レポート[2]
幼稚部における絵本の読み聞かせ
佐々木 麻利子(広島県立広島ろう学校)
※はじめに
1999年度幼稚部に入学した3人の幼児を担任して、今3年目、年長組になった。AとBは4月入学。Aはその2ヶ月前に乳幼児教室に来たのが始めで、コミュニケーションは殆どなかった。Bはデフファミリーの第2子、手話でコミュニケーションがとれていた。Cは年少の2月入学、聴覚障害に対するケアができておらず、人とコミュニケーションするのを拒否するかのようだった。
1.コミュニケーションについて
広島ろう学校では、聴覚口話法からキュードスピーチヘ、そして少しずつ手話の使用が増え、(前年度の学部研修で)1999年度からコミュニケーションモードを次のようにするとまとめた。
(濱村美香 1999年全日聾研研究集録)
手話を中心としたコミュニケーションを十分に行い、手話の通じる環境を保障することでコミュニケーションの早期成立を図る。手話により、豊かな内容が子どもたちの中につくられた上で指文字を使用し、日本語の獲得をしていく。
新しいクラスをスタートするとき、手話を中心とする中で豊かな心を育てるために「絵本の読み聞かせ」も大事にしていくことを決めた。
2.なぜ絵本を読むのか
・「教えない、評価しない保育」それが「読み聞かせ」です。
・教えない「読み聞かせ」の積み重ねの中で育つ、子どもの自由な自分なりの発想ということが幼児期にはとても大切になります。
・表紙から順に心を込めて読み聞かせるのです。すると、子どもは、自分のあらゆる体験を出し切って、自分の思いで絵本の世界に浸ることができるのです。柔軟な子どもの頭の中には、大人の計り知れない思いがあるのです。子どもは、無意識のうちに絵本の主人公と自分を重ね、主人公のすることを自分も心の中で体験していくのです。
・絵本の世界に能動的に入って、自分なりの考えで、想像したりイメージするということは主体性が育っていることです。
「絵本と保育」―読み聞かせの実践から 梅本妙子
日々の時間の中で、なぜ絵本を読むのかというとき、本好きの子どもにしたいという思いがあった。それと同時に絵本の時間を「ことば」の指導にしたくない、という思いもあった。そして読み続けていれば大きく成る過程で、(読み聞かせの中で「ことば」の指導をしなくても自然に)本を読むことに抵抗がない→活字から情報を得られる、と考えた。しかし実践を重ねる中で、絵本を読んでもらうことが好きなことと、活字に抵抗がないというのは必ずしも結びついていないのではと思う。というよりそれを求めてはいけないのではないか。絵本を読んでもらい、絵本の世界に入っていくということ自体が絵本の活動ではないか。質問も感想も聞かない、読みっぱなしでたくさんの本を紹介してやりたい。子どもたちを絵本の世界に浸らせるためには、子どもたちの気持ちに一番近い形の、手話での読み聞かせが必要だと思った。
一日の中では、朝の会の時間の終わり頃を多くあてた。
絵本を読むときには、次のようなことに気をつけている。
・子どもの顔をしっかり見ながら読む。
・絵本は絵に十分魅力がある。ページをめくった時は絵を見る時間を与える。
・声つきの手話で、書いてある文にはこだわらないが、日本語対応手話が基本。内容によって声にない手話を補うこともある。
3.子どもたちの変容
Aは入学時ことばのキャッチボールも途絶えがちだった。ビデオを見ると物語の大まかな筋はすぐにつかむが、それは映像に見える1コマ1コマをつないだものだった。物語の展開の順は正しい。絵本を見せると、ページを開くたびにあそこに何がある、ここに何があると指さしながら言う。あるいは登場人物の表情を真似する、という見方だった。Cはページを開くたび、絵本の中の「おとうさんは? おかあさんは?」と確認すると後の話は聞こうとせず、次のページをめくることを要求していた。AもCも当初は教員の発する話(手話)が分からない状態だった。
Aは年少の6月に読んだ「りんごがドスーン」をその後何回も本立てから自分で出して読むようになった。入学して7ヵ月経った頃読んだ「あさえとちいさいいもうと」で、初めてあさえと一体化し、妹を捜す不安な息づかいを見せた。
Cは4ヵ月ほど経って(年中)読んだ「あめふり」で絵本のおもしろさを発見したようだ。話を聞くゆとりがでてきて、友だちがおもしろかったことを話していると、真似をしていた。
クラスでは年長になって、「ぞうくんのさんぽ」で繰り返しのことばのおもしろさを知り、読み手と一緒に読んだ。続いて「た、たん」でもくまさんが友だちに言いたいことばの練習を一緒になってしていた。今年は、読んでいるとき前に出てくることを禁止した。読み始めると何回か出たがるが中盤になると静かになり、終わり頃また何か言いたくなるようだ。それを聞こえる子の独り言のように、独り手話っていることもある。
4.絵本の内容を基に遊びを発展
・「ヘンゼルとグレーテル」 |
目印を幼稚部内に落としながら進み、他の者が探して歩く。(年中) |
・「せんたくかあちゃん」 |
たらいと洗濯板で洗濯をする。
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紙にひもを張り付け、服の形に切ったものを貼っていく。(物干しの様子)(年中) |
・「あめふり」 |
自分と等身大の雷さまを模造紙で作る。(年中)
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雷カツラを作る。不織布で雷衣装を作る。背負う雷太鼓を作る。それらを着て、かぶって踊る。(年長) |
子どもにとって雷様は怖くもあり好きでもある。「おーちた、おちた」の手遊びで雷が落ちればへそを隠す。子どもを脅かすときは、「雷様は空から見ているんだよ」この一言で「もうしません」となる。(年少時〜)
もう一つ、子どもが悪いことをしたとき教員が、メモを取る様子をして「お母さんに見せるよ」と言っていた。それを取り入れAは「かみなりに いうよ」とメモを取って友だちを威嚇する。(年長時)
給食時天気の話から雲の上の雷の話になった。(年中時)
A「おばあちゃんが こしょう はっ くしょん からい いれて けむり もくもく いればはっくしょん おちた ははは」
B「そう、いれば おちた めがね おちた ははは」
ばばばあちゃんは、子どもたちの大好きなキャラクターだ。
5.ろう児が主人公の絵本
幼稚部教員の手話研修を週1回1時間続けてきたが、99年度は「歌に手話を入れるグループ」と「絵本の読み聞かせのグループ」に分かれた。絵本グループは自分の選んだ本をメンバーの前で読み、意見を出し合ったり、子どもに読み聞かせているところをビデオにとって、グループで視聴し、研修していた。
99年度の後半、市販の絵本を読むのではなく、ろう児のでてくる絵本を読み聞かせたいね、という話がでてきた。全くの創作には自信がなかったので、今ある絵本の主人公をろう児に変えて、ということになった。候補に挙がったのは「はじめてのおつかい」(福音館)だった。どこをどう変えるか、どう配慮するか話し合いを進めていった。
・主人公の耳に補聴器をつける。原作は耳の隠れる形だったので、頭の高い位置で二つに結ぶ髪型にした。
・一家はデフ家族。おかあさんの友達が来るのでおかあさんは掃除をしなければいけない。赤ちゃんも泣いている。お母さんは牛乳を買いに出かけられないという設定にした。
・家の中にはFAX、携帯電話を置く。
・道の途中で会う友達も、ろう児にする。
・店では話が通じない。聞こえる人のことばは「***(たばこ)」のように表記し、読み聞かせるときは口だけで言う。幼児が一人で読むときは(たばこ)を読む。
・最後に手話通訳のお姉さんに出会い、通じないことが解決する。
・変える部分の絵を描き、パソコンで合成する。
原作の福音館には、広島こどものとも社から連絡してもらった。この本は広島ろう学校内だけで私的に使う。
構想から出来上がりまでは約1年かかり、00年の秋にできた。絵を描ける者と、パソコンを扱える者が限られるということが大きい。 できあがってから各クラスで子どもたちに読み聞かせた。補聴器やFAXをめざとく見つけ、言い合っていた。
・おばちゃんは しゅわが わかるの?
