3. 沿岸域管理の実現化のための提言
3.1 提言にあたって
これまで述べてきたように、沿岸域は海岸線を挟む陸域と海域の双方を併せ持つ空間であり、人間と生物の両者にとって生活の糧を得る貴重な空間である。ここでいう生活の糧とは、人間にとっては食料確保・生産・居住・慰楽・運輸交通といった人間生活にとって不可欠な要件であり、生物にとっては生息・光合成・捕食といった生物多様性を促すうえで必要な要件を意味している。いずれにしても、こうした要件は、沿岸域が自然環境によって支配されているからこそ成立するものであることを知らなくてはならない。つまり、沿岸域に限ることではないが、「自然環境」とは人間を含めた生態系にとって、生活の糧を担保する空間基盤(器)であることにほかならない。
したがって、その基盤が崩壊すれば結果的に生態系もまた被害(食料・資源不足、自然災害など)を受けることになる。このことをふまえると、近年、地球的規模で環境問題が叫ばれているのは、われわれ人間の生活基盤が脅かされているからであると解釈できる。
これらのことから、沿岸域管理の重要項目のひとつは「環境管理」ということができよう。
その環境管理において、これを現実に実行するとなれば、国民の協力なくして成立し得ない。とくに沿岸域は内陸から排出される汚染物質の最終到達地点になることから、その汚染源たる国民一人ひとりの環境問題に対する理解と協力、すなわち国民的コンセンサスが必要不可欠になる。そうした国民的コンセンサスを高めていくためには、沿岸域の環境価値を国民意識に根づかせることが重要となる。そもそも人間が環境情報を認知する最大の手段は、視覚的側面(景観)であるとされている。日本人は古来より環境を視覚によって愛でる風習(文化)があり、和歌・俳句あるいは江戸時代の名所を編纂した名所図会・花暦などが伝統的に親しまれてきたことはその証左といえよう。
このことから沿岸域管理の国民的コンセンサスを促す手段として、沿岸域の空間的魅力を視覚的に認知させ得る「景観」がきわめて重要な位置づけになるといえる。
一方、日本社会の成熟化に伴い、沿岸域は多様な利用に供される空間になってきており、その結果として、さまざまな競合問題が露呈しつつある。沿岸域の多目的利用は、我が国の生産性向上はもとより、国民生活の質的向上および沿岸域文化の創造などが期待され、今後促進させていくべきものである。しかし、現在その多目的利用を制約化しているのが、特定の漁業従事者に与えられた、我が国固有の水面利用権ともいえる「漁業権」である。第1次産業が主流であった戦前期までの我が国では、漁業権が最高位にあっても支障はなく、むしろ水産資源の確保・調整等に果たした役割は大きかった。これに対し、高度成長期を契機に、我が国の沿岸域は産業やレクリエーション等の多元・高次化に伴い、多様な用途に供する空間として位置づけられ、また水産資源の調整機能としての漁業権の役割も希薄になってしまっている。こうしたことから、今日の我が国にあっては、漁業権の位置づけを早急に見直さなければならない時期を迎えているということができる。
以上のことから本章では、2章で述べた沿岸域管理の課題解決の具体的な方途として、人間を含めた生態系の生活基盤を保全すべく「環境に関する提言」をはじめ、環境管理に対する国民的コンセンサスを促すべく「景観に関する提言」、さらに、沿岸域の多目的利用を促進させるための「漁業権および漁業補償に関する提言」を提示するものである。
なお、本章では各提言を「概要」「解説」「根拠」という大きく3段階の構成で論述する。
3.2 環境に関する提言
3.2.1 沿岸域における環境管理の必要性
陸域と海域の双方を併せ持つ沿岸域においては,人間活動と生物生息の両者の観点から望ましい環境管理システムを構築する必要がある。
【解説】
陸域と海域の双方を併せ持つ沿岸域は、浅場を中心とする地理的構成をなすことから、人間生活と生物生息の両者にとって極めて重要な空間として位置づけられている。
とくに、日本の国土事情を勘案すると、平坦かつ広大なオープンスペースを有する沿岸域は、今後も人間生活の場として開発が展開されていくことが予想される1)。その一方では、地球的規模で減少化がみられる海洋生物資源も自国の沿岸域で管理していく必要性が生じている2)。
これらのことから、沿岸域の保全・利用にあたっては、人間活動と生物生息の両者の観点から望ましい環境管理システムを構築する必要がある。
【根拠】
