レポート[2]
小学部国語科の取り組み
浜村 美香・池頭 一浩(広島県立広島ろう学校)
1.はじめに
本校では、乳幼児教室から高等部専攻科まで全校統一して手話を中心としたコミュニケーションを行っている。私はろう学校に赴任して11年目になるが、その間、コミュニケーションの形態は、キュードスピーチから手話・指文字にかわっていった。私は、キュードスピーチ全盛期に小学部に5年間、キューサイン使用から手話・指文字中心にかわっていった過度期には、幼稚部に3年間いた。そして、コミュニケーション・モードを手話・指文字にすることが幼稚部と小学部で検討の後確認されて、2年目の昨年度より再び小学部に配属となった。
昨年度は、コミュニケーション・モードが手話・指文字にかわったことにより、授業がスムーズに進むことに驚きを感じた。それと同時に、あれもできる、これもできると指導内容において試行錯誤した1年間であった。今年度はそれらを検証しながら取り組んでいる。以下、国語科における成果と課題について述べる。
2.児童の実態
A児……平均聴力、100dB。小学部より本校に入学。入学当時は、手話や指文字を知らず、音声言語もほとんど持っていなかった。そのため、直接行動や身振りを主に使ってコミュニケーションしていたが、その内容は乏しく、また曖昧なものだった。しかし、本校入学後、手話に出会い、めきめき力をつけている。また、音声をきき活かす力も向上している。長文を読んで、大体の内容をつかむことができる。まだ習っていない熟語でも、漢字のへんやつくりに着目したり、既習の意味をあてはめたりして意味を類推することができる。思っていることや考えていることを論理的に組み立て、文章にすることができる。
B児……平均聴力、100dB。4歳の途中より、本校幼稚部に入学。コミュニケーションの形態が、キュードスピーチから手話に切りかわっていく過度期を経験している。現在は、手話を中心にコミュニケーションしており、相手によってやり方をかえる。音声を聞き活かす力も向上している。一段落の中から、キーワードをさがすことができる。話すことが好きで、文章を書くことに抵抗を示さなくなってきている。
3.授業の中で工夫していること
主に、手話で育ってきた2人である。授業もキュードスピーチのころと比べて驚くほど速くスムーズに進んでいる。教科書も学年対応のものを使用している。自分が担当しているきこえない子どもたちに、授業の中で配慮・工夫しなければならないことは何かを考え、実行してみた。その内容をまとめて次に示す。
[1]視覚教材・教具を有効に使うこと
◆OHPの効用
・説明している内容を文.章で即座に確認することができる。
・教科書に出ている絵や図表を有効に利用することができる。
・前の授業で学習したことを短時間で確認することができる。
・どの子にも書かれている言葉を定着させやすい。
◆わかりやすい板書をする。
板書は、子どもの思考を整理する意味でたいへん重要である。
見てすぐにわかる板書は、指導内容がすっきりと整理されているということのあらわれである。
私は、文字の大きさ、チョークの色分け、ペープサート、フローチャートなどを工夫し、全体の構成を考えて取り組んでいる。
[2]子どもにわかりやすい説明をすること。
◆通じやすい話し方
・手話、指文字、動作、ジェスチャー、身振り、演劇的表現を多用したとき。
・はじめに結論を話して、次に順を追って理由や内容を説明したとき。
・どのような言葉や話し方をしたらよいか、よく考えてから説明したとき。
・主語、述語をはっきりさせて話したとき。
[3]手話表現を子どもと一緒に考えてつくること。
[4]子どもがろう者であることを前提に授業を組み立てること。
文学作品「麦畑」(小5「光付図書」上)において実践。……別紙参照。
[5]他の研修会で得た方法をどんどん取り入れること。
例)読み
漢字学習
「法則化サークル」の方法を参考。
「学力の基礎を鍛え落ちこぼれをなくす研究会」の方法を参考。
4.悩んでいること
[1]子どもにわかりにくい説明をしてしまいがちなこと。
◆通じにくい話し方
・だらだらと説明をして、結論を最後に話したとき。
・文章を最後まで話さずに、突然別の説明を始めたとき。
・同じことを何回も言うくらい長い話をしているとき。
・主語、述語がはっきりしていなかったとき。
手話を使用しているからといって、児童に通じる話ができているとはかぎらない。手話を使用していることで、指導している側が、子どもに通じているだろうという錯覚に陥りやすいということもありえる。自分の話し方がきちんと伝わっているのかどうか、絶えず検証しながら取り組んでいく必要がある。
私の経験では、論理的に筋道をしっかり立てて話ができたときに、子どもの理解が深まり、また確実なものになっている。しかし、話す内容をすっきりと頭の中で整理して説明するには、自分自身がその話す内容について熟知していることが前提である。知らないことや自分がよく意味を理解していない内容については、話すとしどろもどろになってしまい、論理的な説明どころではなくなる。教材研究が十分にできていないときには、子どもにわかる説明ができるはずがないのである。
[2]教材研究の時間が足りないこと。
教材研究の時間が足りないことは、授業の中での児童の理解度に直結していく。十分な教材研究の時間がほしいが、放課後もほとんど毎日会議が入っていたりと、学校のシステム的な問題もあって、厳しい状態が続いている。「きこえない子どもたちにわかる授業をする」という点で全教職員の共通認識が得られること、校内の校務分掌の仕事内容の見直し、削減を急がねばならない。
5.成果と課題
<成果>
