レポート[2]
東海地域を中心とした聴障学生の大学生活における意識調査結果と問題点
中村 友和 他5名(学生における情報保障を考える会)
1.はじめに
現在、大学、短期大学、高等専門学校等で高等教育を受ける聴覚障害者(以下聴障者と略す)の進学率の増加に伴い、講義(情報)保障問題は一部の聴障者の特別な問題ではなく、既に一般化している。しかし、在籍数を例に見ても10年ほど前からの推定値としての800名前後の数字が変化することなく使用されていることに証左されるように聴障学生の就学歴や進学状況、大学生活での状況や問題点、生活環境、意識等の状況把握の客観的資料は数少ない。
このため、大学生活における情報保障を考える時の基礎的状況分析に供することが可能な大学における聴障学生の調査を無記名郵送回収形式で2000年8月10日から10月10日にかけて松岡と学生生活における情報保障を考える会の共同で行った。
この調査結果を検討する過程で、聴障学生に関する状況について一定の把握といくらかの問題点があきらかになった。本討論集会ではこの調査により把握できた調査報告と問題等を報告する。
2.調査結果の基礎概要
無記名郵便回収方法により回収46名(回収率83.6%:住所不明による未着は除く)
調査実施期間:2000年8月10日〜10月10日
調査基準日 :2000年7月1日
2-1.男女比 男性52.2% 女性47.8%
2-2.年齢分布 [1]19歳:12名 [2]21歳:8名 [3]20歳:6名 平均年齢:21歳
2-3.在籍学校 [1]大学:78.3% [2]短期大学:13.0% [3]大学院:6.5% [4]高等専門学校:2.2%
2-4.在籍学年 [1]大学2年:14名 [2]大学3年:7名 [2]大学4年:7名 [4]大学1年:5名 [4]短期大学2年:5名
2-5.在籍学部
文系:35名(76.1%) [1]福祉系学部:11名 [2]教育学部:8名 [3]その他:7名
理系:11名(23.9%) [1]工学部:5名 [2]情報系学部:3名 [3]理学部、理工学部、農学部:1名
2-6.失聴時期 0〜3歳:97.8%
2-7.身体障害者手帳の有無 2級:69.6% 3級:8.7% 4級:4.3% 6級:10.9% 持っていない:6.5%
2-8.聴覚障害 [1]感音声性難聴:91.3% [2]混合性難聴:4.3% [3]伝音性難聴:2.2% [4]その他:2.2%
2-9.入学前の就学歴 聾学校高等部卒:11名 高等学校卒:33名 高等専門学校卒:1名
聾学校就学歴(複数回答:人)
幼稚部:29 小学部:16 中学部:13 高等部:11
聾学校外の就学歴(複数回答:人)
保育園:14 幼稚園:19 小学校:27 中学校:28 高校33 高等専門学校:1
難聴学級等の就学歴(複数回答:人)
保育園:1 幼稚園:3 小学校:13 中学校:7 その他:1
2-10.両親の障害有無 聴者:73.9% 聴障者:26.1% どちらかが聴障:0%
2-11.コミュニケーション方法(複数回答:人)
a 家庭内(上位6位)
[1]口話:38 [2]手話:10 [3]筆談:8 [4]指文字:7 [4]身振り:7 [5]キュード・サイン・スピーチ:6
b 学校内(学校関係者)
[1]口話:41 [2]筆談:26 [3]手話:8 [4]身振り:5 [4]その他:5
c 学校内(聴者の学友)
[1]口話:40 [2]筆談:25 [3]手話:24 [4]指文字:14 [5]身振り:10
2-12.学校側の聴障認知の有無
知っている。または知っていると思う:97.8%
伝えていないのでわからない:2.2%
2-13.聴障についての学校側の理解
少し理解が足りない:54.3% 理解していてくれる:23.9% 理解が無い:13.0% 無回答:6.5%
2-14.情報保障の有無
情報保障がついている:19名(41.3%)
a 情報保障実現者(複数回答:人) [1]個人:12 [2]学校側:10 [3]その他:4
b サポート者(複数回答:人)
[1]同じ受講者:11 [2]手話サークルの学生:9 [3]学校側が募集したボランティア:8 [4]学内の友人:7 [5]その他:4 [6]学外:2
c 講義保障の方法(複数回答:人)
[1]ノートテイク:19 [2]手話通訳:8 [3]パソコン通訳:1
d 依頼方法(複数回答:人)
[1]自分で:12 [2]相手が自発的に:10 [3]学校側:8 [4]その他:5
e 保障を受けて変わったか ある:84.2% 無い:5.3% 無回答:10.5%
f 受けている情報保障への不満 ある:84.2% 無い:5.3% 無回答:10.5%
2-15.情報保障が無い状況での学習方法(複数回答:人)
[1]ノートを借りる・複写する:22 [2]黒板を写す:21 [3]自分で勉:18
[4]友人に聞く:17 [5]講師に聞く:14 [6]口話:11 [7]その他:5
2-16.断れた又は断れそうになった講義科目の有無
無い:41 ある:3(語学:2実験:1) その他:1無回答:1
2-17.講義保障を必ずつけたい科目(複数回答:人)
[1]ゼミ:26 [2]語学:18 [3]パソコン関係:17 [4]実習:16 [5]実験:6 [6]体育:5
3.調査から見えてくる問題点
1)専攻分野による情報保障の不均等
進学分野は多様化しているが、情報保障の面で見ると何らかの情報保障があると回答した19名は全員文系学部在籍であった。回答者の23.9%を占める理系学部在籍者では情報保障を受けていると回答した者は無く、理系学部での情報保障が立ち遅れていることが明らかになった。
1-2)対応が必要な受講科目
受講を断られた、断られそうになったとの回答は語学(2)と実験(1)であった。語学はコミュニケーション障害ともいわれる聴障とは対極にある学問である。一定数の聴障学生が在籍する大学では専用講座を開講している所もあるが、聴障学生の入学が稀な大学では受講毎にゼロから理解を得ることになる。理解を得るための提供資料の整備や聴障学生に対する授業方法の啓蒙が必要である。
実験等は安全の面から拒否される事が想定されるが、基本的には聴障に対する知識の不足によるものである。指導上の配慮は遅れているが、聾学校や労働部面での事例や資料はあるので学外の情報を活用するとともに教育現場での資料作りが必要である。
1-3)実施大学と未実施大学別の課題整理
調査では講義(情報)保障の確立・実施度の違いや経験量により問題意識に差があることが認められた。
[1]保障が実施されている学校に在籍していても聴障学生個人により捉え方、考え方に差があり、制度の有無での判断は誤った対応を取る危険性がある。
[2]講義保障に対する大きな不満としてサポート者の技術問題がある。しかし、この解決方法は学内だけでは困難である。学外も対象にした養成体制の確立が必要である。
[3]未実施の学校では聴障学生が直面している音声情報中心による情報障害の理解は聴障学生身近な教職員(教務窓口、担当講師等)に止まっている。教職員への聴障障害の理解と情報保障の必要性をどう普及していくが課題である。
[4]窓口等では講義保障の理解は得られても予算処置や人員等で実施できないことが想定される。大学執行部の理解を得る具体的対応法(私学助成金の活用や学内又は学外の協力者による人員確保の具体化)の明確化と支援体制作りが課題である。
2)コミュニケーション方法
近年、手話が社会的に認知されてきているが、反面、聴障者イコール手話との固定概念に陥る危険性がある。学生の年代は日常生活のコミュニケーション環境の影響が大きい時期である。コミュニケーション方法は、2-11のコミュニケーション方法結果概要に見られるように聴障学生個人個人で多様である。そのため情報保障を考える時、一人ひとりに合った情報保障を進めることが重要である。
3)学内手話サークルの関連
情報保障の面から見ると在ると回答した19名は全員、学内に手話サークルがあると回答している。全体でサークルがあると回答しているのは69.6%である。情報保障を考える時や運動を進める時、学内環境として手話サークル等の障害学生の支援に協力するグループの関連を視野に入れる必要がある。
4)聴障学生の相談窓口
学校には名称は違っても学生相談窓口は設置されているが調査では無いと回答した者が26.1%あった。
内訳を見ると手話サークルが無いと回答している者では50%となっている。学生生活での情報不足により学内の諸制度認識の弱さを表している一例といえる。学校側の啓蒙活動の充実が望まれる。
5)聴障への理解
大学生活が上手く行っていると思っていても、理解不足を感じている。主観的側面があるため、学生側からの動きは困難が伴う、第三者の立場(教職員、手話通訳者、手話サークル、聴障団体)からの学内外の支援が必要である。そのための協力の場の設定をどう作っていくかが今後課題となる。
4.まとめ
これまでの聴覚障害者の高等教育への進学率は聾学校からの進学率をベースに約10%の数字や推定在学者数800名が言われているが、この調査を通じて、聴覚障害者の高等教育への進学率は推定15%〜20%と考えることができ、既に聴障者の進学率はマス型に移行しているといえる。
一部には大学等への進学を特別のものとして考える傾向がまだ見られるが、今後は一般化した高等教育への進学を踏まえた検討が求められている。
インテグレーションが問題になっているが調査でも聾学校幼稚部経験者は50%であるが高等部からの進学27.9%と低下している。これに対して一度も聾学校の就学経験が無い者は34.8%となっており、聾教育を受けない人々が一定数、存在している状況を踏まえておく必要がある。
専攻分野の男女割合では男性は文系54.8%、理系45.8%と二分しているが、女性は全員、文系学部在籍であった。女性の理系学部への進学は進んでいないといえる。
