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レポート[2]
中学部での英語指導実践
早川 就(福岡県立久留米聾学校)
1.はじめに
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 ろう学校での英語教育、または聴覚障害児(者)への英語教育のあり方について議論される機会が、近年増えつつあるように思う。ろう教育全体のあり方が議論され、変わりつつある中で、最後の課題として残されているのが英語教育であるのかもしれない。また、最後にして最大の課題ともいえる。それは、聞こえない子どもを持つ親の方々や、地域の中学・高校で聞こえない生徒を受け持たれている先生方から、「英語がどうしても・・・」という声がよく聞かれることに集約される。この発表では、聾学校の中学部で英語を担当している私が、ささやかな経験と知識から持ち得た、持論としての聴覚障害児への英語教育の実践について述べたい。
2.聴覚障害児(者)にとっての英語(英語力)とは?
(1)本当に聴覚障害児にとって英語は必要なのか?
(2)英語を学ぶための前提条件
[1]自由に使いこなせる言語(母語)を持っているか
[2]日本語がどの程度身に付いているか
[3]言語感覚がどの程度身に付いているか
[4]周辺知識(地理・歴史・文化など)をどの程度持っているか
[5]学習への動機付けがどの程度できているか
(3)どのような英語力を身に付けるべきか
3.中学部での英語指導実践
(1)本校の中学部の現状
[1]中学部入学までの状況
[2]生徒の英語学習レディネスの状況
[3]グループ別指導体制
(2)単語の暗記について
[1]校内単語検定試験
[2]ローマ字の読み書きとアルファベット
[3]音韻と指文字・カタカナ表記
[4]意味(概念)理解と手話・身振り・絵
[5]スペルチェックとマニュアル・アルファベット(アメリカ手話)
[6]表出とASL単語
(3)語法の理解について
[1]場所を表す前置詞の説明
 inとinto、inとat、onとover、aboveなど
[2]頻度を表す副詞の説明
 always、usually、often、sometimesなど
[3]難解語(even、ever、anyなど)の説明と日本語の力
(4)文法の理解について
[1]文法用語の説明(疑問文、否定文、感嘆文、関係代名詞など)
[2]主語(主部)と述語動詞(動詞句)の説明
[3]語順の説明
[4]受動態と能動態の説明
[5]使役形の説明
(5)長文読解の指導について
[1]和訳と日本語能力の間に立つ手話の力
[2]前後関係(文脈)から類推する力
[3]英語を前から順に読む技術
[4]音韻を離れた速読の力
(6)英文暗唱について
[1]英文暗唱時における手話の役割
[2]生活の中で利用されるフレーズ
[3]英文暗唱とASL
4.英語を手話で教える意義と留意点
(1)英語を日本手話(または対応手話)で教える意義
・新しい言語を、あいまいな言語ではとうてい説明・理解しきれない
・生徒が自分自身の日本語能力と手話力の再確認を行うことができる
・3つの言語を渡り歩くことによって、その言葉の持つ概念をより確かなものとして理解できると同時に、言語感覚の向上を促すことができる
(2)英語指導にASLを取り入れる意義
・生徒の学習意欲を高めることができる
・単語レベルでの暗記を助ける働きがある
・よりコミュニカティブな活動を行うことができる
(3)英語を手話で教える際の留意点
・日本語と英語と日本手話(またはASL)は、それぞれ別の言語であるという意識
・今、この指導で目標(ターゲット)としているのは、音韻なのか、意味(概念)の把握なのか、日本語の理解なのか、表出(スペリング)の理解なのか、という意識
・指導者側の手話の文法知識
5.おわりに
 聾学校での英語指導にASLを取り人れる動きは、近年急激に発展してきているように思う。しかし、日本の聾学校でありながら、日本手話をどのように使用して指導するか、という観点からは未だ殆ど研究も議論もなされていないのが実状ではないだろうか。今回、この場で私がそのような重大な役目を任されたのも、現実的にその問題を直視して、指導実践にあたっている教師が少ないことの現れのひとつであるといえる。「日本手話を用いれば、日本語を獲得していない生徒に英語を獲得させることは可能か?」という素朴な質問とであったことがある。その学習者が日本手話を確実に獲得していれば、理論的にはYesであると思う。しかし、現実的にはそんなことはあり得ない。それは日本に住んでいる限り、必要の度合いが明らかに日本語の方が高く、英語を身に付ける動機付けが薄いからである。従って、飽くまでも日本国内での聴覚障害児への英語教育を考えるときには、手話を利用した「日本語と英語」の指導という観点で考えていきたいと思っている。
 
