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2. 次世代海洋構造物
 海洋において考えられる活動については従来より様々に検討が行われており、これらを"海を知る"、"海を守る"、"海を利用する"という観点から整理すると表1のようになる。これらの中から21世紀の海洋においてわが国が活動する上で、検討が必要になる課題について海洋構造物の観点から検討を行った。"海を知る"という観点からは、沖合および沿岸域に設置する" 洋上地球環境研究センター"を取り上げた。"海を守る"という観点からは、沖合に設置する"海洋総合管理基地"を提案した。"海を利用する"との観点からは、沖合に設置する"メタンハイドレート等深海資源開発基地"、" 移動式洋上防災基地"、" 沿岸海洋空間利用のための海洋構造物"、"海洋への生活圏拡大用構造物"を提案した。
(1)洋上地球環境研究センター
(2)メタンハイドレート等深海資源開発基地
(3)海洋総合管理基地
(4)移動式洋上防災基地
(5)沿岸海洋空間利用のための海洋構造物
(6)海洋への生活圏拡大用構造物
2.1 洋上地球環境研究センター
 海洋の観測については、海洋全体を把握する上で、現状では空間的、時間的に範囲が限定されるなどの問題がある、大規模で広域の統一的な観測の必要性が指摘されている。そこで、各種研究を洋上において実施するための多目的施設を提案する。長期に亘って洋上を浮遊し、海洋に関する科学的な調査を行うための洋上センターとしての機能を持たせる。本センターを洋上の基地として、さまざまな観測機器を洋上に展開したり、収集した情報や観測結果を分析するなど、高い情報収集処理能力を有する"海を知る"ための機能を持つ施設である。観測機器の展開や、陸上との物資のやり取りのため、飛行船を利用することを想定する。飛行船は欧州でヨーロッパ大陸内輸送を想定して、実用化に向けた開発が進められており、重量物を運搬できる一方、エネルギー効率が良く、騒音、排出ガスも少なく、総合的にエネルギー消費を抑えることができ、環境負荷の小さい輸送手段ということができる。
 また、地球環境問題対策技術として海洋肥沃化、深層水汲み上げ、CO2海洋隔離など数多く検討されているが、その多くが予算の制限のため、実験船の手配など実験インフラの整備のために労力と費用の大半を費やしてしまい、実験規模が小さく実験結果の検証が不十分になることが多かった。そこで、これらの研究を行うための共通インフラとしても、本研究施設を提案する。"海を守る"、ための研究・技術開発機能を有する施設である。また、これらの実験を日本の排他的経済水域さらには太平洋上の必要な海域で実施するために、移動性を有する施設である必要がある。深層水を汲み上げたり、CO2を投入したり、栄養塩を投下するために、施設からライザーなどを降ろすなどの機能と作業スペースを有する施設とする。
 本センターは多くの研究ニーズ対応するために、浮体に不慣れな一般人が一週間程度の滞在に耐えられるよう、高い耐波性能を有する浮体形式とすることが望ましい。また、このような浮体とすることにより、小中学生や教師の滞在型体験型見学も受け入れるが可能となる。海洋は無限の可能性、美しさなどが一般国民の関心をひくものの、一般国民のレベルで海洋に関する認識が高いとは言えない。原因の一端は義務教育における海洋の取り扱いが一面的かつ断片的であり、海洋科学教育の不十分さにあると考えられる。義務教育において生徒と教師の海洋に関する認識を深めるために、全国から生徒と教師が訪れ、最先端の研究活動の現場を直接目にすることができるように、宿泊と研修の機能を備える。
 移動性については長期に亘って洋上を移動するものとし、船型ほどの高い移動性を期待しないものとする。一方、陸上とのアクセスは飛行船やヘリを用い、利便性の向上を図るものとする。
 主要な設備としては、滞在施設、研究施設、作業施設、格納区画、デッキエリア、太陽光・風力利用施設などを装備する。また、海洋観測の範囲が限られる一例として冬期の北太平洋における観測が、冬期の荒天のために非常に限られることが挙げられる。ここに提案する浮体は、耐波浪性が高く、冬期の北太平洋における厳しい海象下の観測にも適し、これにより従来観測の空白地域であったり、空白期間であったところでも多くの貴重な観測が行えるものと考えられる。
 
