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緩和ケアにおけるチーム作りについて
 高槻赤十字病院 酒井 美幸
 
I. はじめに
 
 当院では緩和ケア病棟の開設を目前に控えており、私はその準備のためにこの研修を受ける機会を得た。研修の中では、チーム医療なしで緩和ケアは成し得ないと繰り返し言われていた。今やチーム医療は当たり前のことであるという認識があるにもかかわらず、実際にはさまざまな問題が生じ実践を困難にしている状況がある。研修での学びを通し一般病棟でのチーム医療の現状を振り返り、新しい緩和ケア病棟の中でのチームの一員として、看護の役割について考察する。
 
II. 緩和ケアとチーム医療の必要性
 
 ホスピス・緩和ケアの基本的な考え方として「ホスピス・緩和ケアは、治癒不可能な疾患の終末期にある患者及び家族のクォリティーオブライフ(QOL)の向上のために、さまざまな専門家が協力して作ったチームによって行われるケアを意味する。そのケアは、患者と家族が可能な限り人間らしく快適な生活を送れるように提供される。」(全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会1997年1月16日)とあり、チームについては、
1) チームは患者とその家族を中心とし、医師、看護婦、ソーシャルワーカーなどの専門職とボランティアが参加する。
2) チームの構成員は、それぞれの役割を尊重し、対等な立場で意見交換を行い、互いに支え合いホスピス・緩和ケアの理念と目的を共有する。
3) チームは、計画的な教育的プログラムを持ち、継続評価によってチームとしての成長を図る。とある。
 従来の疾病中心・延命中心の医療の中では、ただひたすら治療を行いつづけることを目指してきた。この中には患者の希望や個別性は後回しにされ、食べられなくなれば高カロリー輸液、血圧が下がれば昇圧剤というように、ひたすら延命することに価値が置かれていた。しかし、近年インフォームドコンセントが重要視されるようになって、患者個人の選択や希望を重視するように変化してきている。患者の生き方や価値観によって治療の方法を選択されるようになり、患者・家族は身体的な問題だけでなく、精神的な問題、経済的な問題、家族の問題、生き方や価値観の問題などニーズは多彩になってきている。そのようなニーズに応えていくためには、医師や看護婦だけでなくコメディカルの協力なしでは到底できるものではない。様々な情報を統合し、ひとつの方向性を持って医療を提供できることが、患者・家族の信頼と安心へとつながる。このことからも、緩和ケアにおいて、チーム医療は不可欠なアプローチといえる。
 緩和ケアはその人の生きることを支えるケアであり、その人がその人らしく生をまっとうできるよう援助することである。さまざまな職種が患者を全人的にとらえ、その人として人格を尊重し、それぞれの役割を発揮し、生活や日常性を支援するということは、死が間近にあっても患者の生活を豊かにし、生きる意味の再発見へとつながる。医療の場でありながら、患者・家族の生活の場に近づけられるケアが望まれる。このことからも、チームの中心は、患者・家族であり、その周りを医師、看護婦、コメディカル、及びハウスキーパーやボランティアなどの人々がそれぞれの役割を発揮し、協働できるチーム作りが必要である。患者と直接関わる者だけでなく間接的でも一緒に働くスタッフはすべてチームメンバーという認識も必要である。
 しかし、チーム医療はその必要性を十分わかっていても、まだまださまざまな問題により実現されていないのが現状だと感じる。
 
III. チーム医療の現状
 
 自分の置かれている環境で、チーム医療がどれほどできているか振り返ってみると、機能は不充分であり、未熟なチームと実感せざるを得ない。
 今まで、チームの中で何かギクシャクしてうまく行かないと感じるときに、どうしても相手を責めていたと同時に、相手がこうあるべきという思いが強かったように思う。看護婦は一生懸命やっているのに、自分はみんなのために、患者のためにこんなにやっているのにという意識があったと思う。私自身が「何で私だけが…」と思っていた。看護婦という組織もそういう傾向にあるように感じる。また、医師なのに、とか薬剤師なのにと相手に過剰の期待を持つことが多々ある。チームの中の一員という意識は、組織の中で日常的に感じてはいるが、実際には、チーム員の感情には一人よがりなものが多いと感じられる。
 私達はいつも「患者さんのために」ということを当然のように考えていながら、患者を中心としたチームの一員としてどれだけチームに働きかけているだろうか。看護婦の同僚の中での価値観の相違、医師と看護婦との方向性の違い、他職種への過剰な期待や不満など日々感じながらも、お互いの意見の食い違いを話し合う場、時間をなかなか持てないままでいる。違いがあるからこそ色々な角度からの意見があり、その良さがあるはずなのに対等な立場でディスカッションを展開するということができない。患者の一番身近なところにいて、さまざまな情報を持ち「患者さんのために」何とかしたいという思いがひとりよがりであったりする。これは看護婦の間でも同様に、意見交換が出来ていないという現状もある。中村氏1)は「看護婦の中にある柔軟性のなさ(こだわり)からくるものが大きい」また、「看護婦は特に医師に対して脅威や自信のなさを抱いたり、他職種との連携においても自分の立場にこだわり、変化を好まず、結果的に非生産的になってしまうこともある」といっている。単に報告、伝達で終わらせていたり、医師に指示を仰ぎ医師の決断に委ねてしまっているということもある。円滑なコミュニケーションが行われていないことが大きな原因と言える。
 また、他の職種においては、患者の反応に直に接する機会が少ないということもあり、「患者のために」ということを実感できにくいということもあると思う。患者の身近にいる看護婦にとって当然の反応でも、そうでない職種においては言葉では伝わりにくい事柄が多々ある。特に、患者にとって一番身近な食事に関するトラブルの中に実感することがある。食べる人の特徴や身体的な苦痛、食べた反応を知らずに考えられたメニューと、示された物を調理するだけでは、「患者さんのために」ということが希薄にならざるをえないと思う。患者の反応を身近に感じることができれば、患者を個人として尊重した役割が発揮できるのではないかと思う。
 このような傾向がチーム医療を進める上での障害になっていると感じる。それぞれの職種が、「自分たちにしかできないこと」「自分たちだからこそできること」を自覚し、互いに尊重し合える関係を持つことが大切なことだと思う。
 
IV. チームアプローチと看護の役割
 
 患者・家族のニーズに応えようとしたとき、さまざまな職種が独自に関わっていては方向性も定まらないままであると同時に問題解決は進まない。チームとして何を目指しているのかを明確にし、それぞれの役割を理解する必要がある。それぞれの役割が重要な存在であることを認め、協力し合う気持ちを持つことがまず大切と感じる。そのためには円滑なコミュニケーションが前提にあるということはいうまでもない。
 チーム医療の基本で、重要なのが医師と看護婦のコミュニケーションが良好に持たれているということである。特に症状コントロールをするときに医師へ訴えている内容と、看護婦へ訴えていることが違うということがあり、患者の訴えを正確に評価し、コントロールするためには両者の情報を照らし合わせることが必要になる。医師だけが症状コントロールの責任をもつという考え方ではなく、看護婦と共に責任をもち、共に話し合うという意識が必要と思う。そして、共にケアを振り返り、他者の評価を得るということを繰り返し行う必要がある。また、病状の変化が急激に表れたり、複雑化する時にはやはり医師の説明に同席し、患者・家族の立場で説明の補足や、精神面のフォローをしていくことは看護婦の大切な役割である。その反応についてチームで共有し、その人らしさを尊重したケアができるよう話し合い、一つの方向に向かっていく為のカンファレンスを持つことが大切なことといえる。そこには、医師と看護婦が中心となりコメディカルやもっと広い範囲で病棟に関わるスタッフも参加できるシステムが必要となる。
 広い範囲でのカンファレンスが実践できる前にまずは、看護婦という同僚の中での価値観の相違を認め、意見交換のできる場を持つことが必要である。ひとりひとりが意見を持ち、平等に発言できる場を持ち、お互いを信頼し、相手の意見や自分と違うということを新しい発見としてプラスに聞き入れられるチームとして力を持つことがとても大切なことだと思う。自分自身を知り、相手の感情や、考えに耳を傾けることがまず必要なことである。看護婦という一つのチームの中で良いコミュニケーションが成り立っていくことで他の職種とのチーム医療に拡大され生かされていくと思う。
 また、ひとりひとりがチームの一員であるという実感を持てることはチーム医療にとって、とても重要な鍵を握っていると思う。カンファレンスなどで、情報を共有でき、一緒に討議できることが、チームとして自分が存在しているということ、また、チームに貢献しようという気持ちを持てるものと思う。そして、自分がチームの中で大切にされているという気持ちを持てれば「患者さんのために」という意識も深まっていくのだと思う。また、患者と直接関わる機会を増やすことで、患者をひとりの人として、その人を中心として自分たちの専門性を発揮する意味を感じることが出来るのではないかと思う。
 色々な人が集まって、それぞれが専門性を持って、チームの一員だと意識していても、うまくいくとは限らない。ここからここまでが自分の役割というように線が引けるものではなく、暖昧なゆえに相手にその役割を期待したり、自分の役割だと主張しすぎたりして重複したり、反対に抜けていたりということがある。また、負担に感じたり、押し付けたりしている場合もある。このような混乱や衝突を避けるためには、メンバー間の橋渡し的な調整役が必要になる。多くの職種と重複する部分を持つ看護婦が、このコーディネーターの立場にあるといえる。また、患者・家族の一番近くにいて、生活を含めたケアを担っており、患者の変化に応じて今何が必要な援助なのかを見極める役割がある。患者の変化に応じて必要なメンバーを探したり、リーダーを選ぶことが看護職の役割として求められている。しかし、このコーディネーターは役割があって出来るものではなく、その資質を問われるものである。問題の抽出、明確化、対人関係などの能力が必要とされる。ひとりよがりにならず、自分の意見に固執しない柔軟性や、公平性、開放性などが大切な要素と思われる。
 
V. まとめ
 
 緩和ケアを実現するためにはチーム医療が不可欠であるということと、そのために、まずは看護職のコミュニケーションを円滑にし、さらに他の職種との関係を築いていく必要があることを学ぶことができた。看護職が専門性を発揮できるためには専門分野の知識、技術を高め、自信を持って専門的な立場で主体的に活動できる力を持つことが必要と強く感じた。その結果、医師や他職種との信頼関係を強化し、チームとして成長できると同時にケアのレベルアップにつながると感じる。今だ未熟なチームではあるが、緩和ケア病棟の開設という一つの目標を持ち、共に考え悩むことが結果としてチームの成長につながっていけるよう取り組んでいきたいと思う。
 
引用文献
1) 中村めぐみ:チーム医療に求められる看護婦の意識改革 インターナショナルナーシングレビュー 1999 Vol.22 No5 P27
参考文献
1) 武田文和 石垣靖子:誰でもできる緩和医療 医学書院 1999
2) 恒藤暁:最新緩和医療学 P6〜P10 最新医学社 2000
3) 柏木哲夫;死にゆく患者の心に聴く 中山書店 1997
4) 松島たつ子:ホスピスにおける多様な職種の役割と連携 がん看護 2001 6(4) P308〜311
5) 長谷方人:ホスピスコーディネーターの立場から ターミナルケア Vol.18 No.4 1999 P283〜285








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