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2. 多様性を許容する21世紀型海洋横断輸送システムへの進化
2.1 21世紀型海洋横断輸送システムに求められるもの
2.1.1 より多様化する21世紀の物流ニーズ
 20世紀をほぼ半世紀に渡り、海洋横断輸送システムの旗手として君臨してきたコンテナ輸送であるが、上述のように様々な問題点を露呈し始めている。コンテナ輸送は今後も重要な輸送システムとしての地位は守るであろうが、21世紀を通して我々がコンテナ輸送のみに依存できるとは考えられない。コンテナ輸送が登場してきた1950年代と現在を比較すると、すでに時代は大きく進化し、人々、そして、物流に対するニーズも大いに多様化している。この社会の変化に海洋横断輸送システムも追随しなければならないし、それが、20世紀型のコンテナ輸送の弊害を解決する手段となり得よう。
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図8 大手船社アライアンス撤退後、バースが閑散となった シンガポール港
(撮影、渡邉 豊)
 21世紀型の海洋横断輸送システムを考える上において、発想の転換が必要なことには疑いを得ない。それは奇しくも、20世紀型コンテナ輸送システムを考案した、マルコム・マックリーン氏が当時直面した課題と共通するものがある。出発点は、当時と現在の物流ニーズの違いを考えることである。
 1950年代当時の北米や1960年代の日本は、まさに大量生産時代の最中にあった。ごく限られたサイズや種類の製品を工場で一括大量生産する方式は、物の価格を下げる最も古典的な手法である。コンテナ輸送は、そのような大量生産経済を促進するがゆえに生み出された物流システムといっても過言ではない。しかし、現在では人々のニーズは多種多様化し、それに合わせて様々な製品が作られるようになった。例えば、テレビを例に取れば、コンテナ輸送の黎明期のものは、画面のサイズが20型を中心としたほんの数種類しかなかった。ところが現在では、手のひらサイズの液晶ものから壁掛けタイプのプラズマディスプレイに至るまで、そのサイズと種類の組み合わせは千差万別である。このようなことは、ほぼすべての品々に言える。これはつまり、21世紀の経済は、まず、顧客一人一人のニーズを最優先する立場に立っており、その目的を達成するために、利用可能な輸送システムを巧みに使っている、というのが実情だ。
 
2.1.2 21世紀型海洋横断輸送システム開発へのヒント
 コンテナ輸送が、20世紀の最後には赤道基幹航路ネットワークを指向して、大量一括輸送・荷役による経済性を発揮したのは、まさにコンテナ輸送が大量生産時代の申し子であったことを証明しているに他ならない。ところが、そのコンテナの中の物流ニーズは、すでに21世型へと変貌を遂げているのである。顧客が製品や商品に対して個々のニーズを求めるのと同様に、21世紀では物流システムそのものにも、顧客のニーズを満たすようきめ細かなサービスがより求められてくる。つまり、物流システムの選択肢の幅を広げることが、21世紀型の物流システムを開発するキーポイントである。
 海洋横断輸送システムを考えた場合、海洋を横断できて外国まで到達できる輸送システムの選択肢は、現在、たった二つしかない。その一つは、これまで詳しく述べてきた海上を経由するコンテナ輸送であり、もう一つは、ボーイング747を代表とする航空輸送である。この両者の輸送サービスの質はそれぞれ極端に異なっている。前者は、一度に数万トンの重量の貨物を輸送できるがその速力はせいぜい20ノット台である。これに対して、後者は、積載量はせいぜい100トンが精一杯であるが、その速力は600ノットに達する。また、海洋横断中の輸送環境も異なり、前者は海上、後者は高度1万メートル上空の空中である。これほど両極端な輸送システムがゆえに、両者を利用する貨物の種類はきれいに住み分けられているかと思いきや、実はそうではない。ハイテク製品・部品や食材・飲料の中には、同じ品々でありながら両者のどちらをも利用しているものがある。この事実が、21世紀型海洋横断輸送システムを生み出すヒントである。
2.2 大陸間の海洋を横断できる大型高速船の出現
2.2.1 顧客ニーズ多様化と輸送システムの選択肢
 貨物の品目や種類によっては、その市場サイクルやサプライチェインマネジメントからのニーズから、例えば、海上コンテナ輸送では遅すぎ、だがしかし、航空輸送ではコスト負担力がない、というものも多々存在し得よう。人々の価値観や個々の貨物の特性が求める物流ニーズは、それぞれ連続的に変化し得るはずだ。ところが、そのニーズを満たす海洋横断輸送システムが20世紀にはたった2つしかなかったため、その両者の中間的なニーズを持つ貨物はみな、時間かコストのどちらかを犠牲にしながら前者か後者のどちらかを、しかたなく利用して来たに過ぎない。社会が進化し物流に対するニーズの多様化がより深化すれば、もはやこの2つの殻を抜け出してゆく新しい輸送システムが生み出されてしかるべきである。
 