施設名称:洋上地球環境研究センター
提案構造物: スパー型浮体
機 能: 研究、教育
1)地球環境研究機能
2)地球環境問題対策技術礎実験機能
3)研修機関機能
移動性: 高い移動性は求めない
耐波性: 良好な耐波性能
稼動海域: 沖合い
利用者: 研究者・技術者、小中学生&教育関係者、一般研修者
アクセス: ヘリコプター、飛行船(資材運搬100t、人員100人輸送、100km/時、航続距離10,000km)
施設: 研究施設、研修所施設、作業施設、宿泊施設、レクリエーション施設、飛行船係留、格納機能、太陽光・風力利用施設、デッキスペース
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図1 浮体式洋上地球環境研究センター
2.2 メタンハイドレート等深海資源開発基地
 資源の乏しいわが国において、200海里経済水域に存在するメタンハイドレートや種々の鉱物資源は貴重な固有資源である。特に最近注目を集めているメタンハイドレートは、わが国の近海に存在しクリーンなエネルギーとして注目を集めている。開発は水深1,000m前後の海域で比較的浅い海底下の地層が対象になるが、一方で、太平洋上、黒潮の影響下での開発となるため、耐波浪性の良好な海洋構造物が必要になる。また、石油天然ガスの開発と異なり、メタンハイドレート井は短期間で多量のガスを生産した後、生産量が低下するという性質が想定され、短い時間間隔で生産井を移すという生産形態を取るものと予想される。したがって、このような生産形態に沿った新しい形態の構造物が望まれる。
 また、鉱物資源では対象となる水深がさらに深くなり3,000m以深が対象になる。工業技術院の大型プロジェクトで開発したマンガン団塊開発システムの経験などから、浮体運動を低減して揚鉱管への強度要件を緩和し、稼働条件を拡大して開発の効率を上げることが課題となる。そのため、耐波性能の良い浮体の開発が課題となる。
 沖合の大水深では、一般に耐波性と大きな積載重量、さらにコスト低減という相反する要求を満足させる海洋構造物の開発が必要である。セミサブ型については第1世代から第4世代と、大水深化に伴う機器の大型化や使用資材の増加に対応して、構造物の大型化とその抑制の間で技術開発の歴史があった。また、いくつかの大型事故を反映して安全性向上対策を重ねてきた。この延長上にある高度な安全性と性能を兼ね備えた浮体の開発が必要である。TLP型については、動揺特性が良好なことから、大水深に適用されてきており、設置水深が急速に深くなってきており、1,000mを超える設置例がいくつか出てきている。一方で、移動性が他の浮体形式より無いことと、水深2,000m近くなると緊張係留の剛性低下などから限界も指摘されるようになってきている。耐波性能の良いことから脚光を浴びているスパー型浮体については200海里資源開発型の研究、とくに大水深への対応を考慮した浮体の開発が必要であるが、大水深への適用性はTLP型より良いと考えられる。船型については、浮体形式としては完成の域にあるが、大水深への適用を考えた開発が必要である。
 
施設名称:メタンハイドレート等深海資源開発基地
提案構造物 :スパー型浮体、TLP型、セミサブ型、船型
機能 :メタンハイドレートなど深海資源開発基地
移動性 :高い移動性は求めない
耐波性 :良好な耐波性能
稼動海域 :沖合い、水深1000m
利用者 :技術者
アクセス :ヘリコプター、飛行船(資材運搬100t、人員100人輸送、100km/時、
  航続距離10,000km)
施設 :掘削生産施設、宿泊施設、レクリエーション施設、飛行船係留、格納機能
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図2 次世代資源開発用海洋構造物
2.3 海洋総合管理基地
 広大なわが国の200海里経済水域を有効に管理するためには、適切な位置に基地を配置し、排他的経済水域内に発生するさまざまな事象に短時間で対応することが、必要かつ重要になる。近くに島など陸上基地が確保できる場合には問題ないが、国際情勢に応じてその時々重要となる海域に短時間でアクセスするためには、どうしても洋上に基地を設ける必要があり、浮体式の洋上基地が必要になると考えられる。そこで、比較的長期間に亘って200海里内の洋上、特に縁辺部にとどまり洋上秩序の維持や調査に従事する施設を提案する。洋上秩序の保全はさまざまな側面を有するため、関係省庁、機関の人間が滞在できる施設とすることが望ましい。また、陸上との連携を密に取りつつも、比較的長期に亘って、多種多様な人材が生活を共にするためには、安全性、耐波性が高く、空間的余裕のある陸上に近い勤務と作業が行える環境が必要である。また、科学調査、学習、情報基地など多目的の機能を有するシステムとすることが望ましい。
 
施設名称:海洋総合管理基地(EEZ型)
提案構造物 :スパー型浮体
機能 :海上パトロール、取り締まり
移動性 :高い移動性は求めない
耐波性 :良好な耐波性能
稼動海域 :沖合い
利用者 :関係政府機関、研究者・技術者、一般研修者
アクセス :ヘリコプター、飛行船(資材運搬100t、人員100人輸送、100km/時、
  航続距離10,000km)
施設 :格納機能、宿泊施設、研究棟、レクリエーション施設、飛行船係留
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図3 海洋総合管理基地
2.4 移動式防災基地
 平成7年に発生した阪神大震災においては、神戸港内にいた船舶、浮体はほとんど被害を受けることが無かった。この経験を活かしてポンツーン型の浮体式防災基地が東京湾、伊勢湾、大阪湾に設置された。湾内の比較的静穏な海域に活動範囲を限定されるものの名古屋港に設置された防災基地に関しては、平成12年9月11日に発生した名古屋の洪水に際して活躍している。一方、有珠山の噴火、三宅島の噴火など最近の災害に際しても、現場の沖合いに急速に展開し、指揮の前線本部となり、物資の輸送、人命救助などの対策の本部となる防災基地を望む声が大きかった。このような背景のもとに、広域型浮体式防災基地として浮体式の防災基地が考えられる。平時は主要港に設置するものの大型の災害が発生した時には外洋を航行して短時間で被災地に急行し、指揮、物資の輸送、被災者救助の基地として機能する防災基地である。東アジア地域のおける活動も視野に置いたものとする。
 このような施設は大型ヘリなどの離着陸が可能で、医療設備、宿泊施設、倉庫機能を有することが必要である。一方、これだけの大型施設を維持しつつ緊急の際に十分に機能を発揮させるためには、通常時の維持、整備が重要になり多大の労力を要する。そこで、通常時には公共施設として別の用途に用いるなどして機能を利用しつつ維持、整備して緊急時に活躍できるようにすることが必要になる。
 
施設名称:移動式防災基地
提案構造物 :中規規模セミサブメガ浮体
機能 :海上パトロール、取り締まり
移動性 :高い移動性は求めない
耐波性 :良好な耐波性能
稼動海域 :沖合い
利用者 :関係政府機関、研究者・技術者、一般研修者
アクセス :小型航空機、ヘリコプター、飛行船(資材運搬100t、人員100人輸送、
  100km/時、航続距離10,000km)
施設 :格納機能、宿泊施設、研究棟、レクリエーション施設、滑走路、飛行船
  係留
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図4 移動式防災基地
2.5 沿岸海洋空間利用のための海洋構造物
 わが国は狭い国土に比べて大きな経済活動を有するために、沿岸域の狭く限られた平坦な土地に様々な活動が集中しており、沿岸域における国土利用が錯綜している。このため沿岸域の海洋空間を利用してこのような状況を回避するためのニーズには、表2に示すように交通、居住、環境対策、観光、水産、エネルギー、教育福祉施設など生活に密接した用途が数多く考えられる。とくに、空港については広大な土地面積を利用するため様々な問題が集約された形で現われる。このため、海洋空間の空港への利用に絞って、メガフロート技術研究組合が組織され、比較的静穏な海域に設置されるポンツーン型の超大型浮体について検討が行われた。メガフロートの研究では、海面を広く占める浮体構造物について従来指摘されてきたメリット、デメリットについて、具体的に検討が行われた。利点については次の点が指摘されている。
・地震に強い
・水深に関係なく海域を利用できる
・移設可能
・海水の流れを阻害しない
・消波効果
これらの特徴を生かしつつ機能性、耐久性、防災、環境影響について検討が加えられた。
 特に、環境影響については、メガフロートの存在によって海面が覆われ、遮光された空間が作り出されるため検討が行われた。その結果、遮光の影響については海底に定着している生物への影響以外は少ないことが明らかになった。また、海面からの酸素供給については、メガフロートが流れを阻害しないので問題無く、計画上は澱みが発生しないようにすることが必要であることが示された。付着生物については周辺、直下の生態系に影響があることが示された。
 さて、メガフロートの利点の中で水深に関係なく海域を利用できることが挙げられているが、今後の展開を考えると水深がより深い湾口に近い波条件が厳しく海域での利用が考えられる。安全性、機能性を満たしつつ、資源を無駄に使わない、生態系を壊さない、環境を汚染しないという要求を満足しなければならない。このためには、たとえば大型でかつ積載荷重が広く薄く分布するなど構造物の特徴を利用したライフサイクルで低コストの浮体の開発が必要で、従来の発想の束縛からの解放された耐波性能のより良い形式の浮体の検討が必要である。
 