工夫した授業を積み重ねていくことにより、子どもの授業に対する姿勢が変わってきた。A児もB児も、下校後の家庭学習に一生懸命取り組むようになった。A児が「35分しか授業をしていないのに、1時間くらいつまっていた感じだなあ」と授業後にぽろっと言ったことは、わたしには飛び上がるほどうれしいことだった。B児は、「わかる、わかる」と言うことが多くなった。市販のテスト(学年対応)の平均点も2人とも確実にあがり、自信をつけてきている。
この時期の子どもにとって、勉強がよくわかることは大切なことなのだということを実感した。
<課題>
○自分にとって手話で表現しにくい文章が多いこと。(日本手話と日本語対応手話の用法も含めて)
例):「そのころは、おまんじゅうだの、キャラメルだの、チョコレートだの、そんな物はどこへ行ってもありませんでした。おやつどころではありませんでした。
・「お母さんは、戦争に行くお父さんにゆみ子の泣き顔を見せたくなかったのでしょうか。」
・船で運んできたナスやキュウリなどの野菜にイカや貝を混ぜてジュウジュウ景気のいい音を立てていためる。
○「書く」時間がなかなかとれないこと。
「読み」「書き」の力をつけることは、国語科の永遠のテーマであると同時に、きこえない子どもにとっては、さらに特別な意味を持つ。「書記日本語力不足は教科学力の不振を招き、ろう児(者)の進路選択を狭め、主体的な社会参加や経済的自立を阻む。文字による情報を十分に授受することができなければ、聴者の文化を自力で享受したり、また聴者社会に対するろう者としての「異議申し立て」をすることも困難になり、聴者中心社会(この現実社会)の中で様々な不利益を受ける。ろう者にとって書記言語力は、聴者と対等に生きていくための強力な「武器」である。」(引用;池頭一浩「手話を用いた「言語」指導〜読み書きの力を高めるために〜」第12回ろう教育を考える全国討論集会報告、2000)。そして、実際に、国語科の理解が徹底していない限り、他教科の理解もまた困難だからである。(すべての教科書は、書記日本語で書かれている。)「書き」の力は、「読み」の力がないとついていかないということを、昨年度一年間で感じた。5年生になってから、「読み」を重視した授業の構成にした。しかし、読みを重視すると、教科書の本文の読解に多くの力をさくことになり、「書く」時間がなかなかとれなくなってしまう。手話を目で見る日本語の文章に結びつけることはできつつあるが、それを書くことに結びつけることについては、模索しながら取り組んでいる。授業の組み立て方、他の教科での「書く」時間の持ち方、家庭学習のあり方など検討をしていかなくてはならない。
○文法指導の時間がなかなかとれないこと。
5年生になると、書写の時間も含めて、国語の授業時数は週5時間になる。この5時間では、教科書の内容をひととおり終えるだけで精一杯である。きこえない子どもにとって、文法の抽出的な指導は不可欠である。自立活動の時間も週2時間から1時間になり、扱いが難しくなっている。
6.終わりに
ろう学校の教師である私の役割は、聞こえない子どもにわかる授業をし、彼らに読み書きの力を基礎とした確かな学力をつけていくことだと思っている。当然のことではあるが、わかる授業をしていくためには、緻密な指導計画、指導方法の検討、指導結果の評価、検証を絶えず行っていくことが必要である。今後も地道に粘り強く実践を積み重ねていきたい。そして、ろう学校から素晴らしいろう者を送り出していきたい。
以下に、指導の実際の例を示す。
(1)読み
小学校では、新しい単元に入る時には、しばしば教師の範読が行われている。聞こえない子どもに手話で読みの指導をする場合、本文を子どもが手話でどう表現するかが、児童の理解度をはかる尺度になるので、高学年では、範読はあえて行わないほうがよいのではないかと考えている。読みの展開は次のとおり。
・その日学習した教科書本文の初めに○を10こ書かせ、読んだ数だけ色をぬっていく
[1]わからない読み方や語句の意味について押えながら本文を読む。(その日に進む予定の場面まで)手話辞典に出ていなかった語句や文章については、国語辞典で意味を調べたり、前後の文章を読んで意味の解釈をした後に手話表現を子どもと一緒に考えながらつくっていく。
[2]子ども2人と一緒に[1]の場面を読んで、手話表現の確認をする。
[3]子どもどうしで一文ずつ交代で読む。
[4]子どもどうしで一段落ずつ交代で読む。
[5]できるだけ速く読む。
ここまでやると、その日の課題の本文を全部で7回読んだことになり、2人ともすらすらと本文が読めるようになる。宿題に本読み3回を出しているので、最低10回の読みが達成できる。本文がすらすら読めないときは、質問・発問をしても反応が今一つだったB児が、本読みの指導が終わった後では、質問・発問に対して積極的に答えるようになってきた。
(2)漢字学習
新出漢字の指導は、国語の授業の初めの10分間で行っている。毎時間2字ずつ覚えていく。
[1]黒板に大きな四角を2つ書き、その中に書き順と画数を確かめながら書く。子どもは空書きをする。
[2]漢字の成り立ちを紹介する。
[3]音読み、訓読み、部首を子どもが発表していく。
[4]新出漢字を使った例文の紹介する。
[5]子どもが新出漢字を使って短文をつくり発表する。
A児もB児もこの方法が合っていたようで、習っていない熟語を見ても、へんやつくりなどから意味を類推する事ができるようになってきた。
(3)日記指導
原稿用紙に毎日2ページ書いてくることを課題に出している。B児については、時々日記の視写を行っている。B児の書きたい話を聞いて、私が日記帳に下書きをし、それを清書してくることを宿題に出すこともある。原稿用紙2ページという量は、文章の組み立てをしっかり考える必要があるので、初めのうちは、子どもにとってかなり厳しい様子であった。しかし、A児は後々に論理的な文章が書けるようになってきた。B児については、実際にあったことを順序だてて書くことが、早い時間にできるようになってきた。