VII−1.水産資源の利用と管理
東京水産大学水産学部資源管理学科 馬場 治
1. はじめに
世界の人口増加は地域間での格差はあれ依然として続いており、また生活水準の向上も着実に進んでいる。このような動きは当然ながら食料需要に変化をもたらす。穀類、イモ類などの需要の増加は途上国を中心として依然として続くが、生活水準の向上は摂取する食物の多様性を増大させ、穀類、イモ類以外の肉類、魚介類などのタンパク質の需要増をもたらすものと予想される。肉類の増産のためにはその飼料源となる作物の生産が不可欠であり、そのことは農地の一層の拡大を必要とする。もちろん、この間に生産効率の高い品種の創出や生産技術の向上等により、従来の農地拡大の速度がそのまま続いているわけではなく、より緩やかな農地拡大の下でより大きな生産の伸びを実現している。しかし、一方で進む砂漠化や都市化により農地面積の伸びに過大な期待を寄せることは現実的ではない。
また、漁業においても資源利用は徐々に満限状態に近づきつつあると思われ、漁獲量の伸びは今後鈍化、停滞に向かうものと推測される。養殖業は近年めざましい伸びを示しており、それへの依存度は今以上に高まることが予想されるが、その伸びにも限界が現れてくる。現在の養殖業は、経済効率を優先した過密な飼育尾数と大量の餌料投入、それに伴う病害の発生を防ぐために投入される薬品類等による海洋(淡水も同様)環境に対する負荷という問題を抱えている。この点を改善すべく各種の研究取り組みが行われているが、抜本的な解決策が見いだされているわけではなく、今のところ養殖業には必然のものという感がある。さらに、養殖業以外の陸上での様々な人間活動に由来する海洋環境への負荷が高まる一方の中にあって、養殖生産量を一定水準以上を超えて拡大させることは望ましくない結果をもたらすものと考えられる。また、仮に技術改良により自然環境への負荷が画期的に低減されたとしても、養殖用イケスを設置できる水面の面積には自ずと限界があり、さらにこのイケスの存在が一般市民の景観権を侵害しているという意見さえある中にあっては、一定水準以上に養殖利用面積を拡大することは困難となろう。
以上の観点からは、利用管理の手法さえ解決されれば、天然海洋生物資源の有効利用は将来の食料需要の増大に対応する最も適切な手段の一つと考えられる。天然海洋生物資源は適切に管理すれば自然に再生産する「自律更新性資源」であり、この潜在能力を活用する手法の開発が望まれる。天然資源を採捕することは、その資源が一部を構成する生態系に何らかの影響を与えないわけではないが、適切な利用管理が行われれば、養殖業や畜産業が自然環境に与える影響に比べてより小さい負荷に抑えることができるはずである。しかし、現在の世界の資源利用・管理体制はこのような生態系への配慮を考慮した漁業を実現する枠組みを提供できていない。現実の利用・管理体制は国内の漁業者間、あるいは国家間の利害調整に重点が置かれ、その結果、本来目標とされるべき適切な資源管理という課題は現実の妥協の中でその重要性を下位に位置づけられている。このような利用・管理体制の下では将来の食料需要に対応した合理的な水産物供給を担うことは困難である。
本稿の課題は、上記の観点に立ち、海洋生物資源の有効活用を合理的に実現する新たな利用・管理体制の再構築を、国内、国家間の別を問わず検討しようとするものである。このテーマの検討はすでに各所で行われており、実際にアジェンダ21や新国連海洋法の中に理念として取り込まれている部分もある。しかし、これらが複雑な国家間の利害関係の中で作り上げられたことを考えると、必ずしも理想の姿を提示しているとは言えない。そこで、ここでは従来の検討が直面してきた現実問題は敢えて棚上げにして、資源利用・管理の理想形態としてはどのようなものが構想され得るのかという観点から検討した。現実問題に目をつぶるわけではないが、まずはあるべき理想の姿を検討し、その姿を前提として現実問題に対処する対策を考えていこうという意図である。