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レポート[1]
小1までの口話指導を受けた児童(現小3)への手話活用の指導
前田 芳弘(東京都立品川ろう学校)
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1.はじめに
 3名のクラス。3名とも両耳平均聴力レベル100dB程度。A児はいわゆる口話成功児で読話・発語力が高く、口話不適応のB児、C児と直接コミュニケーションができない問題があったが、大人とのコミュニケーションで困ることはほとんどない。学習面でもA児は学年相応の成績をおさめている。B児、C児は特徴がとてもよく似ていて、2年のスタート時点では、
 
[1]名前や挨拶など決まり切ったことばの理解・使用が中心で口話での会話は困難であった。
[2]絵や身振りでのコミュニケーションはできた。
[3]話しかけや質問をしても、そのことばの模倣をしてしまうことが習慣化されていて、ことばの意味を理解したり考えたりする態度が乏しかった。
[4]必死にA児の真似をして口を動かしていれば無難だという知恵がコミュニケーション場面、学習場面での態度だった。
[5]2音節の単語は覚えられたが3音節以上になると困難で、グローバルな口形模倣はできるが正確な日本語音節による模倣や記憶の習慣ができていなかった。
[6]身の回りのことをしたり手伝いを自発的にするなど、ことばや学習以外のことでは考える力がないわけではなく知的にも行動面でも大きな問題はないと考えた。
[7]学習場面などでの話への注意が散漫で、注意集中を促しても持続時間が短かったが、理解できなければ無理もないことで、話のない描画やゲームなど話のない場面では注意の持続時間が短いわけではなかった。
[8]1年生のとき自立活動のグループ指導を私が担当していたので手話と指文字の指導を始めていたが、口話中心で過ごす週の内2時間の指導ではなかなか打ち崩せない口話シフトの壁が大きいことを感じていた。
 
 1年時から、国語、算数、自立活動、言語の時間はグループ指導を行ってきた。2年・3年時でもこの体制に変化はない。保護者の理解を得て、2年時から全面的に手話・指文字を導入した指導を行い、効果が見られたので、国語科について報告をまとめておく。
2.手話・指文字活用のねらいと留意点
(1)手話を活用するねらい
 [1]手話の併用で曖昧な詩話や職能による意味理解や音節理解をしやすくする。
 [2]教師が間に入らなければ成立しない会話ではなく児童同士の直接のコミュニケーションの成立(主体的なコミュニケーション態度の形成)を図る。
 [3]曖昧さや緊張のない楽しいコミュニケーションが行えるようにする。
(2)指文字を活用するねらい
 [1]単語や文の日本語音節レベルでの理解を正確にする。
 [2]曖昧な読話、聴能、発語を明確にするために役立てる。
 [3]日本語音節レベルで児童同士の教え合いをできるようにする。
 [4]絵や手話での意味理解と指文字による音節理解とを互換できるようにする。
 [5]書き言葉(文字)の力の向上に役立てる。
(3)手話・指文字を活用するときの留意点
 [1]手話、指文字、文字、発語、読話、聴能、どの手段でも日本語として理解ができるように、併用を心掛けさせたり、他の手段で互換ができるように指導する。
 [2]楽しいコミュニケーションの成立を基本にし、口話との併用を強要しないようにする。
 [3]A児のように読話や聴能が得意な児童に読話や聴能が不得手な児童と手話や指文字を活用し相手に応じたコミュニケーションの能力を高めるよう留意する。また、読話や聴能が得意とは言っても、曖昧な日本語理解やゆとりのないコミュニケーションをしていることが少なくないので、手話や指文字を活用し、そのような問題の改善に役立てられるようにする。
3.B児、C児の2年時の国語指導の概要と結果
 国語の教科書は、児童の言語力や理解力を考慮して編まれているが、直接体験やその場の状況や会話の相手の助けなどを手掛かりにできず、せいぜい類似体験や文脈を手がかりに理解するしかない学習言語(二次的ことば)で作られている。直接体験を絵や文で表した自分の絵日記や作文と比べれば、その難しさがよく分かる。直接体験やその場の状況や会話の相手の助けなどを手がかりに理解・使用している会話中心の生活言語(一次的ことば)に習熟していない児童にとって、教科書は一層難しい。学習言語は生活言語の十分な習熟の上に成り立っており、日常会話すらスムーズに行えない言語力の児童にとって、教科書を用いた国語指導は無謀ですらある。とは言え、生活年令が上がっていき理解力や自意識などが伸びていく児童の気持ちや将来を考えると困難でも教科書の使用も図らなければならない。そこで、以下のような指導を行った。
 
(1)児童との良好な関係をつくり、手話こよる十分な会話(コミュニケーション)ができるようにし、二次的ことばの土台を作る。
 言語力の発達の基礎に母子の親密な愛着関係があるが、児童との良好な関係づくりの意図は、コミュニケーションの積み重ねの中で言語力の発達があるので、十分な会話がとれる条件を整えるということである。聴覚口話法による指導を受けてきた児童にとって手話による指導はまったく新しい経験でもあるので、一からのやり直しという意図もあった。
 できるだけ叱らない、叱る場合はきちんと手話で理由を説明し、一緒に遊んだりふざけたり冗談を言ったりするなどし、児童の伸び伸びした自由な活動を制限しないようにした。発音やことばの間違いなどもできるだけ注意しないで、良好な関係の維持やコミュニケーションそのものへの意欲を損なわないように気をつけた。こうした態度は、国語の授業でもとったことであるが、国語の指導を成立させるための伏線として、学校生活全体の中でとり続けた。一次的ことばを豊かにするため会話を重視し、体験重視の会話に徹した。幸いにも二人の児童は、言語力は十分でなくても理解力はあるので、まさにスポンジが水を吸い取るように短期間に手話を身につけていった。
 
