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緩和ケアにおける価値観
 国立病院四国がんセンター 亀島 貴久子
 
1. はじめに
 
 私がこの研修に望んだ一番の理由は、日頃のターミナル期の看護に自分自身が納得がいかずジレンマを感じていたためである。また数年前はバーンアウトになりそれが尾を引いて自分自身の中でチェンジが出来ずにいる自分に葛藤していたためである。そんな中で以前より興味のあった緩和ケアを勉強したいという気持ちが強く、また、それによって自分を取り戻す契機になればという思いでこの研修を希望したのであった。
 研修の課題は、症状マネージメントを修得する、進行がん患者の心理的特徴と援助を学ぶ、家族援助論について学ぶをあげたが、講義を受けていく中で「価値観のすり合わせ」という言葉に小原信氏の言葉を借りれば「ガバ」を感じた。価値観という言葉は日頃何気なく使っている言葉ではあるが、真の深い意味合いを理解して使っていただろうかと考えさせられた。価値観は生命観・人生観・死生観などを踏まえた上でのものであり、それは人によって異なる、異なることを理解した上で人を尊重していくことが重要である。
 
2. 患者・家族と看護者の自分との関係の中での価値観
 
 看護の人間観・健康観・医療観を理解して、価値の多様性を受け入れる土壌が必要で、患者・家族と医療者との価値観の相違を埋めていくことが重要である。がん患者にとって全人的な痛みの中でも霊的痛みの比重は高く、また霊的痛みを癒すことが出来るのは家族であること、そのためには患者と家族の価値観を尊重して自分との価値観の違いを埋めていくことが重要であることを学んだ。また、患者・家族の価値観は病気という背景の中では、価値観は未熟であり状況によって変化しうるものであることを念頭においてその都度確認していくことが必要である。そして、その価値観に医療者は沿うように援助することが大切である。
 患者と家族が価値観を表出できる医療の場は、パターナリズムの関係ではなくパートナーシップの関係でないと成立しないと考える。本当の意味での患者と医療者の対等なパートナーシップの関係の中で対話が生まれて、相手を受け入れる心のゆとりが出来て信頼関係が成立するのである。そうなると嘘の無い会話が持てて、本来の価値観を引き出すことが出来る。
 講義の中で山形謙二先生は、患者にとって最も必要なことは、自分が決して孤独ではないことを知ることと、自分を愛し共感してくれる人がいることを実感できることであると言っている。
 また、その技術としてはコミュニケーションスキルがあるが、[1]非言語的コミュニケーションを重要視すること、これは患者に安心感と慰めを与える。[2]時間を与えること、これはベッドサイドに座り込み、時間がないときは時間を限定して次の訪問の約束をする。[3]傾聴的態度で接すること、これは患者主導の関係を構築することで、語ること(Speaking)より聴くこと(Listening)すること(Doing)よりいること(Being)。患者の気持ちや思いに対して、医療者からの忠告やアドバイスを与えない。Open ended Questionを活用して、返答の困難な場合は反復して聞き返すことも必要である。[4]理解的態度で接すること、これは患者の言葉を反復するか要約して返しながら会話を進めていく、憶測はしないで素直に尋ねる。[5]全的サポートを示す態度で接すること、これは病気と医療者も一緒になって闘っていることを伝えて、最後まで患者を見捨てることなく、ベストを尽くすことを約束する。[6]患者の固有性を尊重すること、これは患者の名前を使う、患者固有の人生に興味を持つことである。[7]誠実な対応を心がけること、これは安易な励ましは避けて、決して嘘はつかないことである。
 より良い倫理的意思決定においても価値を理解することは欠くことのできないものである。患者が意思決定した目標に向かって、私たち医療者は援助していく必要がある。
 
3. チームメンバーの中での自分の価値観
 
 価値観は人それぞれであり、違って当然である。人はそれぞれの価値観で行動していて、その価値を認めることが大切で、違った価値観を話し合いの中で共有していくことが大切であると痛感した。また、お互いが相違を発見して是正していくことにもなる。それが、「価値観のすり合わせ」になっていくのではないかと考える。
 私は、今までその点での労力が足りなかったのではないかと考える。相手を認めて自分の中に一度入れてみて、噛み砕いて消化してみる。そして、自分の考えをまとめて意見を述べることが必要である。人は顔が違うように価値観が違い、考えが違って当然である。話し合うことによって、自分の中になかった価値観を得て、心の器が広がっていくのである。
 肩の力を抜いてフレキシブルに行動し、自分のいい面も悪い面も認めて肯定できる自分を育てることも大切である。
 また、意見を述べるときは人に理解を得る方法として、こういう考えや理論の基にこのように考える・思うと述べることが出来ないと、人を説得することが出来ないし、自分を理解してもらうことも出来ないことがよく解ったことである。
 メンバー間での価値観の共有の方法としては、カンファレンスや事例検討がある。さらに良いことを次の患者に出来るようにすることを確認して、患者に提供する看護の質を高めるために、また自分たちの専門性を高めるために行う必要がある。
 