 
大槻(東京都立太田ろう学校)
 教師側の勉強不足でASL(アメリカ手話)そのものを授業の中で教えるということはできないが、ASLを単語レベルで使っていくと言葉のイメージが生徒に入りやすいと思う。英語の授業で、日本の手話、アメリカの指文字、それからASLの単語と3つの手話を使い分けていたことが参考になった。
 
山崎(東京都聴覚障害者連盟)
 ろう学校の中学部や高等部で英語を習って、一番良かった思い出は意味が分かった時だ。中学部から7年間英語を習った。その7年間で先生が8人も代わった。先生が代わるたびに教え方が変わり混乱した。正直に言うと、英語の面白さを知ったのは高等部2年生の時だ。英語の基礎から教えてもらって、初めて三人称の意味が分かった。それから面白くなった。そういう経験があるので、ろうの子ども達にきちんと文法を指導してほしい。また、英語を教える時に、手話は大切だ。英語が好きになるように教えてほしい。フィリピンにいる友達とメールのやり取りが楽しい。けれど、メールを送る時に英語で打たなければならない。そのときは、友達に英訳してもらっている。
 
レポーター:早川(福岡県立久留米聾学校)
 ろう者に英語が必要だと思うようになった理由は、アメリカの大学に留学したろう者から「人生の幅が広がった」「視野が広がり豊かな人生を歩めた」等の体験談を聞いたからだ。最初から諦めて英語は要らないと捨ててしまうのはまちがいだと感じた。でも、みんなに同レベルの英語は必要でない。アメリカに行ってASLから覚えるという方法もある。私の担当している中学部では、最低必要な英単語や基礎的な英文法の知識を与えたいと考えている。英語への興味を引き出すのが一番のねらいだ。最後にPRをしたい。ろう学校の英語教育研究会を立ち上げた。参加希望者がいればアドレスを教えるので連絡してほしい。もう1つ、京都ろう学校で英語を教えていた中西先生の「聴覚障害児と英語教育」という本を紹介したい。中西先生は聴覚障害者であり、英語で論文を書かれているという事実に、私はカルチャーショックを受けた。
 
司会:木島(東京都立足立聾学校)
 ろうの子どもに英語がどこまで必要かという疑問がある。ろうの子どもにとって、英語は手話、日本語に次ぐ3番目の言語として学習することになる。ろうの子ども達が英語を学ぶことの意味をどこに見出せばよいのか。ろうの子ども達が英語を学ぶ時の具体的な目標をどこに置くのか。英会話や発音の指導をどのようにするのか。その議論を深めたい。
 
レポーター:早川(福岡県立久留米聾学校)
問題提起ということで、手話や指文字を使う方法と目的をレポートで報告した。今日、参加しているろうの人に聞きたいと思っていることがある。
 ・自分にとっての英語
 ・英語を身につけた方法
 ・どんな英語の力が必要か
 
戸嶋(筑波大学大学院)
 大学院で学んでいる私にとって、英語は論文を読むために必要だ。もっと勉強をしておけば良かったと思っている。アメリカのろう者の文化に興味があり、ASLも学んでいる。アメリカのろう者との交流の機会がたくさんあるので、ASLや身振りなどを使って会話をしている。ASLの単語を知らない時に、スペルであらわすと通じることがある。
 私はろう学校の幼稚部を修了してからインテグレートして、ほとんど独学をしてきた。参考書を自分で買って、それを読んで1人で勉強した。英語に関しては、初めから「聞く」と「話す」を捨て、「読む」と「書く」にだけ集中した。発音記号で読みを覚えた。それで子ども達に、英語の読み方を聞かれても答えられない。きちんとした英語の読み方を身につけたほうが良かったと思う。
 どんな力が必要かについては、人によって違うと思う。私は英語の論文を読む必要がある。以前、友達と一緒にアメリカでASLを学んだことがある。彼女はろう学校育ちで英語に自信がなかった。例えば、アメリカで日本料理の店に行った時、ローマ字で書いてあっても分からないと言っていた。ローマ字の力から必要だと思った。飛行機の中で、彼女が突然私にオレンジジュースを頼んでと言う。そこで私は指さしで頼んだ。英語が苦手でも指さしなどでオレンジジュースぐらいは何とか分かってもらう方法はある。
 
冨澤(宮城県)
 私は学生で情報処理の勉強をしている。パソコン関係の英語が必要で学習している。中学部の時から英語の勉強を始めた。始めた頃は基本的な勉強だったが、文章の意味を掴むことが難しかった。高等部に入った時、ASLがろう学校に来た。その先生が筆談で英語の劇を指導した。それから外国の人と交流してみるとすごく楽しかった。高校2年の時に外国のろう者と交流をした。でも、外国のろう者はASLを使うので手話が通じなかった。それで自分で英語を勉強して覚えた。
 外国の人と英語で筆談して覚えた。相手がろう者の場合は、英語の単語を辞書で調べて指文字であらわした。英語を書く力だと思う。英会話は難しいけれど筆談で通じる。
 
山崎(東京都聴覚障害者連盟)
 外国のろう者とメールをしているので必要だ。
 外来語を見て英語を覚えた。テレビで見たステーションの意味が分からず、自分で辞書を調べて覚えた。
 私は英語を読む力が大切だと思う。もう1つは、簡単なASLを学ぶことで英語に興味がもてる。経験を積むことで英語を正しく書けるようになる。
 
堀谷(大阪市立聾学校)
 自分の将来の選択を広げるために英語が必要だと思う。また、アメリカの情報を集めるためにも必要だ。
 英語を身につけた方法はインテグレーションをして、書くことと読むことに集中して学習した。大学に合格するために集中して学習した。
 英語教育では、書くことは大切だと思うが、ろう学校の中ではASLも必要だ。外国の文化の違いも教えてほしい。日本語は兄弟姉妹を上下関係で表すが、英語の場合はbrother、sisterにそんな関係がない。英語だけを教えるのではなく、いろんな文化の違いを伝えて理解させてほしい。もう1つ、英語の文法の説明を手話でやってほしい。私はaとtheの違いが分からなかった。アメリカに留学していた時にルームメイトに聞いた。手話でaはただの机、theは誰かが使っている机と説明を受けて初めて分かった。学校にいるときに、手話で教えてもらえば良かった。
 
浅野(筑波大学付属ろう学校)
 中学部で数学を教えているが、私にとって英語はいろいろな文化を知るためのものだ。今は英語が分かるが、中学部の頃は分からなかった。ある程度分かると英語に興味が持てる。小さい時はどうやって英語に興味を持たせるかが大切だ。外国の人とのASLでの会話など生徒に面白いなと感じさせる取り組みが大切だと思う。昔は大学受験のための勉強だった。読み書きの力はついた。但し会話能力はゼロだ。たくさん英文を読むことで英語を身につけた。有名なきれいな英文を覚えることだ。
 卒業生が専門学校へ行ってお金を貯めてアメリカのギャロデット大学に留学し、現在はカリフォルニア州立大学院で勉強をしている。その卒業生が学校に遊びに来て、アメリカのろうの先生にASLを日本の手話に訳してもらっていたが、自分にASLを使う力があれば良かったと言う。いろんな文化や考え方を知るにはASLが必要だと思った。
 
レポーター:早川(福岡県立久留米聾学校)
 最近、アメリカからろうの外国人が来る。日本ASL協会は東京・大阪・広島・名古屋などで活動を広げている。そのきっかけは、日本人のろう者がアメリカで学んできたことだった。今度、久留米にもアメリカからろう者が講演に来る予定だ。その時に久留米聾学校の子どもとの交流も計画している。そのような機会をもっと増やしたい。
 
山崎(東京都聴覚障害者連盟)
 東京では石神井ろう学校、太田ろう学校でアメリカから先生が来て教えている。その先生は日本語が分からないけれど日本の手話は分かっている、これをきっかけにASLが日本で広まっていけばと思っている。
 
共同研究者:西垣(滋賀県立聾話学校)
 聞こえない人にとっての英語教育について考えたい。英語は日本語とは別の言語である。別の言語を学ぶということは、異文化の理解が必要だ。聞こえない世界にいるろうの子ども達は、聞こえる人達の世界で生きることで異文化の経験を持つ。2つ目に、聞こえない子ども達にとって英会話はとても大変だ。口形を見てもさっぱり分からない。日本語の発音を身につけるのも難しいのに、英語の発音を身につけることはもっと難しい。指導が困難になっている。そこを理解しなくて無理に詰め込んでいくことは誤りだ。ろうの子ども達にとって見て分かる英語教育とは何か。文章を見て意味を掴むことを繰り返し学習して、読み書きの力とつなげることが大切だ。
教科手話の整備について
 
共同研究者:西垣(滋賀県立聾話学校)
 学校の中で手話指導の大切さが議論されてきたが、各教科には専門用語がある。例えば、社会科の場合でいうと縄文時代という言葉がある。日本語手話辞典にも載っていない言葉だ。学校では手話がないので指文字で指導している。指文字は読み方の指導をする場合に大切だ。しかし、指文字は長くなるので分かりにくく、言葉のイメージを作り出せない。教科を理解するための手話単語を作る必要がある。そこで4年前から、ろう教育の明日を考える連絡協議会に社会・数学・理科・国詰・学校生活の5つの調査研究部を作った。学校生活というのは、幼稚部・寄宿舎・学校の中の生活で使われる言葉だ。例えばHRなど。国語・学校生活については2年後に出版する予定でいる。理科・社会・数学は来年の発行を目指して討議を進めている。その様子を簡単に報告する。
 
浅野(筑波大学付属ろう学校)
 連絡協議会の調査研究部を今年度からやっている。私の方からは数学の教科学習手話について報告したい。数学の場合は小学部、中学部、高等部に分けて作業を進め、昨年の9月頃に試作が完成した。その後、全国のろう学校の先生に依頼して、手話表現が分かりやすいか質問をした。手話を作っていた時にいろんな問題があった。例えば関数という手話がない。アメリカの大学から資料を貰っても少ない。結局、時間切れになり手話で表せなかった。言葉の意味を掴んで、正しい手話表現を考えることが大事だ。いろいろ工夫して手話を作っても、最終的に使うのは皆さんだ。1つの試みとして使っていただければありがたい。小・中学部の子どもの場合は単語の意味が分かるような手話表現、高等部の子どもの場合は文章が分かるような手話表現が必要だ。小学校は240語、中学校は130語、高校は18 0語ぐらいある。もっと手話の数を絞っていきたい。
 
共同研究者:西垣(滋賀県立襲話学校)
 社会について報告する。どのように縄文時代を手話表現するのか。縄文時代の特徴は縄の文様でできた土器だ。土器は何のために使うのか。その特徴を掴んで、手話を表すのがいいと考えた。次に「時代」の表現をどのように手話表現するのか。いろんな意見があり大変苦しんだ結果、「時代」という意味の手話表現を作った。例えば、江戸時代の場合は長く表す。大正時代の場合は短く表す。その時代の長さや人々の歩みが理解しやすいように手話を工夫した。また、なぜ「幕府」という言葉が使われたのか。「幕府」の読み方を教え、その意味と言葉が成立した背景を教えなければならない。昔は、武士が戦場で相談する場所に幕を張って見られないようにした。そこから「幕府」という言葉が成立した。だから手話表現も幕をイメージした。4年間で10 7語の手話を作成した。更に20〜30語を作らないといけない。子どもが混乱するのは1つの手話表現にいろんな意味があることだ。「空」なのか、「天気」なのか、「気候」なのか子ども達は正しい概念が掴みにくい。書き言葉が曖昧になってしまう。社会科では「気候」という手話表現をどうするか話し合っている。一番大変なのは、手話表現を考えて作ったら終わりでないことだ。実際に子ども達が使って分かりやすいのかモニタリングし、修正していきたい。
 
