第2章 現地調査結果を踏まえた国土保全等の観点からの今後の集落維持・再編施策の方向性
現地調査結果を踏まえた国土保全等の観点からの今後の集落維持・再編施策の方向性
本委員会による現地調査では、下記1のような集落の現状を踏まえ、昭和40年代後半に住居の移転を伴う集落再編整備を実施した山形県小国町及び和歌山県大塔村において、当時の集落再編整備の実施状況について調査を行い、今後の集落維持・再編施策の在り方について検討を行うとともに、両団体での集落の現状とそれを踏まえた集落対策の動向について調査を実施した。 また、これまでに住居の移転を伴う集落再編整備を実施したことのない愛媛県野村町並びに熊本県水上村及び多良木町において現在進められている集落対策と集落対策としての再編整備についての考え方について調査を実施した。
各団体の個別の調査結果については、既に第1章で整理したところであるが、ここでは上記5団体の調査結果を踏まえた今後の集落維持・再編施策の方向性をまとめることとする。
1 市町村による集落の現状認識
平成12年度に総務省が実施した市町村アンケート調査(町村及び中山間地域又は地域振興8法の対象となっている市、2,880団体を対象)では、農業集落全体(調査対象団体に所在する農業集落122,316集落)のうち13,678集落(全体の11.2%)に公益的機能の低下が見られ、1,236集落(同1.0%)が10年以内に無人化、2,553集落(同2.1%)が10年経過以降に無人化する見込みとの結果が出ている。
この結果からもわかるように、現在、公益的機能の維持が困難となっているのみならず、存続そのものが困難と見込まれている集落が多数存在していることがわかる。
また、国土保全の観点から早期に集落対策を講ずる必要があるとした市町村が668団体(調査対象団体全体の23.4%)、将来的には集落対策が必要であるとした市町村が1,015団体(同35.5%)、両者を併せて60%近くの市町村が国土保全の観点からの集落対策の必要性を感じていることが明らかとなっている。
しかしながら、集落における公益的機能の維持保全のための集落対策としては、全調査団体中、耕作放棄地・荒廃林地の維持管理、拡大防止等のための各種対策をあげた団体が1,177団体(同41.2%)、地域営農集団、農協、森林組合等による公益的機能の維持保全活動に対する支援が913団体(同32.0%)と多数に上った一方、住民の移転を伴わない集落の維持・再編成が264団体(同9.2%)、生活環境の改善や行政効率向上のための住民の移転による集落の再編成が49団体(同1.7%)に止まり、昭和40年代半ばから昭和50年代前半にかけて全国で実施された住居の移転を伴う集落再編整備については、その必要性を感じている市町村はわずかとの結果が出ている。
2 昭和40年代の集落再編整備の実施状況と移転に対する住民の評価からみた今後の集落対策の方向性
〜小国町滝集落移転と大塔村の集落再編整備の2つの事例から〜
既述のとおり、昭和40年代の山形県小国町(滝集落)及び和歌山県大塔村の集落再編整備はいずれも住居の移転を伴うかたちで実施された。
集落再編整備に取組んだ経緯としては、大塔村が、国の集落再編整備事業の制度化の動きを受けて、行政側(村、県)から積極的に集落住民に働きかけたものであるのに対し、小国町(滝集落)は、度重なる豪雪災害そして昭和42年の羽越水害が直接的な契機となって集落住民の側から移転の希望が出てきたものである。
小国町では、滝の集落住民から移転の希望が出てくる以前から、居住の困難度をあらわす複数の要件を町で設定し、一定数以上の要件に該当する集落を「居住限界集落」とした。その一方、集落移転が集落住民に幸福をもたらすものでなければならないとの信念のもと「移転3原則」を設け、「居住限界集落」の住民と徹底的に話合いを行い、かつ、住民の意向を尊重するかたちで集落移転の検討が進められた。
そして、住民との話合いの結果、「移転」を選択した集落住民に対しては、「世帯構造調査」、「住民意識調査」及び「生活設計実態調査」を実施、行政側が、移転住民の移転後の就業、生活設計についても、親身に相談にのり、再就職先の企業とも町が折衝を行った。
大塔村では、移転について村議会の同意を得た上で、移転住民の意向調査を実施、小国町と同様に住民の意向を尊重した検討を行い、結果、当初予定された全戸移転を実施した集落はごく一部となり、いわゆる集落移転型ではない集落再編整備となった。
また、結果として集落移転を積極的に展開したと考えられる小国町でも集落対策として、昭和40年代半ばにすべて移転政策を採用してきたわけではなく、むしろ、住民がそこに住み続けたいという以上は「人間尊重」の姿勢で集落の活性化のため必要な投資を行った。小玉川集落におけるコミュニティスクールとしての機能を持たせた学校の整備、国民宿舎等の宿泊施設の整備は住民の選択に対応した集落対策であった。
小国町及び大塔村で移転団地のリーダー的存在である住民からのヒアリングを実施したところ、いずれにおいても、「集落から出てきて本当に良かった」、「後悔している者はいない」との答えが返ってきた。特に「先祖代々の土地を離れられない」、「先祖代々の墓がある」といった移転の障害となる要因について、墓とともに移転した大塔村の移転住民からは「先祖も便利な所に出て来ることができて本当に喜んでくれていると思う。」との感想が述べられていた。
以上から、
・小国町や大塔村では過去の集落再編整備において確かに移転政策を採用したが、両団体の集落移転は、集落住民相互間、行政と集落住民との間で徹底的な話合いがもたれ、あくまでも住民の合意が成立してはじめて実施されたものであることはあらためて確認されるべきである。
・住民が町(村)の中心部や旧村単位の中心集落に移転することが行政コストの削減につながることから、集落移転の目的を行政の効率化に求め、集落住民の意向を尊重することなく行政側の判断で移転を検討するようなことはあってはならない。
人がそこに住み続けたい、奥地集落に住むことが幸せだと考えるのであれば、行政はそれに対して出来る限りの支援を行うことが必要である。
・小国町と大塔村の移転住民は、移転を自ら肯定的に評価している。昭和40年代と現在では高齢化の進展、交通事情の変化など集落を取り巻く環境は変化しているが、集落対策を考えるに当たっては、住民の意向を尊重することは当然のこととして、初めから住居の移転を伴う集落再編という選択肢をタブー視した取組みを行うべきではない。
・どのような集落対策を講じていくにせよ、集落の現状を踏まえた上で集落住民にどのような心のケアを行うことができるかが肝要であり、特に、集落再編整備に当たっては、行政が住民の気持ちになって取組むことが大前提である。
・現在の厳しい集落の現状を踏まえ、行政側としては、社会的経験が豊富な職員を集落問題の担当として配置し、積極的に集落住民の声を吸い上げる努力を行う必要がある。また、若い職員についても、集落対策について問題意識をもたせるような経験を積む機会を与えるべきである。
3 集落の国土保全機能の維持の観点からの集落再編施策のあり方
〜小国町滝集落跡地及び大塔村西大谷集落跡地の現状から〜
小国町滝集落の再編整備では、移転跡地の農地のうち条件の良い所について町が圃場整備を行い、残りの条件の悪い農地を町が牧草地化した。
圃場整備を行った農地は、その一部が夏山冬里により移転住民の手による営農が継続されるとともに、残りの大部分の農地は、滝集落の一歩手前の河原角集落の住民によって、営農が継続されている。
大塔村で数少ない全戸移転を実施した西大谷集落の跡地は、耕作放棄地に植林も施され、林地(民有林)は移転団地等からの通勤林業で適正に管理されていた。
小国町の集落移転は町中心部への移転で、滝集落から移転団地までは約28km、車で現在40分程度である。
大塔村の集落再編整備のうち村中心部の下附団地への移転は複数集落からの移転であったが、今回ヒアリングを実施した住民は、移転団地から現在車で60分ほど和田集落(富里地域)の最も奥地から移転、現在も通勤農業を継続しているとのことであった。大塔村の向山団地は旧村(三川村)単位の中心集落にあり、近隣の奥地集落の住民が通勤農林業の利便性を重視して移転した団地であるが、下附団地に比べ活気に乏しい面がある。このことは、下附団地が地域の中核都市である田辺市中心部まで車で15〜20分程度にある都市的な生活を享受できる場所に位置することも一因であると考えられ、役場所在の中心部への移転の方がモータリゼーションの発達した今日にあっては住民の満足度がトータルで高くなっているように感じられた。
以上から、
・集落に住民が居住し続けた上で農林業が営まれることが望ましいことは言うまでもないが、例えば、集落移転を実施した後の滝集落の夏山冬里、河原角集落住民による営農の継続、西大谷集落への通勤林業の方法による移転跡地の農地・林地の保全は、集落の有する国土保全機能を維持する上で有効であると考えられる。
・集落が自然消滅するシナリオは、国土保全機能を維持する観点から最悪のシナリオとして回避されるべきであり、行政の努力不足により集落の自然消滅を招くようなことはあってはならず、行政としては集落が自然消滅するシナリオを回避すべく最大限の努力を行う必要がある。
・国土保全機能の維持の観点から集落再編整備による移転跡地で農林業が継続して営まれることを可能とするため、移転跡地の基盤整備その他の条件整備について行政が責任をもって一定の役割を果たしていくことが必要である。
・通勤農業と通勤林業の比較では、仕事の性格から通勤回数が少なくて済む通勤林業は通勤農業に比して通勤距離が長くとも差し支えない面があり、林野庁の調査報告でも、「過去の集落消滅に伴う森林整備への影響を調査した結果においても、消滅後の移転先が同一市町村内で、保有する森林の管理等に通うことが可能な場合にはあまり影響がなく、一方、森林所有者が市町村外に移転した場合には森林の管理や手入れが不十分になる傾向が強い」とされている。
・通勤農業についても今回の調査では、移転跡地との距離が車で40〜60分程度の移転団地の住民によって実施されており、作物の種類等で条件に違いがあると考えられるが、国土保全機能の維持の観点から集落移転を検討する際には、必ずしも移転元から至近距離に移転する必要はなく、生活の利便性の向上を考慮して通勤農業の可能な範囲で適地を選定すべきと考えられる。