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緩和ケア研修での学びを振り返って
 伯鳳会訪問看護ステーション 杉原 みずほ
 
はじめに
 
 ホスピス・緩和ケア病棟の増加が進んでいるなかで、地域の訪問看護ステーションは緩和ケアに必要な専門的な知識や経験が十分でないといわれている。また、一方では訪問看護ステーションは将来、在宅ホスピスケアの要となるとも期待されている。しかし、実際には私自身、年間に経験する在宅末期がん患者は数例であり、このため在宅ホスピスケアの経験だけを通してホスピスケアに習熟するには時間がかかりすぎるうえに、限界があると感じていた。
 今回の研修を通して、緩和ケアの基礎を学び、また実際にホスピス緩和ケア病棟での実習を受けることにより、その学びが在宅ホスピスケアの向上に少しでも結びつけることができれば、という思いで研修に臨んだ。参加課題は、緩和ケアの基礎を学ぶという基本課題を主とし、以下に示す。その課題にそいながら、今回の研修を通して学んだことをここに報告する。
(研修参加にあたっての課題)
1. 症状マネジメントにおける看護の役割と機能について理解する
2. 家族の援助において、コミュニケーションやカウンセリング技術を習得する
3. 緩和ケアチームにおける看護の役割を学ぶ
(講義での学び)
a. コミュニケーション
b. ターミナルケアにおけるリハビリテーション
 
(研修参加にあたっての課題)
 
1. 症状マネジメントにおける看護の役割と機能について理解する
 地域によっては、がんの症状緩和に対する専門的な知識が不足しているために、適切な症状緩和が受けられず、強い苦痛と闘っている患者は少なくない。私自身この研修に参加した目的の一つは、症状マネジメントの専門的な知識・技術を習得するということであった。患者・家族の良好な生活の質を実現するために、苦痛の緩和は欠かすことができない最低の条件であり、在宅療養を継続する鍵にもなる。がんの症状に苦しんでいる患者やその家族が医療者側に最も望んでいるのは、正確な情報と適切な緩和技術であると、日々痛感している。
 しかし、看護が対象とするのは症状をもちながら生活をしている人であり、症状に関する専門的な知識(症状のメカニズムと出現形態の理解)や、症状マネジメントの最新の緩和技術を熟知していることだけが、看護の役割とはいえない。専門的な緩和技術を有効に生かすためにも、本人の訴えをなにより重視し患者の症状を正確に知ることが必要である。また、医療者側が一方的にコントロールするという姿勢ではなく、一人ひとりの個別性を重視しその人が大切にしている生活や生き方にそった症状緩和の方法を患者・家族と共に考え適切なケアを提供していくことが看護の役割であることを再認識した。
 今回の研修の講義の中に、患者のセルフケア能力に焦点を当て、その能力を最大限に生かすことを前提にしている「症状マネジメントの統合的アプローチ(以下IASM)」は、大変興味深かった。看護者が24時間患者の傍らにいるのではなく、断片的な訪問による援助を行う在宅ホスピスケアでは、症状の対応の多くは患者や家族が行うことになるため、患者だけに限らず、家族を含めたセルフケア能力を最大限に引き出すケアを提供しなければならない。IASMにそって看護活動を行うことは、患者だけでなく、看護者にとっても非常に有効で能力の向上にもつながっていくものと考える。
 
2. 家族の援助において、コミュニケーションやカウンセリング技術を習得する
 緩和ケアの対象は患者とその人を支える家族(その患者が家族と考えている家族)である。「その人らしさ・その家族らしさ」を大切にしながら看護ケアを提供していくという目的も共通している。
 家族看護概論の講義により、普段自分たちが実践しているケアの理論を学ぶことで、より動機付けができ、各ケアの意味を確認することができた。家族の援助に大切なこととして、入院時(在宅では初回面接時)に早期に患者だけでなく、家族と面接を行い、家族の問題、あるいは今後起こる可能性のある問題を予測し、家族と共に解決していくことが必要であることを学んだ。今後起こる可能性のある問題については、問題があってから対応したのではおそく、特に残された時間に限りのある末期がん患者の家族ケアには、その時その時の早い対応が必要となる。このことは、今回の病棟実習の際にも経験したことである。
 また、看護者と家族の関係は協働の関係であるが、問題解決の主役はあくまでも患者・家族であり、看護の役割はそのプロセスを支援していくことである。家族にはこれまでの歴史のなかで培ってきた価値観や人間関係のパターンがあり、必ずしも看護者の価値観と一致するものではなく、時にジレンマを感じることがあるが、家族の決定したことが大きく間違っていなければ家族の意志を尊重し、看護者の価値観をおしつけないことが大切であることを再認識した。
 家族とのコミュニケーションの基本は、患者の場合と同じで「家族の心に寄り添う」ことであると思う。看護者は患者・家族の心の状態に関心をもって関わり、いずれ大切な身内を亡くしていかなければならない家族の心の揺れに、共につきあっていくことが看護者には求められているのだと考える。
 カウンセリング技術に対しては専門的な学習により、ぜひ習得する必要があり、今後の課題である。
 
