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第6章 町並み保存の実現へ向けて:町づくりの課題
 これまでの建物・町並みの調査とその分析により、保存すべき伝統景観や建物、その際守りたい基準などがあきらかになった。また、黒石市としては、伝統的建造物郡保存地区(伝建地区)の制度を活用する予定をたてている。その際、どのような範囲を伝建地区とするのがよいかについての検討も前章で行った。本章では、これらを受けて、その実現を図っていくための課題を整理し、町並み保存・町づくりをすすめるための提案を行う。
1.制度
 まず、都市計画法や建築基準法など、既存の都市・建築制度との整合性が整理されなければならない。前章の検討と重複する部分もあるが、ここで改めてまとめよう。
 歴史的な建物や街区は、20世紀になってから組み立てられた都市・建築制度が想定している建築像や都市像と必ずしもなじまない。いやむしろ、近代の体系は、歴史的な建物や街区を批判し排除しようとしてきたといってよい。よく言われるように、「町並みを壊す高層マンションは合法で、伝統的な町家は不法」という事態さえしばしば起こるのである。町並み保存は、このようにして近代の体系がひたすら安全・利便・快適を追及してきた手法や結果に対する一定の批判の上に築かれることをまず銘記しよう。
 具体的に問題になるのは、大きく分けて次の二点である:
1)都市計画で決定されている都市施設、とくに道路の計画との整合性
2)都市計画で決定されている地域地区との整合性
順番に見ていこう。
(1)都市計画道路
 伝統的建造物群に想定される浜町・中町・前町を南北方向に貫通し背骨をなすいわゆる「こみせ通り」は、現在の都市計画では、前町浜町線と名付けられ、幅員16mへ拡幅することが計画されている。もともとは、弘前と青森を結ぶ街道筋であるが、都市計画街路網としては、北の黒石駅前八甲線(16m)、南の福民境松線(16m)とを結ぶ全長590mの短い路線である(それらより北側および南側の旧街道筋は拡幅の対象となっていない)。この都市計画は、1967(昭和42)年8月に決定されている。
 こみせ通りの現状は、両サイドの水路(流雪溝)を含めた幅員が約8m弱、その両側におよそ幅一間のこみせが並んでいる。こみせの部分は私有地だが、それを含めた現状の幅員は約11mである。したがって、町並みを保存するためには、この都市計画が変更されなくてはならない。1984(昭和59)年の伝統的建造物群保存調査報告書「黒石の町並」は、この点に関し「黒石市の場合、「保存地区の設定」そのものよりも、むしろ、それから派生する「街路計画の変更」が、全市的な大問題となる」とした上で、次のように述べている:
 中町の町並みを保存するためには、建築規制を受けてきた関係住民からの補償要求等を覚悟の上で、浜町 前町線の街路計画を、潔く断念しなければ成らない。しかし、その場合には、1)市街地の中心部を南北に通過する車両の交通混雑緩和、2)市街地中心部の防災対策強化、3)街区の適正化 などの当初のねらいが、ことごとく打ち砕かれることとなる。このように、重大な問題をはらんでいるため、市長部局内へ設置された「黒石市中町地区こみせ保存対策委員会」でも、なお具体的な結論までには到達していない。(86-87ページ)
 しかし、その後の20年余の間に、中町を中心としたこみせの保存を図ろうという提案が繰り返し行われてきた。
(都市拠点総合整備事業)
 まず、1991(平成3)年度の「都市拠点総合整備事業(黒石レインボープロジェクト)」。同事業は、駅前開発(クリエイティブタウン事業)と既成市街地活性化(リフレッシュタウン事業)を車の両輪として一体的・有機的に事業を進めるとした。そして既成市街地については、「街並みミュージアム」をコンセプトに、表通り側の町並み保存を図りつつ、「かぐち」と呼ばれる街区内の空き地等を公開空地としで環境整備していくことが計画された。街路に関しては、こみせ通りは拡幅せず、北側から中心市街地ヘアクセスしているぐみの木線(幅員15m)をこみせ通りと平行に黒石駅八甲線をこえて福民境松線まで延伸させ、代替路線とする「ぐみの木新線」構想が描かれた。この新線は、「かぐち」を結んで歩道を十分にとりながら蛇行する新しいタイプの「ハンプやポケットパークを設けたパーキングと一体になった舗道」として提案された。
(特定商業集積整備基本構想)
 1994(平成6)年度の「黒石市特定商業集積整備基本構想」は、この案を受け継いでいる。中町・前町に横町と浦町の一部を加えた十字形の範囲を候補地区として整備計画を立案、具体的プロジェクトとして、1)都市計画道路「黒石駅前柵ノ木線の整備」、2)都市計画道路「前町・浜町線の見直し」、3)ぐみの木新線整備、4)横町のセットバック及びアーケード(こみせ)整備、5)横町のかぐち利用駐車場、6)よされ会館・広場の建設、7)中町・前町のこみせ修復及び整備、8)すもう村建設、をあげた。同構想では、道路についてはr交通ネットワーク整備と見直し」として次のような認識が示されている:
 中心市街地外周部の主要幹線とこれを結ぶ補助的道路により、道路ネットワークが形成されているが、都市計画街路の大半が未整備となっている。交通の円滑化を図ることからも道路整備の必要性は高い。ただし、中町を中心に残る「こみせ」の維持及び活用に対する市民の要望が強く、都市計画決定している“前町・浜町線”については、「ぐみの木新線」構想を含め、「交通ネットワーク整備と見直し」等慎重な検討が必要である。
 そして、上記8プロジェクトの相互関係について、2)の都市計画道路「前町・浜町線の見直し」には、代替路線としての3)の「ぐみの木新線」が必要、「ぐみの木新線」は単独ではありえず、4)の横町のセットバック及びアーケード(こみせ)整備や5)の横町のかぐち利用駐車場との連携及び進捗が必要、7)の中町・前町のこみせ修復及び整備には、2)の都市計画道路「前町・浜町線の見直し」がされないと事業実施にかかれない、という認識が示されている。このうち、5)のかぐち利用広場と駐車場はその一部が実点しているが、この認識通りであるとすると、中町・前町の町並み修復整備は遠い道のりとなる。
(総合交通体系調査)
 1996(平成8)年度に「黒石都市体系総合都市交通体系調査」が行われている。ここでは、上記の都市拠点整備事業を受け、こみせ通りの拡幅を取りやめるためには都市計画をどのように修正すればよいかの検討が行われている。
 まず、特定商業集積整備基本構想どおりに、ぐみの木新線を前町浜町線の代替道路とするケース(同調査では「代替案」)について、新たに推計された2015(平成27)年将来交通量を各路線に配分し、その妥当性を検討している。その結果、代替案の方が既決計画案より混雑緩和効果が高い、などの効果があるとしながらも、ぐみの木新線への通過交通へ通過交通が流入することになり新しいタイプの道路にそぐわないとして、修正案を作成・検討している(道路網配置がよくないなどほかの理由もあげられているが、意味不明な上、決定的な理由とは思えない)。
 修正案は、端的に言って、こみせ通りの東側に平行して走る市道山形町・浦町線を代替道路(同調査の言い回しでは「こみせ通りを補完する補助幹線道路」)とするものである。同計画は、この修正によって、一番兆通り地区やこみせ通り地区で通過交通(都市圏外々交通)が排除され、内々交通の利便性があがると結論づけている。
 同計画は、このあと、道路整備の優先度の検討に入り、新たに設定した市道山形町・浦町線を優先度1と位置づけ、平成17年度までの中期道路計画網計画に盛り込むべき路線とする。また、その道路構造は、歩道3m、車道6mからなる幅員12mとすることを提唱する。
(中心市街地活性化基本計画)
 最新の計画は1999(平成11)年7月にまとめられた「中心市街地活性化基本計画」である。この計画では「市街地交通整備計画」という章を設けて、やや詳しく道路問題を検討している。具体的内容は、総合交通体系調査をほぼ受け継いでいるが、記述はもう少しわかりやすい。
 まず都市計画道路を、1)他都市と黒石をつなぐ広域幹線道路・幹線道路、2)黒石市街地を大きく取り巻く外環状道路、3)中心市街地を囲む内環状道路である中心市街地環状道路、4)外環状と内環状をつなぐ中心市街地連絡道路、の4種類に分類する。内環状は、北が黒石駅柵の木線、東が主要地方道・大鰐浪岡線、南が福民境松線、西が黒石駅富田線で、一辺700 800m角の四辺形をなす。前町浜町線はこの四角形の中央を南北に縦断する通りである(上記四分類には位置づけられていない)。同計画の見立てによれば、「中心市街地への交通は、この中心市街地環状道路が受け止め、必要性のある交通を環状道路内に誘導するとともに、その他の交通を極力排除し、歩行者にとって中心市街地内の安全で快適な空間を確保するための重要な役割を担うこととなる。」中心市街地のコアとなる部分について、外部からそこへいたるアクセスを駐車場を含めて改善し、コア内部は歩行者に快適な空間を整備していくという方向性は基本的に正しい。
 ついで、この四角形の環状道路内の道路のあり方が整理され、各路線の整備の方向が示される。この中で、前町浜町線について「沿道に高橋家、こみせ等の伝統的建造物群が立地する。中止市街地内の骨格的道路である。…中心市街地の活性化にあたっては、街並みにあった歩行者優先道路として整備し、主要な歩行車軸として位置づけていく方向が望ましい。」という結論が導かれる。代替路線としては、東側に平行して走る市道山形町・浦町線をそれにあてることが提案される。かくして・結論となる「中心市街地においてなされるべき施策」に、前町浜町線について次のような方針が書き込まれた:
 日本の道路百選にも選ばれ、沿道に国指定重要文化財である高橋家はじめ歴史的建造物が集積するため、現都市計画を見直し、街並みにあった歩行者優先道路として改良整備し、歩行車軸を形成することにより保全整備を図る」、山形町・浦町線について「こみせ通り沿道の建造物やこみせ等歴史的資源を保全、活用するため、こみせ通りの都市計画決定見直しにあわせ代替道路として都市計画決定し、拡幅整備することにより市街地内の南北交通の円滑化をはかる。
 以上のように、代替道路をどこにするかについては二つの意見が見られたが、こみせ通り(=浜町・前町線)を、拡幅せずに町並みを修復すべきであるという点は一貫して主張されている。このような見解が黒石市が主体となって作成された計画で繰り返し踏襲されてきたことは重い。前町浜町線の都市計画見直しは、もはや市民多数の意見とみることが合理的であろう。なおかつ、建設省(当時)や青森県の関係者が委員をつとめる総合交通体系調査において、都市計画変更の妥当性と代替案の検討も行われている。
 とはいえ、都市計画法に基づく伝統的建造物群保存地区の設定を目指す以上、公式に都市計画道路の変更を行うことは必須であり、そのためのしっかりとした理論武装をしておくことが不可欠である。1984年の街並み調査報告が指摘していた問題点を手がかりに論点を整理しておこう:
 第一に「建築規制を受けてきた関係住民からの補償要求」の問題が指摘されていた。この問題は、都市計画道路変更を軽々しく行うべきでないという主張の論拠としてしばしば取り上げられてきた。しかし、見通しの立たない都市計画をこの理由をもって変更しないことの方がはるかに問題が大きいというべきだろう。また、実務上も、歴史的街区を通過する都市計画道路の変更はすでに多くの都市で実行されている。
 第二の「市街地の中心部を南北に通過する車両の交通混雑緩和」についてはどのように考えるべきであろうか。まず確認すべきは、前町浜町線は「市街地の中心部を南北に貫通する幹線道路」ではないということである。先にも見たように、かつては街道筋であったが、現代の都市計画では中心市街地内の分散路として位置づけられているにすぎない。つまり「南北に通過する車両の交通混雑緩和」を担う道路ではないのである。南北の通過交通は内環状道路によってさばかれるべきであろう。それが可能であり、妥当性があることは総合交通体系調査でも示された。なお言えば、根拠となる将来交通量の推計を問い直し、代替道路の必要性そのものを議論の俎上にのせることも不可能ではない。しかし、こみせ通りのすぐ背後に平行する代替路ができることは、こみせ通りの活性化を支えるためにも悪いことではない。ただし、市道山形町・浦町線沿道は静かな住宅地であり、歴史的建物も点在する。代替道路の計画にあたっては、これらに十分に配慮し、環境への影響を最小限におさえる必要がある。
 第三に「市街地中心部の防災対策強化」は、道路拡幅によらなくとも対応可能である。この論を推し進めれば、何万人もの人が働くオフィスビルもそのまん中に道路を通さなくてはならなくなる。つまり、適切な防災施設と管理体制こそが必要となるのである。選択肢は道路の拡幅だけではない。
 第四の「街区の適正化」について。街区の規模や形態は、一般的な解があらかじめあるのではなく、土地利用などとの関連から検討される必要がある。たとえば、高層マンションなどを前提としなければ、スーパーブロック型の街区形態は不要なばかりか、コミュニティの維持・強化ためにはかえってよろしくない。都心居住を進め、人口の回復を図ることが「街区の適正化」の根拠になっているとしても、黒石では、伝統的な街並みと両立する居住形態が追及されるべきであるから、むしろ伝統的な街区形態の方が合理的である。街区を大きく作り替える必要はない。
 周知のように、1997年の地方分権措置で、「一の市町村の区域を超える広域の見地から決定すべき都市施設又は根幹的都市施設として政令で定めるものに関する都市計画」(第15条三)以外は、市町村に決定権限があることとなった(ただし都道府県知事との事前協議と同意が必要)。その前年の政令改正で、根幹的都市施設である道路は「16m以上のもの」から「車線の数が四以上のもの」へと改められている。もはや生活に密着した都市計画道路の決定権限は市にあるのである。黒石市は都市計画の決定主体としてみずからこの問題を早急に解決し、町並みの整備に精力を集中する必要がある。
(2)地域地区
 制度上の第二の論点、地域地区へ移ろう。現在、中町と前町は、大部分が近隣商業地域であるが、西側の甲徳兵衛町の両側から南は商業地域に指定されている。近隣商業地域は容積率200%・建蔽率80%、商業地域は容積率400%・建蔽率80%である。また全域が準防火地域で、さらに横町から南の一街区は防火地域に指定されている。
(用地地域)
 伝統的建造物群保存地区設定にあたって用途地域はとくに障害にならない。伝統的建造物群保存地区が設定されることで、建物の高さや配置などについて詳細な形態規制が設けられ、容積率は実質的に切り下げられる。問題があるとすれば、1)既存不適格の建物の問題、2)開発の既得権があると考える人々の合意の問題、の二点であろう。
 既存不適格については、問題になるような大きな建物は現存しない。かつて中町の真ん中にマンションの計画が持ち上がったが、地元有志が資金を出し合って買い取り、事なきを得た。この建物は現在は津軽こみせ駅という名称の津軽こみせ株式会社が運営する活性化の拠点となっている。
 「開発の既得権」については、法定容積率が実現できなくなるという観点からの反対はほとんど考えられない。第一に、商業地域の400%は、現在も敷地形状などの物理的条件、および事業採算上の両面から実質的に実現は困難と考えられる。200%の方は、町並みにふさわしい低層のデザインで実現することが可能である(ただし、地域に理解がありセンスの良い建築家が腕をふるう必要がある)。
 さらに問題をあげるとすれば、伝統的建造物群保存地区が設定できても、その周辺で大規模な開発が行われ、地区の景観や環境を損なわれる場合が考えられる。現下の経済情勢ではこれも当面は大きな問題になることはなさそうであるが、ありえないことではない。この問題を回避するためには、景観条例などにより伝統的建造物群保存地区周辺に景観形成地区などのバッファゾーンを設定し、助成を含めた景観のコントロールを行うことが考えられる。じっさい、伝建地区を有する多くの市町村がこの方法を採用している。ただし景観条例は最終的には都市計画法や建築基準法で許容されている建物を止めることはできない。王道は、容積率 400%・建蔽率 80%という過大な開発を許容する商業地域を変更すること、あるいは地区計画を決めることである。
(防火地域)
 より問題が大きいのは準防火地域と防火地域の方である。伝統的な建物は、これら地域で要求されている規定を満たさないケースが多い。また大規模な木造建物では、建築基準法の一般規制そのものを満たすことができないケースも多くでてくる。当然、規制の要求通りに伝統的建物を直すと、歴史的な景観は大いに損なわれるからなんとかしなければならない。
 そこで、建築基準法には伝統的建造物群保存地区についての緩和規定がもうけられている。しかし、これらによる規制は、伝統的建造物群保存地区を設定するだけでは緩和されない。緩和規定がおかれている建築基準法第85条二の条文は以下の通りである:
 (伝統的建造物群保存地区内の制限の緩和)文化財保護法第83条の三第1項又は第2項の伝統的建造物群保存地区内においては、市町村は、同条第1項後段(同条第2項後段において準用する場合を含む。)の条例において定められた現状変更の規制及び保存のための措置を確保するため必要と認める場合においては、建設大臣の承認を得て、条例で、第21条から第25条まで、第28条、第43条、第44条、第52条、第53条、第55条、第56条及び第61条から第64条までの規定の全部若しくは一部を適用せず、又はこれらの規定による制限を緩和することができる。
 ここに掲げられた条項で、黒石で関係のありそうなものは以下の通りである:第21条(大規模建築物の主要構造部)、第22条(屋根の構造)、第23条(外壁の構造)、第24条(木造の特殊建築物の外壁等)、第25条(大規模の木造建築物の外壁等)、第28条(居室の採光及び換気)、第43条(敷地と道路の関係)、第44条(道路内の建築制限)、第52条(延べ面積の敷地面積に対する割合)、第53条(建築面積の敷地面積に対する割合)、第56条(建築物の各部分の高さ)、第61条(防火地域内の建築物)、第62条(準防火地域内の建築物)、第63条(屋根)、第64条(開口部の防火戸)。
