2. 21世紀ビジョン論議の歴史的意義ある昭和54、55年答申
ところで、旧海洋開発審議会・現海洋開発分科会の歴史は、表1に示すとおりであるが、遡ってみると、おおよそ10年間に一度、その展望を答申として指し示す使命を負っていた。これまでの答申のなかで際立って歴史的意義があったといえるのは、昭和54(1979)、昭和55(1980)年の第2号答申(第一次答申、第二次答申)であろう。それぞれ約500ページという大部のセットとなっている同答申は、当時の産官学にまたがるほとんどの海洋関係者を網羅した委員会・分科会構成をもって取り組んだもの(第一次答申=11部会、38WG、第二次答申=40WG)であり、文字通り、英知を結集してまとめあげられたものである。
海洋のビジョンを論議する上で、この歴史的文献について触れておかねばならないが、その理由は次のようである。
いつの時代にあってもビジョン策定のうえで通過すべきプロセスがある。それは海洋・沿岸域の開発、利用、保全の社会的経済的ニーズが実際に存在すること、換言すれば、社会経済の発展や環境と共生する開発を進めていく上で、人類は、そしてわが国は、不可避的に海洋・沿岸域の開発、利用、保全活動が必要不可欠なものであることを論証、確認することである。その意味で、上記の答申は重要な足跡を残しているのである。
すなわち、図1がそれで、海洋・沿岸域の開発、利用、保全の各分野の需要との関連を分かりやすく図示した成果が盛り込まれている。今日見直しても、時代の制約による若干の不備は散見されるとはいえ、将来ビジョンを論議する上で非常に有用な大局的かつ普遍的視点を提供してくれるのが見て取れる。
たとえば、水産資源開発の場合、ニーズの源泉は人口一人当たりのカロリー、そしてその中の動物性蛋白必要量、そのなかの他の蛋白資源との競合関係の中での水産資源への依存率、そしてその供給のなかのわが国200海里水域での漁獲量、・・・というように筋立てての構造が示されている。海洋エネルギー利用の場合であれば、ニーズの源泉は総エネルギー需要量で、その中の石油・天然ガス、石炭、原子力、新エネルギー等の依存度、そのなかの陸上での展開との競合で残された部分に海洋エネルギーの利用が現実のものになる、という構造が示されている。海洋空間利用においても、国土利用の延長として海洋空間を利用するものと、海洋空間それ自体を利用せざるを得ないものの仕分けも明示されている。
ちなみに、それ以降の第3号答申(1990)、4号答申(1993)、「21世紀の海洋開発に向けて」(基本問題懇談会報告)(1998)は、その質量ともに第2号答申ほどではなく、しかも内容構成からも類推できるように、海洋法条約への対応や環境問題重視の方針は打ち出しているものの、ビジョン策定という面ではどちらかといえば海洋科学研究に重点をおいた傾向を示している。したがって、今次の海洋開発分科会答申では文字通り21世紀の長期的展望にたった方向性の提示を求められているといってよい。
表1 海洋開発審議会のあゆみ
年 |
海洋開発審議会の活動 |
海洋開発における主な出来事 |
その他の主な出来事 |
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・海洋資料センター(現:日本海洋データセンター)設立(1965) |
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1971 |
海洋開発審議会が設置される |
・海洋科学技術センター発足 (1971) |
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1973 |
第1号答申「我が国の海洋開発推進の基本的構想および基本的方策について」 |
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・第1次石油危機(1973) |
海洋開発推進の基本構想、昭和60年度までを展望して緊急に推進すべき重要プロジェクトの課題の提示
・海洋開発推進の基本構想
・海洋開発推進のために講ずべき重要施策
総合的海洋開発計画の樹立
海洋関連公共事業の推進
研究者技術者の養成等
・海洋科学技術開発の推進
(重要科学技術課題の整理)
・海洋環境保全の推進
(モニタリングの強化、規制の充実等)
・国際秩序確立への貢献
(国連海洋法条約への対応) |
・領海基線となる重要な海域における低潮線、海底地形調査の開始(1975) |
・沖縄国際海洋博覧会(1975)
・国営沖縄海洋博覧会記念公園(現:国営沖縄記念公園)開園(1976)
・領海12カイリ法・漁業水域200カイリ法成立(1977) |
1979 |
第2号答申「長期的展望にたつ海洋開発の基本的構想・推進方策について」 |
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1980 |
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・「しんかい2000」竣工(1981) |
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西暦2000年を展望して1990年の海洋開発目標と目標達成方策の提示
・海洋資源等の利用への対応
(200海里内の総合的調査観測監視体制確立)
・海洋環境保全への対応
(海域総合利用基本計画の策定)
・新国際海洋秩序への対応
(国際協力の強化)
・海洋開発の総合的推進
(関係省庁の連携、中核的推進機関の稼動)
・個別分野の目標達成方策の提示 |
・大陸棚調査の開始(1983)
・西太平洋海域調査の開始(1984)
・沖ノ鳥島災害復旧工事着手(1987)
・海面水温・海流予報提供開始(1987)
・ハワイ南東沖の深海底にマンガン団塊の鉱区取得
-1987
・青函トンネル営業運転開始(1988)
・本州四国連絡橋瀬戸大橋(児嶋−坂出)開業(1988)
・洋上の温室効果ガスモニタリングの開始(1989) |
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1990 |
第3号答申「長期的展望に立つ海洋開発の基本的構想及び推進方策について」 |
