意識に内在化させる景観形成手法の必要性
 環境保全・創造事業等で対象とされる空間は、具体の姿として人間の眼前に現れる。このことをふまえると、その姿(景観)は当該空間における人間の居心地や快適性にも大きく影響することから、環境保全・創造事業を行うにあたっては、単に生物生息性を満たすだけではなく、人間にとっても視覚的に良好な空間が創出されるよう景観形成にも留意し,これを通じて環境(創造事業)への理解を促していくべきである。
 
【解説】
 人間は主に視覚(視景観)を通じて自然環境を認知する。このため、人間を取り巻く自然環境を人間にとって良好な景観として保全・創造していくことは、自然環境の価値を人間意識に内在化(心象風景化)させ、自然環境への理解を促す手立てのひとつとなりえよう。このようなことから、環境保全・創造事業を行うにあたっては、単に生物生息性を満たすだけではなく、人間にとっても視覚的に良好な空間が創出されるよう景観形成にも留意すべきである。
 
【根拠】
 環境への理解促進の手立てのひとつが「景観」であることの理由として、「和歌」や「空間」(地形・植生)の呼称があげられる。たとえば、
 
和歌浦に潮満ちくれば潟を無み 芦辺をさして鶴鳴き渡る(山部赤人:「万葉集」巻第六・919)
・・・波路はるかに打ち続く青松白砂の美しさ・・・ (武島羽衣:「美しき天然」)
・・・長汀曲浦の旅の路、心を砕く習なるに・・・  (「太平記」巻第五・大塔宮熊野落事)
 
というように、潮の干満といった“自然の摂理”をはじめ、動植物の活動といった“生物が息づく様相”、そして湾曲した汀線(長汀曲浦)や砂浜上の松原(白砂青松)といった“自然地形”など、人間を取り巻くさまざまな自然環境を愛でる風習が日本の伝統文化のひとつとして根づいている。
 こうした自然環境の姿は、視覚(景観)を通じて人間に認知され、それが言語化されることでその憧憬が高められるとともに、“言葉”という媒介によって,その姿が古来から現在に至るまで伝統的に継承されてきたものである。
 そこで古来より賞賛された我が国の沿岸域の自然環境(景観)要素について、既往研究や文献等により抽出・整理したものを表3−4に示す。限られた資料からではあるが、これより沿岸域において重要な14の自然景観要素を知ることができる。
 近年、我が国の海岸環境整備においても“白砂青松の再生”などが整備コンセプトとして提唱されるようになったのは、古来より景観を通じて沿岸域の自然環境が愛でられてきたからにほかならない。
表3−4 古来より愛でられてきた沿岸域の自然環境(景観)構成要素*1
景観要素 形態的特長 景観的効果等
[1]
囲繞水域
(浦)
岬・島・背山等で形成された凹型の陸域と、そこに入り込んだ水域が一体となって存在することで、風や波浪等から保護された海浜空間 III:浦=図、陸域=地、汀線=輪郭閉じない緑
III:人にとって安息性に富む空間領域
[2]
砂浜
凹型あるいは陸繋島等に向かって凸(トンボロ)型に突出した形態 I:湾曲した汀線を眺める際の視点場
松林・集落等の海浜の文化的景観要素が添景になりやすい I:海浜の風情を感じさせやすい視点場
[3]
汀線
中心角50°以上の曲率を保ちながら、岬のつけ根で急に曲率を増す
その汀線を近傍から長手方向に眺めると、弓なりに大きく湾曲した形態を見せる
II:岬への視線誘導の効果
II:汀線全体の見込角が人間の通常視野60°以内に収まると、湾曲のゆがみを強調する
1:5(10°)〜1:10(6°)の緩やかな断面勾配を形成する III:水際(波打ち際)への誘引効果
[4]
海と地形は巧みに入り組み明確な境界がなく海面に岩が点在する III:海と地形との境界部の景観的緩衝効果
水深の浅い磯には、白波が立つことが多い III:船舶が出入港する際のランドマーク
[5]
海に向かって凸型に突出した地形を形成する。弓なりに大きく湾曲した汀線に沿って視線を追わせると、岬の地形の高まりに突き当たる II:汀線のアイストップ
III:海浜景観が体験できる空間領域を限定する役割
[6]
背山
水域を取り囲むような連なりを見せる海浜背後の山並み III:海浜景観が体験できる空間領域を限定する役割
仰角 5°以下に山頂が見える
仰角 9°近傍に山頂が見える
仰角20°近傍に山頂が見える
III:稜線(スカイライン)を視覚的な興味対象とする
III:稜線とともに山腹を視覚的な興味の対象とする
III:山腹を視覚的な興味の対象とする
[7]
対岸の向山、あるいは、沖合に向かって突出したトンボロの止めとなる陸繋島 II:汀線のアイストップ
III:海浜景観が体験できる空間領域を限定する役割
III:陸側から見た対岸のランドマーク
[8]
集落等の添景が形成される海辺近くの丘陵地 I:海浜への眺望の良い視点場
[9]
離れ岩
標縄や祠などが祀られている特異な形状の巨岩が単独で存在している III:海上のランドマーク
[10]
樹林
(松林)
松林の根本には下生えがなく、松を縫うように砂浜が広がる I:人の出入りのしやすい視点場
短く細くとがった葉は隙間が多いため、木立の間合いや枝葉越しに海浜が見え隠れする II:枝葉越し・木間の額縁効果
弓なりに大きく湾曲した汀線に沿って、松林が長く伸びている II:松並木の視線誘導効果
III:海浜景観が体験できる空間領域を限定する役割
砂浜に接する松林の生え際は、巧みに入り組み明確な境界がない III:境界がぼかされた魅力が誘引性を高める
[11]
離れ松
松林から所々砂浜に躍り出たように存在する III:砂浜の添景
[12]
集落
集落を形成する建物は、海浜から離れた場にあるものほど高層になる III:生活領域を視覚的な興味対象とする
[13]
潮見坂
山裾の坂道において、建ち並ぶ民家の垣間から海浜が見え隠れする I:海浜を俯瞰できる視点場
II:まち並みによる額縁効果
[14]
日和山
標高120m未満、日和山から海までの水平距離は600m未満となる I:楽に登り降りでき船の活動が把握できる視点場
頂上からは、内海と外海の両方が俯瞰できる I:囲繞水域(浦)の領域感が強く認識できる視点場
展望台から囲繞水域への垂直見込角は、10°〜15°程度となる
展望台から囲繞水域手前の汀線への俯角は、8°〜10°程度となる
展望台から俯角は2°〜4°の前後に島が分散している
I:囲繞水域(浦)が主対象として眺められる視点場
頂上には、展望台・大樹・常夜灯等が存在することが多い III:船舶が入港する際のランドマーク
【凡例】 I:視点場に関わる役割、 II:視線や視野に関わる役割、 III:視対象に関わる役割
 
《参考文献》
* 1 三溝裕之・横内憲久・桜井慎一・岡田智秀,「海浜空間の景観デザインに関する研究」、土木学会土木計画学究・論文集No.15、pp.393〜401、1998
 








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