4. ホスピスマインド
 
 一般病棟の中で緩和ケアを展開していくためには、ターミナル期になった時点でギアチェンジを行う必要がある。治療主体の流れの中で緩和ケアを行っていくためには、環境は変えることは不可能であるが、医療者が精神的に切り換えて、ホスピスマインドを展開していく必要がある。ハード面は困難でも、ソフト面は医療者のありようによっていくらでも充実させることは可能である。
 WHOの緩和ケアの定義は「緩和ケアとは治癒的治療に反応しない病気を持った患者に対する積極的トータルケアである。疼痛やその他の症状、及び精神的・社会的・霊的問題をコントロールすることが最優先課題である。緩和ケアの目標とは、患者とその家族にとっての、最高の生命の質を成し遂げることである。」とある。「ペーシェントからパーソンヘ」「患者と家族は1ユニットである」といわれるのも当然のことである。
 がん患者は手放す(喪失体験)を繰り返している。自分の大事なものをひとつずつ失っている。今、大事と思っていることと、最後に残るものが異なったりする。大切なことはその都度患者に訊くことが必要である。つまり、患者の心のドアをノックすることが重要である。医療サイドの価値観で相談しても意味がない。患者・家族と医療者の価値観は異なる。
 緩和ケアにおける看護婦の役割を、講義の中で田村恵子先生は以下に示した。[1]看護婦の存在自体が患者に緩和的に働くこと [2]緩和的観察を行うこと、これは患者が症状をどのように解決したいと思っているのか、その場にコミットメントしていくことが大切である。[3]患者のニードや望みに注意を傾け、患者自身がよりよい方向を選択できるように支える、これは患者がいかに自己決定して、選択できるかということになる。[4]患者の希望を育む場をつくること、これは真実を伝えることから希望が考えられるようになる。[5]患者の立場を擁護すること、社会が変われば医療のコンセプトも違ってくるので、その状況に応じたものである。[6]デスエデュケーションを行うこと [7]チームアプローチを行うこと、緩和ケアにおいてはチームアプローチなくしてはやれない、一人で出来ることは全くないのである。
 私達は、それぞれのがんの経過を知って経験を持つことが大切であり、疾病経過を総合的に視野に入れて看護を考えることが重要である。
 ケアの土台は症状コントロールと心のこもったケアである。絶望の癒しとして希望を与えるケアを行う必要がある。「近未来」に生きることは子供が結婚するまで、孫の顔を見るまでと小さな目標を立てて、それに向かって歩むことが、生きがいになり希望になっていく。また、「今」に生きることは今日一日に集中することにより、自分の人生をよりよくコントロールできるのである。自分の人生をコントロールして生きることは、病気はコントロールできないが、自分の意思に基づいて、一番したいこと・一番気持ちの良いことなどを選択していくのである。最後は「人生の総括」への援助、「自己実現」への援助、そして、「死の準備」への援助である。宗教観が入れば、「永続的価値観への目覚め」の援助と続く。生きていて良かった、生きていることの手応えを感じるような行為を成し遂げることが大切で、迫り来る死への準備と子供・孫への人生のバトンタッチを行う援助である。
 
5. おわりに
 
 価値観を焦点化して深めることが出来たと考える。全人的な痛みの中で最後まで残る痛みは霊的な痛みである。それは価値観との関連性が強い。ケアのゴールは良い死であり、それは、患者と家族が苦悩から開放された死、患者と家族の希望と価値観に基づく死、臨床的・倫理的かつ文化的基準に合致した死とある。
 今回の研修を受講することによって、今までの自分を振り返り、自分の看護を整理して見つめなおす良い機会となった。また、いのちの意味を多面的に捉えて、死生観を深めることが出来た。ターミナル期における患者・家族に対峙できる自分でありたいし、個々の患者が人生の最期をその人が望む終わりを完結できるような援助をチームメンバーと協働して展開していきたいと考える。
 緩和ケア研修で学んだ知識と技術を、自分のものとして展開できるように日々研鑚していきたい。「看護ケアにテクニックは必要だが、ケアはテクニックではない。」心に残った言葉である。
 
参考文献
1) 山形謙二:人間らしく死ぬということ.海竜社.2001
2) 小原信:あかさたな.以文社.2001
3) 恒藤暁:最新緩和医療学.最新医学社.2001
4) ガン患者ケアのための心理学:真興交易医書出版部.2000
5) 平成13年度緩和ケアナース養成研修講義資料








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