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レポート[1]
高等教育をめぐる最近の状況
松延 秀一(京都大学総合人間学部図書館)
1.「大学冬の時代」
 小泉首相が「国立大学は民営化すべき」と発言し、野党の民主党もこれを支持している。独立行政法人化を推進している文部科学省の思惑を飛び越えてしまった。これを受けて、文部科学省では、国立(法人?)大学の削減を言い出した。「民間にできることは民間にやらせる」という、市場原理主義を高等教育の分野にも貫徹させようということであるらしい。現場では、民営化(私学化)どころか、法人化にも反対の雰囲気が強いのであるが、行政改革の錦の御旗のもと、政治力学の反映で押し切られることになるのだろうか。(厳密には、国立学校設置法の廃止という手続きを国会で通さないと、法人化・民営化には至らないけれども)
 一方、私立大学も少子化のため、赤字経営が多く、私立大学連盟では「破綻処理」や合併の勧告さえ検討中とのことである。(朝日新聞、6月10日付)
 こうした「大学冬の時代」をどう解釈すべきか。少子化のもと大学の生き残りのために、学生定員が増え(つまり、授業料収入の確保)、障害学生が入学しやすくなる。という考えを持つ人もいるかもしれない。(「学力低下」のリスクは大きい)しかし一方、特に国立大学の法人化では、教職員の削減や国費投入額の削減が確実に見込まれるため、授業料は上昇し、教育条件が悪化すると見た方が確実である。そしてそれは私大にも悪影響を及ぼす。教育条件が悪化する、ということは障害学生の受入体制整備に回す予算が減るということになる。いかにバリアフリーが叫ばれる時代になっているとは言っても、大学における障害学生受入れ体制整備が「民間」だけでできるわけではあるまい。現在でも、日本私学振興・共済事業団による私学補助金の中には、身障学生分の補助金もあるし、バリアフリー推進のための費目もある。大学の設置形態がどうあれ、やはり公的資金は必要なのである。このことはもっと声を大にして主張していい。
2.差別立法改正以後の見通し
 さて、この間、全日本ろうあ連盟を中心として、差別立法の改正をめざす運動が進められ、一定の成果を挙げるに至った。絶対的欠格条項から相対的条項への緩和、撤廃等である。特に医療関係職の法律(薬剤師法など)にその影響が著しいと言える。この結果は大学にも影響を与える。大学の医・歯・薬、看護・保健関係学部への身障学生の進学数が増えるだろう、という見通しが立てられる。(すぐには増えないだろうが)今までは資格・免許が与えられないということでこうした学部からは入学拒否されてきたが、今後はそうしたことは起こりにくくなると言えるかどうか。今度は学内での勉学の体制が不備だから・・・という口実で拒否されるという例が生じるのだろうか?もちろん、そうさせないための体制整備を私たちは文部科学省や大学関係団体に求めなければならない。
3.大学内での情報保障
 大学での授業(講義やゼミ)に聴覚障害学生が出席する場合、残存聴力が役に立たなければ、視覚によって情報を得ることになる。そしてその手段は主として、手話通訳と筆記通訳(ノートテイク)であることはこれまでの各大学での活動が示しているところである。このうちノートテイクについては著しい進展がみられる。
 一つは、「大学ノートテイク入門」(人間社、2001年3月刊)の刊行である。大学におけるノートテイクのノウハウをまとめて紹介したものであり、必読の文献であろう。
 二つ目は、全国要約筆記問題研究会(全要所)の全国集会の分科会で、京都における大学のノートテイク活動が紹介されたことである(ここ2、3年、連続して紹介されている)。これは大学から京都市聴覚言語障害センターを通じて、京都市の要約筆記サークル「かたつむり」に依頼が持ち込まれ、「かたつむり」が継続して人を出している、ということである。本来こうした活動は地域のボランティア団体に依存すべきではないし、各大学内でのノートテイカー養成がむずかしければ、大学の枠をこえたサポート・センター(大学共同利用機関としての)が必要ということを意味しよう。
 三つ自はパソコンによる要約筆記の導入である。厚生(労働)省の要約筆記奉仕員養成講座の中にパソコン要約筆記が盛り込まれた。これが普及すれば大学でのノートテイクにとって大きな武器を得ることになるだろう。
 
共同研究者:沖吉和裕(筑波技術短期大学副学長)
 私も筑波技術短期大学に来て4年目。障害者、ろう教育に関わっている。初等、中等教育に関わることが多かった。私の記憶の中で大きいのは実は昭和49年養護学校を義務制にすることが決まったこと。そのとき私も文部省で係長だったが、養護学校を義務制にするという法律改正を担当したことがある。それから昭和55年に、それまで重度障害児にどんな教育をしたらいいかということを中心にやってきたが、比較的軽い障害を持った子どもにどういう教育をしたらいいかということに目を向け始めた。その頃にちょうどインテグレーションとかノーマライゼーションとかいう話が出てきた。今日と明日で話したいことが3つか4つある。
 ちょうど発表している方の項目にあうのだが、1つは先程松延さんが話したけれども障害を持っている人に対する高等教育というのはどういったふうに変わってきているか。それから教育をするうえでサポートする体制がどうなっているか。それから私達の筑波技短を大学にしよういうこと。しかも大学に進めるような大学ということで紹介をしたかった。それからもう1つは大学が変わろうとしている。「独立行政法人」についてだが、国立大学が変わろうとしているだけでなく私立大学も変わろうとしている。以上の4つについて話そうと思っている。
 まず私の意見はなるべく入れないように客観的に説明し、理解していただこうと思っている。「独立行政法人」変な名前だ。今までの日本ではない名前だ。イギリスにある「エージェンシー」。日本で言うと非常に難しい。国の組織と民間の中間的なものと思って欲しい。比較的近い言い方では特殊法人。日本育英会=奨学金を出しているところ。日本体育健康センター=国立競技場を経営しているところ。これらが特殊法人だが、これに一番近い。
 独立行政法人にするという基本的な考えは3つある。1番目に官から民へ、国から地方へということ。国や地方自治体がやっているところを民間に移していく。国がしなくてもいい仕事はなるべく地方にやってもらおう。わが国の政府は比較的大きな政府といわれている。本当に国がしなければならないことだけにしていこう。
 2番目は行政機能の減量。国の機能を地方に、また国と地方の機能で可能なものは民間におろしていこう。
 3番目に日本の行政は規制が多かったし、西洋に追いつこう、追いぬこうとして補助金を出そうとした。その規制行政と補助行政の見直しをしよう。この3つが大きな目的。
 4番目。組織が小さくなると、職員の削減ができる。これが独立行政法人の出された要因である。基本的な考え方は、公共的な事務、事業について、独立の法人格を有する法人を設け、弾力的、効果的な組織、業務運営により効率性、質、透明性の向上を図ろうというもの。
 独立行政法人の特色は、中期目標をたて5ヵ年くらいの中期計画を立てる。そして各年度の計画を作る。これが第一の特色である。第二の特色は総務省、各省に評価委員会をつくり、外部からの評価を受け、運営に反映していこう。第三は5年ごとに計画の見直しをしていこう。これが独立行政法人の大きな特色となっている。予算についてどうなるか。すでにこの4月からいくつかの研究所が独立行政法人になった。その中でいうと、運営費、設備費、教材費など経常的な経費については国が交付する。当分の間はこれまでと同様。
 日本の国の予算は1年でしめるが、独立行政法人の場合は、5年間でやってみようということ。
 先だって遠山プランが出され、国立大学の構造改革について、3つの方針を出した。1つめはスクラップアンドビルドの考え方すなわち再編成と統合を大胆に進めること。教養教育の充実を図る。統合、再編をするのかというより再編した場合どのようにしたらいいのかを予め考えなくてはならない。2つめは「民間的発想経営手法」を導入し、新しい大学法人へ早期に移行していくこと。私立大学には企業経営の手法が取られているが、国立大学でも取り入れていこうという考え方。その年度内、問題についてお金を使うのでなく、どんな使い方をするのが一番良いかを考えていくべき。3つめは第三者評価による競争原理の導入。比較し競争すること。「トップ30」を世界的水準にレベルアップを図る。「トップ30」は大学ではなく、たとえば自然科学で30、障害児教育で30、日本文化で30など集中的に育成することである。
 今後独立法人について高等教育がどうなっているのか。聴覚障害者の高等教育をどうしていくか考えるべき。
 
司会:新井(筑波技術短期大学)
 質問意見などあったらどうぞ。
 
松岡(愛知のろう教育を考える会)
 遠山プランについて。諮問会議のマスタープランは経済省が作っているが、6月以前と以降では違うのでないかと思うがいかがか。
 
共同研究者:沖吉(筑波技術短期大学)
 基本的には変わらないと思っている。国立大学協会へ示して、6月に返事を待っていたが、返事の前にプランを出した。8月に文部科学省が出そうとしていたのは遠山プランに近いもの。
 
松岡(愛知のろう教育を考える会)
 ある大学では学長が全員集会をやっているところがある。自民党案が潰れたという認識を持っている。その中で文章は変わらないが、中身が違う。その認識で議論しないと危険でないかと思った。
 
共同研究者:沖吉(筑波技術短期大学)
 新しいプランを実行に移すにはプランに負けないよう各大学がしていかないと大学が潰れる危険がある。全国の大学に協力できるようにしたい。皆さん方にも考えて役立つようにしていきたい。筑波でも大学に役立てるような大学をつくっていきたい。
 
司会:新井(筑波技術短期大学)
 この議論はとても大切。「問題点は何?」と思った方もあるかと思う。例えば「教育は大切だからやろう!」と言った。誰が言ったか。例えば、お母さんが言ったのと、関係のない他の人が言ったのとでは同じ効果があるか。つまり、文部科学省が作った案と厚生労働省が作った案が同じかということであろう。
 
西出(石川県聴覚障害者協会)
 社会人として聞きたい。国民全体がどんな教育が必要か討論する機会がなく一方的な気がする。国が設計するのでなく私達障害者も、現状では与えられたことをこなすだけで自由な創造力を作っていけるような人材を作っていくような改革を求めていかなければならないのでないか。
 
司会:新井(筑波技術短期大学)
 設計図を国が作ってしまうのでなく、自分たちが作り上げていく。トップダウンという考え方ではなく、我々下から上げていくための力をつけていくことが必要でないかと思う。
 
共同研究者:沖吉(筑波技術短期大学)
 昔は、高等教育というとエリートで、約5%が進学。今は専門学校を含めると70%が進学し、ユニバーサル化している。誰でも大学教育を受けたい人が受けられる、このような時代にどう教育していくか。一つはその課題に見合った教育を提示するのがこれからの大学の役割。それに関連した新しい組織が必要と思う。今は財政、金融、教育、保険なども一つの大きな改革になっている。独立行政法人の改革でいろいろな案がある。問題が難しいこともあり、丁寧な説明の機会がなかった。大学設置がどう変わるか考える機会がない。大学の中でも自分と関係ないと思っている先生が80%、熱心な先生が20%という現状。設置形態やどんな運用をしていくのか真剣に考えていくべきだ。
 
司会:新井(筑波技術短期大学)
 あと2人質問してほしい。
 
折井(東京都聴覚障害者連盟)
 3つ質問がある。1つは国立大学の中の医学、薬学は保健と関係がある学部だが、遠山プランとどう影響があるのか。国立研究所が法人化されると耳にしている。保健の分野については厚生労働省だが、大学は文部科学省、その二つの絡みもあるのか。
 2つめは、大学に通っている聴障学生の情報保障の費用に関わる問題。財政的にどのように影響するのか。手話通訳や要約筆記がまず削られるのではないか。
 3つめは筑波の副学長として聞きたい。付属ろうで学校バイオ研究している学生が農学部へ行きたいが、レベルが高く難しいのではないか。筑波技短にバイパス的役割があるのか。
 
共同研究者:沖吉(筑波技術短期大学)
 1つめの保健分野について。設置形態は厚生労働省と文部科学省をいっしょにすることを考えていない。独立法人化がスタートするときは今あるものの形で。5年後、
10年後見直し時期に統合か廃止か継続かを見直すだろう。
 2つめの聴覚障害者に対する支援について。国から特別交付金が補助されている。私立、国立ともに障害者一人につき250万円の補助がある。特別に必要なとき私学振興共済事業団が付加する。日本福祉大学は教育改革を推進しており、金額は1000万円を超える。バリアフリー化を進めるため改造費の私学助成がある。これは情報公開できると思うので、各大学で何に使っているかチェックが必要かもしれない。
 3つめは編入学について。社会人入学、編入学の拡大は全国的に進めることで合意している。大学の研究を進める上で可能な限り進める。本学から他大学へ、他大学から本学へということを積極的に進めていきたい。
 
司会:新井(筑波技術短期大学)
 目的があって直接大学へ行きたいが、力不足。そのため先に筑波技短に入ってその後目的の大学へ編入するという形でバイパス的に利用して良いか。
 
共同研究者:沖吉(筑波技術短期大学)
 例えば、医学部へ行きたいが、基礎的学力をつけるために本学で学ぶ方法もいいだろう。バイパス的な活用も念頭においているが、今はまだ無理である。
 
菊池(群馬大学)
 私は学生なので、大学へ入るためのお金が心配。アメリカでは社会保障のローンがあるが、日本はまだ遅れている。国からの助成はあるか。
 
共同研究者:沖吉(筑波技術短期大学)
 筑波の例でいうと、授業料は他の短大と同じ。障害があるので授業料免除の制度はある。日本育英会など奨学金の制度もある。障害のある人に対する交付率はやや高い。民間でも準備しているところもあるので活用したい。法人化になったら授業料はどうか。という質問だが、いい学生を確保するために今の授業料はそのままと思われる。私達も授業料を引き上げないための運動が必要である。建設的なデータが必要。また、聴覚障害者の大学進学が低いので高めていくことも大切。
 
菊池(群馬大学)
 新しい制度のとき、国が決めるのでなく、各大学で決めることになるのか。
 
共同研究者:沖吉(筑波技術短期大学)
 各大学で考えてほしいというのが新しい法人の主旨。新しい独立行政法人が考えていくことになる。
 
司会:新井(筑波技術短期大学)
 これから沖吉先生を中心に旗を上げて国会へ行ってお金を受けるための申請をしていこう。弱い立場の人が保障されていくためには、強い働きかけが必要になる。良い悪いとは別に、行政が関わるので、少数、弱者が自分をどうやって出していくのか考えていかなければならない。次の2本の発表でより身近な意見になると思う。








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