共同研究者:西垣(滋賀県立聾話学校)
 理科の場合は中学校だけに絞った。中学の理科は第1分野と第2分野の2つある。第1分野の化学は全部終わった。現在、第2分野の生物を取り組んでいる。全部で22 6語を作成した。本当に大変だ。例えば「光合成」という言葉がある。これを殆どのろう学校の生徒は「ひかりごうせい」と覚えている。読み方を覚えるために指文字は必要だ。殆どの生徒は、漢字を見て光が合成すると手話で覚える。それでは意味が違ってくる。本当の意味は、葉っぱに光があたり葉緑素で澱粉を作るという意味である。それで「葉っぱ」「光」「緑」という言葉を組み合わせた手話を作ったが、問題は手話が多過ぎることだ。1つの単語に3つの手話がある。今まで教師が使ってきた手話は、漢字のあて手話だった。きちんとイメージを掴んで、読み方も身にけられる手話用語が必要だ。この間「イオン」という手話を作った時、マイナスとプラスの電子を表す工夫を考えた。全国共通で使える教科手話の単語整備が非常に大切だ。
 
早川(福岡県立久留米聾学校)
 数学の場合は、以前インターネットを通じて各ろう学校の先生にモニター募集をした。社会科の場合も予定しているのか。
 
共同研究者:西垣(滋賀県立聾話学校)
 社会科の場合は、ろう学校の先生や生徒に直接渡してアンケートに書いてもらっている。直接呼び掛けた方が確実にアンケートに答えてくれる。
手話教材ビデオについて
 
堀谷(大阪市立聾学校)
 日本手話研究所の一員として手話教材の研究をしてきた。日本手話研究所では手話教材ビデオを作っている。今後、手話での会話を基本とした子ども達が小学部に入ってくる。そこで、教師自身が手話の力を磨くためのビデオ教材を手話研究所でいくつか作った。子ども達が使っている教科書の文章を、手話に変えてビデオに収録した。例えば、光村図書の教科書(小1の下)の「くじらぐも」をビデオ教材にしている。「くじらぐも」の内容は、子ども達が体育の授業をしている。ふっと空を見上げると雲が流れてきた。くじらの形をした雲を見て、子ども達が雲と話をするという話だ。短いけれど、とても楽しい話だ。簡単だけど、日本語の特徴がよく出ている教材だ。ろうの子ども達が読むと、行き詰まる部分もある。日本手話研究所でろうの先生たちが集まって、「くじらぐも」を手話で表現する方法を討議しビデオに収録した。日本語の特徴や言い方、意味を掴んで、子ども達に教えることができる簡単な表現を大切にした。「くじらぐも」は、手話研究所が制作した第1作目の作品で、この他にも教科書の教材を手話に変えている。小学部1年生の「どうぶつの赤ちゃん」、小学部2年生の「スイミー」「お手紙」などのビデオを作っている。その結果を見てみたい。ここでビデオを見てほしい。
 手話研究所では、健聴の聾学校の先生を集めてワークショップをやった。「くじらぐも」のビデオを使った指導案を作り模擬授業を行った。気づいた課題は、手話ビデオを見て先生達は意味を掴めるが、細かい表現は理解できない。簡単な手話の表現だけでは、教科書の文を細かく分析する力が欠けている。教科書の文と手話表現をつなげていく指導が難しいということだった。今後、手話教材ビデオが増えていくと思う。日本手話研究所以外でも手話教材ビデオが作られると思う。手話教材ビデオをどのように活用するのか。先生自身が手話を学び、教材研究を深める必要がある。健聴の子ども達を指導する場合、教科書の指導書が準備されている。手話教材については指導書がまだ作られてない。指導書はこれから研究を続けて作成したい。ビデオの貸し出しができるので、学校で使ってみたいという希望があれば問い合わせてほしい。また、手話に変換したい教科書の教材があれば申し出てほしい。
 
米田(京都府立ろう学校)
 手話ビデオ教材を見て、小学部1年生の教材なので絵がほしいと思った。私が使うのだったら、ビデオを見た後で自分が手話を習得し、絵を使いながら手話表現を子ども達の前でやる。その方が新鮮だと思う。
 