・やっぱり わからないんだ
・いえにある ほんと ちがうよ
・ぼくも ひとりで かいものに いけるよ
読み聞かせの相互研修の中では、単に手話表現や絵本の開き方、ページの一部を隠しておいて開けるなどの技術面だけでなく、子どもたちを取り巻くさまざまな問題、課題も出てきてしばしば時間をオーバーすることもあった。今年度も絵本グループは続いている。
今年度第2作目は創作に取り組んだ。漁師を父に持つ子どもとの話から作ったものだ。
「うみで おにごっこ」
[1]けんくんは、にちようびの あさ こうえんで あそびました。
うちに かえって ひるごはんを たべていると、ねむくなって その まま てーぶるのうえで ねてし まいました。
[2]しばらく ねたら のどが かわいて めが さめました。
「うーん、おかあさん おみず ちょうだい」
おかあさんも おとうさんも ねていたので、じぶんで おみずを く んで のみました。「あっ、ろうがっこうの たなかせんせいに こんど たこを みせて あげる やくそくをしたんだ。おとうさんは ねているし、そうだ ぼくひとりで とりに いこう」けんくんは ながぐつを はいて うちを でました。
[3]「ふね、ふね、ふね。ぼくの おとうさんは さかなを とるのが うまいんだ。すごいんだ」
けんくんは ひとりで いいながら うみの ほうへ あるいて いきま した。
[4]おとうさんの ふねの まえまで きました。
「ぼく しってるんだ。おとうさん いつも ここの すいっちを いれるんだ」ぶるるるるーん ふねが はしりだしました。「わー、ぼくも すごい」
おきまで きました。うみの なかを のぞいて みると、いるよ いるよ たこが いるよ。
(後略)
(作:佐々木麻利子)
おわりに
読み聞かせを続けて3年、子どもたちは本を読んでもらうことは大好きである。しかし、いつも今日の読みは良かっただろうか、心に響いただろうかと振り返る。本文をそのまま読まないので、「ことば」の量・質(手話)が気になる。聞こえるものの「ことば」に近かったのではないだろうか。それを確認するには、ビデオで撮り、声を消してみるのが効果的だ。いつも、というわけにはいかないが、手話研での確認を続けていきたい。
読み聞かせば朝の会の時が多いが、つい時間がなくてということも多々ある。もっと一つの本を何回も読んでやりたいと思うのだが、一回きりのことも多い。決めた時間だけでなく一日のうちのどこかで絵本を読んでやりたい。息を止めて凝視する顔、読み手の手の動きに子どもの視線がピタッとくるとき、読み手の話に合わせた子どもの読みが見え・聞こえするとき、「あっ絵本の世界に入った」と実感する。この喜びを次に求めて、また絵本を探そう。
古谷(石川)
聴覚障害学生の会に所属している。私も絵本の読み聞かせの勉強中なので、なるほどと思いながら聞かせていただいた。学校で読み聞かせをして子どもが絵本に興味を持つと、家庭でも親が読み聞かせをしているのか。また、手話が上手でなくても、読み聞かせをするときの技術面でのポイントがあったら教えて欲しい。
レポーター:佐々木(広島ろう学校)
家庭での読み聞かせについて。毎月1冊ずつ本を購入して配布している。学校でその本を読んでから持ち帰らせている。子どもが読んでといえば母親は読む。こういうふうに読んでほしいとか、この本を読んでほしいとか指示はしていない。
ポイントについては、子どもの反応を見ながら止まったり速く進めたりしている。ページをめくったときに紙で隠しておいて後で紙を外す、めくる前に次のページの話を少ししてからめくるなど、工夫している。学校での絵本の研修の時に話を聞いて参考にし、生かしている。
中川(品川ろう学校)
集録の62ページに書かれていることが気になる。教師自身も子どもにとって恐い存在なのに、お母さんを恐いものとして考えているような感じがした。教育的な配慮はどうか。
レポーター:佐々木(広島ろう学校)
その時の話し方もあるが、きつく言っているつもりはない。
吉沢(栃木)
質問は2つある。「ヘンゼルとグレーテル」という固有名詞をどう表現しているのか。また、手話の表現がないことばをどうしているのか、「かあちゃん」と「かあさん」は違う。手話で確認できない。また、なぜもっと指文字を使用しないのか。
レポーター:佐々木(広島ろう学校)
ヘンゼルとグレーテルの場合は初めに指文字で表し、あとは男の子、女の子という手話で表している。「せんたくかあちゃん」という絵本では使い分けはしていない。もっと指文字を使用したらよいのではないかというご意見だが、幼児の絵本の読み聞かせは小学校の国語の指導と違い、細かい所まで指導していない。絵本の読み聞かせで気持ちを育てたいと思っている。