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3. 世界の資源管理体制
 ここでは、新たな資源管理体制再構築の前提として、現在の世界の資源管理体制を概観しておく。資源管理体制は各国に固有の漁業の条件を背景として、それぞれ独自に発展を遂げてきた。しかし、行政や研究側の条件が必ずしも十分に整備されているとはいえない途上国は別として、資源管理体制の下で導入される具体的な管理手法に関しては一定の収束傾向が見られ、各国の管理体制もほぼ同様の形態に収斂しつつあるように見える。その中にあって従来、資源管理体制構築に際しては世界の主要漁業国と若干異なるアプローチをとってきた日本も、新国連海洋法の成立に伴い管理手法の世界統一基準化の流れの中で変化しつつある。以下ではこのような流れを念頭に置きながら、欧米と日本の漁業管理の比較という形で世界の資源管理体制の概況を整理する。
3.1 欧米と日本の漁業管理比較の視点
 欧米と日本の漁業管理のあり方を比較するときの視点(あるいは評価軸)として考えられるものに次の3点が上げられる。
[1]open access(参入自由)かlimited entry(参入制限)か
[2]output control(産出規制)かinput control(投入規制)か
[3]top-down management(行政主導型)かbottom-up management(自主管理型)か
以上の3点である。
 [1]の参入自由か参入制限かという視点は、漁業への参入(すなわち着業)が原則的に自由に行えるか、あるいは参入に規制があるかどうかという点である。欧米の漁業では基本的には参入自由が原則となっている場合が多い。これは、資源(この場合水産資源)は基本的には漁業者だけのものではなく、国民全体のものであるとする、資源に対する欧米の伝統的な捉え方に由来しているものである。したがって、資源の利用を望むものは制限を受けないという考えが基本となるのである。これに対して、参入制限は日本漁業の前提となるものである。日本では特定の水産生物や漁法を除いて、捕獲行為が特定の者(漁業者)以外には許されていない。これは、日本では資源の利用に関する既得権が重要視され、資源はそれに依存して生計を維持している者に優先的に利用権を与えるという考え方が伝統的にあったからであろう。
 [2]の産出規制か投入規制かという視点は、漁獲の結果(output)である水揚量を規制するのか、あるいは漁獲のための投入量(input)である努力量を規制するのかという点である。言い換えれば、漁業の出口での規制か入り口での規制かという視点である。欧米の漁業管理の基本は、漁業の出口規制である産出規制である。産出規制といってもその具体的な手段は、TAC制、IQ制、ITQ制など様々である。これらについては後で詳しく述べる。一方、日本の漁業管理の基本は伝統的に投入規制であった。言い換えれば、漁獲に関する努力量の規制であるが、その手段は漁船隻数制限、漁期制限、漁場規制、漁具規制、馬力規制など種々である。投入規制も実は多くの場合、それを通じて水揚量の抑制が達成されることを想定しているのであるが、水揚量の規制という直接的な措置がとれずに、妥協の産物としての投入規制に落ち着かざるを得なかったというのが実情である。このような観点からは、産出規制を直接的規制、投入規制を間接的規制と呼ぶこともできる。
 [3]の行政主導型か自主管理型かという視点は、漁業管理における直接的な責任の所在をどこに求めるのかという点である。漁業管理措置の実施を受けて、漁業の現場でそれを実践するのは漁業者に他ならないが、その管理の枠組みを作り上げる主体が行政側にあるのか漁業者側にあるのかといった違いである。欧米では一般的には行政主導型の管理が主流であり、それに対して日本では自主管理型が中心であるといわれる。欧米を中心として実施されているような、許容漁獲量をあらかじめ設定しておき、水揚量をその範囲内に収まるように管理するという方式の下では、許容量の設定に関して行政側(研究機関も含めて)の強いリーダーシップが求められ、それに基づく規制の実施に関しても行政側の主導性が問われることになる。これに対して、許容量の設定を伴わない、投入規制を中心とする日本型の管理方式では、行政側が管理に関して実質的に深く関与する場面が少なく、規制の実施に関する行政側の主導性はそれほど問われない。むしろ漁業者間の相互監視によって効率的に規制措置の遵守が達成されるという実態があるのである。
3.2 欧米の漁業管理
3.2.1 欧米の漁業管理の流れ
 欧米あるいは日本を問わず、その漁業管理が当初から現在と同じ形態で行われてきたわけではなく、その時々の漁業のおかれた条件の下で、漁業が直面する問題への対応として管理措置が考えられ、その変遷の結果として今日の形態がある。そこで、欧米での漁業管理の大きな流れを概念的にまとめると以下のようになろう。
 欧米での漁業の原則である参入自由の下で、漁期、漁場、漁具制限といった投入規制の実施をおこなってきたが、漁業資源の衰退傾向が見え始めると、投入規制だけでは資源衰退に対処できないという認識が出てきた。これを受けて、参入自由の原則は維持しつつ、総漁獲量を制限するという産出規制(TAC制)の併用が出現するようになる。しかし、TAC制が導入されても、参入自由の原則の下で依然として漁船数の増加が続き、また先取り競争のための漁船能力拡大競争による過剰投資が進行した。このような状況を受けて、今日ではTAC制を基本としながらも、より緻密な漁業管理方式の導入がはかられるようになってきた。このような流れの中の一つとして、従来の参入自由の原則から次第に参入を規制する方向へ転換する傾向になりつつある。また、許容漁獲量の範囲内で個別の漁業者に許容量(漁獲枠)を割り当てるという方式の導入が多く見られるようになってきたのもこのような流れの一つである。個別割当方式にはIQ制、IVQ制、ITQ制などがあり、それぞれの漁業のおかれている条件によって導入される方式が異なっている。
 欧米の漁業管理方式の多くは日本にはなじみのうすいものが多いので、各方式の簡単な説明を以下に示しておく。
 
[1]TAC(Total Allowable Catch:総許容漁獲量)制
 魚種毎に、漁獲できる総量(総許容漁獲量:TAC)を漁期前にあらかじめ設定し、それを超えると当該魚種の漁獲を中止するという管理方式。許容漁獲量の設定基準としては一般的にMSY(最大持続生産量)を用いることが多くなっている。
[2]IQ(Individual Quota:個別漁獲割当)制
 IVQ(Individual Vessel Quota:船別漁獲割当)制
 TACの範囲内で、漁業者が自由に競争して取り合う(この方式を通称オリンピック方式と呼ぶ)のではなく、TACをあらかじめ個別の漁業者あるいは漁船に割り当てておき、各個人あるいは船はその割当の範囲内での漁獲のみが許されるという管理方式。TACを前提としているので、各個人は魚種毎にIQを持つことになる。
[3]ITQ(Individual Transferable Quota:譲渡可能個別漁獲割当)制
 漁獲管理に関してはIQ制と同様の方式であるが、その割当量(quota)に譲渡性を持たせる方式。漁獲割当をもらった個人が何らかの理由でその割当の一部あるいは全部を利用できない場合、その割当を他の漁業者に金銭で譲渡する(すなわち売買する)ことができ、その割当を買い取った漁業者は自分の本来の割当に、新たに買った割当を加えた量を漁獲できる。すなわち、漁獲割当が個人の資産となり売買を通じて流通することになる。売買は個別の交渉で行われるのではなく、入札等の公開の場で行われ、割当の価値は固定的ではなく、その時々の状況によって変化することになる。
 
