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III.リスクマネジメントと法律:医師法および保助看法と看護記録
 多くの看護管理者および看護婦・士は、「看護記録は法的証拠となる」というが、この「法的」とは、何を意味するか理解する。
1.保健婦助産婦看護婦法と看護記録:業務記録としての意識化が課題
 保助看法に看護記録記載の規定はない。しかし、業務には、業務記録が必要である。
●業務とは、反覆継続して危険な行為をするという専門用語である。(吉川2000)
「業務上過失」:業務上必要な注意を怠ることによって生ずる過失。
例:静脈注射のミスで死亡させた事故 業務上過失致死という刑事責任を負う。
●業務記録は、業務の遂行の適正性を証明させ、それにより行政目的を達成しようとするものである。(厚生省報告)
●保助看法 第5条(看護婦の定義)に規定されている業務
2.保健婦助産婦看護婦法と業務記録
1)保助看法に規定された業務と看護職者の責務
(1)療養上の世話
(2)診療の補助・医療行為
医療行為の責務に関する看護業務基準:日本看護協会「看護業務基準」1995
「医師の指示に基づき、医療行為を行い、その反応を観察する」ことが責務である。
さらに、「医療行為は保健婦助産婦看護婦法第37条が定めるところに基づき医師の指示が必要であるが、医師の指示の実施に際しては、
[1]医療行為の理論的根拠と倫理性(看護婦の倫理規定)
[2]患者にとっての適切な手順
[3]医療行為による患者の反応の観察と対応
 について看護独自の判断が必要である。」
(3)診療の補助・医療行為に関する記載
「医師の指示に基づき実行した医療行為とその結果の記載」が必要となる。
例:鎮痛薬の投与の場合、何を何mg、どのような方法で投与、その結果疼痛はどのように変化したのかに関する記載をすることになる。
2)資格と業務の内容:看護婦・士と医療行為、看護業務:看護の主体性、独自の行為
(1)医師法17条「医師でなければ、医業をなしてはならない」
(2)保助看法第5条
(3)保健婦助産婦看護婦法第37条
「保健婦、助産婦、看護婦又は准看護婦は、主治の医師又は歯科医師の指示があった場合の外、診療機械を使用し、医薬品を授与し、又は医薬品について指示をなしその他医師若しくは歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずる虞のある行為をしてはならない。但し、臨時応急の手当てをなし、又は助産婦がへそのおを切り、かん腸を施し、その他助産婦の業務に当然付随する行為をなすことは差支えない」
3)看護婦の業務の区分
表引用:野崎和義他:看護のための法学、ミネルヴァ書房 1999 P108
医師の指示がなくても行える業務 療養上の世話 看護婦・士の独自の判断と責任において行うことができる。ただし、患者の病状等により、療養上の世話に関する医師の指示がある場合は、これに従わなくてはならない。 例:転倒・転落、熱傷、褥瘡、清潔の援助等は状況により責任
臨時応急の手当(保助看法37条) 保健上緊急の処置を要する状況で、医師の診療や指示を受け難い場合、看護婦・士の医学的知識技術を用いて、通常医師の指示があれば行いうる業務の範囲内において、必要最小限度の処置を行うことができる。 例:蘇生治療の中止
受胎調節の実施指導(母胎保護法15条2項) 厚生大臣の定める基準に従って都道府県知事の認定する講習を終了した助産婦、保健婦、看護婦は、医師の外に、避妊用の器具を使用する受胎調節の実施指導を業として行うことができる。  
医師の指示が必要な業務 相対的医行為 主治医の医師(歯科医師)の指示があった場合、診療機械を使用し、医薬品を授与し、又は医薬品について指示をなすことができる。 例:与薬注射事故、機械器具の事故
医師の指示があっても行えないもの 絶対的医行為 医師(歯科医師)自らが行わなければ衛生上危害を生ずる虞がある行為は、指示があっても行ってはならない。もしも行えば、医師法違反として、2年以下の懲役又は2万円以下の罰金に処せられる。(医師法31条)  
3.医療過誤問題と責任
1)医療過誤問題は、下記の責任の有無が問われることがある。
(1)民事責任民法第709「不法行為責任(過失によって権利を侵害)」
「故意又は過失に因りて他人の権利を侵害したる者はこれに因りて生じたる損害を賠償する責に任ず」
(2)民事責任民法第415「債務不履行責任(医師との準委任契約違反)
「債務者が其の債務の本旨に従いたる履行を為さざるときは債務者は其損害の賠償を請求することを得。 債務者の責に帰すべき事由に因りて履行を為すことを能わざるに至りたるとき亦同じ。」
* 民事上の責任は、患者が被った損害を賠償する責任である。
(3)刑事責任業務上過失(*重大事件は、業務上過失致死罪が問われる)
(4)行政処分医師法、保助看法 免許取り消しや業務停止(*重大事件)
最も多いのが、(1)、(2)民事訴訟
2)医療過誤として法的責任を負うのは次の3つの要件を満たした場合
(1)過失の有無
[1]結果予見義務:危険を認識し、予見する義務
例 この部位の注射で、神経麻痺を起こすことを知っているという注意義務
[2]結果回避義務:危険を回避する義務
予見に基づいて結果を回避出来たか。 安全な部位に注射をすることによって回避できたかどうか。
(2)因果関係の有無:過失と結果の関係
(3)損害発生の有無
4.医師法17条と保助看法第5条、37条との関係から問われる医師への報告、連絡義務
1)医師への報告責任:医師から委託された業務・医療行為の結果について報告
2)医師への連絡義務:異常があると認めた時(急変や異常の予測対注意義務違反)
3)看護婦・士の過失事故保助看法5条、37条
[1]注射・与薬に関する事故 [2]機器操作に関する事故 [3]監視・管理に関する事故 [4]療養上の世話・管理に関する事故
5.記録の必要性証拠保全:医療事故訴訟裁判の資料が診療諸記録となる。
1)証拠保全とは
証拠保全は、裁判あるいは裁判提起前に、患者側の申し立てに基づいて裁判所によって行われる。
全ての記録類が法廷に提出され、事実認定・何が起こったかに関する基本となる。
資料
証拠保全は、改ざん、破棄、隠匿などを防止する手続きである。
[1]医療行為の証拠・事実認定の意味
[2]医療過誤問題における業務上過失や因果関係の判断資料としての意味
現在の医療水準に基づいて問われるが、責任のある医療を行った事実・真実の記載が基本
2)法的証拠とは
証拠とは、法律を適用すべき事実の有無を証明するための材料で、通常は、裁判所が裁判の基礎となる事実を認定するための材料を指す。
(引用:高田 利廣:看護婦と医療行為、看護協会出版会1997)
何かが起こった場合、現在の医療水準に基づいて問われるが、責任のある医療を行った事実・真実の記載が基本である。1H5Wの記載が原則である。
[1]何も書いていない場合
: かっては事実認定ができないとされた。
現在は、書いていない記録は不利益。(押田2000、講演)
例 キシロカインとキシロカインEの記載違い
ショックを起こした裁判 キシロカインEをキシロカインと記載
→予見義務を果たしたかどうかの事実認定に影響する。 正確に、具体的に記載することが必要となる。
例 症状の記載漏れ:見落としあるいは軽視と判断される。
いかに書くかよりは、専門家として意図的に観察する能力や適切な実践力とその質が問われる。
3)急変、重症者、事故発生時点からの記録:事実経過の記録は詳細に記載する。
急変者や重症者、事故が起こった場合には刻々と変化する中で治療・処置が行われる。状況の特徴から患者の状態(客観的事実)行った医療・ケア行為の事実、時間、その結果を刻々と変化する時間系列毎に記載する必要があり、叙述的経時記録が適している。1H5Wの原則。
(1)看護婦・士固有の業務上の問題
: 注意義務・監視義務
看護婦・士が注意するべきところを怠り、患者に不利な結果をきたした場合。
事故発生の可能性を予測し(予見義務)、それを回避する行為(回避義務)
: 記録の実際から学ぶこと:事実認定
 
参考資料
●国立病院リスクマネジメントマニュアルより引用(2000年)
事実経過の記録
(1)医師、看護婦等は、患者の状況、処置の方法、患者および家族への説明内容等を診療録、看護記録等に詳細に記載する。
(2)記録に当たっては、具体的に以下の事項に留意する。
ア 初期対応が終了次第、速やかに記載すること。
イ 事故の種類、患者の状況に応じ、できる限り経時的に記載を行うこと。
ウ 事実を客観的かつ正確に記載すること(想像や憶測に基づく記載を行わない)
●日本看護協会「組織で取り組む医療事故防止」より記録関連を引用
事故の記録
事故発生後に書かなければならない記録として、「経過記録」と「事故報告書」があります。
 まず経過記録に事故をどのように記載すべきでしょうか、2つのポイントがあります。それらは、経過記録には事故に関する事実を経時的に記述すること、経過記録には事故後に患者に実施された治療とその後のケア、および患者の反応について記述することです。前者が行われていないと、事故のもみ消しが行われたかのように思われても仕方ありません。後者の情報は、事故後に患者の状態をしっかりと観察し対応したことを示すことになります。
 
例 Xという事故・問題の場合:客観的な状況が事実かどうかが問われる。
[1]ベットから転落あるいは転倒の危険性を予知した。予見義務
:記録は「転落の恐れあり」「転倒の恐れ」で終わらないこと。
[2]回避義務:どのような対策を実行したのかが問われる。事実の記載の欠如多い。
注射事故も、回避義務安全な部位に実施。静脈注射部位や滴数管理もおなじ。
輸血も、開始後5分、15分起こりうる問題を予見し、回避義務を実行。
低温熱傷や褥創も回避義務。
[3]「ベットから転落している」という記載
・ 転落の現場をみていない場合は、床にどのような状態で倒れていたという事実を記載すること。(図でも良いから観察した事実・状況を丁寧に描写する)
・事故記録とは別に、全身くまなく、フィジカルアセスメント・全身の評価を行い、事実を丁寧に記載する。事故の原因を簡単に「〜のため」と記載しない。
客観的事実・真実であれば記載しても良い。例「睡眠薬の効きすぎか」というような記載は、真実かどうかは不明なので、適切な記載ではない。
[4]異常の発見は、医師への連絡義務および診察の必要性を意味する。
 例:「R平静」「R苦」は記載者の解釈であって、事実は、呼吸数と胸郭の動き、Sp02などの数値である。
[5]異常は、医師への連絡義務・医師の診察と指示、治療・処置が必要である。
: 何時に、医師の誰に連絡、どのような診療・対応がなされたかを記載する。
[6]急変時「家人連絡」という記載が多い。家人では、抽象的誰に(長男とか)、直接?電話?どのように説明したか。医師が説明している場合は、医師が記載し、看護記録には、何々参照とする。家族への連絡を忘れないこと。
[7]家族・誰がどの時点で病院に来たのか。どのように説明したのか。説明を聞いた人の反応はどうだったのかを記載する。
[8]「意識レベル低下出現」という記載。この記載は客観的ではない。JCSで記載。
この時点で何を予測し、何を意図的に観察し、記載するべきか。(監視義務違反)
[9]病名あるいは問題の記載は、医師の記録との整合性が重要となる。
例:「脳出血」、「肺梗塞」というような診断名の記載は避ける。診断は、次になされた医療行為の適切性の証拠として重要な意味をもつ。観察も、実践も異なる、誤診として問われる場合もある。(医師法17条)
[10]行った治療・処置はその根拠を理解し、記載する。医療行為による反応の観察
例:「グリセオール」を開始したとする。一般的に薬品名だけの記載で終わっている。急変に対する指示でなされた場合には、グリセオールXmlどこから、1分間何滴で開始、結果の記載と報告義務:グリセオール開始の目的とその効果を考え、結果・反応を記載する。
[11]15分毎あるいは状況に応じた適切な状況の観察と実行した内容の事実を記載
何も記載がない場合には、何もしていないと判断される。刻々と変化する状態と責任ある行為・監視義務を行いその行為とその結果を記載する。
 
例 急変者、急性期、重症者および事故発生時の記録:叙述的経時記録が適している。SOAPノートやフォーカスケアノートは、その時点で中止する。
特に、事故が生じた場合のアセスメント(解釈・評価)に記載されている内容は、不適切と考えられる記載がある。
例:転倒事故のアセスメント:ユーロジンを服用しているため。
例:眠剤効きすぎている。
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* 項目は、フローシートの目的もかねている。状況に応じて項目を追加することも可能。事実を中心に書き(1H5W)、SOAPノートは中止する。
刻々と変化する患者の状態・状況、実行した行為とその結果(注意・報告義務)を時間を重視し、記載する。








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