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レポート[3]
早期教育への手話の導入について
山西 こずえ・重清 里佳(徳島県立聾学校)
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1.はじめに
 本校乳幼児教育相談、幼稚部では、6年前から手話を導入し始めた。理論よりも子どもにとっての必要性が先立ち、じっくりと時間をかけて検討する間もなく始めたというのが実状である。長年、本校は聴覚活用を基盤として教育を行ってきているが、すべての子どもがいきいきと自分を発揮して集団の中で育ち合ってほしい、ということを考えると、手話を使うことが必要であると思われた。現在、一人一人の子どもに応じて、聴覚活用や読話、発音などにも配慮しながら、幼児としての集団生活の充実をさせていきたいと考え、努力を重ねている。
2.手話導入による変化(幼稚部)
 手話を導入することにより、教員の子どもに対する捉え方が変化してきた。それに伴い、保育内容も研究を重ねてきたので、手話を導入したことだけが理由にはならないが、導入前と後では子どもたちの姿や取り巻く人々の考え方も、かなり違ってきた。
 
[1]教育相談の段階での変化
・「目を合わせましょう」「子どもの気持ちに添った話しかけをしましよう」などの抽象的な課題は、初期段階の母親にとって理解が難しく、母親を「こんなことでいいのか」と不安に陥らせることが多かった。そこで、生活の中で子どもが興味を持っていることやその時に話しかけたいことを話し合い、その時に意識して使う手話と話しかけ方を課題のひとつとして家庭に持ち帰ってもらうようにすると、課題が具体的で見えやすいことがわかった。高度難聴の場合、補聴器をつけて音の反応が出たり話しかけが理解できるまでに時間がかかる。手話だと1週間後の登校日までに理解や表出ができることが多く、「通じ合えた」という実感が母親の心の安定にもつながった。
・ふだん接する時間の少ない祖父母などにとっても、発音の聞き取りにくさが手話によって補われるため、子どもの表出を理解しやすくなった。また、子どもの発音が聞き取れるようになるには常に接していて慣れるしか方法はないが、手話は離れていても単独で学習できるため、祖父母や親戚の人が手話を習ってくれている、という話も聞く。
・身ぶりや手話での表出を「ことば」として捉え始めたため、「子どもがいっぱい伝えてくれている」と思えるようになった。
・身近な大人が、子どもの表出をほとんど1回で理解できるため、コミュニケーションがスムーズになると同時に、子どもが自信を持って話をするようになった。
 
[2]情緒的側面での変化
・手話を交えて絵本を読み聞かせてもらうことでどの子もイメージを共有し、想像の世界に遊ぶことができた。また、子ども同士でも絵本を読み聞かせ合ったりするようになった。
・ディスコミュニケーション状態にあり、パニックを起こしていたり、常に不安そうであった子どもが、精神的に安定し、見通しを持って前向きに生活ができるようになってきた。
・発信、受信に費やすエネルギーが軽減された分、やりとりが活発になり、口話が不得手な子どもも思考しながら会話を深めることができるようになった。
・自分のコミュニケーションに対して自信が持てるようになり、初めての相手に対しても積極的に話しかけるようになった。
 
[3]集団活動での変化
・大人に頼らず子ども同士でトラブルを解決したり相談する場面が、多く見られるようになった。
・言語力や発達の進み具合に関係なくほぼ全員の子どもが話し合いに参加できるようになったため、主体的な集団遊びが展開できるようになった。
・他の人同士の会話を見て情報を得ることができるようになり、途中から会話に参加したり、離れたところで交わされている話題を取り込んで会話が始まったり、ケンカの仲裁に入り双方の言い分を聞いたりする場面が見られるようになった。
・体験発表など、子どもがみんなの前で話をする時、聞いている子どもが話をほぼ理解できるようになったため、活発に質問が出るようになった。また、話す側も聞き手を意識して話すようになった。
・手話での「はやりことば」が広まることがある。
 
[4]その他の面での変化
・「補聴器をしている人」「耳の聞こえない人」「手話のわかる人」などへの関心が高くなり、仲間意識を持つようになった。
・年上の聴覚障害児者との交流が容易になり、その様子を見て保護者が子どもの将来像を描くことができた。
・コミュニケーションの改善により、音声への反応と自分の声のフィードバックができるようになった。
・自分の気持ちを、自ら工夫して粘り強く伝えようとするようになった。
 