 最近、太陽光発電や風力発電は発電設備のコストが急速に低下してきており、商業発電が可能なレベルに達しつつあるが、我が国に設置するとコスト高となり、これが普及の障害となることが多い。風力発電を例に取ると、風車直径80mにも及ぶ大形の風車を内陸の丘陵地帯に設置する際には、我が国における陸上輸送では、道路幅、陸橋などのインフラ事情により、寸法の大きな貨物の輸送には限界があり、幾つかの部品に分割する必要がある。このため、道路整備が十分でない場所への建設には多大な困難とコストを伴う。一方、沿岸域の風は安定しており、風力発電の総合効率が高いことが期待されており、沿岸域に大型風車を設置するニーズは高い。このため、浮体の上に設置する大型風車なども、大いに期待されているが、浮体コストが全体コストに占める割合が高くなる傾向にあり、これを低減することが最大の課題の一つとなる。
 
 また、海洋における生物生産やレジャー施設などについても、技術的には十分可能で、試験的な試みには成功しても、経済活動として成立させる上でコスト上の課題は大きい。これらについては経済活動に組み込まれることを想定する必要があり、重要な着眼点がコストの低減となる。システムを経済的に成立させるためには低コスト化は避けて通れない課題である。海洋構造物の観点からは必要にして十分な性能を有しつつ、従来の発想を超えてコストを極限まで低減する浮体技術の開発が求められる。
表2 海洋空間利用
分  類 事  例
交通施設 空港、ヘリポート、橋梁、コンテナーターミナル、旅客ターミナル、桟橋
居住・都市施設 駐車場、ホテル、海上都市、防災基地
環境対策施設 ゴミ焼却施設、廃棄物処理施設
観光開発施設 レストラン、アミューズメント施設、レジャー施設、競技場
水産施設 海洋牧場、増養殖
エネルギー・プラント施設 発電所、LNG受入れ基地、石油備蓄基地、太陽光発電、風力発電
福祉・教育・公共・医療施設 小中学校、図書館、公民館、病院
その他施設 海洋研究施設
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風車支持浮体             太陽光電池パネル支持浮体
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沿岸施設支持浮体
図5 沿岸域利用低コスト浮体構造物
2.6 海洋への生活圏拡大用浮体
 IT化により在宅勤務や在宅学習が本格的に可能になろうとしており、居住している場所に影響されることなく、収入を得て生活を営むことが可能となっている。現実にわが国においても、内陸の山間部に生活の基盤を持ち日常の仕事は在宅で行い、必要な時だけ都会に出てきて仕事をするライフスタイルを実行している人がいる。海洋についても、積極的に海上に生活の基盤を置き、海の豊かさ、美しさなど心の豊かさに重点をおいた生活を享受することも可能となる。日本周辺の沿岸に定置係留する形態以外にも、浮体式の特徴である移動可能性を積極的に利用して季節などに応じて日本の周りを遊弋ことも可能である。実際、世界では豪華客船を船ごと移動するマンションとして分譲することも行われている。このような生活形態もあながち夢物語でもなく、このためにも低コストで耐波性能の高い浮体の開発が必要である。
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図6 浮遊海洋都市








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