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(3)排他的経済水域
 
(a)基本原則
 排他的経済水域では、公海と比較して、より複雑な法状況が発生する。
 国連海洋法条約58条1項により、公海に関する87条の適用があるため、排他的経済水域上でも、公海と同じく、船舶には航行の自由が保障されている。他方で、漁業資源の保存と管理については、56条1項により、沿岸国が主権的権利をもつ。61条及び62条は、生物資源の保存と最適利用について規定しており、63条から68条は、特別な漁種について規定している。これらは、沿岸国の「主権的権利」について、とくにその行使に対する国際規制を規定しているか、もしくはそれを想定した規定群である。つまり、沿岸国は、漁業資源の保存と管理について「主権的権利」をもつが、それは、条約上の(sui generis)権利であり国連海洋法条約による規制を原初的に課されているのである(55条)。さらに、これらの規定群に加えて、沿岸国の権利・管轄権と他国の権利(とくに、船舶の旗国)との調整をはかる一般的規定群(56条2項、58条3項など)が存在する。
 排他的経済水域上の外国漁船が、「漁船」であるという理由だけで、航行の自由を制限される根拠はない。もっとも、この航行の自由に対しては、58条1項で、「この条約と両立する」こと、同条3項で、「沿岸国の権利・義務に妥当な考慮をはらうこと」、および、「この部の規定に反しない限り、この条約(及び国際法の他)の規則にしたがって沿岸国が制定する法令を遵守する」という制限がある。他方で、沿岸国の漁業に関する主権的権利については、56条1項(a)の根拠規定の他に、その権利行使について、56条2項、61・62条(特別な漁種について、63条以下)、法令執行の権利について73条等がある。
 関連規定群の解釈として、漁船の航行の自由と沿岸国の主権的権利の関係について確認できる基本的構造は、以下の諸点である。
 第一に、排他的経済水域上の「航行の自由」は、そもそも沿岸国がもつ主権的権利および管轄権の対象事項とは重複しない自由である、という趣旨で規定されている。それからすれば、排他的経済水域上の航行の自由が、公海上の航行の自由と比較して、排他的経済水域であるという理由で、原則の点で、すでに制限を受けているとか相違があるというわけではない。
 第二に、「漁船」であるという理由で、他の船舶に比べて「航行の自由」が制限される根拠はない。そういう区別に根拠を与える規定はない。
 第三に、航行の自由に対して、58条3項は沿岸国の権利・義務に対する「妥当な考慮」という制限を規定しているが、他方で、56条2項が、沿岸国も他国の権利・義務に「妥当な考慮」を払う義務を負うことを規定している。つまりは、原則面での「相互的な」均衡が存在するのであって、少なくとも、航行の自由が、沿岸国の権利との関係で、「片務的」に制限を受けるという構造ではない。また、そもそも沿岸国の「権利」と認められるものについてのみ、考慮をはらえばよいし、沿岸国法令の遵守の義務も、「この部の規定に反しない限り」である。したがって、沿岸国の法令のうちで、「この条約および国際法の他の規則にしたがって」制定されたものに限って、外国船舶およびその旗国に、遵守の義務が発生するのである。かりに、沿岸国が、国連海洋法条約上で認められる権利の範囲を越えた国内法を制定したとすれば、かかる法令を遵守する義務は、外国漁船の側にはない。
 第四に、排他的経済水域の法制度は、国連海洋法条約上の特別の法制度で(sui generis)あり、国連海洋法条約の関連規定に従う限りにおいて他国に対抗できるにすぎない。*39
 このように、基本原則の面で、排他的経済水域上の外国漁船が享受する航行の自由が、公海上の「航行の自由」よりも、排他的経済水域であるからとか、「漁船」であるからという理由で、相違を設けられたり制限されるという解釈はとれない。そうであるとすれば、先に検討した国家・国際実践が、とくに国連海洋法条約の実施として位置づけられている場合には、その評価は、個別具体的な関連規定の解釈によって行われることになる。
 
(b)漁業に対する国際規制と航行の自由との調整
 具体的に、国連海洋法条約の解釈としてこれと整合的か、あるいは、国連海洋法条約の解釈を適切に導く実践であるかという観点から疑問が生ずるのは、たとえば、以下の諸点である。
 第一に、「漁獲」の定義は、明らかに拡大しつつある。国連海洋法条約62条4項が、排他的経済水域沿岸国の、漁業資源の利用に関する法令制定権の規定であり、規制事項を列挙している。無論、同項は漁業活動そのものを規定してはいないが、一定の指針としては参考になろう。そこにあがっている要因と見比べてみても、2000年MHLCの「漁獲」の定義は広い。
 たとえば、サイガ号事件でも問題になった、漁船へ燃料供給は、MHLCでは、漁獲の支援・準備(in support of, in preparation for)として、「漁獲」に含まれ、漁業としての規制を受ける。
 国連海洋法条約の関連規定では、排他的経済水域上で、外国漁船は、他の船舶と同様の航行の自由を享受すると解される。くわえて、国連海洋法条約58条は、87条の航行の自由を挙げた上で、「これらの自由に関連し」た海洋の利用の自由を規定している。次のような論理をとれば、漁船への燃料供給や運搬を、「これらの自由に関連し」た海洋の利用であり、燃料を運搬・補給する自由が認められていると解する余地はある。すなわち、漁船への燃料供給・補給は、「漁獲」とつねに、あるいは、当然に結びつけて解される必要はない。漁船が享受する「航行の自由」との関連で、漁船への燃料供給・補給は、漁船の(漁獲ではなく)「航行(の自由)」をこそ支援・準備する活動であり、58条の「これらの自由に関連し」た海洋利用の自由であると解する可能性もあるのである。その場合には、燃料供給は、「漁獲」には該当しないし、燃料を運搬・補給するために使用される船舶も、「漁船」と解するべきではないということになる。*40 いずれにせよ、「漁船」に燃料補給するのであれば、つねに、「漁獲」の一環であるという解釈が、国連海洋法条約の58条との関係で整合的であるか、また、「漁船」であっても航行の自由を享受しており、その航行の自由の支援・準備のための燃料補給を当然に「漁獲」と解せるのかについては疑問がのこる。
 同様の疑問は、漁獲物の洋上転載と運搬船について、一義的に「漁獲」「漁船」として規制をかけることに対しても生ずる。上述のように、魚の洋上転載が、MHLCでは「漁獲」の一環とされ、その積み荷を運搬する運搬船も「漁船」とされる。「転載」についても、一義的に漁業活動の一環とみなすよりも、個別具体的に転載の実状に即して、場合によっては、公海上の商業活動、商行為ととらえて、そういうものとして、規制根拠を検討する方が実体に即した規制をはかることができよう。運搬船を「漁船」にふくめてVMSの規制をかけることに対しても、転載に対する規制根拠を別途確立した上で、規制をかける方法もあろう。
 
(c)排他的経済水域への入域規制に対する疑問
 国家・国際実践では、漁船が排他的経済水域や条約海域に入域することに対して、事前通報・事前許可の規制をかけたり、VMSの適用が進展している。ここでは、「漁獲」ではなく、むしろ、「漁船」に対する規制への移行がおこりつつあるといえる。「漁獲」の概念を広げて、外国漁船の漁獲に対する規制を強めていくという傾向は、上に述べたとおりである。それにとどまらず、国家・国際実践では、個別具体的な漁獲とは関連のない、つまりは、漁獲を行わない外国漁船に対して、「漁船」であるという理由で規制を実施し、その限りで、漁船の航行の自由を制限する傾向がある。
 国連海洋法条約上で、(規制内容の規定の有無や内容の抽象度の相違があるとしても)公海でも排他的経済水域でも、「漁獲」に対する規制が想定されている。けれども、「漁船」であっても航行の自由を享受するのであって、個別具体的な漁獲と関連なくして、「漁船」に対して、「漁船」であるという理由で、航行の自由に規制をかけることが、国連海洋法条約の実施とか国連海洋法条約の解釈として許容されるかは疑問である。あるいは、実践に対する評価の定まる段階にはない。排他的経済水域では、国連海洋法条約73条1項が、沿岸国により外国漁船に対する規制を規定している。ただし、この規定が、個別具体的な漁獲との関連の有無にかかわらず、外国漁船が排他的経済水域を航行する場合に、適用があるとは解しにくい。*41
 南極生物資源保存条約では、VMSの導入に際して、航行の自由との関係が長期にわたって繰り返し議論された。また、国際執行の要件においても、漁獲が行われていたか(行われようとしていたか)を検証するための船舶検査の権限を、あらためて明定している。後者は、漁船が航行しているだけであるとして、船舶検査を免れようとすることに対する対処ではある。しかし、「漁獲」に対する規制が、「漁船」そのものや漁船の航行の自由に対する規制に近似していくことに対して、少なくとも、条文上の根拠を明確にしているのであり、VMS導入をめぐる議論も含めて、「漁船」に対する規制や漁船の航行の自由に対する規制という、問題の認識が明らかに存在する。そのような意識も充分ではなく、また、議論が尽くされることもなく、MHLCのような漁獲及び漁船の定義や、それらを基準として規制が実施されようとすることは、拙速の感をいなめない。
 しかも、SSAやMHLCの国際執行の要件が、SSAの22条の基本的手続規定を見る限りでは、実質的な執行要件として客観的で実質的な内容を伴う要件が規定されているともいえない。そうであるとすれば、ますます、「漁船」であるという理由で、「漁船」の航行の自由が、なしくずし的に、旗国主義の原則を逸脱した国際執行措置の対象となる危険性をはらんでもいるのである。








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