 以上のように、手話を使うことにより、子どもたちの幼児としての育ちにとって、大変良い影響があったという実感を持っている。
3.手話導入による変化(小学部)
 私たちは、聴覚活用による話しことばの習得も、子どもたちの世界を広げる意味では大切であると考えているが、これについては個人差が大きい。すべての子どもの可能性を引き出すにはどのような点に留意していくのが良いのだろうか。今後の方向を探るべく、小学部にあがった子どもたちが手話を導入する前の子どもたちと比べて、どう変わってきたかを小学部からフィードバックしてもらった。
[1]子ども同士が意見を出し合い、学び合いができるようになったため、主体的な学習が展開できるようになった。
[2]教科の内容がわかり、単元のねらいに迫れるようになった。
[3]話し合い活動ができるようになった。
[4]子ども同士がおしゃべりを楽しみ、いろいろな情報を交換できるようになった。
[5]聞こえないことを肯定的にとらえ、自信を持って自分を表現できるようになった。
[6]音韻に対する意識が薄くなりがちで、日本語の語彙数が少ない場合がある。
4.手話導入にあたっての考え方
[1]聴覚活用について
 手話導入のため、聴覚活用ができないということはない。聴覚活用はさせるものではなく、まわりの大人が意識して子どもが聞いてみようと思える環境をつくるものである。
 手話を使ってコミュニケーションがはかれて、人間関係が深まるにつれ、子どもが自ら音の世界に興味をもつようになり音に気づき始めた、という例もある。
[2]発音・発語について
 手話を使うことで発音が必ずしも曖昧になるということはない。使い方の問題である。できるだけ発声の語調をくずさない、言葉のリズムにあった動きを乳幼児段階では特に気をつけていく。また、子どもの概念の発達に合わせて、ひとつの手話で表してきた言葉をもう少し分化させていくなどして拡充するようにする。
[3]集団でのコミュニケーションについて
 幼児としての育ちは、子ども集団の中で育つものである。本校は、県内唯一の聴覚障害児教育の専門機関であるため、中等度難聴で手話よりも口話がわかりやすい子ども、中途失聴の子ども、中途入学の子ども、人工内耳装用児などのフォローも重要な役割である。個別指導ではそれぞれの子どもに合わせるが、集団のコミュニケーションとなると手話は欠かせないと考えている。
5.まとめと今後の課題
 乳幼児期から手話を使い始めている現在は、かなり深い話が以前より低年齢のうちからできるようになっている。小さい時から通じ合える経験を重ねることで、子どもが「自分を無条件に受け入れ認めてくれている」と感じ、「自分はこの世の中で価値ある存在なんだ」と思える関係が育つ。これが自分を信じ、人を信じる心の原点である。子どもたちを見ていると、堂々としていて大人を圧倒するほどのたくましさと勢いを感じるほどである。手話を効果的に使うことで概念が育ち、その結果、思考力がついてきて、自分で考えて行動しようとする気持ちが強く育ってきている。
 しかし一方で書記言語へのわたりとして、意識的にことばをおさえる必要がある。その時その時概念を育てたいのか日本語としておさえたいのかにより、手段を使い分けて考えていく。コミュニケーション能力と書記言語の差はあるにせよ、知りたい伝えたいという気持ちが育つことにより、自ら学ぶ力へとつながっていくことを期待している。
 
 このようにして実践を重ねてきたがまだまだ残された課題もある。
[1]相手の話をよく聞くことの大切さ
 確かにコミュニケーションはスムーズになったが、勢い余って、落ち着いて最後まで話が聞けないことがよくあり、早とちりすることも多々ある。また、自分の知りたいことは真剣に聞くが、相手が伝えたいことや尋ねたいことへの関心が薄いことがある。中には「手話が分からない人とは話はできない」と思い込む子どももおり、手話に対する自信が裏返すとそれ以外の手段への自信のなさになっていることがある。いろいろな人との会話を積極的に楽しむための方法を子どもとともに考えていきたい。
[2]小学部との連携
 子どものどういったところを育てたい、大事にしたいと思いながら保育してきたか、また日本語の読み書きことばへのわたりをスムーズにするために幼稚部ですることは何か、を小学部と話し合う機会を多くつくる。
[3]大人の手話研修
 公立学校であるために、毎年数名の教員の異動がある。日常会話程度の手話までは子どもたちから学び取ることができるが、言語指導や聴覚活用、発音指導などを考慮した手話の使い方について、学校全体、職員の手話の研修が必要である。
 
以上の課題に取り組みながら、子どもから学ぶ姿勢を大切に、日々努力し研鑽につとめたい。
 
前田(静岡ろう学校)
 幼稚部3歳児を担当している。静岡ろうでは、幼・小・中ともキューサインを使用している。中学部になる頃から自然と手話を使っている。今は3歳児だが、去年から今の3歳児にデフファミリーがいるということから、手話を3歳児8名に使い1学期が終わった。絵本の読み聞かせなどいろいろできたらなと思いながら聞かせてもらった。石川ろう学校や広島ろう学校にも2点聞きたいことがある。一つは、教育課程はどうなっているのかということ。遊び中心というのはその通りなのだが、やることが多くて非常に忙しい。言語が伸びていくためには遊んでばかりいられない。日課を教えて欲しい。二つ目は、お母さん方の参観はどうしているのか。静岡ろう学校では、常時なし、母なし日など、クラスによって対応している。私のクラスでは、だんだん離している。3校は、お母さんとの連絡はどうしているのか。工夫していることを教えてほしい。
 
レポーター:山西(徳島県立聾学校)
幼稚部での日課は、
9:30 登校  
〜10:40 朝の活動  
  聞こえのチェック(聴能担当者)、  
  自由遊び  
10:40〜 朝の集まり(幼稚部全体)、  
  内容 挨拶の歌、その月の歌や踊りなど
12:00〜 クラス活動  
  内容 設定保育  
12:30〜 給食活動、  
  食べた子から自由遊び  
13:30〜 各クラスでお帰りの会、  
  言葉の押さえを目標にしたもの  
 二つ目の答え。子どもの様子も様々で、お母さんの参観で不安定になる子もいるし、寄宿舎の子もいる。そのため、お母さんの参観は遠慮してもらっている。給食時間に教員が代わりあって、その日の活動の様子や課題を話したり書きしるしたものを渡したりすることもある。お母さんが参観する機会を増やすことを考えている。クラス、子どもによって変えている。
 
討議
 
岩下(石川県立ろう学校育友会)
 手話の導入についてどのように受けとめているかだが、教育相談の時から手話や身振りが入っていた。すんなり抵抗なくというのが本音。母親の間で手話なんか使ったら言語は発達しないという話はあった。私は手話を使うことで息子とすんなりコミュニケーションができたので、抵抗なく受けとめられた。子どもの変化については、息子が難聴と分かってから、いろいろな面でお互いに伝えられないイライラが出てきていた。手話に出会って身振りや手話を使うと同じことが分かり、同じ話ができて、イライラがなくなった。手話を知っていれば使うのに、まだ分からないことがたくさんあるので、地域の手話サークルで習っている。息子が先生の使う手話を使い、息子が知らない手話を母が使うというようになる。手話は楽しいなと思う。家族は主人と息子と娘(妹)の4人で、私と息子が使う手話を2人は見ていて覚える。無理に使うようにと娘には強制していないが、自分から取り入れて使っている。息子も同じだと思う。手話サークルヘも娘は喜んで一緒に来ている。
 
伊藤(石川県立ろう学校育友会)
 息子は1歳半から教育相談に通っていて、聴力レベルは90〜100dB。口話法が何だとか全く知らないままに教育相談を受けていた。補聴器に慣れるのも1年ほどかかった。親と子のコミュニケーションをうまくとりたいと一生懸命で勉強をあまりしなかった。手話・指文字を知る前に絵カードを作って子どもとやりとりをしていた。指文字を使い始めてからすぐにココアが最初に入って家でも使うようになった。母に伝えたいことがあると、指文字や手話を使って伝えてくれるようになってきた。だんだんやり取りがスムーズになって、息子を理解できるようになった。心にゆとりができ、穏やかになって、手話を早く覚えられるようになり、お互いにコミュニケーションしやすくなった。家の中でも同じで、年子の兄が教えなくてもやりとりを見て、吸収して覚えている。主人は積極的に使ってくれるが、覚えはあまりよくなく、私に尋ねることが多い。
 
司会:長尾(徳島県立聾学校)
 お母さん方ありがとうございました。お二人の場合は自然な流れで手話を使っているが、口話で頑張ったお父さん、お母さんから見て不安な面、または別の角度から見てどうか、というご意見はないか。親御さんの立場からの声を聞かせてほしい。
 