3.2.2 欧米の漁業管理の現状
 欧米における漁業管理方式の導入状況を示したのが表2である。資料の関係上、OECD加盟国のみの状況であるが、いわゆる漁業先進国あるいは管理先進国はほとんどこの中に含まれていると見てよい。報告の漏れも考えられ完全な資料ではなく、また1994年という少し前の資料であり、その後多くの国で管理体制の変化が起こっていることを考えると、これを現状と理解することには若干の抵抗があるが、当時の各種管理方式の導入状況の概要が見て取れる。表2によれば、OECD加盟国のほとんどにあたる17カ国でTAC制が導入されており、当時漁業先進国の中でTAC制を導入していないのは日本ぐらいであった。日本もその後1997年からTAC制度が導入されている。当時のこのような状況からも世界的に見た場合の日本の漁業管理体制の特異性がうかがえる。TAC制が広く導入されている一方で、IQ制やITQ制はまだそれほどの広がりを見せるには至っていない(1994年以降かなり広がっている)。しかし、それでもIQ制とITQ制をあわせるとOECD加盟21カ国の約4割が同方式を導入していたことになり、漁業管理方式の大きな流れとなりつつあるといえる。TAC制、IQ制、ITQ制ともに産出規制の範疇にはいる管理方式であるが、一方、投入規制に分類される努力量規制や免許制も広く用いられている。とくに努力量規制はTAC制とほぼ同様の15カ国で導入されており、日本でもこの方式がとられている。ただ、日本と欧米先進漁業国との大きな違いは、欧米の多くがTAC制とともに努力量規制も併用しているのに対し、日本では努力量規制のみにとどまっていたという点である。すなわち、欧米の管理方式が投入規制と産出規制の併用型であるのに対し、日本では投入規制のみとなっていたのである。このように見ると、表面的には日本の漁業管理は欧米よりも甘い体制下にあるといえるが、その一方で日本における自主管理組織による管理の存在は近年とくに注目されるようになってきた。自主管理組織による管理方式は欧米では数少なく、この方式が日本で広く普及している点とは対照的である。このように、日本の漁業管理のあり方は欧米とはかなり様子が異なり、漁業先進国の中ではきわめて特異な存在といえる。このような特異な状況に至った背景には、それぞれの漁業のおかれている条件の違いが大きく関わっている。したがって、これらの条件の違いの解明なしに、ただ単に欧米の管理方式を導入しようとしても無理であり、また同様に欧米においても日本型の自主管理組織による管理の導入は容易ではない。
表2 世界の漁業管理の概況(1994年2月時点)
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注1:報告もれも一部にある。
注2:○印は実施されていることを示すが、100%この手法かどうかは不明。
資料:中西孝「OECD水産委員会の漁業管理研究」(1994年度漁業経済学会退会報告資料より)
 
 次に、近年とくに注目されるようになってきたITQ制の導入状況を示したのが表3である。ITQの対象漁業種類や魚種の範囲は国によってまちまちであり、既導入国といってもその程度は一様ではない。全般的に見れば、ITQ制の導入に関してもっとも進んでいるのは、アイスランドとニュージーランドである。導入を計画中の国もあり、今後さらに導入国の増加が予想される。
 欧米の漁業管理の大きな流れが、TAC制に基づくものであり、またITQ制の導入も進んできたことはすでに述べたとおりであるが、一概に欧米といっても、その管理の様子は一様ではなく、それぞれの国の漁業の置かれている条件の下で独自の管理がなされている。ここでは、欧米各国の漁業管理の現状について、その特徴的な部分のみについて列挙し、相互間の相違を概観することにする。各国の管理の現状については山本・真道(1994)の中で各氏が各国別の漁業管理の状況を説明した部分を参考としたが、資料が古いために現在では状況が変化している点に留意願いたい。
 
* 山本忠・真道重明編著「世界の漁業管理(上巻、下巻)」、海外漁業協力財団(1994)
表3 世界のITQ実施状況(1992年9月時点)
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【アイスランド】
 同国では、漁業は輸出額あるいはGNPに占める割合からみて、きわめて高い産業的位置を占めている。同時に、ITQ制導入の最先進国として世界的に注目を集めている国でもある。そこで、ここではITQ制に至る漁業規制措置の導入過程を年表で示すことによって同国の漁業管理の概況をみることにする。
1966年:ニシンに総漁獲枠(TAC)を設定する。
1972年:ニシンのTACがゼロとなる。
1975年:主要底魚にTACを設定する。200海里水域を宣言する。
1976年:ニシン漁業にIVQ制(個別船別漁獲割当制)を導入する。
1979年:ニシン漁業にITQ制を導入する。
1980年:カラフトシシャモ漁業にIVQ制を導入する。
1984年:主要底魚漁業にITQ制を導入する。
1986年:カラフトシシャモ漁業にITQ制を導入する。
1990年:全漁業にITQ制を導入する。
以上のように、現在ではすべての漁業がITQ制の下での管理に統一されている。アイスランドの漁業管理の特徴点をまとめると以下のようになる。
 [1]漁業ライセンス(譲渡不可)とITQ制の併用による管理。
 [2]割当枠はTACに対する比率を使用。
 
【ノルウェー】
 同国の漁業対象資源の多くはECやロシアなどとの共通資源であり、したがってその管理も自国内の管理だけでは完結しない。すなわち、主要魚種のほとんどについて関係国間での協議によってTACが設定され、その一部がノルウェーの分となり、それに基づいて同国の管理が行われることになる。同国のこのような漁業管理の特徴点をまとめると以下のようになる。
[1]ICESの勧告に基づいてTACを設定する。なお、ICESはノルウェー、アイスランド、ECにMSY水準の提示を行っている。
[2]特定の沖合漁業について、参入制限とIQ制による管理を実施している。
[3]沿岸漁業ついては、沿岸漁業分として配分された漁獲割当を漁業間で自由競争により漁獲している。
 ICES(International Council for the Exploitation of the Sea):北東大西洋の漁業資源の調査研究と資源管理に関する勧告を目的として設立された機関である。大西洋に面するヨーロッパのすべての国を加盟国とし、1902年に創設された。
 
【ECの共通漁業政策】
 1976年までは北東大西洋漁業委員会(NEAFC:North-east Atlantic Fisheries Commission)が漁業管理実施機関として機能を果たしていた。しかし、200海里水域設定によりEC諸国の漁業水域がいずれも互いに大きく重なり合うという状況となったために、EC漁業水域の漁業管理をNEAFCからEC委員会に引き継ぐことにした。ここにおいて、EC委員会はEC諸国の漁業水域を統合し、そこを加盟各国が共同で利用する漁業政策を実施することとした。これが共通漁業政策(Common Fisheries Policy)と呼ばれるものである。以下に、この共通漁業政策の特徴点を挙げた。
管理理念:
[1]EC諸国の200海里水域(Fish Pond)を統合的に管理し、EC諸国が共同で利用する。
[2]Fish Pondの利用は原則的には平等とする。実際には現在、この原則は実質的な凍結状態にあり、12海里以内は沿岸国による管理が実施されている。
管理システム:
[1]ICESによるMSYの提示を受け、それに基づいてTACを設定する。
[2]ECに与えられたTACの範囲内で加盟国に漁獲枠を割り当てる。
[3]国別漁獲枠の遵守状況の監視は各国政府の責任の下で行う。
管理システムの問題点:
[1]科学的根拠に基づくTAC設定が困難。
[2]混獲漁法への対応が困難。
[3]海上投棄の増加。
[4]社会経済的視点の欠如。
[5]国別枠の監視が各国に任されているので厳密ではない。
[6]EC加盟各国の要望により、TACがICESの勧告数値よりも上方に修正されがち。
 
【アメリカ合衆国】
 同国の現在の漁業管理の大きな特徴点として次の2点を挙げることができる。
[1]基本原則は参入自由の下でのTAC制。
[2]参入自由の下で起きる諸問題への対応として、ITQ制への移行をはかっている。
1994年からはギンダラにITQ制を導入。
1995年からはハリバット(オヒョウ)にITQ制を導入。
1996年からはその他の底魚類に参入制限を導入する予定となっている。
 参入制限に対する抵抗がある反面、参入自由の下での漁業管理が期待通りに機能しないという現実を前に、参入制限導入の必要性が検討されている。
 
【カナダ】
 1977年以降、ライセンス制、参入制限、IQ制、ITQ制の導入が順次始められた。
 具体的な管理方法は漁業、魚種によって互いに異なり、おおよそ次の3つに分類される。
[1]TACまたはTACを漁船規模や漁法別に細分化したものを、参入自由の下でオリンピック方式による自由競争で漁獲する。
[2]TACの下で、参入制限により限られた漁業者によって自由競争で漁獲する。
[3]固定重量またはTACの一定比率を個人別、船別、または企業別に漁獲権利として配分する。
 1982年に沖合底魚トロール漁業に企業別漁獲割当が設定されて以来、IQ方式あるいはITQ方式が増加しており、今後もこの管理方式が主流となることが予想されている。
 
【ニュージーランド】
 漁業振興策の推進とも関連して比較的短期間に漁業管理措置を大きく変化させてきた国であり、またその中でITQ制を先進的に導入し、その行方に高い関心が寄せられている。ここでは、ITQ制導入に至る過程を概観してみよう。
 同国では漁業の産業的発展が遅れていたために、沿岸漁業について1963年に従来のライセンス制に代えて参入非制限制を導入し、漁業への投資意欲のある者には許可を与えるだけでなく、資金的援助や税金の優遇措置などを供与して漁業振興を図った。このことが多くの沿岸魚種における過剰漁獲を生み出すこととなった。
 1978年の200海里施行以後、沖合水域に関してTAC制を導入し、国内漁船、合弁船、外国船(国内船、合弁船への割当後余剰がでた場合)の優先順位で漁獲量の割当を行った。ここにおいても、国内漁業振興のための優遇措置がとられ、結果的に過剰な漁獲能力の出現を招いた。
 これらを受けて、1982年にはすべての漁業許可の新規発給の停止措置がとられ、それまでの参入非制限に基づく管理の見直しを図ることになった。そして、1983年には沖合魚種7種について国内企業(9社)を対象とする実質的なITQ制管理を導入した。これに続いて、1986年には沿岸漁業にも全面的にITQ制が導入されることとなった。1990年には、各業者の持つITQを固定重量制からTACに対する比率へと変更する措置がとられた。これは、固定重量ITQの下では、TACの削減に伴うITQの減少分は政府が買い上げることになるために、そのITQ購入費用が大きくなることが問題となったからである。
 
【オーストラリア】
 オーストラリアの漁業管理は、基本的に沿岸から3海里までを州政府が、3海里から200海里までを連邦政府が管轄している。このような管轄区分の下、1980年代初めまではライセンス制、漁具規制、漁期規制等の投入規制を用いていたが、その後特定の漁業にITQ制が導入されて、現在では投入規制とITQ制を含む産出規制の二本立ての管理となっている。
 連邦政府管轄漁業の多くは投入規制による管理を実施しているが、その中でITQ制を導入しているのはオーストラリア南東海域を漁場とする底曳網漁業を対象とする南東漁業とミナミマグロ漁業である。まず、1984年に、資源の衰退傾向が顕著であったミナミマグロ漁業にITQ制が導入された。次いで、1988年から89年にかけて漁獲圧力の上昇が懸念されていた南東漁業の2魚種についてTAC制あるいはITQ制が導入された。南東漁業ではさらにその後の1992年に、16魚種についてITQ制が導入されることとなった。
 各州政府管轄漁業の管理手法はほとんどが投入規制であるが、一部にITQ制を含む産出規制を実施している魚種もある。ITQ制の導入状況についてみてみると、西オーストラリア州のアワビ漁業、南オーストラリア州の南部水域のロックロブスター及びアワビ漁業、ビクトリア州のアワビ漁業、タスマニア州のアワビ漁業、ニューサウスウェールズ州のロックロブスター及びアワビ漁業となっている。
 現状では、全般的には投入規制による漁業管理が中心となっているが、一部ですでに導入されているように、今後はITQ制を中心とする産出規制を導入する方向にあると考えられる。
 