1) 旧環境庁が「自然環境保全基礎調査」の一環として行った藻場・干潟消失状況を把握するための調査では、1989年〜1993年時において全国の藻場と干潟の面積がそれぞれ20万haと5万haであり、これは1978年時の調査結果と比較すると、藻場で6,000ha以上(3%)、干潟で4,000ha(7%)が消滅していることになり、消失状況は増加傾向にあることがわかる*1。
一方、我が国の海岸線に沿う市町村の面積は11.5万km2と、内陸国土37万km2の1/3に満たないまでも、ここに全人口の約40%が住み、工業出荷額・商業出荷額においてもそれぞれ約40%に達し、生活・経済活動の主要な空間となっている*2。
これらのことをふまえると、浅場(藻場・干潟等)の埋め立てを規制する強固な枠組みが構築されない限りは、今後も人間生活の場の創出手段として浅場の都市的利用が展開されていくことが予想される。
2) 海洋問題を包括的に規律したことで「海の憲法」ともいえる「国連海洋法条約」(1994年発効)では、海洋の利用をめぐる“海洋秩序の維持・安定”をめざし、自国に帰属する沿岸領域では、漁業や海洋環境保護・保全などに関して沿岸国としての権利を行使できるように定められた。その後、2000年12月に農林水産省から打ち出された「水産基本政策大綱」のなかで“水産資源の適正な管理と持続的利用を基本とした食料の安定供給”が提唱され、沿岸国日本においては現在、資源管理型の水産業が求められている*3。
《参考文献》
*1 第4回自然環境保全基礎調査海域生物環境調査の調査結果(速報)、環境庁自然保護局自然環境調査室、1992
*2 長尾義三・横内憲久編、「ミチゲーションと第3の国土空間づくり」、p.6 、共立出版、1997
*3 農林水産省、「水産基本政策大綱―水産基本政策改革プログラム―」、pp.1〜3、2000
3.2.2 沿岸域における環境事業の民間事業化の必要性
我が国の沿岸域における環境創造事業の多くは、公共事業において実施される傾向にあるが、環境創造のための「資金調達」「事業効率化」「競争原理に基づく高質な空間形成」などを満たすとすれば、公共事業における環境事業を民営化する社会システム(環境PFI)を構築すべきである。
【解説】
我が国の沿岸域で実施される環境創造事業の多くは、公共事業の中で実施されている。
しかし、今後の地方都市の空間・環境整備においては、地方自治体独自の財源で賄わなければならない方向にある1)一方、現在の景気低迷下にあっては地方財政が逼迫している状況にあり、地方自治体が独自の財源で空間・環境整備を行うことは極めて困難であるといえよう2)。
そこで、これまで公共事業として進められてきた環境事業を、今後は民間事業者に権限委譲を行うといった、公共事業における環境事業の民営化システムを構築すべきである。その具体的手法として、公共事業の新たな資金調達・管理運営方法として注目されているPFI (Private Finance Initiative)を環境事業に導入した「環境PFI」を提案する。
PFIは英国で1992年に導入された民間主導型公共事業であり、民間に委ねた方が効率的と判断される公共事業は、政府が組織的にPFI導入を支援するとともに、規制緩和によってできるだけ民間に事業権限を委ねることで成功を導いたとされる事業制度である*1。
我が国では、1999年9月に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(通称PFI法)が施行されたが、現時点では施設関連を主として、環境関連では水質浄化事業がその対象とされるにとどまり、ここで提案する環境創造事業を取り上げているものは未だ存在しない。
ここで提案する「環境PFI」は、民間事業者が環境事業を実施するにあたり、行政機関との事前契約に基づいて一定の事業責任を負う一方、当該の環境事業を通じて収益を上げることを認める事業手法である。つまり、環境の質的向上をめざした空間整備を行うことにより、環境の質向上という空間の付加価値付けを達成させ、その空間的付加価値を活用することで民間事業者が独自に収益を上げていくという手法である*2。
その具体として一例をあげるとすれば、空間利用料(入場料)を支払うことで高質な海岸環境や自然との触れ合いが満喫できるいわゆる“プライベートビーチ”や“海釣公園”が該当する3)。
