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(2)公海
 
(a)公海の自由
 公海上で、船舶は航行の自由を享受する(87条1項(a))。船舶が「漁船」であるという理由で、航行の自由に制限を課する根拠は見出しにくい。*34
 たしかに、漁獲の自由は、国際規制に服することが明定されているし、116-120条の規定による制限を受ける。しかし、「漁船」であるという根拠のみで、つまり、具体的な漁獲という活動との関連もなく、航行の自由を制限することができるという解釈については、少なくとも、積極的にこれを支持する根拠を国連海洋法条約に求めることはできない。むしろ、国連海洋法条約が、船舶の種類に関わらず航行の自由を規定している以上、「漁船」であっても、他の船舶と同様・同等に、航行の自由を享受するという解釈の方が、条文からは自然に導かれる。*35 87条の公海の自由の規定も、90条の旗国の権利規定も、船舶を対象としており、「漁船」という区別を想定した規定ではないからである。
 先にみたように、領海では、漁船も原則として無害通航権を享受している。同様に、公海でも、「漁船」も他の船舶と同じく、航行の自由を享受すると解される。この点で、国連海洋法条約は、船舶の航行の自由を、すくなくとも漁船については、「船種」を基準として差異を設けないことにおいて一貫している。
 もっとも、船舶の航行の自由は、公海では、公海の自由の一環である航行の自由として、領海では、無害通航権として実現される。つまり、各海域ごとに、他の国(とりわけ領海では沿岸国)との利益調整において、航行の自由が実現される。*36 したがって、かりに、「漁船」という船種を基準とした航行の自由の制限に根拠はないという点では一貫しているとしても、漁船に対する規制と漁船の航行の自由との調整は、各海域において漁船が有している航行の権利・自由とこれに対抗する他国の権利や利益の調整として、具体的な法規則の解釈によって行わなければならない。このことは、とくに、排他的経済水域について重要である。といのも、排他的経済水域では、沿岸国の権利と外国船舶の航行の自由との関係は、関連規定の多さにもより、複雑となるからである。
 また、公海上の漁業に対する規制の実質という点で、116-120条の規定群が国際規制をはかってはいる。けれども、これらの規定は、具体的な規制措置の規定にはいたらず、抽象的な国際協力義務と、漁業資源の保存と管理のための基本原則および考慮要因の提示にとどまっている。したがって、公海漁業に対しては、国連海洋法条約上の規制が及んではいるが、具体的な内容をもつ実施可能な国際規制が、国連海洋法条約上のこれらの規定のみによって、直ちに実現されるとは解しにくい。
 このように、船舶は航行の自由とともに、国際規制に服しつつも漁獲の自由を享受している。そして、漁業に対しては国際規制が及んでいるとはいえ、その国際規制が、国連海洋法条約上ではかかる段階にとどまっている以上は、漁船が、公海を通航している場合に、「航行の自由」と「漁獲の自由」のいずれを行使しているかという区別を行うことには、さしたる実益はない。なぜなら、漁業に対する国際規制が具体的に実施される状況にあれば、特定の状況においてある船舶が、漁獲の自由を行使しており、それに対する国際規制の適用がありうるのか、それとも、そもそも、航行の自由を行使しているのであって、漁業に対する国際規制の適用はないのか、という区別は、漁業に対する国際規制という法的効果をもたらす要件である。しかし、漁業に対する国際規制が、国連海洋法条約のような段階にある以上、ここにいう区別は、さほど厳格に行われる必要はないからである。それゆえに、公海上の船舶の活動について、「航行」か「漁獲」のいずれに該当するかという議論が、従来は、特に注目を受けなかったのである。*37
 ところが、公海上の漁業に対して、具体的な規制措置が設定され、さらには、旗国以外の国が漁船に対して執行措置をかけることが想定されるにあたり、状況が変化する。たとえば、「漁獲」に対する国際規制が実施されるとしても、同時に、漁船の航行の自由が保障されるためには、漁船が、「漁獲」を行っているのか、航行の自由を行使しているのかという認定が不可欠となる。また、先にみたように、規制の仕方によっては、「漁獲」という活動や行為態様を規制しているというよりも、実質的にはもはや、「漁船」というだけで、規制をうけるとすら考えられるような場合もある。そこでは、「漁獲」あるいは、「漁船」を対象として、国際規制を実施する場合に、かかる船舶が享受する航行の自由が変質しているのではないか、あるいは、もはや漁船には、航行の自由が、他の船舶と同様には保障されていないのか、といった疑問すら生ずるのである。
 
(b)漁業に対する国際規制と航行の自由との調整
 原則の点で、「漁船」であるという理由で、航行の自由に制限を受けることがないとすれば、「漁獲」の定義と、これを根拠とする規制の動向の中に、漁獲の規制と漁船の航行の自由との調整のあり方を探ることになる。
 この点で、南極生物資源保存条約体制での、「漁獲」の定義に関する発展は注目に値する。先に確認したように、同条約体制では、多くの要因を挙げて、「漁獲」の推定を認める一方で、この推定を覆す可能性を認めることでバランスをはかっている。かつ、同条約体制では、国際執行の要件において、漁獲に従事していたか(しようとしているか)を認定するための執行を明示に認めることで、規制の実効性を担保している。
 これに比較して、2000年のMHLCでは、かなり広い「漁獲」の定義をおく。しかも、条約の名称には明記していないが、2条で、国連海洋法条約とSSAにしたがった漁業資源の保存・管理を目的とし、4条で、国連海洋法条約およびSSAとの整合性を規定している。はたして、国連海洋法条約の解釈として、かかる広い漁獲の定義が国際実践で支持をうけて定着するかは、今後の動向をみる他はない。しかも、MHLCは、「漁船」の定義にしたがって、VMSを導入している。こうした、「漁船」であることを根拠とした、航行に対する規制が、国連海洋法条約の解釈と整合的であるかも疑問である。
 MHLCの締約国相互の間で、かかる規制が実施されても、それは、MHLCの合意が根拠となる。けれども、MHLCが、国連海洋法条約との整合性を「自称」しようとも、MHLCの実施が、国連海洋法条約の解釈として、MHLCの非締約国で国連海洋法条約の締約国である国に対して、当然に対抗できるとはいえない。
 
(c)公海上の執行措置
 執行措置について、慣習国際法上も国連海洋法条約上も、海賊など国際法が決定する一定の場合を除けば、公海上の船舶については、旗国が排他的に管轄権を行使する。すなわち、他国による干渉を認めないという旗国主義が原則である。この点で、公海上の執行措置における旗国主義に対して、SSAは、例外を設定した。SSAは、基本的には、公海漁業の規制のために、旗国主義を強化する趣旨である(18、19条など)。しかし、それに加えて、一定の条件で、公海上での旗国以外の国による執行を認めている。その「一定の条件」を構成する、重要な基準が、「深刻な違反(serious violations)」である(21条8項、11項)。
 21条1項により、旗国以外の国であっても、地域的漁業機関や協定の当事国は、それらの設定する保存・管理措置の遵守を確保するために、漁船に対して、乗船及び船舶検査を行うことができる。もっとも、保存・管理措置の違反(contrary to)を信ずる明白な根拠があっても、その段階では、検査国は、証拠確保とともに、旗国通報の義務を負い、まずは、旗国がそれに応じた措置をとることを要請される。しかし、船舶検査の結果、「深刻な違反」が行われているという明白な根拠(clear grounds)があり、かつ、通報を受けた旗国がそれに応じないとか、同条6、7項が要求する措置を取らない場合には、検査官は、漁船にとどまり、証拠を確保したり、最も近い港まで当該漁船を航行させることができる。
 21条1項の乗船・船舶検査の手続や要件は、地域的漁業機関その他を通じて決定されることになるが、そうでなければ、22条に基本的手続の規定がある。22条は、検査官が、身分証明を行うこと・船舶と旗国間の連絡を阻害しないこと・検査後は直ちに下船することや、旗国が、船舶が検査官に協力するように確保することなどを規定している。乗船・船舶検査後に、それ以上の証拠確保などの措置をとるための要件が、「深刻な違反」の明白な根拠であるが、「深刻な違反」の定義は、21条11項にある。そこには、許可のない漁獲・漁獲やそれに関連するデータの記録の不保持・禁漁期間の漁獲・禁止されている漁具の使用・船舶登録の詐称や隠蔽・検査に関する証拠の隠蔽などが列挙されている。
 この「深刻な違反」の定義を評価するために、ある程度は参考になるのが、国連海洋法条約の62条4項である。国連海洋法条約では、「漁獲」あるいは「漁業活動」の定義は、無害通航権の関連規定にもない。62条4項は、排他的経済水域沿岸国の、漁業資源の利用に関する法令制定権の規定であり、規制事項を列挙している。*38 排他的経済水域においても、公海と同様に船舶の航行の自由が保障されることに鑑みれば、公海上の船舶の航行の自由と漁業規制との関係について、排他的経済水域に関する規定である62条4項を指針として参考にすることも、あながち排除はされないであろう。
 SSA21条11項の規定する「深刻な違反」には、国連海洋法条約62条4項が規定する沿岸国法令の規制事項の違反が殆ど含まれている。また、それ以外に、登録詐称とか、証拠隠滅などが含まれている。つまりは、漁業規制を実施するにあたって、規律事項としておよそ予測される要因のすべてについて、その違反が「深刻な」違反であると定義されているに等しいのである。先にみたように、SSA21条では、旗国以外の国が乗船・船舶検査をすることができるとしても、「深刻な違反」でなければ、あくまで、その後の実際上の措置は、旗国がとるのであり、検査国は、旗国通報を義務づけられている。検査国が船舶検査に基づいた実際の措置をとることができるのは、まさに「深刻な違反」を要件としているわけである。このように、旗国主義の例外として重大な意義をもつ要件であるにもかかわらず、およそ「深刻な」という要件が「要件」としての限定を伴っていないことには、疑問の余地が残る。しかも、SSAの国際執行制度は、2000年のMHLC(これも国連海洋法条約との整合性を「自称」し、SSAと同様に、国連海洋法条約の実施協定とみなされる可能性が大きい)は、SSAの「深刻な違反」の定義を援用し(25条4項)、別途の合意が成立しなければ、SSAの21、22条の国際執行関連規定の適用を予定しているのである(26条)。








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