2.2.2 ヨーロッパにおける高速船の進化
 その一端を垣間見せ始めているのが、ヨーロッパ沿岸を中心に発展してきた高速船輸送システムである。ヨーロッパにおける高速船の商業的運航の歴史は古く、ドーバー海峡やスカンジナビア沿岸諸国間の海域横断に、速力が35ノットを超える高速船が出現したのは、すでに20年以上も前のことである。以来、北はバルト海から南は地中海に至るまで、高速船の海運市場は着実に進展してきた。最近では、速力を50ノットや60ノットで営業するものまで出てきた。速力だけではない。1990年代後半になると、高速船も大型化の時代へと突入する。ヨーロッパ域内最大のフェリー会社であるStenaLine社は、英国〜アイルランド間、英国〜オランダ間に船長200メートルを超える大型高速船を就航させている。(図9参照)この船の速力も、これまで実績を持つ、中小型船とまったく引けを取らず、なんと営業速力は42ノットを誇る。船体構造も、荒天中の安定した高速航海を実現するためワイドな船幅を確保したカタマランとしている。このような大型高速船が実現された背景には、技術的側面のみならず長年中小型高速船の営業運航実績によって培われた、経験とノウハウによるところが大きいだろう。例えば、上述した大型高速船は、船体がすべてアルミニウムで作られている。これは、このような大型船では前例がない。しかし、ヨーロッパの造船業は、この技術を20年かけて中小型高速船の建造の中で習得していったのである。水上で速力を上げるときに、船体の重量は致命的である。運航時のコスト増を極力押さえて営業速力を上げるためには、船体の重量を削り落とす以外に活路はない。結果として、振動に弱く溶接技術に難があるアルミニウム素材を、あえて高周波振動を生じる高出力タービンエンジンと組み合わせざるを得なかったのである。当然のことながら、ヨーロッパにおける長い高速船の歴史においては、数々の失敗が繰り返されてきたことは、疑いを得ない。しかし、“失敗なくして成功はあり得ない”という万国共通の格言は、ヨーロッパの高速船の進化においても例外ではなかった。
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図9 ヨーロッパの偉業、世界初の大型高速船HSS1200
(ステナライン社公表資料より引用)
 
2.2.3 ヨーロッパ域内から大西洋横断大型高速船へ
 ヨーロッパ域内における大型高速船就航は、大陸間の海洋を横断できる大型高速船の実現への、大きな敷石となった。高速船に実績を持つヨーロッパの船社、荷主、造船会社、そして、行政や研究機関などにより、大西洋横断タイプの大型高速船の構想が、すでにいくつか公表されている。(図10参照)このような船が、今後近い将来実現されるであろうことは、ヨーロッパの高速船の歴史がすでに証明していると言える。そのような時が来たとき、これまで20世紀型の輸送システムにしか依存できなかった貨物群が、大挙して海洋横断タイプの大型高速船を利用し始めるかもしれない。そうなると、20世紀に典型であった赤道基幹航路コンテナ輸送ネットワークは、大きな岐路に立たされることになるだろう。
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図10 大西洋横断を目指す大型高速船構想
(フィンヤード社公表資料より引用)
2.3 海上を離着水する大型表面翼艇WIGの可能性
2.3.1 高速船を上回る速力を持つ新輸送機関
 さて、大陸間海洋横断型の高速船が実現されたとしても、その速力は、たかだか50ノット程度であることは明らかである。その程度の速力の輸送機関では、依然として、現在の航空機とコンテナ船のギャップを完全に埋めることができ得る輸送機関とは足りえない。また、現在において航空輸送にのみ特化する品目もあるが、そのような貨物が、高度1万メートル以上の上空を600ノットで飛んで輸送されなければならないニーズなど、どのような荷主も持ち合わせていない。個々の荷主の航空輸送利用ニーズは、端的に航空機による短い輸送時間と定時性を求めているに過ぎず、航空機の飛行高度などには完全に無関係である。逆にいえば、どんなに高い上空を飛んだところで、輸送されている貨物には何ら付加価値を与えない。また、積載されるすべての貨物が、600ノットの速力で輸送されなければならない需要を持つとも限らない。貨物によっては、高速船の速力では遅すぎるが、その2〜3倍程度の速力で運んでもらえば、十分市場ニーズに応えられる場合もあるだろう。しかし、このような輸送機関は、もはや既存の高速船を高速化し続ける方法によっては、実現不可能である。21世紀の技術といえども、船体が没水部を持つかぎり、造波抵抗が累乗的に増加する物理原則は変えることはできない。したがって、高速船より上の速力を目指せば、それは、やはり空を飛ばざるを得ないであろう。とは言え、輸送機関自身が発する推進力のみで飛行しようとすれば、ボーイング747を典型とするように、大気の薄い高空を超高速で飛行しなければ、商業的な運航に堪えうる経済性は生み出せない。したがって、高速船の数倍程度の速力を想定した場合の輸送機関のイメージは、比較的低空を自身の持つ推進力のみならず、何か別の外力を利用しながら飛行するものとなろう。
 
2.3.2 新輸送機関としてのWIGの可能性
 このような輸送機関の発想は、決して新しいものではない。すでに19世紀に、主として2つ考案されている。その一つは飛行船であり、もう一つは、海面や地表から圧力を受けながら、それを揚力として利用しながら飛ぶ表面翼艇(WIG: Wing In Ground effect craft)である。
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図11 ロシアで運航されているWIG
(渡邉研究室卒論資料より引用)
 前者は発案後すぐに実用化されたが、歴史に名を残す大惨事を起こして幕を閉じたヒンデンブルグ号は、大陸間横断用の輸送機関として発展する道を閉ざしてしまった。現在においても飛行船は用いられているものの、その利用用途は、ごく限られた地域的なものであり、ましてや、コンテナ輸送に取って代わりうる可能性の芽生えなど、20世紀の間に生じた様々な技術革新の100年の歴史を経ても、未だ見出すことができないでいる。今後21世紀に起こり得るであろう新たな技術に期待する余地は残されようが、ヨーロッパにおける高速船の実績のような、21世紀型への脱皮の素地となる土台の形成を、飛行船に期待することは難しいであろう。
 これに対して、後者のWIGは、我が国においても実験機が成功裏に飛行しているし、ロシアや中国では、観光を主とした旅客輸送に限ってではあるが、営業用の機も建造され運航されている。中でもロシアのカスピ海で運航されているものは規模も大きく、乗員乗客数は数十人の規模を誇るものもある。(図11参照)これらのWIGは、湖や湿地帯を水面すれすれに飛行するもので、速力は、100〜200ノット程度である。しかし、その飛行に必要となる推力は、高空を飛行する通常の航空機と比べれば桁違いに小さく、当然、運航コストも格段に低い。このようなWIGの実績の存在は、ヨーロッパの高速船の実績と並び評価し得よう。つまり、今後、このWIGの技術を発展させてゆけば、大陸間の海洋を横断できるまったく新しい輸送システムが生み出されるかもしれない。
 
2.3.3 海洋横断大型WIGを実現するための条件
 WIGで海洋を横断するためには、海上の波浪を包含するに余りある高度を維持しながら表面圧力効果を享受し続ける必要がある。当然のことながら、かなり大きな面積を持つ翼を必要とするであろう。また、輸送経済的な側面からは、少なくともボーイング747をかなり上回る輸送容量を保持できなければ、商業的輸送機関としての競争力はまず持ち得ない。したがって、海洋横断を可能とするWIGは、中国やロシアに現存するWIGと比較すると、かなり大規模なものとならざるを得ないであろう。そのような技術的可能性の有無は、ほぼ今後の技術の進化と時間の問題と言えようが、それとはまったく別の観点から、WIGの絶対的に有利な条件がある。それは、WIGの機体(船体?)が大きくなればなるほど、その離発着は水面が有利になる。ましてや上述した規模の海洋横断タイプのWIGでは、離発着は海面を利用するのが最も安全で経済的であることは、自明の理である。海面を離発着に利用するということは、通常の航空機に不可欠な空港インフラ整備への投資がまったく必要ないことを意味する。着水後は、ほぼ船と同じ状態の運航形態となるであろうから、荷役システムを柔軟に対応しさえすれば、既存港湾をWIGの発着場として活用できるかもしれない。(図12参照)
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図12 新たな海洋横断輸送機関として期待されるWIG
(SOF提供資料より引用)
 海面があるからこそ飛べるWIGであり、さらに、離発着は海面そのものを利用する。加えて、ターミナル機能は海洋とのインターフェースである港湾を利用するとなれば、WIGはまさに、21世紀型の海洋横断システムの旗手となり得る存在である。
 この大型海洋横断タイプのWIGの運用を考えたとき、現実問題としては港湾へのアクセスや立地が課題となることも、明らかである。つまり、離発着の海域を確保できるかどうか、既存港を想定した場合に周辺の船舶の輻輳を回避できるかどうか、また、貨物の消費・生産地への近接性など、これらは避けてとおることはできないだろう。しかし、先にも述べたように、21世紀が進むにつれて、我々の社会とそこから生み出される物流ニーズは、多様化を極めてゆく。当然のことながら、港湾も20世紀型のコンテナ輸送対応だけでは生き残れなくなるであろう。つまり、港湾そのものも21世紀型進化を念頭におけば、その延長線上には、大型海洋横断タイプの高速船やWIGの利用を想定して開発がなされてくるであろう。すでに、我が国においても、将来の港湾構想として斬新なものが公表されてきており、これらの構想が将来の海洋横断輸送システムと持ちつ持たれつの関係を形成することは、大いに期待できるであろう。(図13参照)
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図13 日本の将来の港湾構想例−海洋浮体ターミナル
(国土交通省公表資料より引用して作成)








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