この手法が各地で定着すれば、地方自治体にとっては「環境事業における民間からの資金調達が可能となる」「公共事業で本来行うべき維持・管理等を民間事業者に権限委譲でき、事業の効率化が図られる」「複数の民間事業者によって展開されれば、事業者間で競争原理が働き、空間の高質化(差別化)が図られやすい」などの利点が期待できる。
【根拠】
1) 1998年に国土庁により策定された「21世紀の国土のグランドデザイン」において、沿岸域の安全の確保、多面的な利用、良好な環境の形成などを地方自治体が主体となり、総合的に管理する必要性が唱えられた*3。
また、1999年5月、43年ぶりに大改正された海岸法においても、これまでの「海岸の防護、国土保全」に加え、その目的として新たに「海岸環境の整備と保全」および「公衆の海岸の適正な利用」が位置づけられ、沿岸域・海岸の環境・利用・整備等の方針およびその実現化は、国から地方に大きく委ねられ、地方自治体の役割は拡大化されることとなった*4。
2) 沿岸域の空間整備にあたっては、その多くが海洋からの外力を制御するために、防波堤や突堤といった海岸構造物の整備が必要とされ、その分だけコスト増となりやすい(たとえば防波堤1m建設するのに800〜1,000万円を要する)。
このことから沿岸域の空間整備は、イニシャルコストが割高になりがちであることが理解できるが、このほど、2000年度より規模が小さい公共事業の実施主体を地方に移管するために、国の直轄事業の規模や費用負担率が見直されることとなった*5。まず、海岸保全・港湾・治山・砂防の4事業が直轄事業の最低規模の大幅な引上げ対象となり、たとえば堤防や消波施設を整備する海岸事業については、直轄事業とする条件を従来の事業費10億円以上から5倍の50億円以上に引き上げられた。
3) 我が国では海浜が国有地である場合が大部分であることから、現状では海浜地への入場料を徴収する事例が存在しないと思われるが、そのアプローチ空間において駐車場を設けて駐車料金を徴収することで、プライベート的海浜地を創出している事例が沖縄県に存在する。これは駐車料金を支払ってまでも当該海浜地を利用したいという利用者意識が求められる。そうした利用者意識を高めるためには、当該空間の環境管理を推進して、環境の質的向上を積極的に図らねば実現化が困難といえる。
また、海釣り公園においても入場料金を支払ってまでも当該公園を利用したいとする利用者意識を高めるまでのメリットを創出しなければならず、そのメリットを見出すためには、当該海域における魚類生息を促すような環境管理を推進していく必要がある。
これらはいずれも当該空間の環境価値を高めることで収益向上が期待できる事業手法(環境PFI)ということができる。
《参考文献》
*1 西野文雄監修、「完全網羅日本版PFI基礎からプロジェクト実施まで」、p.18、山海堂、2001
*2 大澤智憲、横内憲久、岡田智秀、内山貴信、「環境PFI」の適用に関する研究−沿岸域における環境事業の実施自治体のPFIに対する見解の把握−」、日本大学理工学部学術講演会論文集、pp.760〜761、1999
*3 日本沿岸域学会編「21世紀の国土のグランドデザインと沿岸域、第4回日本沿岸域学会講習会」、 p.15、1998.5
*4 成田頼明「海岸法改正に思う」「波となぎさ」第142号、港湾海岸防災協議会、p.5、p.36、1999
*5 日本経済新聞社:公共事業「小規模」地方に移管、日本経済新聞(朝刊)、 2000.1.21
3.2.3 公共空間・公共事業における環境事業の規制緩和の必要性
広大なオープンスペースを有した水辺の公共空間・公共事業において、「環境PFI」を実施するに際しては、事業の「永続性」「一体性(一括受注)」などを可能とする規制緩和を推進していく必要がある。
【解説】
「環境PFI」を通じて環境創造事業を行うべき適地のひとつは、生物多様性を促しやすい広大な規模を持った水辺空間である。しかし、我が国で現存する水辺の多くは、海岸・河川・湖沼などの国有地であり、そこは公物思想が定着していることから事業の許可が得にくかったり1)、いわゆる縦割りされた行政界によって水辺と背後地との一体的整備がしにくく2)、民間事業者にとっては収益事業を進めにくい空間となっている。したがって、こうした空間において民間事業者が環境事業と収益事業を同時一体で行うとした場合、公共事業や国有地等の公共空間であっても、民間事業者が収益を上げられるように、規制緩和の促進が求められる。ただし、民間事業者が営利に偏重せずに環境事業としての適正が維持されているかを監査する第三者機関が必要となること、また水辺空間という性格上、防災・防衛という観点が無視できないこと3)などから、行政機関においては環境創造・防災・防衛という点について地役権が行使できるようなシステムとすることが望まれる。