馬木(徳島県立ろう学校保護者)
 徳島ろう学校幼稚部の年中、5歳の男子の母で、私の息子は特殊で補聴器は全くつかない。聴力については、最近やっと測れるようになった。1000、2000ヘルツがスケールアウト、500、125ヘルツは少し音が入っているようだが、音に対する認識は殆どない。もっと早くに手話のシャワーを浴びせてやればよかったと思う。早くに難聴と分かっていたが勘のいい子で名前を呼ぶと振り返るので「聞こえていてほしい。」という気持ちで期待感があった。でも、コミュニケーションはとりにくかった。第二子がお腹にいたので、不安定な時もあったが、手話が入って安定した。学校では私が活動に入ると活動できなくなる。私が入らないことで、息子がいろいろな話を言えるようになった。「熱があるからお風呂からすぐ上がる。」というような言葉での約束を守れるようになった。今は手話がないと生活できないと思う。これからも聴覚の活用はできないと思うが、手話があれば読み書きできて生活できるようになるのではないかと考えている。
 
司会:長尾(徳島県立聾学校)
 徳島ろう学校は当時聴覚活用で一生懸命取り組み、まずは聴覚の可能性を探っていこうと考えていた。馬木さんも迷っており、教育相談担当者として反省しているケースである。
 レポート発表された佐々木先生、広島の場合手話導入に対する親御さんの反応はどうだったか。
 
レポーター:佐々木(広島ろう学校)
 手話は10年位前から少しずつ使用していた。まず、私のクラスから言うと、子どもとしゃべれるようになって、お姉ちゃんとしゃべるより面白いという親御さんがいる。高等部ではキュードスピーチの割合が多い。高等部の親御さんに手話もいいけど、口を動かさんと駄目だよと、言われたという話もある。母親は子どもとしゃべって楽しいという思いはあるが、そう言われて不安になるときもある。気持ちが揺れる状況はある。
 小学部の低学年から手話の比率が高い。姉妹で姉がキュードで、妹が手話という例があるが、母は妹と普通の話ができるようになった、今までの言葉を入れなくちゃという思いが抜けて、自然に5〜6歳の子と同じような感覚で話ができる。が、教員にしても親御さんにしてもこうだ!とスパーンといけないところはあると思う。
 
司会:長尾(徳島県立聾学校)
 手話を導入すればコミュニケーションが良くなったというのは共通の認識。が、教科学習、日本語の読み書きはどうなのか、不安があると思う。明日のレポート発表の平塚ろう学校、花園先生はその辺りのお話はどうだろうか。
 
花園(神奈川県立ろう学校)
 手話導入段階の親御さんのようすについては、平成10年から手話を導入した。その時点でいくつかのろう学校は手話を導入していた。社会的な時代の流れもあって、こちらが考えているより、親御さんは子どもと気持ちが通じ合えるのならその方法がいいのではないかと受けとめていた。本校へ教育相談に来た時点で本校は手話をしているが、県内には横浜、横須賀、川崎、市ろう、また都内だが近くに日本聾話学校などがあり、聴覚口話法でやっている学校もあるので見学してくださいと言っている。地域的に選択できる状況にある。結果として、そちらに行くという親御さんもいる。ここ何年かは本校を選んできているので協力してもらえていると思う。ここ10年来の時代の流れで、手話でコミュニケーションを十分してから読み書きを習えばいいと、柔軟な考え方をしている母親が多い。
 
共同研究者:小田(国立特殊教育総合研究所)
 今日のディスカッションで、親御さんの声をたくさん聞かせていただき感謝している。関係している先生方にも補足していただき、様子が分かって良かったと思う。
 いろいろなケースがあり、親御さんの感じ方も幅広い。時代的な背景が変わってきて、20年前に「手話」と言うと、抵抗が強く、冷ややかだった。手話を取り入れてやっていく中で、我々がしなければならないことを話し合っていきたいと感じている。
 
2日目
 
共同研究者:小田(国立特殊教育総合研究所)
 昨日は、従来の聴覚口話法から手話を導入し、実践していくことで子どもたちはどう変わってきたか、というろう学校の立場でのレポート発表がされた。その中で親御さんは手話についてどう考えているのか、不安はあったのかという話がされた。今日は平塚ろう学校のレポートの後で、4つの柱を立て、それについて討論を進めていきたいと考えている。1つ目は、集団でのコミュニケーションを育てていく中で、教師は子どもたちにどのように関わっていけばよいか。2つ目は、絵本の読み聞かせの位置づけについて、小学部での読み書きに繋げていこうという考え、子どもたちの楽しみにしたいという考えなど、あると思うが、リテラシー(読み書き)にどう繋がっていくのか。3つ目は、重複障害のお子さんについて、個別の対応の仕方、集団の中での個々に対してどのように対応していくのか。4つ目は、手話と聴覚口話をどう関係づけるか、どう位置づけるか。この4つについて各校から実践や考えを出してもらいたい。その後、参加者と討議をしていきたい。
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