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レポート[4]
 中学部生徒の聴覚障害観
 〜自立活動、健聴生徒との交流を通して〜
 名波 綾子(静岡県立沼津聾学校)
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1,はじめに
 聾学校において「生徒に聞こえないことをどのように指導しているのか」「障害認識について生徒はどんな理解をしているのか」ということは、聾学校教師だけでなく、親や医師、ろう者と関わりを持つ通訳者やろう団体等に関心のある要素であろう。幼稚部から聾学校で育ってきた生徒が聴覚障害をどうとらえ、障害を認識していくのか、に焦点を当てる。しかし、一時的な指導や観察だけで、障害認識を推し量ることは慎むべきで、生徒にとっては広い領域と関わりながら、障害認識も成長していくものと考えている。
2,障害者をとりまく最近の社会風潮について
 中学部では、沼津市内にある東京都立片浜養護学校や市立第五中学校と交流している。年に3回(片浜)と十数回(第五中)の割合であるが、回数の割に交流が深まっているのは片浜養護学校である。年度初めの交流会は片浜養護学校の生徒や教員が指文字を使って自己紹介をしていることもあり、障害をもつ者同士の安心感もあると思われる。しかし、今年度、第五中での対面式で校長先生自らが指文字を覚えて全校生徒の前で披露される等、意識に変化があらわれている。 こうした状況から考えると、ひと頃さかんに言われていた「バリアフリー」が少しずつ理解されてきているのではないかと思う。
3,アンケートの結果と課題
 本校中学部の自立活動の年間指導計画では手指法や発音の他、きこえや補聴器管理、福祉制度等が組まれている。聴覚障害者として生きていくからには必要なことを学習しておきたいが、未開拓の分野といえるのがこの「障害認識」かもしれない。聾学校幼稚部の子供が素直に障害認識に関する発言をするのに対して、中学部生徒の障害認識は曖昧なことが浮き彫りになっている。(右ページ参照) 「自分は障害者ではないが、ろう者は障害者である」という考え(その逆もある)。「発音ができません」というコンプレックス。「耳が悪い」という否定観。これらが生徒の聴覚障害観である。なにをもって障害というかはさて置くが、このようにマイナスの障害観を植え付けてしまった要因はなんだろうか。生徒の意識改革を考えることがこれからの課題になり、またろう児に関わる周囲の人たちが留意することもあるだろう。
4,ろう教員としての障害自覚
 聾学校にはロールモデルが必要であると言われて久しい。当然ながら成人聴覚障害者としての役割を求められている。そして、アイデンティティを目にする唯一のモデルでもある。
 生徒と障害認識に関する話をすると、対等に話しあえるのもろう教員ならでは、であり、自分の経験を含めて、障害観についても学び合うことができる。
 修学旅行のように校外で共に行動していると、色々なことが起きる。現地の人に話しかけられ、私が「聞こえないので、ゆっくり話・・・」と言いかけたところで、会話を諦めた人。この場面を見た生徒はどう感じただろうか。宿泊の打ち合わせをホテルマンと私は筆談で交わした。これも生徒は見ている。駅員さんに切符を見せて通行できるか?と、私は手話で訊ねた。見ている生徒は確かにいた。
 社会では手話を知っている人は多くないが、口話ができても曖昧なコミュニケーションをとるくらいなら、この方法が理にかなっていることを示したい。これまでの経験から私が身につけた術であり、自分の障害を認識した上での行動である。
沼津聾学校中学部生徒(24人中19名にアンケート実施)の障害認識について
 
  質問 1  「自分は、はっきり言って障害者だと思う。」
   中1(生徒6名)  はい 50%    いいえ 33%    無回答 17%
   中2(生徒5名)  はい 80%    いいえ 20%
   中3(生徒8名)  はい 37.5%   いいえ 50%    無回答 12.5%
 
 
【「はい」と答えた理由】
 補聴器をはずすと全く聞こえないから。人の言っていることがわからないときもある。
(複数回答)
 
【「いいえ」と答えた理由】
 気にしない。
 人と話すこともできて、聞き取りはだいたいで読みとれるから。
 自分でも障害者と思えないときがある。
 相手と話すとき、すらすらと話せるし、通じるから。
 母が俺のことを「聞こえるから、障害者ではない」と言ったから。
*中1,中2で「いいえ」「無回答」と答えた生徒は小学部のときにインテグレートをした経験がある。
 
  質問 2  「ろう者は障害者だと思う。」
   中1  いいえ 100%
   中2  はい  100%
   中3  はい   75%    いいえ 25%
 
【「はい」と答えた理由】
 耳で音が聞き取れない。 口話で喋る人があまりいない。
 聞き取りが難しいし、発音もちょっと悪いから。
 普通の人は自由に話ができるけど、ろう者は発音がうまくないし、うまく話せないから。
 この世のみんなが手話ができれば、障害はない。
 
【「いいえ」と答えた理由】
 ろう者でも普通の人と同じようになんでもできるから。みんな同じ人間だから。
 健聴者の学校から聾学校に転校してきた人がいるから。
 
質問3「相手に聴覚障害をわかってもらうためにどう説明したらよいか。」
・上手にハ行、サ行、ナ行の発音ができません。
・自分から「聴覚障害者なんだ」と言う。(初めて会う人には早めに言う)3名
・口をはっきり見せてくれないとわかりません。2名
・話をする時はゆっくり話して下さい。
・御願い手帳で「俺は耳が悪い」と書いてみせる。
・「補聴器をつけないと聞こえません。(わかりません)」と言う。3名
・補聴器を相手に見せて証明する。
・耳の感覚がありません。
 
 
増田(三重県立聾学校)
 障害の壁を乗り越えるという話だったが、障害を乗り越え、社会に合わせて生きていくということなのか。
 
レポーター:名波(静岡県立沼津聾学校)
 障害は自分の中にあって、自分と相手の間の壁を壊そうという考えをまだ持てていないということだ。乗り越えようという指導はしていない。
 
梶原(石川県聴覚障害者協会)
 中学生がどの程度障害を分かっているのか、認識しているのかということが掴みにくかった。再度説明してほしい。
 
レポーター:名波(沼津聾学校)
 生徒達は、自分が聞こえないということは分かっている。ろう学校以外の場所でコミュニケーションがとりにくいということも分かっている。でも、そのためにどうするかということにまだ目覚めていないというか、自分でもどうしたらよいか分からないという状況だと思う。アンケート結果を見ても、自分は障害者だと思っている子や、ろう者は障害者ではないと思っている子などまちまちである。
(板書―病理的視点文化的視点)中学生では、病理的視点で捉えるのが多いと思った。ろう者は手話という言語を持ち、独自の文化を持っているという文化的視点を中学生はまだ持っていないと思った。








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