なお、公共空間であることが環境事業の支障となるのであれば、当該空間を民間事業者が購入することで、民間事業者の一元的管理が可能になるとも考えられるが、これは、民間事業者にとって費用負担増が生じることで環境事業への参入意欲低下が懸念されると同時に、上述したように海岸・河川等の水辺は、行政機関にとって防災・防衛という観点から全面的には手放せないことから、水辺における公共空間あるいは公共事業における環境事業(環境PFI)においては、官・民の明確な役割分担のもとで、可能な限り権限を民間事業者に委譲することで効率的な環境創造を推進していくべきであろう4)。
【根拠】
1) 表3−1は、環境事業における現状の問題点を捉えるために、沿岸域の環境事業の先駆的事例である「葛西海浜公園(東京都江戸川区)」と「海の公園(横浜市金沢区)」を対象として、各管理機関へのヒアリング調査を通じて得られた各事例の整備内容とその周辺事業との関連性をまとめたものである。表中の「管理体制と民間業務」より、「葛西海浜公園」以外の3つの事例は、公的団体と民間事業者により管理・運営されていることがわかる。とくに「葛西臨海公園」と「八景島」は民間事業者が独立採算方式で収益事業を実施しているものの、その根拠となる法的な仕組みは大きく異なっている。「葛西臨海公園」では観覧車が整備・運営されているが、これは民間事業者が東京都建設局から都市公園という「行政財産」の「使用許可」を受けて収益事業を実施しているものである。一方、「八景島」では(株)横浜八景島が横浜市港湾局より「普通財産」としての埋立地の「貸し付け」を受けて、アミューズメント施設の運営を実施している。
「八景島」のような「普通財産」は、原則として一般私法の適用を受けて管理処分できる財産であり(国有財産法第20条1項、地方自治法第238条の5)、賃貸借や使用貸借を含めた貸し付けなど民法の適用を受けることができる。
これに対して「葛西臨海公園」のような都市公園や国有海浜地などの「行政財産」は、貸し付けや私権の設定は原則としてできないとされている(国有財産法第18条1項、地方自治法第238条の4第1項)ため、民間事業者が都市公園や海浜の一画に施設を設置して営業するためには、数年で更新許可を得るとともに転用が許されていない「使用許可」(地方自治法第238条の4第4項)を受けることとなる。また、地方自治法第244条の2の規定により、民間事業者は海浜や都市公園の管理委託を直接に受託することはできず、民間事業者が管理・運営を行うには、公的団体が介在する必要がある。
以上のことから、「環境PFI」を実施する場合には、民間事業者が海浜などの行政財産を使用することによって収益事業を実施することが想定されるが、現状のような「短期の更新」があり「転用」の許されない「使用許可制」では、民間事業者にとって資金調達や事業の自由度を確保するうえで不安定な制度であることがわかる。
2) 表3−1の「事業経緯」をみると、「葛西海浜公園」は「海上公園葛西沖構想」に、「海の公園」は「海の公園基本構想」に基づいていることがわかるが、構想計画の段階では、それぞれ周辺の「葛西臨海公園」および「八景島」を含めて施設整備と環境・利用の面で一体的に計画されていることがわかる。
表3−1 環境事業および周辺事業の概要*1〜3
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しかし、事業の実施方法や法的な取り扱いの違いにより、事業主体や最終的な所管は表中の「管理機関」に示すように異なっている。そのため、実質の管理・運営業務もそれぞれ異なる機関に委託されている。
また、「相互の関連性」をみると、所管および管理機関相互では、工事に関する日程や駐車場料金の一律化などについての協議は実施されているものの、環境や利用面については周辺事業を含めて一体的に管理・運営するための協議や取り決めが行われていないことがわかる。沿岸域における環境や防護、利用に関する整備にあっては、空間的連続性を考慮することが不可欠であることから、背後地域や周辺地域と一体的に計画して管理することが重要となる。