 このうち、全国の伝建地区で一般的に問題になるのは、準防火地域の、延焼のおそれのある部分を防火構造としなければならないという規定である。特に軒裏の木造露しが問題となる。しかし大規模な建物やこみせのある黒石ではほかの条項も抵触する点がありそうである。防火地域があることも難題だ。防火地域では、「階数が三以上であり、又は延べ面積が100平方メートルを超える建築物は耐火建築物」とすることが義務づけられている。ここで耐火建築物とは、主要構造部が鉄筋コンクリート造または煉瓦造等の構造で政令で定める耐火性能を有し、外壁の開口部の延焼のおそれのある部分に政令で定める構造の防火戸その他防火設備を有する建物である。
 ともあれ、法律は、自治体が条例を制定することでこれら規制を緩和する道を開いている。ただし、このような緩和条例を決めるまでには、防災計画の作成や設備の設置を指導されるなど、時間や費用のかかるケースが多い。さらに、緩和条例をつくっても伝統的建造物以外の建物の規制を緩和することは困難が多いと言われている。つまり、保存地区になってもしばらくは修理基準や修景基準通りに事業をおこなうことができないというのが法律の建前なのである。
 とはいえ、そのような苦労を恐れていては町並みの保存は始まらない。ともかく保存地区を設定して、急いで建築基準法緩和条例の制定に邁進するしかない。黒石の場合、それでも躊躇する部分があるとすれば防火地域の存在だろう。防火地域は原則として鉄筋コンクリートしか認めないという性格の地域であるから、その緩和のための理屈づくりには苦労しそうだ。また、伝建地区に指定しても緩和条例ができるまでは不本意な建築しかできないということになる。
 この防火地域は、1970(昭和45)年に一番町通りに寄り合い百貨店「大黒」(現ふれあいストリートDAIKOKU)を建設する際、補助金を獲得する要件として必要になり設定されたと言われている。街区単位で指定したためこみせ通りまでが範囲に入ってしまったわけだが、街区内には市役所とそれに付随する大規模な駐車場等の空地がある。緩和条例を活用する方法もあるが、この空地を境にこみせ通り側の防火地域をはずすことも有力な選択肢のひとつと考えるべきであろう。以上の理由から、防火地域のある前町地区を今回の伝建地区の範囲に含めるかどうかが検討課題となり、すでに第5章でその検討が行われている。しかし、町づくりの側から言えば、中町と前町の一体性はぜひ確保したいところである。そこで、前章では、前町地区については今回は伝建地区指定を見送るとすれば、景観条例で対応するという案も示された。複数の選択肢からどの道を選ぶかは、総合的な判断が必要なところである。ぜひ積極的な方向が選択されることを期待したい。
(景観条例・町づくり条例)
 前町の問題から景観条例の構想が浮上した。もし景観条例を制定するのであれば、中町・前町だけでなくより広域の景観整備をすすめる可能性が生まれる。景観条例あるいは町づくり条例を制定することで、市街地内にかぎっても、以下のような可能性が生まれる:1)上町など市内のほかの地区の町並みの整備も視野に入れることができる、2)前述の伝建地区のバッファゾーンを設定できる、3)特徴的な火の見櫓をはじめとする市内各地に点在する歴史的な建物の保全や再生を支援する道を開くことができる、4)表彰制度などを設けて、すぐれた建物が少しでも多くできるようにすることができる、5)住民が締結する町づくり協定などを制度的にバックアップすることができる。
 もちろん、限られた資源や労力をまず集中すべきはこみせ通りの保存・再生・整備である。しかしそのためにもし景観条例が必要になるのであれば、その視野をグンと広げて、黒石市全体を磨き上げる方向を模索することも悪いことではない。
* * *
 ここでも都市計画道路の項の最後に指摘したことを繰り返そう。1997年の地方分権措置では、地域地区についても「一の市町村の区域を超える広域の見地から決定すべき地域地区として政令で定めるもの」(第15条三)以外は、市町村に決定権限があることとなった。用途地域も準防火地域・防火地域も黒石市が決定することができる。黒石市が主体的にこの問題に取り組み、いろいろな隘路を取り除いて、黒石市随一の財産である町並みの整備に精力を集中することが期待される。








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