3.2.3 欧米型漁業管理における問題点
 欧米型漁業管理における問題点は、上述の各国の漁業管理の現状を報告している各著者(山本・真道編著「世界の漁業管理(上、下巻)」の各章の担当者)がそれぞれの国について述べているが、それらを総合すると次のようになろう。なお、ここで欧米型漁業管理の大きな特徴として取り上げているのは参入自由の原則と産出規制という2本の柱である。実際には、すでに見てきたように欧米においても参入制限や投入規制が広く行われており、参入自由原則と産出規制だけが欧米型漁業管理を性格づけているわけではない。しかし、日本の漁業管理との比較という観点からは、この2点(参入自由と産出規制)は従来の日本の漁業管理にはないかあるいはほとんど見られない大きな特徴である。
 参入自由原則の下でのTAC制による管理の問題点として次の点が指摘されている(山本、1994)。
 
* 山本忠「200海里時代以降の世界の漁業管理の流れ」、山本・真道編著「世界の漁業管理(上巻)」、海外漁業協力財団(1994)
 
[1]TACの決定がそもそも困難である。TACの基礎となるべきMSYの科学的計算は容易ではない。
[2]参入自由ゆえの漁船数の増加とTACの先取りのための漁船能力拡大競争による過剰投資が進行する。
[3]TAC達成状況を把握するための漁業監視費用が大きくなる。また、監視逃れによる漁獲統計の信頼性の低下とそれによるMSY測定の混乱が想定される。
また、IQ制あるいはITQ制の主たる問題点としては以下の点が指摘されている(草川、1994)。
 
* 草川恒紀「ニュージーランドの漁業管理」、山本・真道編著「世界の漁業管理(下巻)」、海外漁業協力財団(1994)
 
[1]洋上投棄や不正水揚などを招きやすい。
[2]ITQ制の場合、漁獲枠が特定業者に集中する可能性がある。
[3]本来公共資源であったものに対して特定の者に財産権を創出することにより、社会的公平性に疑問が生じる。
 IQあるいはITQ制に関してはこのような問題点がある一方で、当然多くの利点も持っており、その主なものとしては次のような点が指摘されている。
[1]TAC設定により直接漁獲量が制限されるので資源管理上有効である。
[2]個別の割当によりTACの下でも漁獲競争がなくなり、過剰な投資を抑制し、経済的に合理的な漁獲が行える。
[3]個別漁獲割当の売買や賃貸を通じて自己の漁獲能力を最適化することができる。
 以上の問題点と利点は実は裏表の関係にあり、ITQ制の下で期待されたとおりの利点を実現できないときにそれが問題点となって現れてくるのである。
 1997年以降我が国においても一部魚種においてTAC制が導入され、その後TACに関連する一部業種においてはTAC制の下でのIQあるいはITQ制の検討の声も聞かれるようになってきた。これらの管理方式の導入が容易でないことは広く認識されているが、IQあるいはITQ制の導入に関する議論の中で、その導入の条件として以下のような点が指摘されている(平沢、1994)。
 
* 平沢豊「資源管理型漁業成立への軌跡と日本の漁業組合−明治漁業法の成立と漁業組合−」、山本・真道編著「世界の漁業管理(上巻)」、海外漁業協力財団(1994)
 
[1]漁業生産の構造が比較的簡単で、漁船規模が大きいこと。
[2]漁獲物の種類が少ないこと。
[3]水揚港が限られていて、水揚げ監視のための監督官の配置が容易であること。
[4]漁獲物の用途が限られていて、流通経路が単純であること。 
 以上のような条件はいずれも、日本の漁業については一般的には見出しにくい条件であり、それ故にいわゆる欧米型漁業管理方式の導入の困難性が指摘されているのである。
 以上のように、日本とは大きく異なる条件の下で展開し、また様々な問題を抱えている欧米型管理方式ではあるが、国連海洋法の発効の下で日本も国際的な管理の枠組みとしての欧米型管理方式を導入せざるを得なくなったというのが日本漁業のおかれている現状である。
3.3 日本の漁業管理
3.3.1 日本型漁業管理の枠組み
 日本の漁業管理の大きな流れが、参入規制の下での投入規制という性格を持つものであることはすでに指摘したとおりである。参入規制あるいは投入規制という表現は管理方式の実質を表したものであるが、このような管理をもたらす枠組みとしての制度的管理と自主的管理かという視点にも注目してみよう。
 日本の漁業管理は、制度的管理と自主的管理という大きく二つの枠組みに分類され、それを概念的に図示すると以下のようになろう。
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 日本の漁業は、漁業権に規定される漁業以外は許可制度の下にある。農林水産大臣の許可、届出、承認、あるいは知事許可を含むこのような許可制度の下で参入規制が行われるのが一般的な姿である。さらに、各都道府県の漁業調整規則により各種漁業の許可枠や漁場、漁期、漁具、漁獲能力規制などの投入規制が行われている。この二つの制度的枠組みが、日本の漁業管理の大枠を成しているものである。
 以上の大枠としての制度的管理の一方で、実質的に漁業の現場での管理を規定しているのが自主的管理と呼ばれるものである。その一つが、漁業権漁業の管理を規定する漁業権行使規則である。漁業権漁業は、大型定置網等を除き、各漁業協同組合に免許され、管理が漁協にゆだねられているために、管理は漁協内の行使規則によって規定されることになる。行使規則の策定は制度に規定されたものであり、その意味では制度的ともいえるが、実質的に漁業者の自主的な判断に基づいて策定されるという意味で自主的管理ともいえる。一方、このような半制度的な行使規則に対して、全く制度的裏付けを持たない漁業者の任意の組織(漁協内のあるいは漁協を越えた同一業種の関係者であることが多い)による自主的な取り決めがあり、そこで行使規則以上の詳細な規制が実施されることが多い。このような任意組織による漁業管理展開の大きな動きとして「資源管理型漁業」が注目されているのである。
 ただ、制度的あるいは自主的という管理の枠組みがどうあれ、管理の本質が参入規制と投入規制を中心としたものであったという点にはかわりはない。日本でも96年の海洋法批准以降は、97年のTAC制導入に始まり国内資源管理体制に徐々に変化が起こりつつある。
 以下では、従来の日本型漁業管理の典型としての自主的管理の大きな流れである「資源管理型漁業」の展開を中心に見ていくことにする。
 
3.3.2 資源管理型漁業展開の背景
 1973年の第一次石油危機、77年を中心とする世界的な200海里漁業水域の設定、79年の第二次石油危機に代表される1970年代の漁業を取り巻く出来事は、日本漁業の構造に大きな変化を迫ることとなった。沿岸から沖合へ、沖合から遠洋へという従来の外延的拡大を期待できない状況下で沿岸あるいは沖合資源への関心が高まったが、そこでの資源の低水準と過剰な漁獲競争からくる経営的困難は水産行政の大きなテーマとなった。そこで、取り上げられたのが「資源管理型漁業」(以下、単に資源管理型漁業と記す)であった。1979年には、全国漁業協同組合連合会(全漁連)が運動方針として資源管理型漁業への転換を打ち出した。1983年には、参議院の農林水産委員会が「資源管理型漁業の確立に関する決議」を全会一致で採択し、同年、水産庁も次年度からの資源管理型漁業関連事業予算獲得のために「資源管理型漁業への移行」をまとめた。その中で、水産庁は庁内の統一的見解として、資源管理型漁業を次のように説明している。資源管理型漁業とは
[1]対象とする海域につき、その自然条件及び対象生物の生態的特性の十分な把握を基礎とし、
[2]
a 対象海域の生産力の十分な活用(増殖、栽培、漁場整備行為を含む)
b 地域資源の合理的利用(各種規制操業の義務付けを含む)、即ち漁業管理、漁場管理を図ることにより、
[3]得られる収益を最大かつ安定、永続できる最適漁業構造及び操業方式等の実現された漁業の姿をとりあえず総称する。
としている。
 さらに、同年第一回の全国漁協大会において資源管理型漁業への移行が系統運動の目標として取り上げられ、行政だけでなく、漁協系統においても資源管理型漁業への移行が大きな注目を集めることとなった。翌1984年からは水産庁において資源管理型漁業関連事業が実施されることとなり、現在も名称を変更しながらも、実質的に資源管理型漁業の推進を目指す事業が継続中である。ただ、ここで強調しておきたいのは、水産庁の見解にもあるように、資源管理型漁業が単に資源の維持や保護だけでなく、収益の最大化を目指すという経営的視点を含んだ管理であるという点である。さらに、このような漁業管理を制度に基づいて実現するのではなく、あくまでも漁業者の自主的な運動によって実現しようとしている点も重要な点である。
 以上のような行政あるいは系統を中心とする資源管理型漁業関連事業の動きの一方で、漁業の現場では実態としての自主的漁業管理がそれ以前から一部で進んでおり、その後の行政・系統を中心とする資源管理型漁業の推進運動も実はこれらの先進的な自主的漁業管理を資源管理型漁業の一つとして位置づけたものであるという例が少なくない。すなわち、資源管理型漁業推進運動と実態としての漁業者の自主的漁業管理は並行してあるいは漁業実態が先行するかたちで進んできたといえよう。
3.4 公海資源の管理体制
 以上に述べたように各国別の管理にはぞれぞれ独自性を持ちながらも徐々に一定方向に収斂する傾向が見えてきた。しかし、これは各国のEEZ内資源を対象とした管理体制に関しての話であり、公海上の資源あるいはストラドリングストック(EEZ内と公海を往き来する資源)の管理については未だに大きな課題として残されている。これらの管理に関しては国連海洋法上は一定の方向性が示されているが、現在、実在するこれら資源の管理体制は国家間の複雑な利害関係を反映して、本来あるべき管理の実効をあげているとはいえない。以下にあげるような、日本が関係している主な国際的資源管理機関、多国間協定のどれを見ても、本来の資源利用・管理を効率的かつ合理的に進められるような状況ではない。
[1]国連公海漁業協定
 ストラドリングストック及び高度回遊性資源の保存管理に関して、地域漁業管理機関を通じた協力を基本とした沿岸国及び漁業国が果たすべき義務を規定している。
[2]国際捕鯨委員会
 その管理のあり方をめぐっては、資源問題とは別の次元での議論が往々にして行われるなど、国際的な管理問題の困難さを示す象徴のような存在となっている。
[3]マグロ類に関する国際機関
 マグロ類については多くの海域において地域管理機関が設立されているが、ここにおいても各国の利害が輻輳し、本来の機能を果たしているかは疑わしい。
主な機関としては次のものがある。
a)大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)
b)全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)
c)みなみまぐろ保存委員会(CCSBT)
d)インド洋まぐろ類委員会(IOTC)
[4]ベーリング公海漁業条約
 スケトウダラの主漁場として利用されてきたが過剰漁獲等により資源が衰退状況にあり、この資源の保存・管理を目的として成立した。
 これらの公海資源等の利用は主として漁業先進国によるものであり、これらの国家間には漁業以外に、より複雑な利害関係がある場合があり、国際的管理機関における資源をめぐる議論はしばしば資源利用・管理以外の要素によりねじ曲げられることもある。また、資源の主たる利用者は先進国であるが、これら資源の分布域に隣接しながらも利用する手段を持たない途上国はその恩恵に十分に浴することのない状態におかれている。以上のように、公海上の資源等に関しては一見望ましい資源利用・管理体制が構築されているように見えるが、その内実はきわめて不合理な状況におかれている。一国内に収まる各国別の資源管理体制においても様々な問題から効率的・合理的利用の実現が困難であり、ましてや公海上の資源の管理については一層困難の度合いが高いという状態の存在が、従来にない新たな資源利用・管理体制の再構築を必要とする背景である。








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