日本財団 図書館


V.次世代海洋構造物
東京大学大学院工学系研究科 鈴木 英之
1. はじめに
 わが国が国連海洋法条約に批准したことは、多くの国民が知るところである。しかし、その内容の意味するところを正しく理解するものは少ない。国連海洋法条約の制定に向けた長期に亘る議論の最中にも、地球環境問題が現実味を帯びるなど、人類を取り巻く状況も大きく認識が変わり、世界観、地球観も大きく変わった。従来は国家あるいは国家間の問題と考えられてきた事象に非政府組織が大きな発言力を持つようになるなど伝統的な国家間も修正を迫られる状況になってきた。
 わが国が海洋政策をどのように構築するかに関心が薄い間に、海を取り巻く状況も大きく変わった。パルドーの「海洋は人類の共同財産である」との主張は、変化しつつある地球観を背景に国連海洋法条約に取り入れられた。また、前文において海洋に関わる諸問題は密接に関連しており、総合的に取り組む必要があるとされた。その柱は、1)海洋の平和、2)経済的側面、3)環境問題に要約される。[1]すなわち、人類社会が直面するであろう人口爆発、食糧危機などの諸問題に対処するためには、世界が平和であり、人類の共同財産である海洋を人類のために開発し、海洋全体を単一の総合エコシステムとして総合的に管理してゆくことが必要条件であるとの考えである。そして、その結果わが国にとって最も重要な課題は、海洋開発などの権利を主張する対象としてだけではなく、人類のために保全、保護といった義務の対象としても位置づけられてゆくべきものとされている。
 わが国において統一的理念と総合的管理のもとに、海洋の保全と開発を進める体制が確立されていないことは嘆かわしいが、当面取り組むべき内容は多い。とくに、従来の海洋開発への取り組みが、産業創出という観点からは牽引力が弱かったことの反省に立ち、商業ニーズに沿った研究の必要性が強調されている。経団連においても21世紀が人口爆発と食糧危機を迎える世紀ととらえ、わが国が管理と利用、保全義務を負う200海里経済水域を第二の国土と位置付け "21世紀の海洋グランドデザイン"を提唱している。この中では、1)海をよく知る、2)海を賢く利用する、3)海を守るという3つの視点を掲げている。また、産学官および省庁間の連携、分野間の連携など総合的、複合的な取り組みの必要性を掲げている。[3]また、日本海洋開発産業協会においても海洋産業創出の視点として有識者に対するアンケートから、1)経済的フロンティア、2)科学的フロンティア、3)生態学的フロンティアを掲げている。[2]これらの提言は基本的に共通する問題意識と視点に立っている。
 
 諸外国における取り組みとして、米国における検討について見てみる。1998年クリントン大統領の呼び掛けにより、海洋に関係する機関が一同に会する全米海洋会議が開催された。その後、連邦政府による21世紀海洋政策の取り組みに関する提案書[4]が取りまとめられた。この中では25項目を設定して提案を具体的にまとめている。内容は大きく海洋からの経済的恩恵の持続、安全保障、海洋資源の保全、海洋の理解から構成されている。また、米国議会において可決された米国2000年海洋法[5]にもとづいて海洋政策審議会が設置され検討が進められている。この法律の目指したものは、海洋環境を保護しつつ、適切に利用・管理することにあり、組織的に取り組みつつある。
 海洋に関わる者の共通の認識としては、今後われわれの海洋への取り組みは、海を利用する、海を知る、海を守るという観点に集約されると言える。
 
 次に、目を我が国に向けると、永らく豊かさとは物質的な豊かさを意味していた国民意識も、高度成長の終焉を迎えた昭和50年代後半、物質的豊かさを達成したと意識された頃を境に、環境、文化といった心の豊かさを重視する傾向が顕著になってきている。平均的な国民生活が生活に困らないレベルに達し、繁栄の成果を享受する方向に意識が向かっている。一方、これに歩調を合わせるように出生率が低下してきており、わが国の人口も2007年にピークを迎えた後、2050年には1億人程度に減少すると予測されている。21世紀には高齢化にも直面し、人口減少と併せて労働人口が減少し、活力の全般的な低下に直面することになる。一方、アジアは人口の増加と経済的発展が予想され、わが国の国力の国際的な位置付けも相対的に低下せざるをえないとも考えられる。
 また、21世紀には地球環境問題や資源・エネルギー・食料問題など制約的な問題が顕在化することが予想されている。このような制約の中で、わが国が高い生活レベルと活力を維持してゆくためには、理念を掲げ社会を無駄なく効率的に運営してゆかなければならない。突発する事態に対して場当たり的な対応で済ませ、時間が解決するのを待つ余裕はかつてのように期待できない。このためにも、海洋における我が国の活動も、効率的かつ最適化したものでなければならない。これは、海洋に設置されるシステムという個別課題についても、仮に安全保障、国際貢献、技術戦略といった経済効率を必ずしも問われないものについても、十分な最適化と低コスト化が求められることを意味している。次世代海洋構造物も提案、実現にあたっては必要にして十分な性能を保持しつつ最適化が図られていなければならない。
表1 海洋利用の形態と海洋構造物の用途
分  野 分  類 具 体 例
海を知る 海洋科学調査  
海を守る 地球環境 CO2海洋隔離
防災 防災基地
EEZ管理 EEZ総合管理
海を利用する 生物生産 海洋肥沃化、人工湧昇流、深層水利用、海洋牧場、養殖
資源エネルギー開発 メタンハイドレート開発、海底鉱物資源、自然エネルギー、備蓄基地、発電所
交通・物流   海上空港、浮体橋、ヘリポート、飛行船基地、洋上中継基地、コンテナーターミナル
生活 ゴミ焼却、レジャー施設、アミューズメント施設、ホテル、海洋都市
港湾 移動桟橋








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION