日本財団 図書館


5.おわりに
 公海では、国連海洋法条約においても慣習国際法においても、船舶の航行の自由は伝統的に保障されてきた。また、排他的経済水域でも、沿岸国の権利との調整という新たな要素がはいりこむとしても、依然として、公海における航行の自由の原則が適用されることになっている。他方で、公海のもう一つの伝統的な自由である漁獲の自由については、実効的で具体的な規制の必要性が、近年ますます主張されている。国連海洋法条約では、漁獲の自由が国際規制に服するという原則と、漁業資源の保存と最適利用のための一般的原則を規定するにとどめた。けれども、漁業に対する国際規制が、条約実践により、そして、国家実践により、具体的に実施されるようになっている。そこで、漁船が船舶として享受しているはずの、航行の自由と、漁業に対する規制との整合性の確保という問題が、現実に浮上してきているのである。
 本稿で考察したように、最近の漁業に対する国際規制の実践では、次の特徴をみてとることができた。一つは、規制の対象となる「漁獲」概念の拡大である。そこでは、現実の具体的な漁獲活動との関連が希薄な活動についてまで、規制が及ぼされる可能性がある。さらに、このように拡大した「漁獲」概念に基づいて、「漁獲のために使用されるか、使用を意図される」船舶に対する国際規制が及ぼされる実践例がある。第二に、現実の具体的な漁獲活動との関連が一層希薄になると、「漁船」であることだけを根拠とするような規制が及ぼされようとしている。ここでは、「漁船」という船種だけが規制の根拠である。
 漁業資源の保存と管理という目的のために、漁船が、およそ漁船であるがゆえに、他の船舶とは区別されるという選択は「立法論」としては無論ありうる。つまり、漁船は、漁船であるがゆえに、他の船舶とは、享受する航行の自由の範囲と程度が異なるという考えもありうるということである。けれども、国連海洋法条約も慣習国際法も、漁船であるという理由で、漁船の航行の自由を特別に制限してはおらず、むしろ、漁船も含めて、すべての船舶に航行の自由を保障している。したがって、現行の実定法との整合性を欠くような条約実践(しかも、明示にあるいは黙示に、国連海洋法条約の「実施」協定であることを称している条約を含めて)や国家実践の意義の評価には、極めて慎重でなければならない。かりに、こうした条約実践や国家実践が、将来的には、現行法の変更要求となり、新たな海洋法を生成していくとしても、現段階では、そのような評価はあまりにも時期尚早であろう。
 「漁獲」や「漁船」といった概念の広狭は、漁業に対する規制手法という技術的な問題にはとどまらない。これは、航行の自由という伝統的な国際法の原則と漁業に対する国際規制との整合的実現という重大な機能を担う問題である。現段階では、こうした問題意識の認識に基づいて、既存法の解釈論から、国際・国家実践の批判的検討を充分に尽くすことが肝要であろう。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION