日本財団 図書館


9. 今後の課題
 バラスト水による水生生物越境問題は、ある国で有益な生物でも他の国では有害種となることで、国際的に統一した標的種の絞込みができず、異色の環境問題といえる。
 米国では動物プランクトン、ニュージーランドでは植物プランクトン、また、ブラジルではコレラ菌が主な標的種となっている。処理技術の開発・基準の考え方は、各国が外来種侵入被害、生物処理装置開発状況等の自国事情に基づいて提案しているのが現状であり、国際的かつ生物学的に許容できる統一基準についての国際的合意はまだ形成されていない。生物学専門家等によるバラスト水問題にフォーカスした、国際的会合・調査等のスキームがなく、進捗が望めない状況下にある。
 2003年に条約が採択されたとしても、核となる船上生物処理基準については、少しでも生物の越境移動を減少させることを目指した、ハードルを下げた出発点であり、長年かけて、段階的に最終化されることになる。バラスト水問題解決についてはこれからといっても過言ではない。段階的ながらも、環境的に許容できる世界共通処理基準が策定され、船舶の運航に支障のない、効果的、経済的かつ環境にやさしい水生生物処理技術の開発が望まれるところである。
 今後、実効性の高い規制を実施していくためには、まず科学的見地にたったバラスト水による生物移動実態に関する調査研究が必要であり、その方法・評価に関しては、各国及び各方面の科学者間での十分な議論が不可欠である。
 バラスト水による生物越境移動・定着・影響の実態及びそのメカニズムについての国際的合意に基づいて、船舶運航と環境との調和を図れる基準・方策を検討しないことには、各国が自己都合で基準を適用し、地域・国内規制が乱立し、国際海運・貿易にとって大きな障害となってしまう。しかしながら、国際的共通認識の欠如のため議論がかみ合わず、具体的な議論に至っていない。
 今後は、世界の関係者が共有できるように、バラスト水問題にフォーカスした情報のデータベースを作成・開示し、バラスト水問題に関する共通認識を構築することが是非とも必要と考えている。その上で、共通認識をベースとしたバラスト水問題解決に向け、海洋生態系との調和が図れる船舶のあり方を、生物、造船、運用面等から総合的に研究調査し、かつ、国際的合意を得るための国際会合・協調調査等のスキームを構築し、水産資源の保存・管理をも含めた世界的沿岸・海洋管理についての法的整備、ひいては世界の海洋環境保護に寄与したいと考えている。
 特に、バクテリア・ウィルスについての生物多様性、バラスト水によるコレラ伝染、シストに関する国際的コンセンサスの確立が急務となっている。他の生物の処理によりかえって増殖してしまうバクテリア・ウィルスの船上処理まで考えると水生生物100%完全処理以外の技術がすべて否定されることになる。
 また、通常生物の約10倍の耐性を持つシストの処理を考えると、他の生物に対するものよりも数段高性能な処理技術が必要となり、バラストタンク内沈殿物の陸揚/船上処理、バラストタンク内の沈殿物を最少化する船舶デザインなど、船舶運航と生態系への影響を調和できる方策の探求も必要となる。
 当然のことながら、水生生物船上処理装置の開発促進、洋上バラスト水交換の生物学的評価なども調査対象となる。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION