5 今回の調査
(1)調査の目的〜(3)海上交通流の変化
さて、9月10日から21日まで、私を含めたJTCA調査チームはハロン湾を含む海域の調査を実施しましたので、その結果を「項目の5」以下で述べさせていただきます。
<ハロン湾を含むの海域図>
先ず、この調査の目的について述べます。
世界の趨勢として、外国貿易の大型船舶が入港する港を整備して、この港を接続点として、道路、鉄道という陸上輸送手段や沿岸海上輸送手段とを結び、国内各地への輸送の効率化を図っています。
総合的な輸送ネットワークの構築と言うインフラの整備が重要なものとなっています。
ハイフォン港、カイラン港、カンファ港などは、ヴィエトナム北部地域の経済発展を担う基幹港湾基地として重要な役割を果たすものとして開発が進められていることはご存知のとおりです。
<ハロン地域イラスト>
これらの状況を背景に、今後これらの港湾への大型船舶の入港が大幅に増加し、また、これらの基地を輸送の接続点として、沿岸・内水船舶の出入り・往来も増加し、この海域における船舶交通の輻輳化が相当に高まることが見込まれます。その中でもカイラン港については経済発展を背景に計画されている港湾整備が進めば入港船舶の数は5年後には約1、5倍、10年後には3倍近く伸びるとの試算があります。
また、世界遺産として指定されている「ハロン湾」観光も更に活発化し、また地域の活性化に伴い漁船の操業も一段と盛んになると予想されます。
一方、後で申し上げますが、ハロン湾内の水路の地理的、気象的な環境は、船舶操船者にとっては厳しい航行環境と言えます。
以上のような「船舶交通流の変化」と「厳しい航行環境の特性」から、ハロン湾を航行する船舶の安全を確保するために有効な対策の早期実行が強く求められるところです。
また、万が一の船舶海難発生に備えて、流出油防除体制の整備が望まれるところです。
この調査は、これらの状況を十分に把握し、具体的な安全対策を提示するものです。
(4)ハロン湾の環境保護
ハロン湾においては、現在のところ、大量の油の流出事故は発生していません。しかし、バルブ操作ミスなどによる船舶からの油の流出が時々みられます。
今後、この海域への入港船舶が増加した場合、この種の船舶からの油の流出やゴミの投棄などによる海洋汚染の拡大が懸念されます。
また、万が一、過日のブンタオにおけるような事故が発生した場合には、ハロン湾の環境に影響を及ぼす可能性があります。
このほか、地域住民や観光客などから投棄されるゴミ等による海上汚染が最近目立ってきていることから、これらのゴミなどの回収も必要になってきています。
(5)基幹航路の評価と安全対策
<カンファ港への水路図を含む海域図>
今回の調査は、カンファ港、クワオン港へのアプローチ水路とカイラン港へのアプローチ水路、すなわち、大型船舶が入港する二つの基幹水路について、船に乗って海上から調査を行いました。
これらの基幹水路を中心に、私達の評価と提案する安全対策についてお話をします。
<ソイデン灯台などの写真>
先ず、この図の東側に水路がある「カンファ港クアオン港へのアプローチ」について話をします。
外洋からの入り口であるSoi Den灯台は、島の上に非常に目立つ標識となっており、またその入り口に至る南西方向の航路には大型の灯浮標が並列に設置されていました。
同灯台からBai Tu Long湾東部に至る大型船舶の通る島嶼間の水路は、2〜3箇所の航路の曲折はあるものの、要所要所には灯標や灯浮標が設置されていました。灯標については、後述のカイラン港に至る水路にある灯標に比べて大型であり、かつ設置場所である島端の傾斜が鋭くないため、航行船舶から見易いものとなっていました。
Bai Tu Long湾からクアオン港、カンファ港に至る水路については、昨年実施した調査では、要所要所には標識が設置されているとの報告がみられます。
以上のことからみて、このアプローチ航路については、航路標識の配置面では比較的十分な整備がなされていると思われます。
しかし、詳細調査を実施していませんが、灯具などから判断すると光力が弱いなどの問題は存在すると推測されます。
一方、カイラン港、ホンガイ港、B12石油基地へのアプローチは、各種船舶の入港が増加し、今後益々重要になると思われますが、カンファ港方面に比較して整備が十分でないように見受けられました。
このため、こちらのルートについては、少し詳しくお話をします。
<全域図もう一度>
この図では分かり難いかもしれませんが、このアプローチ水路は、南部と北部では異なる航行環境にあります。
すなわち、南部は島が点在する間の比較的水深の深い自然の水路となっています。一方、お分かりのように、北部は浚渫により切り開かれた浅くて狭い水路です。この違いは安全対策についても異なった視点で考える必要があります。
以下、それぞれの水路の、航行環境の評価と必要とされる安全対策についてお話をします。
<南水路図>
南の水路について、現状の評価をしてみました。
先ず、約19kmに及ぶ島々の間の長い水路であり、一部可航幅が狭くなっている箇所があり、注意を要します。
航路に近接して岩や暗礁、水深8m(これは浚渫水路の最も浅い水深ですが)、8mより浅いところがあります。
また、約45度の大変針をする箇所があります。特に島の陰になっていて、相互に接近する相手の船がレーダーでも把握できないところがあります。特に大型船同士がこの海域に差し掛かった時には、注意が必要です。
そのうえ、特に、冬季に、濃霧によって著しく視界が制限されることが多く、それぞれの箇所で危険が生じることが予想されます。
今回の調査時にも、濃霧が発生時した時の危険性を指摘する人がありました。
以上のことから、この水路は大型船舶の操船者が特別に注意を要する水路と言えると思われます。
このような状況からみて、安全対策として必要と考えられることをお話します。
現状の図は、左の図です。右の図は、安全を強化した図です。
先ず、この水路で最も必要なことは、「航路標識の設置間隔が開いているところ」や「岩や浅い箇所の近く」に航行の安全を確保するための灯浮標を増設することです。
特に霧やスコールなど視界が制限される状況下での安全確保に有効と思われます。
また、外洋からのアプローチポイントとしてホンバイ灯標は重要な標識です。全方向からよく見えるように標体を大きくし、レーダービーコンを設置するとよいと思います。
その他、入港船舶が右側通航をする目標、船舶の変針目標として活用できるように、Lach Buom水路との分岐点付近に灯浮標を設置することは非常に有効と思います。なお、この水路は将来北側の浚渫水路の船舶交通が多くなった場合小型船舶の補助ルートとして使用される可能性があります。
<昼間、見えにくい灯浮標>
なお、この水路に設置されている灯標が、昼間の視認性が悪いことが、元船長として操船者の立場から見て気になりました。機会があれば、標体を大きくする等、操船者からみて、昼でも標識が見易いものにすることが望まれます。
<北部水路図>
次に、北側の水路についてお話をします。
この水路での問題点は、何よりも、「浚渫水路の幅が狭い」ということです。
この浚渫水路は約6.5kmの長さがありながら、幅は80mしかありません。
この水路の幅は、日本や欧米とは当地の状況が異なると言えども、大型船舶を通航させる水路としては非常に狭いと言えます。
いろいろ調べましたが、航路幅について世界的な統一基準は今のところありません。それぞれの国や地域レベルで研究が行われ、その結果をそれぞれが採用しているのが現状です。これらの国々の航路と比較すると、やはりこの航路幅は狭いと言えます。
日本では、船の長さをベースに航路幅を決めています。
欧米では船の幅をベースとして航路幅を決めています。後者の「幅」をベースにした欧米で採用されている航路幅に比べても、ハロン湾内の浚渫水路幅は狭いと言えます。
この水路は、欧米並みに拡幅することが望まれます。
しかし、ここでは、水路の拡幅については触れません。現状について、評価及び安全対策について述べることにします。
一言で言えば「狭い故に、より一層強化した安全対策が要求される。」と言うことです。「広い水路よりも危険性が高いから、一段と高い安全措置が必要だ」ということです。
なお、ハロン湾を含む海域を油による環境汚染から防ぐためにも、重要なことは船舶事故の防止であり、事故防止のためには、安全対策を強化する必要があると言うことは、お分かりいただけると思います。
現状について、考察してみました。
この狭い水路において大型船舶同士の行合いが無いように調整しているとのことですが、小型の船舶との行き合いは認めているようですね。
また、特に喫水の深い船については、潮位をみて入港させているようです。
船のことを知っている方はご存知と思いますが、大型船舶については、「余裕水深」が十分に確保されないと「浅水影響」が生じます。
また、行合い船や漁船を避けるために浚渫航路の側壁に接近すると「側壁影響」が出ます。
これらは船の運動性能に影響を及ぼします。
私も、浅いところでの浅水影響を体験したことがあります。舵を取っても船がなかなか変針しないものです。
なお最初の方で日本の東京湾内で発生した大型タンカーの「ダイアモンドグレース」の事故では、側壁影響があったと言われています。
この狭い水路では、潮流や風がある場合は、大型船舶はその影響を受け、非常に慎重な操船が要求され、操船に難しさが加わります。操船者には相当のストレスが掛かります。風については一昨日池田先生等がハロン湾へ行ったときにかなり強い風が吹いたと聞いております。
潮流については、私たちの調査時、1〜2ノット程度の潮流が認められました。
私達の調査の後、日本でパイロットにこの水路の状況について説明して意見を聞きましたら、私の感じた状況と同じような意見でした。
この狭い水路において、タンカーを含め大型船舶についても夜間入港が行われているようです。また、南水路と同じですが、濃霧によって視界が制限される場合があります。特にこのような状態では、この水路の危険性が増します。
このようないろいろな安全上の問題から、次の安全対策が必要と考えています。
特に、現在狭い浚渫水路の両側に設置されている灯浮標について、これらの状況に適応し、特に航行船舶の安全性を高める航路標識、システムの整備が必要であると思います。
<同期装置ブイ>
先ず、第一に、夜間、狭い水路の形状を視覚的に捕らえられるようにするため、両側に配された全ての灯浮標を「同期点滅方式」とすることが極めて有効です。
是非、早期に設置して欲しいと願っています。
灯浮標の振れ回りが大きいと、狭い水路を更に狭くしてしまいます。振れ回りを最小化する方法を考える必要があります。
2点係留方式をお勧めします。日本では、特に狭い港湾入り口のブイに採用しています。
夜間や特に霧が発生した場合には、浚渫航路入り口を早期に確実に捉えることが重要です。入り口の灯浮標を大型化し、レーダービーコンを付けるなど機能を高めることが有効です。
バイチャイ灯台には、導標機能を付加することも有効と思います。
ホンガイ港沖の錨泊船は将来少なくなるのでしょうか。荷役のため、また入港や行合い調整の待機のために、この海域で錨泊や漂泊する船があるとすれば、乗揚げ防止のために周辺の浅いところを示す標識の設置が望まれます。
<文字表示>
次に、設置されている航路標識の全体に共通な事項について申し上げます。
全体的にどの航路標識も光力が弱いと思われます。光力のアップが必要です。
また、どの航路標識にも電球交換器が付いていないようです。これではたった一つの電球が断線すると消灯したままとなります。これは安全上問題であると思います。
現在の電球式のものを、LED(発光ダイオード使用)の灯器に換えた方がいいと思います。
先に説明しましたように、LEDは、見やすく、耐久性に優れ、また発光効率がよいものです。
重要な航路標識には、消灯監視システムやレーダービーコンを設置するとよいと思います。
なお、将来の状況について考えてみました。
将来的には、カイラン港地区への大型船舶の入出港の大幅な増加のみならず、ハイフォン港、カンファ港など近隣港湾にも入出港船は増加すると思われます。このような状況に伴い、幹線航路及びフィーダー航路における船舶往来が輻輳化するため、広域的な航行援助施設の見直し、整備が必要になると思われます。
この場合、電子海図やAIS(Automatic Identification System)などの新しい機器類の普及、GMDSS体制の整備などに応じて、船舶の「安全かつ能率的」な運航を確保するために、ハロン湾内における海上交通に関する情報提供と航行管制を一元的に行うVTSシステムの整備が必要と考えられます。
なお、AISが2002年から義務化されます。今後整備されるVTSについては、AISの普及に伴い、効率化、省力化が進み、現在のVTSよりも小規模な設備、少人数の体制で十分であるといわれています。
