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2. 沿岸域管理の概要
2.1 沿岸域管理の理念
 日本沿岸域学会2000年アピールでは、沿岸域管理の理念を「沿岸域は、国民全体の共有財産であり、かつ社会的共同財である。国民はすべて、沿岸域環境の恩恵を享受し、また国民一人一人が沿岸域環境を利用する平等な機会を有する。しかし、その利用にあたっては、沿岸域が共有の財産であることを十分認識し、個々の利用によって沿岸域の持続的利用が損なわれてはならない。」*1としている。本論においても、この理念を用いることとするが、ここで特徴的なことは、国民に「沿岸域環境を利用する平等な機会」を与えていることと、「持続的利用」を示したことであろう。
 「沿岸域環境を利用する平等な機会」を実現するために、制度としては、前節1.3で述べた「既存管理制度等とのコンフリクト」を解消に向かわせなければならない。また、空間としては、沿岸域へのアクセス機会を保証することであり、米国の沿岸域管理法が他に先駆けてパブリックアクセスの充実を示したように、海岸線へのアクセス確保が不十分である我が国の沿岸域では特に重要な要件である。
 「持続的利用」に関しては、長尾・横内が「持続性のある沿岸域計画とは人が豊かな生活を求める各種の事業を全面否定するのではなく、個々の事業の環境影響を広範にとらえ、これまで考慮しなかった生物系を含めた「自然の場」で評価し、それを悪くしないこと(no-net-loss)を前提に、さらによくすること(net-gain)をめざし、長期・広域の国土計画のなかに沿岸域全体を位置づけるものである。」*2と述べているように、生態系に人間を組み込むこととなる。
2.2 沿岸域の範囲
 沿岸域の範囲については、これまでさまざまな定義づけがなされてきた。たとえば、沿岸域という言葉が公に初めて使われた1977年の三全総では、「海岸線を挟んで、陸域と海域を一体としてとらえて沿岸域とする」として、定性的な空間概念を示した。米国の沿岸域管理法*3では「領海内の沿岸水域および沿岸陸地」とし、また、「沿岸陸地」は、「沿岸陸地の管理に必要な範囲までとし、その利用が沿岸水域に直接的影響を及ぼす範囲」というように、きわめておおらかな規定となっている。一方、韓国の沿岸管理法*4では、海域を領海まで、陸域は500mから最大1,000mまでとし、明確に空間の範囲を数字として表わしている。
 日本沿岸域学会2000年アピールでは、「海域においては海岸線から領海までとし、陸域は海岸線から海岸線を有する市町村の行政区域、および必要な場合はその沿岸域に大きな影響を与える河川流域の範囲を最大として、当該沿岸域の地域特性に応じて決定する。ただし、いずれの場合も、陸域と海域の両地域を包含することとする。」*1として、数字としてはないが、陸域の範囲を市町村の行政区域と明確に空間を規定している。これは、沿岸域管理の実施に重点をおいた、より現実的な考えからであろう。同様な例は、オーストラリアのCSIRO(Commonwealth Scientific and Industrial Research Organization)の定義「海域での範囲は自国の領海の範囲とし、陸域についてはその区域を管轄する市町村の行政区域内としている」*5にもみられるし、長尾らも、沿岸域の管理を考えれば、市町村境界までを沿岸域の陸域の範囲とみる妥当性を説いている*6
 2000年アピールでは、定義した沿岸域をさらに3つに区分して、「コアエリア―陸域は海岸植生の限界である概ね海岸線から100m、海域は藻場の限界水深である概ね水深20mまで」、「基本エリア―陸域は沿岸市町村の行政区域、海域は海岸線から沖合5海里まで」、そして「広域エリア―陸域は海域に影響を与える河川流域の範囲、海域は領海まで」で構成されている(図1−1)。沿岸域の特性が最も高く、生態学的にも重要な空間をコアエリアとして認めている。このような沿岸域の区分は、スペインのSpanish Coastal Act.(1998)にもみられ、同法のMTPZ(Maritime-Terrestrial Public Zone)とよばれる低潮位線から波浪の及ぶ範囲までの陸域のうち、海岸線から100mを最も保全を優先する場所としている*5
 このように、沿岸域の範囲はそれぞれ多様であるが、沿岸域管理を前提として、それを法制にまで昇華させるとするならば、現在の諸データの蓄積や組織体制を考慮して、陸域は行政区域まで、海域は領海とするのが妥当であるといえよう。
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図1−1 2000年アピールにおける沿岸域の範囲のイメージ*1
2.3 沿岸域管理計画の概要
 沿岸域管理を具体的に、また社会的に知らしめるには、一般に「沿岸域管理計画」といった、法制等に則った全体像の策定が求められる。管理計画には少なくとも以下のような要件を示すべきであり、当該地域の固有性を十分に反映したものとしなければならない。
[1]沿岸域管理の理念と目標
[2]管理区域の設定
[3]管理区域内に現存する資源・環境・利用の実態把握
[4]実態の評価と問題点の抽出
[5]問題点の解決方策
[6]管理区域内の将来像(グランドデザイン)
[7]管理手法の提示
[8]管理主体の構成と役割
[9]プログラム策定(目標年次、優先順位、タイムシェアリング等)
[10]財政計画
[11]法制度整備
[12]監視体制
[13]不服申し立て
[14]実効性の確認(モニタリングと情報公開等)
 これらは、当該地域の管理計画に直接関わるものであるが、このほかに隣接する市町村や都道府県との調整も必要となってくる。
 
《参考文献》
*1 日本沿岸域学会、2000年アピール委員会、日本沿岸域学会・2000年アピール―沿岸域の持続的な利用と環境保全のための提言―、2000
*2 長尾義三、横内憲久監修、ミチゲーションと第3の国土空間づくり、共立出版、1998
*3 畠山武道、アメリカの環境保護法、北海道大学図書刊行会、1992
*4 国土庁計画・調整局、沿岸域圏における総合的な管理計画策定に関する調査報告書、2000
*5 敷田麻実,横内憲久、今後の日本の沿岸域管理に関する研究、日本沿岸域学会論文集No.14、2002
*6 長尾義三監修、沿岸域計画思考入門、日本港湾協会,1982








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