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第3部 解析作業部会による研究成果
3.1 概要
 平成7年度以来継続してきた電子化事業により、膨大な「海上気象報告」が電子化され、気候変動の厳密な解析ができるようになってきた。そこで、平成11年度から専門の研究者から成る解析作業部会を設置し、解析研究を推進してきた。第3部では、平成13年度における解析作業部会の成果を収録する。
 
 題名:北半球海面水温場に見出されたレジームシフト、再訪―熱帯大気変動との関係―
 著者:安中さやか・花輸公雄(東北大学大学院理学研究科)
 要約:南方振動の活動度と、1910年代から1990年代までの期間中に北半球海面水温場に見出されたレジームシフトとの関係を調べ、レジームシフトの特徴を議論した。この結果、南方振動に同期して変動する変動を取り除いた残差海面水温場においても、安中・花輪(2002)が同定した6つのレジームシフトが検出できることが確認された。さらに、1970/71年と1976/77年の2つのレジームシフトは、南方振動のジャンプと同時に発生したものであること、一方、他の4つのレジームシフトは、中・高緯度で独自に発生したものであることがわかった。この事実は、レジームシフトを2つのグループに分類できることを示している。
 
 題名:北太平洋偏西風域における長期変動解析に関するノート
 著者:轡田邦夫(東海大学海洋学部海洋科学科)
 要約:統合海洋気象データセット(C0ADS)の時系列による1950年代以降の経験的直交関数(E0F)の最低次モード(寄与率32%)は、北太平洋中・高緯度域における西風の増大傾向を示し、アリューシャン低気圧の強化に特徴づけられる海面気圧の低次モードと対応する。40年間における西風の増加量(約1.6 ms-1)は、同時期の海面気圧勾配から求めた地衡風の増加量(約1.0ms-1)より有意に大きく、相違の要因としてC0ADSデータにおける測定誤差(風速計高度の変化)が示唆される。第二の問題として、同海域における東西風・風速に対する複数のプロダクト間の年代別相互比較を通して長期変動解析への影響を吟味した。その結果、NCEP再解析データは1960年代以前にはC0ADSより大きいという系統的相違が顕著であるが、1970年代以降はほぼ近い値を示す。一方、風速計の高度変化に対する補正が成されたIMMTデータとの比較は1970年代以降における両データ(C0ADS,NCEP)の過大傾向が明らかである。また、1980年代以降使用可能なECMWFデータは他のデータに比べて有意に小さいなど、長期変動解析においてプロダクト間のバイアスを考慮する必要性が明らかとなった。
 
 題名:神戸コレクションを用いた20世紀初頭の熱帯域の海面水温と他要素の相互関係
 著者:小司晶子(気象庁 気候・海洋気象部海洋気象情報室)
 要約:現在デジタル化を進めている1890年から1932年の期間の神戸コレクションと米国の海洋気象統合データセット(C0ADS)を用いて、大気大循環の熱源となる熱帯域での海面水温の変動と、対流活動および貿易風との相互関係について調査を行なった。この結果、1910年〜1932年の期間で、エルニーニョ現象時にみられる気候状態が他の気象要素にも表れている期間が確認された。また、要素によっては、エルニーニョ現象時に見られるはずの兆候が認められない期間もあり、これらの理由として、データ数が少ないことが推察され、また、要素によっては、品質管理や解析手法について改善が必要であることが示唆された。
北半球海面水温場に見出されたレジームシフト、再訪
―熱帯大気変動との関係―
安中さやか(東北大学大学院理学研究科)
花輪公雄(東北大学大学院理学研究科)
 
