日本財団 図書館


第1章  総 論
1.1 研究の背景と目的
 沿海を航行する船舶の安全には、航路上の気象・海象を精度良く予測することが重要である。このためには、精度の高い数値気象予測モデルの構築が不可欠である。本研究では、瀬戸内海で発生する霧の予測モデルの精度向上をはかる。
 気象現象による海難事故の主要原因の一つである海霧については、現象に地域性があり複雑な要因があるため、数値モデルによる予測が難しいとされてきた。しかし、最近では気象理論の進歩と計算機性能の著しい向上により、この障害は小さいものとなりつつある。
 当協会の「局地気象モデル」(ANEMOS;Advanced Numerical Environmental and Meteorological Operation System)は、気象庁から提供される広域の気象場を表現する数値予報格子点値(GPV;Grid Point Value)を用いて、さらに小規模な気象現象を予測するモデルである。このモデルを局所的な海霧の発生・消滅を再現できるよう改良し、その実用化を目指した研究を行う。具体的には、局地性や時間変動性が強いとされる海上における霧の発生から消滅までを、数値モデルによって精度よく再現する技術の向上を図る。
 これにより、海霧の影響で海上視程が変化する様子を定量的に予測することができるようになり、気象庁の発表する濃霧注意報や海上霧警報を補完する形で、航海船舶へより詳細な気象支援情報を提供するための技術が確立される。さらに、悪視程下での船舶同士あるいは地物への衝突・接触事故の防止に大きく貢献するだけでなく、視程好転の予測情報を活用することで効率的な航行に寄与する。
1.2 研究の概要
 本研究の全体の概要を図1.1に示す。この研究は平成13、14年度の2ヶ年計画の1年目に実施したものであり、次の事項について研究を進めた。
 
1. 霧発生事例の抽出
 霧の発生する気象条件について既存研究成果を参照し、瀬戸内海において過去5年間に発生した霧による気象災害の事例を整理分析する。
 
2. 気象データ・検証データの収集
 霧モデルの計算及び計算結果の検証に必要なGPVデータ、一般気象データ(気象観測データ、視程計データ、水温データ等)、衛星画像、天気図等の関連データ・資料を収集し、それぞれの作業に適するよう整理する。
 
3. 局地気象モデルの改良
 局地気象モデル(ANEMOS)をべ一スに霧発生の物理過程をより高精度なものに改善する。平成13年3月に更新され、より高精度となる気象庁数値予報モデルの格子点データ(GPV)をANEMOSに取込む部分(境界条件・初期条件の設定)の改善を行う。
 
4. モデルの動作試験
 モデルをいくつかの単純な条件下で計算して動作確認を行う。次に、現実の海洋・気象条件をGPVにより与え、霧発生の再現計算を行って、検証データとの比較を行う。
 
5. とりまとめ
 本研究成果をとりまとめる。
図1.1 平成13年度霧予測実用化研究の全体概要
 
1.3 研究の経過
 この研究を推進するに当たり、当協会内に次の委員会を設置して、研究計画の策定、研究の推進及び検討を行った。
平成13年度「沿岸・内湾での霧予測実用化研究」 委員会委員
委員長 鳥羽良明 東北大学名誉教授
委 員 澤井哲滋 気象庁予報部大気汚染気象センター 所長
 〃  中西幹郎 防衛大学校地球海洋学科    助教授
 〃  山本 哲 気象研究所環境応用気象研究部 主任研究官
 〃  門野英次 川崎汽船(株)安全運航グループ  課長
 〃  大須賀祥浩 川崎汽船(株)安全運航グループ  副部長
 〃  奥村研一 日本気象協会開発本部     本部長
 〃  有沢雄三 日本気象協会開発本部     開発調整部長
 〃  岡田弘三 日本気象協会開発本部     専任主任技師
 〃  鈴木 靖 日本気象協会首都圏支社    数理応用課長
 〃  中野俊夫 日本気象協会首都圏支社    主事
事務局 中村丸久 日本気象協会開発本部     調査役
1.4 研究の成果の概要
 この研究の成果は、第2章から第8章に詳しく述べるが、各章を要約すると次のとおりである。
 
 (第2章)
 海難事故時に注意報・警報が出されていたケースは全体の23.5%であり、そのうち波浪注意報(32.3%)、濃霧注意報(18.6%)の順に海難の発生が多い。瀬戸内海地方気象官署で霧の発生が多い地点は、山口、広島、松山などで、年間15〜20日程度であり、月別では6月に多い。また、洲本付近、小豆島南部から備讃瀬戸、燧灘中央部、来島海峡から安芸灘付近で霧が発生しやすい。
 
 (第3章)
 霧発生に関与する物理過程から瀬戸内海の霧発生に適した気象条件を類推した。それによると、[1]風速が弱く、安定層が存在し、[2]大気を冷やす冷たい海面があり、[3]暖かく湿った空気の移流がある時に、霧は発生しやすいことが分かった。
 
 (第4章)
 局地性や時間変動性が強いとされる海上における霧の発生から消滅までを精度よく再現するためには、小規模のスケールの局地循環を再現でき、水蒸気の凝結、蒸発過程を組み込まれた数値予報モデルが必要である。本章では今回使用したモデルの概要をまとめた。
 
 (第5章)
 霧計算の精度を検証するため、AMeDAS地点における風速・風向・降水量・気温データ、GMS雲画像(可視画像、赤外画像)、気象庁レーダー解析雨量データおよび雲解析情報図、気象台の視程データ、また、瀬戸内海近辺における飛行場の視程データ、NOAA海面水温データ等を収集した。
 
 (第6章)
 気象庁GPVを初期値として、格子間隔5km、600km四方で計算を行い、格子間隔2.5kmにネスティングした。[1]1999年5月13日と[2]1998年5月17日の2事例について、数値実験を行い、解析を実施した。
 
 (第7章)
 1999年5月13日の事例をもとにネスティングの回数と適切な水平解像度について考察した。また、霧発生に海面水温が重要であるため、分解能の細かい海面水温データが要求されることがわかった。
 
 (第8章)
 霧予測モデルを改修し晴霧・雨霧の計算を行った結果、晴霧は定性的に十分再現できることが示された。解像度の高い格子による計算を行った結果、領域は少なくとも300km×300km以上が必要であることが分かった。また、水平分解能をあげると低分解能では霧の発生していない地域にも、霧の発生が予報されることが示された。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION