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III. 21世紀型海洋横断輸送システムへの脱皮
東京商船大学商船学部 渡邉 豊
[サマリー]
 本章は、20世紀の海洋横断システムの主流であるコンテナ輸送の生い立ちとその後の歴史を振り返ることから、新たな21世紀型海洋横断輸送システムへの脱皮の必要性を検証してゆく。
 コンテナ輸送は、海上にて最も多用される輸送システムであることから、その発想も、海事関係者が生み出したと鵜呑み、もしくは、意図的に誤用されがちだが、その事実はまったく異なっている。商業的なコンテナ輸送の生みの親は、1940年代の米国で男手一つのトラックドライバーだった、マルコム・マックリーン氏が生み出した。彼の鬼才は物流合理化の戦略で開花し、彼を全米一のトラック会社の社長にのし上げた。そのパワーをもって海運会社を買収して海上コンテナ輸送を始めたのが1950年代のことで、今で言う海陸一貫輸送はじまりだった。つまり、コンテナ輸送の生い立ちは、まさに陸上の発想が海を飲み込む形で起こったのだ。このコンテナ輸送は、在来輸送とは桁違いに効率的でかつ経済的であったため、瞬く間に全世界に波及していった。その当時の日本は、邦船社が在来輸送に固守する最中の1967年に、マトソン社がコンテナ船を横浜港に寄港させたことで、国民が世界からの立ち遅れを察知し、急きょ血税を投入してコンテナ港を整備し邦船社を助けてやり、かろうじてコンテナ化の潮流に乗り遅れずに済んだ、という苦い経験をした。
 コンテナ輸送が全世界に定着した1970年代になると、コンテナ輸送を取り巻く環境は別な方向へと流れ始める。それは、コンテナ輸送を引き寄せるための各国の港湾開発競争であった。当初は、先進国間で競争が激化するが、1980年代になると東南アジアの港が台頭してくる。その典型がシンガポールや香港であり、それに追随する形で周辺各国が熾烈な港湾開発競争を繰り広げた。このような有力な港湾群が形成されてくると、船社経営にも変化が生じた。巨大港湾間ではより多くの貨物流動が生じるから、その間を航行するコンテナ船は大きければ大きいほど規模の経済性を発揮して、輸送コストを下げることができる。この単純な経済原理を求めて、コンテナ船は1990年代に入ると急速な大型化の道をたどることとなった。この港湾開発競争とコンテナ船の大型化は、コンテナ輸送が本来指向していた、陸上にいる荷主と荷主を結ぶドア・ツー・ドアの輸送サービス提供という物流形態を乖離させてしまい、より多くの取扱量の港とより安い海上ルートを組み合わせることのみを志向する、エコノミックアニマル的な輸送システムへと変貌してしまった。
 その終局型が、20世紀も終わりに近づいた頃に有力船社アライアンスがこぞって確立した、赤道基幹航路ネットワークである。これは、赤道周辺のどこかにある(つまり、どこでもよい)使い勝手のいいハブ港湾に寄港して積み替えを行い、最終目的地へのデリバリーは、そのハブ港からフィーダー輸送を行うハブ・アンド・スポーク輸送システムである。
 しかし、この船社やハブ港の利潤追求を主眼とした赤道基幹航路ネットワークは、様々な弊害を露呈し始めた。基幹航路が特定のハブ港に偏ることから、全地球的なレベルでのきめ細かな物流サービスは困難になり、それは、経済の地域格差を助長する一因となっている。また、ただ安いというだけで、荷主の意思とはまったく無関係に膨大な貨物が他国のハブ港を経由するという、物理的な空間と時間を浪費する輸送が、生産や消費とは無関係な地域に集中するようになった。これは、当然のことながら、その地域の観光資源の低価値化や環境破壊を誘引するに至っている。さらに、皮肉なことは、コンテナ船の大型化とハブ港での取扱量の増加が、ハブ港そのものを未曾有の危機に陥れるシナリオを描いてしまった。つまり、ひとたび船社が基幹航路のハブ港を変更すれば、今まで使っていたハブ港の貨物取扱量は激減し、そのハブ港の経済力に依存している地域は、瞬く間に存亡の危機に陥れられてしまう。実際、シンガポールは今この危機に直面している。
 以上のようなコンテナ輸送が生み出した弊害は、20世紀型の海洋横断システムの限界のまさに予兆である。21世紀に入り、もはや社会は格段に進化し人々のニーズもきめ細かく多様化した。物流に対するニーズもそれに確実に追随している。コンテナ輸送の弊害は、21世紀の社会が新たな海洋横断システムを求めている証拠でもある。では、どのような輸送システムが考えられようか。そのヒントは、欧州の高速船の進化と地表効果翼艇(WIG)の二つに見出すことができる。
 まず前者は、1970年代の欧州に中小型フェリーの高速化に端を欲して歩み出した輸送システムである。その後20年を経て、欧州では速力50ノット〜60ノットの営業船も現実のものとなったし、最近では船長200メートルを超える大型の高速船さえ就航するに至った。このような長年にわたる営業運航をベースとした技術とノウハウの実績は、まさに21世紀型高速海洋輸送システム開発への土台を形成してきたといえよう。実際に欧州では、これまで培われてきた高速船技術を結集して、大西洋を横断できる大型の高速船構想がいくつも公表されている。これらの構想は実務の積み重ねの上に成り立っているのであるから、その実現はそう遠くない将来に見ることができるであろう。
 しかし、海洋横断高速船の更なる高速化は船体が没水している限り、限界は確実に存在する。とは言えボーイング747のような自力推力のみの高速飛行は、高度一万メートル上空を飛ばない限り大陸間海洋横断は経済的に成し得ないし、この場合の積載量はわずか100トン以下と、大量輸送機関には到底成り得ない。この課題を乗り越えるためには、自力推力以外の外力を巧みに取り入れながら飛行する輸送技術が求められる。この候補として注目できるのがWIGである。WIGは地表や水面から受ける圧力を翼で包含しながら低空で飛ぶ技術であり、これを応用すると通常の航空機よりはるかに経済的な輸送が可能になる。実際に中国やロシアでは、中小型のWIGがすでに営業運航されている。これらの実績は、ヨーロッパの高速船の実績と同等に評価し得よう。海洋横断に用いるWIGは、海洋表面の波浪を包含して余りある高度を維持する必要から、当然のことながら既存のWIGと比較するとはるかに大型の翼を装備しなければならないだろう。また、輸送経済的観点からもボーイング747より数倍から数十倍の輸送力を確保できなければ、実用に耐え得ない。したがってその実現は、21世紀の今後の技術の進歩に委ねられよう。WIGの未知数は依然として大きいが、海洋表面があるからこそ飛べるWIGには大いに期待したい。








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