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事例6 液体塩素事故
(1) 事故概要
 液体塩素を積んだ「はしけ」が、水力発電所の一部となっている河川ダムの近くで引き網が切れ漂流し、ダムのピラーに衝突、水中のコンクリート突起物により船体に破損を生じた。4基のタンクに、合計640トンの液体塩素が積み込まれており、ガス雲が発生すると、すぐ風下の町に悪影響が生じると考えられた。 
 
(2) 性状
 塩素は刺激臭を持つ気体である。蒸気は空気よりも重く、地表面に沿って移動する可能性がある。可燃性はないが、毒性を呈すると思われる。水分を含む塩素ガスは非常に侵食性が強く、ほとんどの金属を腐食させる。また、多くの有機化合物とも激しく反応する。
 
(3) 対応
 「はしけ」はダムを乗り越えないよう、ケーブルで大型サルページ船に固定された。
 塩素はタンク内圧力を徐々に下げることによって、別の「はしけ」に移し替えた。さらに予防措置として,ダムの上部構造には高圧散水機を設置し、下のタンクに向かって散水した。
 スプレーによって、漏出した塩素も水中に戻り、塩素ガス雲は洗い流された。大気と水質についてモニタリングが行われ、町の一部では住民が避難した。
事例7 無水アンモニア事故
(1) 事故概要
 ガスタンカーが入港し、港湾内の肥料製造会社に無水アンモエア553トンを荷下ろしていた。当該作業中、移送ホースの材質がアンモニア耐性が弱いものであったため、ホースが破損した。
 50分のうちに無水アンモニア180トンが漏出した。船は巨大なガス雲に包み込まれ、ガス雲は風によって造船所に向かって移動した。その当時、造船所は無人であった。 
 
(2) 性状
 アンモニアは無色、刺激臭があり、空気よりも軽く液化しやすい。発火しにくい強い侵食性と激しい反応性を持つ物質で、一部の金属を腐食させる。液体及び蒸気は皮膚、胃並びに粘膜を刺激し火傷を起こす。許容濃度は25ppmである。高濃度のガスの吸入により肺水腫を起こし、呼吸が停止する。
 
(3) 対応
 消防署では、散水車を出動させてガス雲を洗い流し、漏出地点のバルブを閉めようとした。保護衣を着用した消防隊員が船に乗り込み、移送ラインのバルブを閉めた。アンモニアのガス雲が消散した後、岸壁で2名のクルーの死体が見つかった。調査の結果、死者は液体アンモニアのシャワーを浴びていたことが判明した。
事例8 金属ナトリウム事故
(1) 事故概要
 一般カーゴと大量の危険物を積んだ船が悪天候で座礁し、カーゴ室に火災が発生したため乗組員は退船した。退船した31名の乗組員のうち、救助されたのはわずか8名であった。船は人口20,000人の集落の近くにおいて座礁した。
 船には容器入りの有害・危険物約1,000トン及び燃料油約750トンが積まれていた。有害・危険物の種類は23種類に達し、IMDGコード分類で1(爆発物)、5(酸化物)、7(放射性物質)以外はすべて存在していた。金属ナトリウム126トン、非常に可燃性の高い液体600トン及び燃料油750トンが存在したことで、ナトリウムと水が接触した場合と同様に、爆発性・可燃性混合物が形成された。ナトリウムが入っていたドラム缶は多数が破損し、これが火災と爆発を引き起こした。
 
(2) 対応
 座礁によって船体が損傷していたため、再浮上は難しいと考えられた。したがって、悪天候のため困難な作業とはなるものの、貨物は現場で荷下ろしすることになった。
 船上調査の結果、次のような対応計画が策定された。
・デッキからナトリウム入りドラム缶を下ろす。
・他のナトリウム入りドラム缶が入った船倉を取り外す。
・デッキにある危険物を汚染危険の高い物質を最優先に下ろす。
・燃料抽を移送する。
・船倉内貨物を危険の高い物貿から順番に下ろす。
 サルベージ作業の開始と同時に、海上及び大気中モニタリングが実施された。危険物の回収には3ヶ月を要した。
 緊急事態において発生する重大問題の一つが、報道陣への対応である。多種多様な組織や個人が統一性のない発表をしたため、沿岸部の住民の間にパニックが発生し、この結果、事故周辺の住民多数が避難することとなった。
事例9 スチレン等積載ケミカルタンカー沈没事故
(1) 事故概要
 10月下旬の早朝、英仏海峡において、英国からユーゴスラビア向けのイタリア籍のケミカルタンカー(4,189総トン)が、荒天下で二重底船首部に破口浸水し、半水没状態となり、遭難信号を発信した。同船はサルベージ会社の曳船が船体後部に曳航索を取り、フランス沿岸に向け曳航中、翌日昼頃、フランス シェルブールの西方約60kmの水深約70mの海域に沈没した。全乗員14名は、フランス海軍のヘリコプターにより救助された。
 同船はスチレン約4,000トン、メチルエチルケトン約1,000トン及びイソプロピルアルコール約1,000トンの積荷と自船燃料等としてB重油、ガソリン並びに潤滑油を積載していた。
 