3. 緩和ケアチームにおける看護の役割を学ぶ
 在宅では、訪問看護が中心となって、末期がん患者の連絡や報告は密に行っている。また、患者に直接関わるのは、必要最小限のスタッフで後の専門職は下からそれを支えている状態である。訪問看護婦がチームのコーディネーターとして患者・家族のニーズを把握し、必要な専門職への依頼・調整等を行っているのは、ホスピス緩和ケア病棟と同じである。
 介護保険制度の開始後より、65歳以上のがん患者で要支援・要介護状態と認定された場合は、訪問看護婦が介護支援専門員を兼任してコーディネートを行っている。
 以前に家族のニーズを感得することができず、訪問看護婦の橋渡しが全くないままに家族が直接、薬剤師とコンタクトをとり、医師・看護婦側とは違った説明がなされ、家族が戸惑うことになったケースがある。看護者は患者・家族の複雑な思いを言葉だけでなく、表情や動作からの訴えも敏感に受けとめられるようにしなければならないと反省すると共に、コーディネーターは大変重要な役割を担っているということを痛感した。
 今回の研修を通しても各メンバーがケアの理念を共有し、協働できなければケアは成り立たないということを学んでいる。在宅ではそれぞれの職種の所属機関が違うこともあり、より一層の職種間のコミュニケーションの場、情報を共有し同じ方針を立てていく場が必要となるのだが、現時点では限られた職種間以外のコミュニケーションが十分でないのが今後の課題でもある。
 チーム間の関係は、患者・家族に必ず影響を与える。チーム間の信頼関係があれば、患者・家族の信頼関係にもつながっていく。患者とチームの接点であるコーディネーター役である看護者の役割は重要であるということを再認識している。
 
(講義での学び)
 
a. コミュニケーション
 コミュニケーションは、どの講義においても重要であるといわれていたように、看護を行ううえで欠かすことのできないことである。特に心理・社会的問題への看護介入にはコミュニケーションが不可欠で、アセスメントが患者の不安レベルで終わってしまっていることが多く、どこまで踏み込んだ積極的な傾聴ができるか、特に不安のアセスメントの際には一歩踏み込んで患者の気持ちや事情を明らかにしていくことが必要であることを学んだ。実際、ロールプレイ・模擬患者とのコミュニケーショントレーニングを行い、自分自身のコミュニケーション技術の程度を知ることにもなり、看護だけでなく、人間対人間との関係の中でも欠かすことのできないコミュニケーションの技術を学んでいく必要のあることを痛感している。
 
b. ターミナルケアにおけるリハビリテーション
 目標指向的ADL訓練によって日常生活動作の向上が顕著に認め、そのことが末期がん患者の生活の質の向上にもつながっていくことが講義を通して学ぶことができた。緩和ケアは苦痛をとることだけではなく、苦痛をとったうえで患者がどのような生活ができるのか、患者はどのような生活を望んでいるのかを知り、それがどの程度実現可能か患者と共に考えていく必要がある。どのような重度の患者であってもそれを患者・家族と共に考えていくことが残りの命をその人らしく生きることにつながっていく。
 私たちの地域ではまだまだ在宅療養を行う末期がん患者はほんの一部だが、目標指向的リハビリテーション・アプローチにより全体の3割強は自宅へ帰ることができたという興味深い報告もあり、そのことだけが在宅へ帰る条件となったのではないだろうが、リハビリによって日常生活動作能力が改善することは患者・家族にとって大きな喜び・自信・生活の質の向上につながったと思われる。今回の講義により緩和ケアの中でも日常生活動作をもっと重視していく必要があることを学び、たとえ終末期であっても、ただベッドで横たわっていることより、今その人にできることに援助の方法を見つけることが重要だと考える。
 
実習での学び
 
 在宅がん末期患者の症例の少ない現状・苦痛の緩和さえまだ不十分である地域の現状の中、緩和ケアの基礎から学びたいと思っていた私自身にとって、ホスピス緩和ケア病棟での実習は、緩和ケアの考え方の基盤になる症状マネジメント、チームケア、コミュニケーション、家族ケア、スピリチュアルケアを通して、緩和ケアにおける看護の役割を全体的に学ぶことができた。
 医療と宗教が自然な形で交じりあい、とても暖かい病棟全体の雰囲気は医療スタッフをはじめ、宗教部、ボランティア、その他の皆さんの患者・家族に向けた思いが伝わっているようだった。すべてのスタッフの思いの方向が、患者・家族に向けられている姿勢は、自分自身の看護の原点を見つめ直す機会ともなった。
 
おわりに
 
 今回の研修を振り返ると、自分自身のこれまでの看護経験をいやがおうでも見つめ直すことにもなり、新しい知識や気づきが得られる喜びとは対照的に自分自身にとっては、厳しい研修の日々でもあった。自分自身で希望し参加した研修であるのに、講義を通して緩和ケアの学習が進んでいく中で、自分には向いていないのではないかと考えることもあった。
 しかし実習を通して臨床にでることで、ホスピス病棟を支えるすべてのスタッフの思いの方向が、患者・家族に向けられている姿勢を感じ、自分自身の看護の原点を見つめ直す機会を得ることができた。また、緩和ケアは特別な看護を提供しているわけではなく、私たちが普段在宅で提供しているケアと看護の本質は非常に近いものであるということもわかり前向きに考えることができるようになった。また、緩和ケアの看護の役割を学ぶことができ、とても有意義な実習だった。
 今回の研修を通して、自分自身の看護経験を客観的に振り返り見つめ直すことで、自分自身の今後の課題は山積みであるが、貴重な経験ができたと思っている。課題にひとつひとつ取り組んでいきながら、その学びがいずれ在宅ホスピスケアの向上に結びつければよいと思っている。また、今回の研修を通し多くの仲間との出会いがあり、この出会いをこれからも大切にしていきたいと思う。
 6週間という長い期間、研修に参加させていただき感謝しています。








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