・「しんかい6500」竣工(1990) |
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西暦2000年を目指した開発目標と目標達成方策の提示 |
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・海洋資源等の利用への対応 |
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(つくり育てる漁業の推進) |
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・地球環境問題への対応及び環境保全 |
・エルニーニョ監視センター設立(1992) |
・地球環境サミット(於:リオデジャネイロ)(1992) |
・海洋調査研究・技術開発への対応 |
・深海底における距離の精密測定成功(1992) |
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(総合的な深海調査研究の推進) |
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・国際問題への対応 |
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(国連海洋法条約への的確な対応) |
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・基盤整備 |
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(体系的なデータ・情報の収集・管理及び提供) |
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1993 |
第4号答申「我が国の海洋調査研究の推進方策について」 |
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21世紀に向けた地球規模の海洋調査研究の計画的な推進 |
・国連海洋法条約の発効(1994) |
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・重点基盤研究テーマの設定 |
・国連海洋法条約の発効(1994) |
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(熱循環の解明等) |
・わが国初めての本格的な24時間運用可能な関西空港開港(1994) |
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・長期観測と集中観測の推進 |
・航海用電子地図第1号刊行(1995) |
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・国際協力の推進 |
・国連海洋法条約の我が国についての発効(1996) |
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・海洋調査研究基盤の充実 |
・海洋地球研究船「みらい」竣工(1997) |
・温暖化防止京都会議(1997) |
(大型共同利用海洋観測研究船の整備等) |
・東京湾アクアライン共用開始(1997) |
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・自然災害への対応等 |
・海洋データ即時国際交換体制の整備(NEAR-GOOS海洋リアルタイムデータベース)(1997) |
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・本州四国連絡道路・神戸鳴門ルート開通(1998) |
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1998 |
21世紀の海洋開発に向けて(基本問題懇談会報告) |
・本州四国連絡道路・尾道今治ルート開通(1999) |
・国際海洋年(1998) |
近年の海洋開発を巡る状況の変化及び問題点 |
・地球深部探査船の建造着手(1999) |
・海岸法の改正(1998) |
21世紀以降の海洋開発の在り方に関する検討について |
・海上浮遊物移動拡散予測業務開始(1999) |
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・海洋を通じた地球の理解 |
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・沖ノ鳥島の直轄管理制度の創設(1999) |
・21世紀の夢を拓く海洋開発 |
・地底地殻変動監視観測開始(2000) |
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・分野横断的な取り組み |
・高度海洋監視システム(ARGO計画)の構築の開始(2000) |
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・海洋調査船、研究船等の連携 |
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・選択的な開発 |
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・開発と環境保全 |
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・人材の育成 |
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出典:海洋開発審議会資料
図1 海洋開発関連図
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出典:海洋開発審議会、長期的展望にたつ海洋開発の基本的構想について−21世紀の海洋の開発と保全−、海洋開発審議会第一次答申、昭和54年8月15日