(2) 性状
 スチレンは前述のとおり、特有の強い臭いを有する液体で、水より軽く水に不溶である。流出すると水面に浮かんで蒸発し、有害液体物質のB類物質である。
 メチルエチルケトンは引火点−7℃、爆発限界(容積%)2〜11%の特有臭のある無色の液体であり、水より軽く水にある程度可溶である。蒸気は空気よりも重く、海洋汚染防止上の無害物質である。
 イソプロピルアルコールは引火点12℃、爆発限界(容積%)2〜12%の芳香臭、揮発性のある無色の液体であり、水より軽く水溶性であり、蒸気は空気よりも重い。海洋汚染防止上の無害物質である。
 
(3) 対応
 沈没事故発生当初、正確な沈没位置を調査するため、フランス海軍掃海艇が出動し、沈没位置付近海面上でスチレンの強い蒸発臭があることが伝えられた。また、英国の監視航空機により、水面上にスチレンが浮遊しているのが確認された。
 パトロール艇によるサンプリング採水が行われた。
 沈没地点周囲には、当初2海里の航行禁止区域が、その後6kmの航行禁止区域が設定された。
 英仏両国のコーストガードは、シェルブールで対応策について打ち合わせを行い、メチルエチルケトン及びイソプロピルアルコールについては海上流出しても放散するが、スチレンについては海洋環境に少なからず影響を及ぼすとの見方で一致した。
 専門家によれば、40日程度でタンク内のスチレンは固化する一方、放出されたものは速やかに蒸発するという。
事例10 フェノール積載船舶転覆事故
(1) 事故概要
 6月中旬の早朝、シンガポールとマレーシアの間のジョホール水道において、マレーシアのパシルグダンからインドネシアボルネオのバンジャマシン向けのインドネシア籍のケミカルタンカー(533総トン、積荷フェノール630トン)が転覆した。
 同船は、パシルグダン港において離岸作業中、曳船に牽引された頃から、右舷側に傾斜を始めており、同港から約1海里程度の距離において傾斜角が10度となったことから、船長及び乗船中の水先人は、曳船に付近の係船ブイへの曳航救助を求めた。その後、傾斜角を戻すことはできず、水道内の砂浜(水深5m)において転覆・座礁した。
 NO.1左舷タンク及び右舷タンクに通じるバルブの閉め忘れのため、曳船の牽引による右舷傾斜発生時の積荷フェノールの右舷側偏流が原因ではないかと見られている。
 
(2) 性状
 フェノールは常温では白色の固体(融点41℃)であるが、水分を含むと凝固点が下がり液状となる。引火点79℃、爆発限界(容積%)2〜9%であり、加熱されて発生する蒸気は、空気より重く爆発性混合ガスとなり、低いところに滞留しやすい。
 皮膚や粘膜に腐食性があり、水生生物に有害である。有害液体物質のC類物質である。
 
(3) 対応
 船長と乗組員13名は無事救助された。
 船体周囲にはオイルフェンスが展張され、サルベージ会社は燃料油の流出を防止する作業を実施したが、フェノールについては流出箇所を確認することはできなかった。
 その後、マレーシア当局、サルベージ会社、代理店、船舶所有者、荷主等による検討会が開かれ、人体・環境への被害を最小限にするため、船内に残っているフェノールを可及的速やかに瀬取りすることとなり、9日後に約600トンのフェノールが他のケミカルタンカーに移送された。
 周辺海域では、養殖されていた貝や魚が大量に死亡しているのが確認された。
 シンガポールとマレーシア当局は、周辺海域での釣りや遊泳を禁止した。








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