コミュニケーション方法では講義保障があると回答し、手話サークルがあると回答した回答者の学友とのコミュニケーション方法の多様性が確認された。
講義(情報)保障の方法としてはノートテイクは全員が受けており、手話通訳は42.1%となっている。ノートテイクは支援者の養成がしやすいことと協力者を得やすい事によるが支援者の善意を前提に成り立っているため課題も多い。手話通訳は今後増加するものと予想されるが通訳者の確保が今後の課題となろう。パソコン通訳は一名のみであったが、今後、情報技術の進展を踏まえた情報支援活用を開発する必要がある。
情報保障対応が進む傾向が確認された反面、情報保障制度の充実の視点から見ると大学、学部格差の拡大傾向が見られる。特に短大、理工系分野の遅れを今後の課題として考える必要がある。
今後、情報保障制度確立及び充実を進めるにあたり、聴障学生外の学内での支援・協力の土壌となる個人・団体の結集が不可欠である。この時、制度確立の進捗状況に沿った全国的な情報提供や相談窓口となる組織(例えば、情報保障に関する相談を受け付けている筑波技術短期大学)が必要である。
現状の情報保障は学内対応を中心に進んでいるが、今後の情報保障制度支援のあり方として、地域の支援が重要である。地域を含めた情報保障制度形態を検討すべきである。
司会:新井(筑波技術短期大学)
アンケートの内容をもっと詳しく聞きたい人どうぞ。
池田(香川県)
アンケートの中に「インテグレーション」の言葉があったがそのレベルはどうなのか。
自分も理科系。これまでのインテグレートの教育の中で僕は「分からなかったら人に聞け」と教えられてきている。そう言うことを理解しているのか。
レポーター:小林(学生生活における情報保障)
インテグレーションのレベルがまちまちとはどういうことか。
池田(香川県)
「分からなかったら人に聞け」私の場合、中学までは従うことができたが、高校からそれではできなくなった。どんな教育を受けたかによって情報保障の幅が違う。
レポータ:小林(学生生活における情報保障)
アンケートの中で講義保障がついていないことについて「これからつけたいですか。」と質問したのですが、これからつけたいという人もいるし、分からないという人もいる。
司会:新井(筑波技術短期大学)
アンケート調査の意味がないということか。
池田(香川県)
意味がないのでなく、インテグレートの幅がわからないということ。
レポーター:小林(学生生活における情報保障)
この会としてのインテグレートとは幼・小・中・高・大に普通学校に入ったことをインテグレートといっている。
司会:新井(筑波技術短期大学)
小学校で普通学校に変わった、中学校で変わった、高校で変わった、いろいろな幅を認めてインテグレートといっていると思う。アンケートヘの質問は。
山村(石川県聴覚障害者協会)
私は20年前に大学を卒業した。情報保障については私の経験したことと同じ。変わっていない。発表の中で学内の手話サークルの役割が大事ということだが、発足のきっかけはどうだったのか、また地域のろうあ協会としてどうサポートしていくのか。つまり、学内の手話サークル発足のきっかけと地域のサークル、ろうあ協会との繋がりについて聞きたい。
レポーター:小林(学生生活における情報保障)
学内のサークル発足のきっかけはこのアンケートでは分からない。聴障学生がサークルを作ったきっかけは、「ろうあ者とは?」「聞こえないとはどういうことか?」を学ぶことであった。学内のサークルと地域のサークルはお互いに連携はない。学内のサークルは人数は多いが、実際支援していく上で学内だけでは不十分。今後どうやっていくかが課題と思う。
折井(東京都聴覚障害者連盟)
社会人の立場から見ると物足りない点があった。学校の経歴、インテグレートはいつなのか、インテグレートといっても幅広いと思う。理系の中で情報保障がないのはなぜなのか?おそらく専門性の手話がないからと思うが、その分析をしてほしい。東海地域の聞こえない学生の懇談会があるが、その連携はどうなっているか。ある地域の手話サークルで情報保障の活動を行っているが、学生は何も考えずに手話通訳を依頼するが、専門的なので通訳が対応できないとか「びびる」とか言っていた。学生に対してどう対応したらいいのか悩んでいるようだった。
レポーター:小林(学生生活における情報保障)
理系にはつかない。手話サークルの役割はほんとだなと思う。情報保障は通訳者だけの負担ではない。大学の先生が講義する立場で自分の話がきっちり伝わっているのか確認すべきことでもある。地域の手話通訳者と大学の先生と私達の懇談がいると思う。先ほど発表したアンケートの報告集を作った。一冊1000円だ。
司会:新井(筑波技術短期大学)
アンケートの結果発表だった。技術系大学の情報保障は与えられないことも多い。次のレポートは技術系大学に入っての初めての試みについての具体的な事例。