3.デンマークのバイリンガル教育の始まりと学力
バイリンガル教育以前の北欧のろう教育はと言いますと、日本とだいたい同じような状況でした。70年代にはトータルコミュニケーションという理念が世界的に広まってきました。ただ、この時代になっても期待したほどには学力が伸びませんでした。かつてスウェーデンでろう者(成人)の読み書き能力について調査したところ、スウェーデン語が充分にできる入は4〜5割程度でした。デンマークではKCと呼ばれる手話研究所が同様の調査を行いました。その結果は、デンマーク語の読み書きが充分にできる人が3割程度でした。
では、どうして学力が伸びないのでしょうか? この原因をつきとめ、より効果的な教育法を考えるためにKCの研究が始まりました。さまざまな研究成果が出てくると、それまで手話は単なる身振りであると考えていたろう者自身が、手話を言語として認識するようになっていきました。手話は言語であるという認識が高まってくると、やがてろう児をもつ親たちの意識も変わり、ろう学校でも手話をとり入れるということになっていったようです。その後、デンマークの教育省もそれを受け入れ、政府も積極的に手話教育に取り組むようになっていきました。日本では、このように政府が方針を変えるという動きはなかなか起こらないようです。
バイリンガル教育の成果についてですが、デンマークでは9年生(中学3年生)に対して全国共通テストが行われています。ろう児10名が受験しました。エッセイを書く試験では、ろう児の10人中5人が健常児の平均点以上で、残りの5人も平均よりやや下という結果でした。数学では、やはり10人中5人が平均以上で、残りは平均よりやや下でした。理科にいたっては、10人中の7人が健常児の平均点以上でした。