<要旨>
 南方振動(S0)の活動度と、1910年代から1990年代までの期間中に北半球海面水温場に見出されたレジームシフト(Yasunaka and Hanawa 2002:YH)との関係を調べ、レジームシフトの特徴を議論した。
 まず、南方振動指数(SOI)に対する回帰分析により、SOと同期して変動する海面水温や大気の状態を求めた。回帰された大気の場は、西太平洋(WP)、太平洋/北米(PNA)、熱帯/北半球(TNH)のテレコネクションパターンが混合しているものであった。次に、このSOIに線形的に応答する変動を元のデータから差し引くことによって、残差海面水温場を得た。この場に経験的直交関数解析を行ったところ、もっとも卓越した変動モードには、北太平洋中央部に中心を持つ偏差と、それを取り巻く符号が逆の偏差が出現した。しかし、熱帯太平洋には顕著な偏差は出現しない。そして、この変動は、PNAパターンの活動に応答する信号であることもわかった。このことは、YHが記述した元の海面水温場に見出された卓越モードは、南方振動に同期した変動と、中・高緯度に起源をもつPNAパターンの活動に応答する変動とが結合したものであることを意味している。一方、次に卓越したモードは、元の海面水温場に対するものと同様、北極振動に対応するものであった。
 以上の結果を用いて、YHによって同定されたレジームシフトを、SOIと上記の残差海面水温場に対する2つの卓越したモードを用いて再検討を行った。その結果、SOに同期して変動する変動を取り除いた残差海面水温場においても、YHが同定した6つのレジームシフトが検出できることが確認された。さらに1970/71年と1976/77年の2つのレジームシフトは、SOIのジャンプと同時に発生したものであること、一方、他の1925/26年、1945/46年、1957/58年および1988/89年のレジームシフトは、中・高緯度で独自に発生したものであることがわかった。この事実は、レジームシフトを2つのグループに分類できることを示している。すなわち、1つは中・高緯度で閉じたレジームシフトであり、他の1つは熱帯太平洋の変動と強く結びついたレジームシフトである。
 
1.はじめに
 われわれの先の研究(Yasunaka and Hanawa、2002:YH)において、1910年代から1990年代にかけて、北半球の海面水温(SST)場に、少なくとも6回のレジームシフトが起こったことが見出された。さらに、PNA(太平洋/北米)パターンとA0(北極振動)にそれぞれ対応するEOF(経験的直交関数)解析の第1・第2モードを組み合わせて、レジームシフトに伴う変化をうまく記述できることを示した。
 これまで、PNAパターンを励起する要因として、太平洋熱帯域からの遠隔強制(たとえば、Horel and Wallece,1981)と、偏西風の不安定などによる中緯度プロセス(たとえば、Pitcher et al.,1988;Karoly et al.,1989)の2つが知られている。特にdecadalスケール変動において、PNA活動度の変化が熱帯域からの強制によるものか、中緯度SST起源の強制によるものか、まさに議論が行なわれている最中である。
 そこで本研究では、見出されているレジームシフトが、太平洋熱帯域の変動とどのように関連しているのかを調べるために、熱帯大気変動に伴う変動と、中・高緯度独自の卓越変動とを抽出し、それらを用いてレジームシフトの分類を試みた。
 
2.データと解析手法
 COADS(統合海洋気象データセット)と神戸コレクションから作成したSSTの格子化データを使用する。また、SLP(海面気圧)、500 hPa高度、SSW(海上風)の格子化データも使用する。さらに、熱帯大気変動の指標としてSOI(南方振動指数)を用いる。このうち、比較的データのよくそろっている1951-1997年の47年間を、時系列解析に使用する。SSTは1-3月、大気場は12-2月の3ヵ月平均を冬季と定義する。
 解析は以下の手順による。まず、SOIに線形回帰させたSST場は熱帯大気と同期して変化するものであるとし、これを元の時系列から差し引くことにより、SO(南方振動)とは線形独立な残差SST場を求める。この残差SST場に、EOF解析等を行い、どのような大気強制の場と関連するかを調べる。さらにその場が、SOIの変化とどのように関連しているのか、もしくは関連していないのかを調べ、各レジームシフトの特徴をみる。
 
3.結果
 SOIに回帰させたSSTおよび大気循環場を図1に示す。これらの回帰場は、よく知られたいわゆる「ENSOモード」であった。実際、回帰された500 hPa面高度場は、西太平洋(WP)、太平洋/北米(PNA)、熱帯/北半球(TNH)のテレコネクションパターンが混合しているものであった。
 一方、SOIに同期した変動を差し引いた残差SST場に対してEOF解析を行ったところ、最も卓越する変動には(北太平洋残差SST場のEOF第1モード:RNP1;図2)、北太平洋中央部に中心を持つ偏差と、それを取り巻く符号が逆の偏差が出現した。しかし、熱帯太平洋には顕著な偏差は出現しない。そして、この変動は、PNAパターンの活動に応答する信号であることもわかった。このことは、YHが記述した元の海面水温場に見出された卓越モードは、南方振動に同期した変動と、中・高緯度に起源をもつPNAパターンの活動に応答する変動とが結合したものであることを意味している。さらに2番目に卓越する変動は、元の場と同様にA0に関連する変動(北大西洋残差場EOF第2モード:RNA1;図3)であった。
 S0に伴う変動、および残差場に卓越する2つの変動モードを用いてレジームシフトの再検討を行ったところ、SOに同期して変動する変動を取り除いた残差海面水温場においても、YHが同定した6つのレジームシフト(1925/26年、1945/46年、1957/58。1970/71年、1976/77年および1988/89年)が検出できることが確認された(表1)。
 残差SST場に卓越する2つのEOFモードは、各レジームシフトで逆方向に、有意かつ大きなシフトを示す。SOIは、RNP1と逆、RNA1とは同じ方向に変化するものの、その大きさは有意でないときが多い。各々のレジームシフトの空間パターンを比較すると、SOIの変化を伴うレジームシフトは、熱帯太平洋で大きなSST変化を示す。一方、SOI変化を伴わないレジームシフトは、熱帯太平洋のSST変化がないか、もしくは中央部に限られていた。再現されたレジームの軌跡を図4に示す。残差SST場に卓越する2つのモードは、第2象限と第4象限の間を行き来する。一方、S0Iはゼロ近くにあり、1971/76年のレジームのみが大きな正の値をとる。
 以上のことより、レジームシフトはPNAパターンとAOが同時にシフトして起こっており、1970/71年と1976/77年のレジームシフトは、それに加えてSOIの変化を含むことが分かった。これは、太平洋熱帯域と中高緯度域の関係が異なる2種類のレジームシフトが存在することを示唆している。
(なお、本研究は「Regime shifts found in the Northern Hemisphere SST field,revisited-Linkage to the Southern Oscillation-」by Yasunaka and Hanawaとして日本気象学会英文誌「Journal of Meteorological Society of Japan」に投稿された。)
 
参考文献
Horel,J.D.and J.M.Wallace,1981:Planetary-scale atmospheric Phenomena Associatedwith the Southern Oscillation.Mon.Wea.Rev.,109,813-829.
Karoly, D.J., R.A. Plumb and M. Ting, 1989: Examples of the horizontal propagation ofquasi-stationary waves. J. Atmos. Sci., 46, 2802-2811 .
Pitcher, E .J., M.L. Blackmon, G.T. Bates and S. Munoz, 1988: The effect of NorthPacific sea surface temperature anomalies on the January climate of a general circulation model. J. Atmos. Sci., 45, 173-188.
Yasunaka ,S. and K .Hanawa, 2002: Regime shifts found in the Northern HemisphereSST field. In press in J. Meteor: Soc. Japan, 80(1)
 
図1. (a)冬季SOIの規格化された時系列と、それに回帰させた(b)SST、(c)SSW、(d)500hPa面高度、(e)SLPの場。(b)、(d)、(e)の等値線間隔は、それぞれ、0.1℃、10m、1hPa。陰影は相関係数を示す(図下のバーを参照)。破線は負の等値線。
 
図2. (a)北太平洋残差SST場に対するEOF第1モード(RNP1)の規格化された時係数と、それに回帰させた(b)SST、(c)SSW、(d)500hPa面高度、(e)SLPの場。(b)、(d)、(e)の等値線間隔は、それぞれ、0.1℃、10m、1hPa。陰影は相関係数を示す(図下のバーを参照)。破線は負の等値線。








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