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4. 新たな資源の利用・管理体制の再構築に向けて
 上述したように、海洋水産資源の利用・管理は各国内あるいは国家間において様々な試みが行われているにも関わらず、資源利用に関与する各者の利害が錯綜し、本来の資源の合理的利用という目的を達成し得ない状態が続いている。水産資源は無主物先占であるとする伝統的な思想が依然として資源利用の根底にある現状では、上記のような資源利用に関して起こる不合理性は宿命とさえ思える。この状況を変えるためには、資源の利用・管理に関して、国家を超えた全人類的規模での統合的なビジョンが必要になる。そのビジョンとしてどのようなものが構想できるのかを以下で検討する。
 まず、ビジョンの前提として水産資源の利用と管理のあり方に関する理念について検討しておこう。第3次国連海洋法会議においてパルドーが提案した「人類の共同財産(Common heritage of mankind)」という構想は直接的には海底資源の利用・管理に関係したものであったが、その理念は海洋水産資源の利用・管理にも適用されるべきものというのがここでの検討の前提である。アジェンダ21は第17章「海洋、閉鎖性及び準閉鎖性海域を含むすべての海域及び沿岸域の保護及びこれらの生物資源の保護、合理的利用及び開発」において、海洋生物資源の利用に関して、「公海の海洋生物資源の持続可能な利用及び保全」と「領海内の海洋生物資源の持続可能な利用及び保全」にわけて目標、行動を定めている。それによれば、公海については「国家は、公海の海洋生物資源の保全と持続可能な利用を自らの義務とする。」を、領海内については「各国は、自国の国家管轄権下の海洋生物資源の保存と持続可能な利用を自らの義務とする」を目標としてあげている。このことは、本来海洋生物資源は人類共有の財産であり、公海は言うに及ばず、領海内についても沿岸国はその資源の一方的な利用を許されているわけではなく、あくまでも人類共有財産としての資源の管理を負託されているに過ぎないことを意味している。しかし、世界の現状の資源管理体制はこのような理念とはかけ離れた状況にある。以下では、資源の利用・管理に関する上記の理念の実現に向けた新たな利用・管理体制の構想について述べることにする。
 今、海洋生物資源の利用・管理を対象資源の分布特性から類型化すると、[1]EEZ内資源管理(ストラドリングストックを除く)、[2]高度回遊性資源管理(ストラドリングストックを含む)に分けられよう。EEZ内資源については、第一義的には沿岸国が管理に責任を持ち、その管理措置を評価・監視する国内機関が設置されるべきである。しかし、これだけでは、国内的な評価は得られたとしても、人類共有財産の利用としての国際的な合意を得ることはできない。これに対しては、各国の管理措置を評価し、勧告を行う独立した国際機関の設置が必要となる。このような国際機関の評価の科学性が容易には保たれないことはIWCなどの従来の多くの機関で実証済みであるが、敢えて上記の必要性を強調しておきたい。ただし、その評価に際しては、各国の漁業の位置づけなどの地域事情に十分な配慮がなされるべきであることも同時に指摘しておきたい。他方、高度回遊性資源については現在進められているように、国際的管理機関による利用・管理が引き続き推進されるべきである。
 以上のような管理体制はとくに新しい視点を含むものではない(EEZ内資源管理の国際的監視・評価体制は別として)。真に必要とされるのは単なる管理体制の構築ではなく、その効果を実現するための合理的なシステム作りである。この点について、田中昌一(1996)は次のように提言している。「海洋資源の開発は全人類のためのものでなければならない。誰でもが公共の道路を自由に通行できるのと同様に、誰でもが海の資源の開発に参加する権利を持っている。しかしその権利は、定められたルールにしたがって行使されなければならない。その開発によって得られる一定の利益は、当然開発に当たったもののものとなるが、これを超える利益は全人類へ還元する義務がある。海洋資源を開発するための技術と、その技術を行使するのに必要な資本をもっており、かつ開発への参加を希望するものは、全人類からの負託を受けて開発に従事する。しかし開発に当たるものは、生産物を提供することの外に、合理的開発を実行するために必要な科学研究を推進し、必要な資源の管理を実行する義務を負わなければならない。」。そして、国連海洋法に規定される深海底開発の制度を公海の水産資源開発にも適用できるはずだとしている。
 ここで言及されている深海底開発の制度を簡単に説明しておく。すでに述べたように、深海底とそこの鉱物資源は人類の共同財産としての地位を与えられ、深海底に関する活動を組織し管理するための機関として国際海底機構(International Seabed Authority)が設立されることとなった。その機構は国連海洋法条約の当事国によって構成される。海底鉱物資源の開発に直接携わる国際機関として「エンタープライズ」が設けられる。このような制度の下での開発によって人類の共同財産の概念の達成を目指そうとしたが、実際にはアメリカをはじめとする先進工業国の思惑から妥協を強いられる結果となっている。
 田中氏の提言は公海の水産資源に対してであるが、ここでは対象をさらに拡大し、EEZ内も含めたすべての水産資源の開発にこの理念が適用されるべきと提言する。対象資源の分布範囲に関わらず、特定の国だけが資源利用の利益に預かるのではなく、その利益が世界共通の利益として広く世界に還元されるシステムが必要なのである。EEZ内あるいは公海上の資源の利用から得られる各国の漁業利益の一部が国際機関に拠出され、その利益が海洋生物資源の開発途上国の資源利用・管理のために利用されるというシステムである。国連海洋法会議で深海底開発のための組織と方式を巡って国家間に対立を招いたように、水産資源の開発に当たっても当然ながら同様の議論が予想される。水産資源の先進的な利用技術(漁獲技術)を有する国は自己の利益のためにこのような体制に合意しないかもしれない。しかし、自己の利益に固執することは結果的には自身の操業の範囲を制約することになり、漁獲能力をもてあますという事態を招く恐れがある。深海底資源が非更新性資源であり、その開発のあり方が国家間に大きな格差を生み出す可能性がある点と比較すると、水産資源は更新性資源であり、科学的、合理的に管理されれば永続的に食料及び利益を生み出し、全人類の福祉に確実に貢献するはずであるという点で異なっている。漁獲能力を有し、その漁獲物が高く評価される国によって利用されれば、その水産資源からは高い利益が生まれ、これが途上国に還元されることになる。このようなシステムが構築されれば、現在の漁獲能力と資源の分布のミスマッチによる不合理も解消され、漁業の社会的意義も高まるはずである。具体的な利用・管理のための組織と方式は今後の検討課題として、このような構想に関する議論をまずは起こすべきと考える。








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