堀谷(大阪市立聾学校)
 絵があった方がいいという意見は、日本手話研究所に持ち帰って話し合いたい。高学年や中学年用の手話教材ビデオはない。それは幼稚部で手話を学んで育った子ども達が、まだ低学年にしかいないからだ。手話を会話の基本として育った子ども達の成長に合わせて、高学年用のビデオ教材も検討していきたい。
 
伊藤(茨城県)
 私は大学2年生だ。京都の先生が絵をたくさん使ったほうがいいと言ったが、絵を使って理解をフォローするよりも、絵を使わないで手話で豊かに表現できて理解できることに感動した。絵は大切だと思うが、手話で豊かに伝えられることを主張したかったのではないか。
 
堀谷(大阪市立聾学校)
 絵の効果については、このあと協議が必要だ。個人的には絵の効果というのは、子どもによってまちまちだと思う。
 
早川(福岡県立久留米聾学校)
 このビデオの使い方について尋ねたい。指導にあたって、教科書を見てからビデオを見るのか、ビデオを見てから教科書を見るのか。また、教える先生が手話を覚えて自分でできればよいが、できない場合にはビデオを直接子ども達に見せる方法があると思う。その場合、ビデオをどのように子ども達に提示したらよいか教えてほしい。また、ビデオを貸し出す条件を教えてほしい。
 
堀谷(大阪市立聾学校)
 日本手話研究所ではビデオを見てイメージを膨らませて、その後で教科書の文を読むという方法を考えた。でも、子ども達の実態に合わせてビデオを使ったらよい。ビデオの提示方法については、現場で皆さんが考えてほしい。ビデオを貸し出す条件は決まっていないが、ビデオを使った結果を研究所に持ってきてほしい。細かい条件については相談したい。
 
山崎(東京都聴覚障害者連盟)
 昔、小学校3年の社会科の番組をNHK教育テレビで見た。手話通訳のついた画面があったけれども内容は分からなかった。そういう番組もビデオ教材化ができたらよい。ただ、ビデオを使うと授業の進度が遅れるのではないか。ろう学校は普通校と同じ進度でやってほしい。
 
堀谷(大阪市立聾学校)
 ビデオを使うと進度が遅れるという意見もあるが、子ども達が円滑にコミュニケーションできるのかどうかを前提にビデオを作った。
 
共同研究者:西垣(滋賀県立聾話学校)
 聞こえない子どもが教科学習の中でどのように理解し、どのように自分の力を育てていくのかを2日間の分科会で議論した。手話を使うと話し言葉や書き言葉が身につかなくなるという考え方が今も根強くある。その考え方の誤解を解くために、この分科会で手話と書き言葉を結び付けていく実践が報告された。今後も多くの実践例を出し、言葉と手話の関わりを皆さんに理解してもらいたい。手話教材ビデオの中で「男の子も女の子も張り切りました。」とか「いまいましく思いました。」という表現が出てくる。小学部低学年の指導で、感情を持った言葉が難しいと言われる。抽象的な言葉は見て分からないと言われる。しかし、大阪の堀谷先生の実践報告から、子ども達が生活の中で経験したことを授業で結び付ければ、「いまいましい」という言葉の概念を理解できることが明らかになった。手話教材ビデオの中には「男の子も女の子も張り切りました。」というところで、「張り切る」という手話はなかった。その理由は「張り切る」には「楽しい」とか「元気」とかいろいろな意味がある。そういったもの全てが「張り切る」という概念になる。それを伝えたいためにビデオでは「張り切る」という手話を使ってない。その背景を教師が理解していないと、指導するのは困難だ。一番の課題は、教師が手話をきちんと知ることだ。簡単な単語レベルではなくて、子ども達の状況に合わせて言葉の意味や概念を使い分ける工夫が必要だ。また、学校全体で手話をどのように使っていくのか工夫が必要だ。その工夫は、学校の先生だけでは限界がある。卒業生や地域のろう者などを巻き込んで、一緒に工夫していく必要がある。卒業生からも意見を取り入れて、より良い教科指導の方法を工夫してほしい。その中で手話の積極的な評価を持ち寄っていきたい。この2日間の分科会に参加して学んだことを、地域に持ち帰っていってほしい。「子どもが見て分かること」「繰り返してやること」「なるほどと思うこと」の3つの原則をもっと広げてほしい。2日間本当にありがとうございました。








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