吟詠のさらなる発展のための提言 舩川利夫先生に聞く
吟詠上達のアドバイス 第55回
舩川先生は本年度も夏季吟道大学の講師として、受講生、研修吟詠の矯正を担当されました(
本誌四、五ページ参照)。一方、吟詠発声法の方法論づくりは、八月十一、十二の両日行なわれた少壮吟士特別研修会で、各担当吟士が執筆した原稿をもとに、内容の具体的検討が始まりました。
船川利夫
舩川利夫先生のプロフィール
昭和6年生まれ。鳥取県出身。米子工業専門学校卒。
箏曲古川太郎並びに山田耕作門下の作曲家乗松明広両氏に師事、尺八演奏家を経て作曲活動に従事。現代邦楽作曲家連盟会員。
若くして全日本音楽コンクール作曲部門一位、NHK作曲部門賞、文部大臣作曲部門賞なとを受賞されるとともに平成4年度(第8回)吟剣詩舞大賞の部門賞(吟剣詩舞文化賞)を受賞されている。
数多い日本の作曲家の中でも邦楽、洋楽双方に造脂の深い異色の作曲家として知られる。
おもな作品に「出雲路」「複協奏曲」その他がある。
また、当財団主催の各種大会の企画番組や吟詠テレヒ番組の編曲を担当されるとともに、夏季吟道大学や少壮吟士研修会などの講師としてこ協力いただいている。
自分を表現する技術(2)
ラクダからウマへ
本誌
吟道大学では大変お疲れ様でした。先生は永年この大学の講師をお勤めですが、今年の受講生の研修吟詠はいかがでしたか。今月の標題である「自分を表現する技術」とからめてお話いただきたいのですが。
舩川
皆さんが良い吟詠を目指して一所懸命やっておられる、その意気込みはよくわかりました。しかし効果が出ていない。ほとんどの人が腹に力を入れすぎて、いわゆる「引き音」になっていますね。
本誌
というと、具体的には?
舩川
声が体の内側にこもってしまって前へ出てこない。みんな、腹に力を入れて歌うと、よく通る声が出てくると勘違いしているんじゃないかな。自分の声を生かしていない。損してますよ。
本誌
聞き手に向かって吟じていた人を後ろ向きにしたら、かえって声がよく通ったことがありましたね。
松川
そう。引き音というのは声が背中のほうに響くものですから、後ろへ回ったほうが良く聞こえる。後姿が美しい女性ならまだ楽しみがありますが、後ろで聞く吟詠というのは、あまり頂けませんねえ。
本誌
それに関連して先生は、ラクダの口とウマの口の話をされましたが。
舩川
ええ。ラクダは上下の唇が覆い被さっていて歯を見せませんね。品よく見せようとするからでしょうか、研修生の中にもラクダさんが大勢いました。発音が「ア、エ、イ」のときでも歯を見せないで歌う。これだと声が口の中にこもってしまって、外へ出てこない。反対にウマは歯を惜しげも無く見せるでしょ。だからウマの口にしなさいというのです。
本誌
ラクダを治すにはどうすればいいのでしょうか。
舩川
鏡の前で歌って、自分で治すしかないけれど、一般的に言えるのは、口の周りの筋肉に力が入りすぎていること。これは多分、いつも教えてくれる先生が「発音は口を大きく動かして」などと厳しく言うものだから、それに気を取られすぎるせいだと思いますよ。声が声帯で生まれて、いい共鳴を作って口まで出てきたとしても、口の筋肉の力みで固い声になったのではなにもなりません。
本誌
「ン」の発音も同じような印象を受けましたが。
舩川
「ン」の発音を吟詠では、唇を閉じて声を出すように教えています。本来は「ナ、二、ヌ」などのNと同じで、舌を上あごの歯の付け根に密着させて出す音なのです。それをなぜ、唇を閉めて、と教えるかといえば、そうすることによって舌の力をゆるめ口の中の共鳴する空間を大きくして、ふくよかな音を作るためなのです。ところが実際は多くの人が唇を閉めるのと同時に歯まで食いしばって「我は薪を拾わ“ンー”」とリキんでいる。これではまったく逆効果です。
本誌
口の形は正確に、しかし口と顔の筋肉はリラックスして…。けっこう難しそうですね。
鼻がかり一辺倒はダメ
舩川
稽古ごとは形から入って、それを乗り越えなくては本物でない、といわれます。そこまで練習しないと本当の自分の持ち味を出すことはできないということでしょうね。
本誌
練習、練習ですね。しかも正しい指導者のもとで…。とはいっても、例えば発音ひとつとっても、地域による特性など、なかなか解決しにくい問題があると思いますが。
舩川
これは難しい。研修吟詠で気になったのは「エ」の発音。中国、四国地方の人は大体、口の形が「イ」に近くなっている。自分も周りの人も皆が同じようにおかしいから、おかしいと思わなくなる。これを治すのは、標準的発音の吟を何回も聞いて、耳から教育するしかないでしょう。
本誌
邦楽、とりわけ吟詠のボイストレーナーという人は居るのですか。
舩川
いません。洋楽には沢山います。邦楽も洋楽も母音の発音は一緒だから、洋楽のトレーナーについて勉強するのもいいと思います。特に共鳴の理屈なんかは進んでいるし…。
本誌
母音の発声にしても、吟詠では鼻にかける声が独特の味を出しているように思われますが。
舩川
特に女性の吟詠家に目立ちますね。
本誌
でもそれは、わるいことではないのでしょう?
舩川
いや、わるいですね。なぜかといえば、鼻がかりだけで、頭声(額や頭蓋に共鳴させる)が響いていないからです。鼻にかけるために、ノドをわざと締め付けて、固い声を作っている。
本誌
自分をうまく表現するためには、身体全体を使って響かせなければいけない。これが今回の結論のようです。