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3.国家・国際実践の検討
(1)公海に適用のある条約実践
 
(a)「漁獲」および「漁船」の定義の拡大傾向
 執行措置の対象として、「漁獲(fishing)」の定義を行った例には、1980年南極生物資源保存条約がある。条約規定では、24条が、基本原則を規定するにとどめるが、締約国は、「遵守と船舶検査の制度(System of Observation and Inspection)」の採択・改正を継続してきている。*12 そこで、1995年には、「漁獲」の定義を、リストの例示的列挙という方法で実現した。*13 これによれば、列挙されている要因があれば、科学調査や生物資源の採取を行っているという「推定」がはたらき、それとは反対の主張をする漁船の側が、立証責任を追う。また、規定ぶりからして(have been engagedと、have been commencing such operations)、「乗船検査まで継続したかそれまでに完了」した採取も、これから行おうとする採取についても「推定」が成立することになる。
 さらに、1995年には、1980年条約24条2項の(b)が、「遵守と船舶検査の制度」において改正された。この改正は、船舶が、科学的調査や生物資源の採取を「行っていたかもしくは行っているかを判断するため」にも、乗船・検査を行うことができることを明定したものである。*14 これは、船舶が、「航行しているだけである」と抗弁して、乗船・検査を拒否するという常套手段に出ることに対処するためであり、執行を実効的に行うための改正である。つまりは、漁船の「航行の自由」を盾とした規制からの逃避に対して、漁業の規制を強める改正であると評価できよう。
 2000年のMHLC*15 でも、1条(d)が、「漁獲(fishing)」の定義条項であり、いくつかの活動を列挙している。*16 これは、かなり広い「漁獲」の定義例である。というのも、たとえば、「漁獲」は、捕捉・採取などの結果になると「合理的に期待できる」いかなる活動も含む。それのみならず、「漁獲」は、ここに挙げられた活動の、支援(in support of)や準備(in preparation for)をも含む。なかでも、転載(transhipment)は、支援や準備に該当することが明記されている。転載を、このように「漁獲」に含めて規制の対象とすることを、「漁船(fishing vessels)」の定義においては、MHLCは、次のように一貫している。MHLC1条(e)は漁船を定義しているが、*17 「運搬船(carrier vessels)」が「漁船」に含まれることを明記しているのである。したがって、たとえば、洋上で漁獲物を転載してこれを運搬する船舶も、転載において「漁獲」を行ったと解されるのであり、転載を終えて運搬するだけの船舶も、「漁船」として規制の対象となるのである。また、漁獲のために使用される船舶のみならず、「使用を意図される」船舶を「漁船」に含むことは、規定ぶりから明白である。この「使用を意図される」という趣旨を、「運搬船」や「補助船舶(support ships)」にも反映させて解釈するとすれば、転載や運搬を行うための使用を意図されている船舶のすべてが(現実に転載・運搬や補助活動を行っているか否かにかかわらず)、ここにいう「漁船」に含まれることになる。後にみるように、「漁船」には、船舶探査制度(vessel monitoring system、以下、VMS)による規制が予定されており、また、「漁獲」対しては、当該条約に固有の国際執行制度の設立が予定されている。つまり、運搬船であっても、また、転載や運搬を予定する船舶であっても、「漁獲」あるいは「漁船」としてここに確認した意味で該当する限り、これらの規制措置の対象になるということである。
 なお、漁船の定義条項については、起草過程において、運搬船(carrier vessels)以下の文言を削除するべきであるという主張もあったとされる。すなわち、これは、転載を終えて運搬する船舶を、漁船として規制対象に含めるのは適当ではないという見解である。しかし、運搬船以下の文言は、現行規定のように残存している。
 他方で、「漁獲」の定義規定のなかに、「転載」が明記されている以上、「漁獲のために使用される」船舶、という規定の中に、転載船も含まれる、という解釈も否定はできない。このように解するのであれば、「漁船」の定義において、そもそもcarrier vesselsの文言をいれることは、確認の意味はもつかもしれないが、規定の重複であり、不要であるともいえよう。
 「漁船」の定義が与えられたことは、(後述のように、乗船検査については、その対象は、文言上、「漁獲」による限定が付されているか、少なくとも、そのように解することができるので、「漁船」であるからといって、当然に、乗船検査の対象にはならないが)「漁船」であることを規制基準とする規制措置が実施されるにあたって、重要な意義をもつ。
 
(b)「漁獲」の自由と航行の自由との区別の必要性
 「漁獲」に対する国際規制が具体的に設定され、しかも、SSAのように、旗国以外の国による船舶への執行措置を予定するのであれば、「漁獲」に該当すれば、公海上であっても、旗国以外の国による執行を受ける可能性がある。「漁獲」に該当すれば、「航行の自由」の保障が排除されて、国際規制の対象となるのである。
 後述のように、公海上の漁業に対する国際規制が、具体的内容を伴う実施をまつ段階では、公海上の漁船が、漁獲の自由を行使しているのか、航行の自由を行使しているのかの区別は、とくに意識される必要性も乏しかった。しかし、「漁獲」であれば、国際規制が具体的に実施される段階となり、しかも、旗国以外の国による執行まで予定されるとなると、「漁獲」に該当し、換言すれば、「航行」を行っているのではなく、航行の自由の保障が排除される場合の認定が重大な意義を帯びる。
 ところが、昨今の条約実践における「漁獲」の定義は、ここに挙げた例をみる限りでは、拡大傾向にある。はたして、MHLCが国連海洋法条約の実施協定であるとすれば、同条約が、「漁獲」概念を拡大し、反比例的に、漁船の「航行の自由」を縮小することが、国連海洋法条約の解釈として正しいかは、依然として、議論の余地があろう。また、南極条約のような、国連海洋法条約との関係を具体的には規定していない別個の条約が、「漁獲」の定義を、航行の自由とのせめぎ合いの中で洗練させていることは、実践として重要である。これが、慣習法としてどのように定着するのか、さらには、国連海洋法条約の解釈・適用に影響を与えるような実践となるかは、今後も慎重な検討を要しよう。
 漁船の航行の自由との関係で、より深刻な効果をもつのは、「漁獲」ではなく、「漁船」を対象とする国際規制への移行である。
 
(c)「漁船」に対する規制措置
 MHLC24条8項は、VMSの関連規定をおき、具体的な実施手続については、将来的に決定されることになっている。条約適用海域に存在しており、「漁獲を行う漁船(fishing vessels that fish)」が、VMSの対象である。先にみたように、「漁船」の定義にしたがって、およそ漁船であれば、VMSの対象となるのか、それとも、24条8項の「漁獲を行う」という規定を、「漁船」に限定を加えていると解して、現実に、具体的な活動として「漁獲」を行っている「漁船」だけをVMSの対象とするのかは、必ずしも明らかではない。「漁獲を行う(fish)」という規定ぶりからすれば、現実に漁獲を行っているとか、漁獲活動をまさに行おうとしているとか、あるいは行っていたという意味ではなく、「漁獲を行う船舶」つまりは、「漁船」という意味であろう。しかし、そうであるならば、上記のように定義したはずの「漁船(fishing vessels)」という概念を用いればよいのであって、fishing vessels that fishなどという表現は無用の混乱をまねくだけであろう。いずれにせよ、「漁船」の定義は、「漁獲」の定義と密接に関連しているために、VMSの対象の特定にとって、「漁獲」の定義規定の解釈が意義をもつ。1条(d)(v)にいうin support of, in preparation forも含めて「漁獲を行う」と解すれば、かなり広い範囲の船舶が、VMSの造用をうける。先にみたように、「転載」は「漁獲」に含まれるのであり、また、1条(e)のcarrierが、転載終了後の運搬船を含み、加えて、転載としての使用を意図されている船舶を含むという解釈も否定はできない。そこで、24条8項の「漁獲を行う」という規定を「漁船」に対する制限と解するか否か、また、その意味は何かにも関わるが、魚を運搬する(だけ)の船舶であっても、転載および運搬を行うために目的地へ航行しているだけの船舶であっても、VMSの対象となる可能性はある。
 その他に、VMSの規定をもつ条約としては、1994年中央ベイリング海スケトウダラ保存管理条約(以下、ベーリング海条約)がある。同条約は、11条1項で、「漁船」の定義をおき、11条3項(a)でVMS制度を規定する。「漁船」は、生物資源の商業開発のために使用されるか使用を意図される船舶と、かかる操業に「直接に従事する(directly engaged in such fishing operations)」船舶である。MHLCなど、近年の「漁獲」の定義やこれを受けた「漁船」の定義よりは、ベーリング海条約の「漁船」の定義は、限定的であるとはいえる。漁船からの転載については、11条3項(c)により、魚とその加工品の転載が行われる場所を、他の締約国に事前通報することが義務づけられている。
 さらに、南極生物資源保存条約の締約国間でも、1994年のイギリスによる提案もあり、VMSが議論されている。しかし、一方で、公海上の「航行の自由」や、領海内の無害通航権に背反するという理由だけではなく、他方で、沿岸国の主権への干渉であるという理由による反対もある。
 いずれにせよ、VMSは、MHLCやベーリング海条約の規定でも確認できるように、「漁船」に対する規制であって、「漁獲」を基準とする規制とはいえない。なぜなら、「漁獲を行う船舶(vessels that fish)」とか、漁獲のための「使用を意図される」船舶という規定であって、「漁業を行っている(which is engaged in fishing、which is fishing)」といった規定ではないからである。すなわち、規定ぶりからして、漁業活動を現に行っているとか、まさに漁業を行おうとしていることは、VMSによる規制を実施するための要件であるとは必ずしも解されないのである。この点こそが、「漁獲」よりも、「漁船」であることを根拠とする規制へ近づいていく側面である。そして、漁船が、漁獲を行っている場合には、漁獲活動そのものに対して規制を受けるとしても、「航行」しているときに、はたして、漁船の航行の自由を、「漁船」であるという理由だけで規制することができるか、という問題が、ここに生じてくるのである。
 「漁船」であるという理由で、一定の海域への入域を規制することも、一層明確にこの問題を顕わしている。
 
(d)条約適用海域への入域規制
 ベーリング海条約は、条約適用海域への入域規制を、次のように規定している。11条3項(c)は、条約適用海域への入域の意図を、48時間先だって、入域する船舶の旗国が他の当事国に通報することを規定している。さらに、この手続については、整備が予定されてもいる。
 カムコ号事件で問題となった、フランス国内法の例にもみられるが、国内法で、排他的経済水域への漁船の入域規制を行う例がある。それらについては、後述する。








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