レポート[1]
たんぽぽ組10人の子ども達との歩み
〜手話もコミュニケーション手段として取り入れた実践〜
岩原 真由美(石川県立ろう学校)
1.はじめに
ろう学校について何も知らなかった私が、新採の教師として赴任したのが、ろう学校の幼稚部でした。今から20年近く前のことです。当時は、聴覚口話法を中心として指導が行われていました。今、その頃の自分を振り返って考えると、幼児らしい発達も大事にしたいと思いながらも、ことばの指導をしなければという思いが強かったように思います。遊びを大切にしたいと思いながら、実は遊びを通してのことばの指導がねらいとされていました。子ども同士のコミュニケーションも、お母さんや教師の仲立ちを必要とすることが多かったように思います。そして、結局、自分の思いの中では、幼児らしい生活ということも、ことばの指導も、中途半端なままろう学校を去ることになりました。
その後、養護学校で9年間過ごし、再びろう学校にもどってきたのが、4年前です。私にとって、ろう学校は以前とは違った流れの中にいるように、うつりました。“共感と信頼関係に基づくコミュニケーションを大切にすること、そして、そのコミュニケーションの中からことばが育っていく”ということと、そのためには、様々なコミュニケーション手段を考えていこうとするものでした。ことばの力をつけなければコミュニケーションができない、と思っていた自分は、本当のところコミュニケーションというものがどういうものか、何もわかっていなかったと気付きました。ことばも、指導して覚えていくものではないと思うようになりました。
そんな中で、10人の子ども達と出会いました。まだ1年3ヵ月という短いつきあいなのですが、出会いから今日に至るまで、自分が大切にしてきたことを振り返りながら、子ども達との歩みを報告したいと思います。
2.たんぽぽ組10人との出会い
平成12年4月、幼稚都の3歳児として7名の子ども達が入学しました。その後、途中入学した子ども達もいて、10人の仲間となりました。子ども達のコミュニケーションの様子は、音声言語を主としている子、音声言語と身振りや手話を使っている子、指差しや表情や身振りを使っている子など様々でした。10人中7名は、本校乳幼児教育相談を経ており、母子で気持ちを通わせ、理解し合えるために、補聴器を活用することも大切にしながら、どの子も身振りや手話を使ったコミュニケーションに親しんできた子ども達でした。途中入学の子ども達も、自然とクラスの中にとけこむことができました。元気一杯のにぎやかな子ども達との生活がスタートしました。
◆みんな一緒(10人の子どもたちと2人の先生)
10人の子ども達は、コミュニケーション手段も発達も教育歴も様々でした。しかし10人という集団だからこそできる、子どもらしい仲間作りを大切にしたいと考えました。一緒に生活する中で、人と共感する喜び、かかわり合う楽しさを知ってほしいと願いました。そして、その中でこそ、コミュニケーションしょうとする気持ちが生まれ、それが子ども自らが獲得していく生きたことばにつながるのではないかと、考えました。また、友達と、いろいろなやりとりやトラブルを経験することは、相手のことを思いやったり譲り合ったりするなど、心の成長にもつながるのではないかと思いました。様々な仲間が集まった集団の中から生まれてくる、コミュニケーションや友達関係を大切にしたいと思い、10人一緒の学級として活動を進めました。
3.担任として大切にしたこと(今も大切にしていること)
〜幼児中心の生活を大切にすることと、共通のコミュニケーション手段〜
◆主体的な活動を展開すること・・・・遊びの重視
幼児が幼児らしく生活するためには、遊びををぬきにしては考えられません。遊びそのものが、生活なのです。遊びながら生活の中で力をつけていくのです。このことを大切にしたいと思いました。そして、遊びの中で、子どもが自ら考え、自ら行動していく力、主体性を育みたいと思いました。子ども達が生き生きと自分を表現し、自ら人や物にかかわろうとする育ちを願いました。
そのために、まずは自分のしたい遊びを十分に遊び込むことを認めたうえで、より主体的に活動を展開し、さらに友達とのかかわりをも深めていく、そんな遊び場の設定や教師としての援助のあり方を考えていきました。
◆共通のコミュニケーション手段としての手話
子ども達が主体的に生き生きと生活するためには、一人一人の子どもが自信を持って使えるコミュニケーション手段を考えることが何より大切です。気持ちを通わせ、無理なく楽しくやりとりし、分かり合える経験の積み重ねが大切なのです。そのうえで、子ども同士が仲間として相互にやりとりし、幼稚部での生活を楽しむには、共通のコミュニケーション手段が必要となってきます。その手段は手話であるという認識にたち、日々のやりとりを進めていきました。
4.今の子ども達の姿(4歳児1学期)
それぞれに自分のしたい遊びを十分に遊び込んだ3歳児の時と比べ、数人の仲間がかかわり合って遊ぶ姿が見られるようになっています。発達に個人差があり、一人一人の友達とのかかわり方は様々ですが、どの子もその子なりに、友達との遊びを楽しんでいます。本当によく“群れて”遊んでいます。友達の遊びの刺激を受けながら、遊びを工夫したり、遊びのルールを学んだりしています。自己主張もしっかりしてきて、ケンカも増えています。
手話を使ってのやりとりにも個人差がありますが、手話を使い、通じ合う、分かり合うことを経験する中で、子ども同士のコミュニケーションも少しずつ広がりをみせています。友達や先生の会話に「何? 何?」といって割り込んで会話に参加する、遊びに誘って簡単な相談をする、自分の考えを友達に訴える、トラブルがあるとみんな集まってきてそれぞれに自分の考えを言う、絵日記を見せ合いしてやりとりする、授業中におしゃべりするなど、様々な姿をみせています。共通のコミュニケーション手段としての手話が子ども達の中に植え付き、やりとりする楽しさを味わっていると感じています。まだまだ、簡単なやりとりが中心ですが、この積み重ねで、より深いコミュニケーションにつながっていってほしいと思っています。
子ども達のやりとりや活動の様子
<5月下旬、給食の時(手話でのやりとりを日本語に置き換えた)>
C1:先生、給食が終わったら、外で遊ぶの。暑いから、水で遊ぶの。裸になって遊ぶの。
C2:水が補聴器にかかったら、こわれるよ。補聴器をはずして遊ぶよ。
C1:わかったよ。
C3:何のお話なの?
C1:給食が終わったら、水で遊ぶの。裸になるよ。水が補聴器にかかったらこわれるからはずすの。
C3:わかったよ。一緒に遊ぼう。
C1:いいよ。早く食べよう。
<5月下旬、自由遊びの時(手話でのやりとりを日本語に置き換えた)>
1台の自転車を4人の子ども達が自分達で順番を決めて交替で乗って遊んでいる様子です。子ども達は椅子に座って順番を待っています。C1、C2、C3は4歳児、C4は3歳児です。
C1:ねえねえ、C2ちゃんが終わったら私の番だよ。(C2とC4に向かって)
(C2とC4が待ち切れずに、C3を迎えにいく)
C1:(追いかけながら)違うよ、違うよ、あっちで座って待っているよ。
C2:わかったよ、あっちだよね。
(C2、C4はC1とともに、椅子にもどって座る。)
C3:C4ちゃん、ここで待っているんだよ。
C1:次はC2ちゃんだよ。ねえねえ、自転車は座ってこぐといいよ。だってケガをしちゃうよ。
C2:座ってこぐの?
C1:そうだよ、はやくこいでよ。
(C4は、C1の座っている椅子に座った方が早く交替できそうだと考えたようだ)
C3:C4ちゃん、座って待つよ。次は、C1ちゃんの番だよ。
C4:C1ちゃん、私がその椅子に座るよ。
C1:私はここに座るの。C4ちゃんは隣へ座ればいいよ。
C4:私はその桃色の椅子にすわりたいの。
C1:(無言。ズックを脱いだりして、その場をごまかしている)
C4:ズックをはくよ。(はかしてあげようとする)
C1:自分ではくからいいよ。
(そのうち、C2がもどってきてC1とかわる)
C1:私が終わったら、C3の番だよ。次がC4だよ。
C4:ねえねえ、私は? 私も乗りたい。
C1:待ってて。
C4:(C1を追いかけて)Clちゃんが終わったら私だよ。
(桃色の椅子に座って待つ)
C2とC3は別の会話をしている。
前日に教師が「交替して乗ったらいい」と提案していたので、この日は自分達で椅子を並べて遊びを始めていました。3歳児のC4が、一生懸命に自分の思いを伝えているのに、4歳児は自分達だけで納得して交替していました。C4がずっと待っていることに気付くかと見守っていましたが、結局そのままC4をとばして交替していました。C4の気持ちを考えて、ここで教師が「たんぽぽさんは何回も何回も乗っているよ。でもC4ちゃんは、ずっと待っているよ」と一言声をかけました。そのことばで自転車に乗ろうとしていたC3がC4にかわってあげました。その後は、C4も交えながら交替で乗り合っていました。
<6月中旬、朝の会で>
朝の会で一人の子どもが大量の鼻水をたらしたのを見て、全員が大笑いをしました。教師も「へんな顔!」とおもしろがると、すぐに「へん」の手話を真似して、鼻水を出した本人も含めて、「へん」「へん」の大合唱。それから、わざとおもしろいことをして「へん」といって楽しむ遊びが始まりました。最初は“鼻水を出した顔”が「へん」と思っていた子も、いろいろな「へん」な状態があることに気付き使っています。
5.子ども達から学んだこと
子ども達が自信を持って使えるコミュニケーション手段を持つことを願って、聴覚も活用しながら、手話も使ってきました。今、子ども達は、誰に頼ることなく、まっすぐな目で相手をみつめ、話を分かろうとし、自分の思いも自分なりの表現で伝えようとしています。話を聞いてほしいという思いに、あふれています。その子にとっての分かることば、使えることばがあることが、自分に自信を持ってコミュニケーションできることであり、そしてそのコミュニケーションの中でことばが育つということを実感しています。
また、互いに分かり合える共通のコミュニケーション手段があることで、コミュニケーションの広がりがあるだけではなく、集団の中で自信をもって行動できるようになっています。仲間意識が育ち、集団遊びが活発になり、その中で子ども達は、人として大切なことを学んでいます。子ども達の育ちをみていると、子どもが子どもらしく生活し子どもらしい発達をしていくために、手話のはたす役割は大きいと思います。
6.おわりに
今は、子ども達に対して、手話と音声言語を中心に使ってやりとりをしています。一人一人の聴覚の活用の仕方は様々ですが、それぞれに聴覚を活用し自分の生活の中に取り入れています。手話を使いながらも、音声言語でのやりとりをする子もいます。将来的には、子ども達自身が自分のコミュニケーション手段や場によっての使いわけを決めていくだろうと思っています。そのためにも、自分自身でその選択ができる子に育ってほしいと願い、教師は子どもの可態性を広げその育ちを育む援助をしたいと思います。
そしてコミュニケーション手段のあり方だけでなく、子どもとしての育ちを大切にする実践も積み重ねていかなければならないと思います。
教師自身の手話力の問題をはじめ、手話も使いコミュニケーションの力を育て、その中から子どもが獲得した生きた「ことば」を、どのようにして日本語獲得につなげていくのか、そのために幼児期にどんな力を育むことが必要かなど、課題はたくさんあります。子どもが自信を持って語れることばを持ち、そして日本に生まれ育つものとして、日本語ということばをも獲得していけるよう、ろう学校の教師として真摯に取り組んでいきたいと思います。
五十嵐(神奈川)
お聞きしたいことは、3つある。1つ目は、この10人の子ども達の聴力は、どれくらいかということ、デフファミリーは何人?健聴ファミリーは何人?かということ。2つ目は、ほとんどの健聴の親たちはなんとかして言葉でと思うのだが、最初にこの手話導入をどのように親たちに説明されたか?すごく興味を持つ。耳の不自由な子どもたちが3歳の壁をどうやって乗り越え、どう切り抜けて、あのようにスムーズに子どもたち自身が手話を使っているのか。3つ目は、家庭の中での様子はどのようなものか?口話の時は親と一緒に勉強したりしていた。口話から手話を使うようになって生活はどうなっているのか。手話を使うようになったのは、保護者が手話を必要だと理解しているからか?先生に言われたからか?デフファミリーの様子を見たからか?を聞きたい。
レポーター:岩原(石川県立ろう学校)
聴力レベルは100dBの子が2名、90dBの子が6名、80dBの子が1名、50dBの子が1名。デフファミリーの子はいない。ただ、話の中にでてきた一つ下の3歳児の子はデフファミリーである。2つ目の質問について。手話導入の親との共通理解は、乳幼児教育相談のときから補聴器を装用して聴覚活用を保障し、気持ちを通わせて経験を豊かにすることを伝えてきた。教育相談は0歳児、1歳児、2歳児からと教育歴も様々である。やりとりを楽しくしょうということで、ミニミニ手話講座、両親講座、いろいろな立場の人の話を聞くという機会を設けてきた。10人の子どもたちは、それぞれ自己主張もあり、トラブルもある。言葉より子どもと分かり合いたい、分かり合えるならなんでもいい、ということで教育相談時代から手話を使い始めている。だから3歳児のときあらためて手話を使うよと言ってもなんら問題もなくスムーズにいった。3つ目の質問について。絵日記などもしているが、私が20年ほど前に赴任した頃は、覚えてくる、問答に答えるといった時代だった。今は、教え込むということではなくて、楽しくやりとりするということを大事にしている。親も穏やかな表情でしている。昔は針のむしろのような状態だったが、今は楽しいコミュニケーションができて、自分自身も楽しくやっている。
二宮(神奈川)
素晴らしい発表だったと思う。親子のコミュニケーションを考える。トータルコミュニケーション研究会が発行した夏の号の中に、手話を導入することを親に理解してもらう苦労、聞こえない子どもを産んだために離婚した例、悲壮な気持ちで聞こえる子どもと同じように言葉をシャワーのように浴びさせるにはどうしたらよいか猛烈に悩んでいること、奈良ろう学校・広島ろう学校のレポートには手話を親に理解してもらう苦労が載せられていた。一方では、手話を学ぶために悲壮感を持って足立ろう学校に引っ越した例も載っていた。それに比べて石川ろう学校では難なく手話が導入され、ものすごい差を感じる。手話でも楽しいことばかりでなく、楽しくない部分をどうするのだろうか。できることなら金沢のろう学校に引っ越して行きたいと思う。
中川(品川ろう学校)
中学部に所属している。幼稚部のコミュニケーションに関心がある。石川ろう学校幼稚部の共通のコミュニケーションということで手話が導入されたと聞くが、先生方の手話技術はどのようにされたのか。保護者の方にはどうされているのか。また、保護者の共通理解はどうか聞きたい。
レポーター:岩原(石川県立ろう学校)
今一番の課題だと感じており時間を取って教師の手話研修を進めている。定期的にビデオを見たり、行事の言葉を手話でどう表すか共通理解したり、劇をするときは台本をみんなで話し合いながら進めたりしている。それとお母さん方と次の行事で使う手話を先生方はこうするよと共通理解するようにしている。また、聴覚障害のお母さんに聞いたりそのお父さんの手話をビデオにとって見たり、手話サークルに入っているお母さんもいる。公立のろう学校には先生方の異動があり難しい面もあるが、共通理解を積み重ねている。お母さん方からの疑問の声はない。友達と手話を使うことで発語が進む子もいる。子ども同士だったら無声になっているときもある。自分も無声になるときもある。子どもたちは改まって前へ出たときと、遊んでいるときとを使い分けているようだ。子どもたちを見て考えていきたい。