3.新しい教育の流れとこれからの特殊教育
第一が明治の教育改革。第二が戦後の教育改革。第三が今言った教育改革です。そこで議論されたことは、受験戦争とか詰め込み教育で子どもたちが受け身になってあくせくしている教育の様子がクローズアップされ、いろんなことが問題として現れてきました。臨教審の思想を受けついでいるのが今の教育改革だと思われます。
今の教育改革の中で考えられている柱を見てもらいます。
その柱として言われるのは「ゆとり」と「生きる力」の2つです。提言として、教育内容の基本の充実、個性を生かすこと、豊かな人間性を育む、完全学校週5日制などがあります。こういう考え方が本当にいいのかどうか賛否両論がありますが、このようなことが提案されています。
この中で障害児教育についても幾つかの提言があります。中心的には、交流教育、早期教育体制の充実、高等部の職業教育の充実、この3つがあげられています。特殊教育の内容についてはあまり提言されず、むしろ特殊教育という枠組みを変えないといけないのではないか、一般の教育と特殊教育の垣根を取り払おうという考え方、義務教育と高校教育と卒業後の社会のこと、それから教育に入る前の子どもの時期、その出口と入口をしっかり連携をさせよう、ろう学校なり特殊教育諸学校が学校以外の部分とどうつながっていくかということ、これが国の側から出されている今後の検討事項の中心です。内容については、あることはありますが大きな柱としては採り上げられていない部分が感じられます。このことに関連して、「21世紀の特殊教育のあり方について」という報告書が文部省(現:文部科学省)から今年出されました。この報告書の中では、特殊教育について次のような章が用意されています。
今後の特殊教育のあり方についての基本的な考えを見ていただきます。
第1章 今後の特殊教育の在り方についての基本的な考え方
1.ノーマライゼーションの進展に向け、障害のある児童生徒の自立と社会参加を社会全体として、障害にわたって支援すること
2.教育・福祉・医療等が一体となって乳幼児期から学校卒業まで障害のある子ども及びその保護者等に対する相談及び支援を行う体制を整備する
3.障害の重度・重複化や多様化を含め、盲・聾・養護学校等における教育を充実するとともに、通常の学級の特別な教育的支援を必要とする児童生徒に積極的に対応すること
4.児童生徒の特別な教育的ニーズを把握し、必要な教育支援を行うため、就学指導の在り方を改善すること
5.学校や地域における魅力と特色のある教育活動を促進するために、特殊教育に関する制度を見直し、市町村や学校に対する支援を充実すること
最初に書いてあるのは、教育が教育の中だけで完結するのはダメで、社会に向けての教育だと言っています。学校だけで完結するようなことではなく、社会に出た時に子どもたちが必要な力を学校はどれだけつけることができるか、支援できるかという視点が重要になってくるわけです。このあたりは、教育課程の中で、養護訓練という言葉から、自立活動という言葉に変わった学習指導要領の改正があり、社会的自立をしっかり見据えた上で教育に当たることを以前よりも強調しています。2番目は連携です。教育とか福祉、医療、それから保護者など、さまざまな立場の人が一緒に考えていかなければならないという提言がここにあります。3番目は、特殊教育諸学校における在籍児童の変化ですが、以前よりも重度で多様な障害の子どもたち、多様化、重複化、重度化と言いますが、単一の障害だけではない子どもたちの入学機会が増えてきました。ろう学校は比較的このような子どもたちの割合が少ないですが、たとえば肢体不自由の養護学校の場合には、重複障害の子どもたちの割合が多くなっている状況があります。このような状況に合わせて、特殊教育は変わらなければいけないのだと提言されています。4番目に、個別の指導計画に関わっていくところで、一人一人に必要なことは違う、それぞれに合った計画を作り、それぞれに合った教育の体制を用意していくことが言われています。最後、5番目に、学校が地域とつながろう、学校が自分の学校の特色を出していこうということです。地方分権一括法が動き始めていますが、文部省(現:文部科学省)の根拠のない通達で動かされるのではなくて、もっと主体的な動きをしないといけないという言い方です。大もとでは国の教育ですから、ある部分質が低下しないように考えなければならないのですが、自由度を増していこう、自主性を発揮できるようにしていこうという考え方で、教育の内部で今までの反省がなされてきました。
ろう教育だけでなく、もう少し広げて特殊教育全体の話をしました。ろう教育について日ごろ我々が話していることと少しニュアンスの違いも出てきますが、特殊教育全体としては上述のようなことが議論されています。まとめますと、第1に学校自体が柔軟性を持つこと。第2に学校が外のいろいろな機関や人々と連携を持つこと。この2つが提案されているのではないか。内容に関しては個人個人に合った教育をということだと思います。
今、日本の教育、特殊教育という大きな流れの中での反省や、21世紀を前にしての変化について話しましたが、もう1つは、障害者活動というか、障害者観、世界の中で広がっていく障害者の社会参加の活動が教育に大きな影響を与えてきたと思います。全日本ろうあ連盟の活動はとても重要なことですし、親の会とか、ろう学校以外の別なところの意識の変化も重要だと思います。それは一言でいえば、ノーマライゼーションの動きです。ノーマライゼーションという考え方が、20世紀の最後に我々の中に浸透してきました。障害のある人もない人も、社会の一員として社会の活動に参加し、自立して生活をしていくという考え方。それに対等にとか、平等にということをスローガンにしっかり入れる人たちも当然います。障害があるから不利益を被るのではなく、障害があるままに社会を作っていく。そこで自分自身の力を発揮しながら社会を構成していくという考え方が出てきました。
私の印象では、さまざまな障害がありますが、ノーマライゼーションという言葉が出た時に、そことすっとつながったのがろう者の力だと思います。ろう者が持っているパワーをもっと出せるようにしていかなくてはならない。障害というのは、何かができないこととか、不可能なことという弱々しいイメージよりは、ノーマライゼーションの言葉が出てきた時に、ろうの人たちは、手話とか、ろう者が作り上げてきた歴史や文化をもっとアピールしていこう、ろう者らしいやり方があるはずだという考え方につながったような気がします。他の教育の場合にこれほど強くつながったかどうか。まだ勉強不足のところもありますが、障害のある人もない人も一緒にという中で、ある意味ではそれを超えて、ろうであることの力を、この社会で、あるいは教育で発揮できるようにしていこうというのが、ろう運動の中にはあったように思います。