そこで、調査対象事例のような環境事業を「環境PFI」で実施する場合には、周辺事業も含めて管理・運営を一括することで、環境・防護・利用の調和がとれた一体的な空間が創出されやすくなると思われる。また、周辺事業を含めることで民間事業者の収益確保の機会が増し、周辺事業の運営により得た収益を、海浜整備費に充てるといったことも期待できよう。
3) 表3−2は、我が国の海岸線に隣接する49すべての都道府県および政令指定都市を対象に実施したアンケート調査において、「環境PFI」を実施するとした場合の障害となる事項・回答数を示したものである。
表3−2 従来の公共事業で行われていた環境事業を民間に権限委譲する際の障害*4
事項 |
全機関(N=47) |
導入を検討中の機関(N=9) |
導入は未検討の機関(N=35) |
回答数(%) |
重視数(%) |
回答数(%) |
重視数(%) |
回答数(%) |
重視数(%) |
a.沿岸域の自然環境リスク(波・風・台風・塩害など)が大きく民間に任せられない |
30(63.8) |
8(17.0) |
4(44.4) |
2(22.2) |
25(71.4) |
6(17.1) |
b.沿岸域で行われる環境事業は、国土保全も含まれ、公共が行うべき |
19(40.4) |
9(19.1) |
2(22.2) |
0(0.0) |
16(45.7) |
8(22.9) |
c.環境事業に参入する民間企業が少なく最適な事業者を選べない |
15(31.9) |
3(6.4) |
2(22.2) |
0(0.0) |
12(34.3) |
3(8.6) |
d.環境事業の技術・手法が完全に確立されていない |
14(29.8) |
3(6.4) |
1(11.1) |
0(0.0) |
12(34.3) |
3(8.6) |
e.従来と比べ事業者選定に時間と費用がかかり手続きが煩雑になる |
10(21.3) |
6(12.8) |
2(22.2) |
1(11.1) |
8(22.9) |
5(14.3) |
f.民間事業者にとって採算を確保できるだけの利益が上がらない |
9(19.1) |
5(10.6) |
2(22.2) |
2(22.2) |
5(14.3) |
2(5.7) |
g.前例がない |
5(10.6) |
2(4.3) |
0(0.0) |
0(0.0) |
5(14.3) |
2(5.7) |
h.従来の方法が環境事業を行う手法として大きな問題がない |
2(4.3) |
0(0.0) |
1(11.1) |
0(0.0) |
1(2.9) |
0(0.0) |
i.PFI導入に伴う規制緩和が出来ない |
2(4.3) |
2(4.3) |
0(0.0) |
0(0.0) |
2(5.7) |
2(5.7) |
j.生態系の創造・回復等の価値をコストとして定量化することが困難 |
2(4.3) |
0(0.0) |
1(11.1) |
0(0.0) |
1(2.9) |
1(2.9) |
k.リスクの分担と明確化 |
2(4.3) |
1(2.1) |
1(11.1) |
0(0.0) |
1(2.9) |
1(2.9) |
l.その他 |
5(10.6) |
4(8.5) |
2(22.2) |
2(22.2) |
3(8.6) |
2(5.7) |
無回答 |
3(6.4) |
- |
2(22.2) |
- |
0(0.0) |
- |
注) 調査は1999年10年31日から12月20日の期間に実施し、有効回答は49自治体中43自治体で47機関である。なお、回答には各自治体や回答機関の意思を代表するものではない回答者個人の判断も含まれる。ここでいう機関とは、各自治体でアンケートを回答した部局(具体的には港湾課、企画課、計画課な)のことで、一つの自治体で複数機関からの回答もあったため、回答機関数が上回るっている。
「全機関」および「導入を検討中の機関」の指摘は、「a.沿岸域の自然環境リスク(波・風・台風・塩害など)が大きく、民間に任せられない」(「全機関」63.8%、「導入を検討中の機関」44.4%)、「b.沿岸域で行われる環境事業は国土保全も含まれ、公共が行うべき」(40.4%、22.2%)、「c.環境事業に参入する民間企業が少なく最適な事業者を選べない」(31.9%、22.2%)の順で多く、重視率は「全機関」において「a」(17.0%)、「b」(19.1%)が高い。これらのことより、環境事業においては沿岸域の特性に関わるリスクと責任の分担が難しいと考えていることがわかる。公共が環境事業における従来の役割を民間に委ねた場合、民間がその責務をまっとうできるかを懸念しているものと捉えられる。
4) 表3−3は、上記3)と同様のアンケート調査において、これまで公共事業で行ってきた環境事業を、今後、民間事業者への権限委譲する意志があるかどうか問うた結果を示したものである。これより「全機関」では「c.わからない」(59.6%)と「a.少しでも可能性がある」(38.3%)に分かれ、「b.全く可能性がない」との指摘は皆無であり、 また「導入を検討中の機関」の9機関においても「全機関」と大きく変わらない指摘傾向となった。
このことから、民間事業者への権限委譲の可能性は少なからず否定はされておらず、肯定的に受け止められつつある状況が理解できる。
表3−3 従来の公共事業で行われていた環境事業を民間に権限委譲することの可能性*4
【単位:機関】
可能性 |
全機関 (N=47) |
導入を検討中
の期間 (N=9) |
導入は未検討
の期間 (N=35) |
回答数 (%) |
回答数 (%) |
回答数 (%) |
a. 少しでも可能性がある |
18 (38.3) |
2 (22.2) |
15 (42.9) |
b. 全く可能性がない |
0 (0.0) |
0 (0.0) |
0 (0.0) |
c. わからない |
28 (59.6) |
6 (66.7) |
20 (57.1) |
無回答 |
1 (2.1) |
1 (11.1) |
0 (0.0) |
合計 |
47 (100.0) |
9 (100.0) |
35 (100.0) |
注) 調査は1999年10月31日から12月20日の期間に実施し、有効回答は49自治体中43自治体で47機関 である。なお、回答には各自治体や回答機関の意思を代表するものではない回答者個人の判断も含まれる。ここでいう機関とは、各自治体でアンケートを回答した部局(具体的には港湾課、企画課、計画課など)のことで、一つの自治体で複数機関からの回答もあったため、回答自治体数より回答機関数が上回っている。
《参考文献》
*1 内山貴信・横内憲久・岡田智秀・山崎正人、「沿岸域における“環境PFI”の導入に関する研究― その2.環境事業の先駆的事例からみる民間参入に対する現行法上の問題点 ―」、日本大学理工学部学術講演会論文集(海洋建築部会)、pp.798〜799、2001
*2 東京都建設局、東京都都市計画事業葛西沖開発土地区画整理事業誌「今よみがえる葛西沖」、pp.96〜98、1995.7
*3 横浜市港湾局、「横浜市海の公園島部開発基本構想」、pp.1〜5、1986.3
*4 内山貴信・横内憲久・岡田智秀、「沿岸域における環境事業等のPFI導入の可能性に関する考察―地方自治体の視点から―」、日本沿岸域学会論文集No.13、pp.47〜56、2001
3.2.4 自然環境に悪影響を与える開発者(受益者)への代償措置義務化の必要性
開発を実施するに際し、当該開発が自然環境に損失をもたらす場合には、当該の開発事業者などの受益者がその代償措置を施すことで、現状の自然環境(質・量)を今以上に失わせない(no-net-loss)よう、代償措置を義務化すべきである。
【解説】
我が国で1997年に成立した「環境影響評価法」の中でミチゲーションの概念補注が明示され、その重要性が認知されるようになった1)。それまでの我が国の環境関連法制といえば、代償ミチゲーションのような自然環境への補償を促す制度が存在しない。しかし、我が国の国土の狭小性に着目すれば、自然環境保護に偏重して開発行為を一切禁止することはきわめて困難である一方、開発行為が進めば有限ともいえる自然環境が少しずつ減少していく状況をふまえると、我が国の環境管理にあっては、代償ミチゲーションのような環境補償を積極的に推進する方策(義務化)を取るべきである2)。
さらにこの代償措置の義務化に際して、代償措置が課せられた開発事業者にとって、その代行、たとえば「他者に代償措置を委託できる」または「あらかじめ環境事業などで創出された環境の購入をもって代償措置とする」ことなどが認められるとすれば、環境創造を事業の中心とする「環境PFI」の実施主体(民間事業者)にとっては、開発事業者に環境を売却でき、その対価として環境創造事業費(代償措置代行費用)を徴収することが可能となり、「環境PFI」にとっては、新たな資金源が確保できると同時に“環境ビジネス”という新規産業創出の可能性が生じてくるといえる3)。
補注;
ミチゲーション(Mitigation)とは、米国において1970年代から実施されている環境管理制度である。我が国でも「環境影響緩和措置」として知られるこのミチゲーションは、開発行為が自然環境に与える負の影響を「回避」させることを第一義とし、それが不可能であれば、その影響を「最小化」させ、それでも自然環境に与える負の影響が認められる場合には、それに見合う環境創造を人為的に行うことで「代償措置(代償ミチゲーション)」を施す制度である。
【根拠】
1) 1997年に成立した環境影響評価法(1999年施行)では、基本的事項第三、二(1)において、「環境保全措置の検討に当たっては、環境への影響を回避し、又は軽減することを優先するものとし、これらの検討結果を踏まえ、必要に応じ当該事業の実施により損われる環境要素のもつ環境の保全の観点からの価値を代償するための措置(以下「代償措置」という。)の検討が行われるものとすること。」というミチゲーションの概念(回避、軽減、代償)の重要性が明示されている。
2) 上記1)の法の中では「ミチゲーション」という言葉は明示されておらず、また代償措置の義務化を規定するものではなく、あくまでも配慮事項にとどまっている。
一方、この環境影響評価法の施行を受けて、埼玉県志木市の「自然再生条例」では、工事等によって当該地域の緑の総量が現状よりも減らぬよう工事の事前評価を行い、保全できない緑量については、代替地を確保して緑の再生を義務化することが検討されている*1。これより、今後は条例レベルでの代償措置義務化が促進される傾向にあると考えられる。
3) 米国では、ミチゲーションバンクと呼ばれる事業主体が、あらかじめ良質かつ安定した環境創造・増強を展開し、代償措置が必要とされる開発事業者は、その創造・増強された環境の中から開発事業者自身が補償しなければならない分だけ環境をクレジットとして購入するとともに、購入した環境を当該事業主(ミチゲーションバンカー)に永久管理を委ねることによって「開発前に代償措置を完了させる」という「ミチゲーションバンキングシステム」が実行されている。
このミチゲーションバンキングシステムは、代償ミチゲーションで生じやすい問題点を補うために考案されたものであり、従来の問題点として「土地が安価であるが環境創造が困難な小規模敷地でのミチゲーション失敗例が顕在化した」「専門知識に乏しい開発事業者自らが実施することによるミチゲーション失敗例が顕在化した」「敷地不足から開発地から離れた場(off-site)での異種対象(out-of-kind)のミチゲーションが増加した」「動機づけに弱い開発事業者主体の代償措置は途中で頓挫(中断)されがちである」ことなどがあげられ、これらに対してミチゲーションバンキングでは、「環境創造・増強を促しやすい広大な敷地で創造・増強事業を行う」「専門家集団によって事業を実施する」 「周辺地域(on-site)の開発でダメージを受けやすい生物と同種(in-kind)の生物を育成する」「以上の手立てによってあらかじめ創造・増強された良質な環境を対象として事前補償(代償措置)を完了させる」ことによって従来の問題点を補うことを実現させている。
以上のように、ミチゲーションバンキングは代償ミチゲーションの問題点を補うために考案された必然性の高いミチゲーション支援システムであり、米国ではミチゲーションを遂行する上で大きな役割を果たしている*2。
代償措置(代償ミチゲーション)を我が国で実施するとなれば、かつて米国で生じた同様の問題点が発生することが予想されるとともに、国土の狭小性からミチゲーションサイトが確保しにくい国土事情などをふまえると、我が国でもミチゲーションバンキングの導入が求められる。
その日本型ともいうべきシステムとして、これまでに提案した「環境PFI」と「代償措置の義務化および代償措置代行の許可」の複合的な制度がぜひとも必要になってくる。
《参考文献》
*1 朝日新聞(朝刊)「自然破壊したら別の場所に緑を」、2001.9.4
*2 岡田智秀・横内憲久・宇於?勝也「米国における環境管理制度の支援システムとその運用実態―カリフォルニア州のミチゲーションバンキングについて―」、第36回日本都市計画学会学術研究論文集、pp.379〜384、(社)日本都市計画学会、2001