(2)児童の言いたいこと、言ったことを文章化し、それを手話で読む。
 トラブルでも遊びの報告でもよい。それを文章化し手話で読む指導を続けた。文を覚えることは要求しない。文を覚えることは難しいが、手話で文を読むことは、内容の理解が容易なのは自己の体験だから当然だが、喜びですらあったようだ。短い文から長い文章ヘステップを踏んだが、その中で覚えろと言わなくても新しい手話を覚え、使えるようにもなっていった。音節数の多いことば(単語)は記憶しにくくても手話なら覚えが早い。「手話では何て表すの」「指文字では何て表すの」この問いを理解してからは、覚えやすい手話が手がかりになって、ことば(単語、文)の覚えも早くなっていった。
 
(3)体験を文章化し、それを手話で読む。
 題材となる文章を手話で読む点では、指導は(2)と同じだが、内容面では教科書に、少しは近付けていけるように思う。手話で読むことが容易にできるようになれば、5W1Hを使った問いで文の読解指導も行う。穴空き文を与え、どう穴を埋めればよいか考えさせることもしている。この指導は、1日の終わりのまとめの活動としても定着している。
 宿題と次の日の予定とともに、その日のトピックを文章化して、連絡ノートに書き写させ、手話で読む活動を継続している。
 
(4)漢字を手話と結び付け、読みを指文字と結び付ける。
 手話が分かるようになると漢字の理解がしやすくなる。初めて見る漢字でも、よく知っている手話と同じだと教えると、(2)(3)の学習時の文章に漢字が増えていくことに、児童は抵抗感を持たなかった。「日」のような簡単な漢字は読みが分からないままノートに書き写すことがあるが、書き写すのが面倒な漢字の読みは児童からきいてくることになる。これこれの手話と同じだよと教えてもらうと、(1)の指導で手話と指文字の互換ができている単語の場合は、手話が分かるだけで漢字の読みが理解できることになる。それでも分からなければ児童から「指文字では何て表すの」ときいてくる。こうした漢字の理解について、児童同士の教え合いを促してきた。漢字に限らず、共通のコミュニケーション手段になってきた手話が児童同士の教え合いを支えている。2人の児童は漢字の読みの力だけを測る読字力検定の9級(1年生分の漢字)に合格した。
 漢字を書くことは求めない。自分から進んで書いている場合、書き順の訂正もうるさくしない。それでも児童は手話が分かり指文字を通して読みが分かって、漢字に見慣れ親しみが増すと自分から書くことにも意欲的になっている。書き順はこれからでよい。
 
(5)ことば遊びで手話と漢字とことばを広げる。
 教科書にはしりとりや反対語や漢字ビンゴなど二次的ことばの力を求められない題材がある。教科書への抵抗感を持たせないような題材を選んで指導した。しりとりや反対語では絵辞典の活用もし、出てきたことばを漢字で書き手話や指文字と結び付ける指導をした。
 
(6)類似体験で理解しやすい説明文などを運んだ教科書の活用。
 まず手話で内容の理解を促す説明をする。自分で読むのは後回し。文意にあった手話を使いながら文章が読めるようになることが次の指導である。こうした指導が徐々にできるようになってきた。生活言語と読みの力が付いてきて、児童は教科書を使う学習をしたがるようになってきた。
4.おわりに
 3年時になってからのこと、国語科以外のことなど、当日報告したい。
 
峯(千葉聴覚障害者連盟)
 小学部1年の子どもがいる。「自立活動」とは具体的にどのようなことか。
 
レポーター:前田(品川ろう学校)
 口話指導でやっている学校の場合は主に発音指導、聴能を中心にやっていると思う。私は手話や指文字でコミュニケーションをする力をつける、単語の数を増やしたり文章を理解したりする等の学習をしている。自立活動の目標として「障害の軽減と克服」というようなことを文部省(現:文部科学省)は書いてあるが、実際の中身は先生によってまちまちである。
 
大野(新潟県立ろう学校)
 「総合的な学習」の時間に手話に取り組んでいるということだが、内容を教えてほしい。
 
レポーター:前田(品川ろう学校)
 (OHPの資料「総合年間学習計画」で説明)今年から始めたことである。No.1からNo.7までのプログラムがある。小学部全体でやり始めた。3年生が今やっていることは「No.2手話を覚えよう」「No.3手話を教えよう」「No.6手話で遊ぼう」とかである。No.3は交流をしている聞こえる子どもに手話を教えるというようなことをしている。
 
斉藤(大阪府立生野高等聾学校)
 算数では手話をどんなふうな使い方をして効果があがったのか。
 
レポーター:前田(品川ろう学校)
 子ども達は手で数えるので繰り上がりの指導には最適である。「大きな数」では万、千も見てわかりやすい。








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