スエーデンでは、AISの導入によりVTSの一つの局を削減したとのことです。
浚渫水路北端からクアルック水道に至る海域については、将来、浚渫水路の拡幅とも関連しますが、この海域の船舶交通流の変化によっては、日本の海上交通安全法のような「法定の航路」を設定する必要性が生ずると思われます。
その場合には、法定航路を明示する灯浮標の設置が必要となります。
以上、いろいろな話をさせて頂きました。大型船の入港、入港船の増加、各ルートの交通輻輳化をよく見定めて段階的に航行援助施設を整備する必要があると思います。
なお、浚渫水路に設置される灯浮標は、浚渫水路が拡幅される場合にも、その時点で必要な位置に移設すれば済むもので、新しいものを設置する必要はありません。南の水路に設置するものも同じです。
(6)維持管理、(7)教育訓練
<文字表示>
バックグラウンドとしての維持管理及び教育訓練について、調査報告書には書きましたが、ここでは要点のみ話をします。
航路標識の保守・管理が十分に行われていないように見受けられました。点検・整備を効果的に実施するため、ワークショップの充実化が必要と思われます。
また、設置する航路標識の機能向上に関連して、これら標識の管理、運用に従事するヴィエトナムの職員に対して、航路標識維持管理トレーニングを行うことが重要であると思っています。
(8)ハロン湾における油流出事故対策
<貨物船 乗揚げ写真>
さて、今までは、事故防止のための安全対策について、お話をしてまいりましたが、残念なことに、この世の中で「事故をゼロにすること」は不可能なことです。
ハロン湾内においては、現在までのところ大量の油の流出事故は発生していないとのことです。
しかし、万が一ブンタオにおけるような事故が発生した場合には、ハロン湾の自然環境に影響を及ぼす可能性があります。
この万が一の船舶からの油流出事故発生に備えた体制を、あらかじめ整備して置く必要があると思います。
<B12石油基地の設備写真>
現在B12石油基地に備えられているオイルフェンスなどの資器材やタグボートだけでは、ハロン湾内における事故に対応するものためには、決して十分なものとは思えません。
このため、油流出の状況に応じた防除を行う体制の一つとして、次のような油防除設備の整備が望まれます。
一つは、オイルフェンス、油処理剤、油吸着材などの油防除資器材の整備です。
オイルフェンスは、先に写真や図で示したように、少なくともB12石油基地のものに加えて、事故船舶を2重に囲むことができる長さのもの及び拡散した油を集める作業、例えば2隻の船で曳いて油を集めるのに必要な長さのものが必要と思われます。
<油回収船写真>
もう一つは、流出油を集めてオイルスキマーで回収できる船の整備です。
しかし、油回収専用船は使用機会が少なく経済的でないことから日本では、この写真の船のような日常的には港湾内でゴミの回収に当たり、ミスによる流出油や船舶事故による流出油の回収に当たる船が多くの港に整備されています。
この船は放水設備で油処理材を散布することも出来ます。日本では、油処理、ゴミ処理をする船は20トン以上の船が約150隻程配置されています。
<海上のゴミ>
この写真は、調査の時に撮影したものです。左のものはクアルック水道の岸壁で撮影したもの、右の二つはハロン湾の観光コース、鍾乳洞の船着き場付近で撮影したものです。観光コースには、この他にもゴミの帯が見られました。ゴミ回収による環境保全の観点からも、このような多機能の油回収船を整備することが有用であると思います。
6 おわりに
<BONVOYAGE>
以上、いろいろと話をしてきましたが、駆け足で説明不足なところがあったと思います。疑問の点、さらに聞きたいことがありましたら、この後の「質問」のところで、お願いいたします。
最後に、繰り返しになりますが、ベトナム北部地域の経済の発展とハロン湾地域の環境保全を共存させるためには、船舶事故の防止が何よりも重要です。
このための、航行環境の厳しいこれらの水路については、より一層の安全対策の充実化が求められます。
その重要性、必要性について、皆様方のご理解をいただければ幸甚です。
以上、発表を終わらせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。