その人らしくあるために ―緩和ケア研修で学んだこと―
宮城県立がんセンター 鈴木 由美子
はじめに
宮城県立がんセンターが開設され約8年となる。地域におけるがん治療の専門施設として医療およびケアが提供されてきたが、平成14年6月緩和ケア病棟開設を目指しその準備がなされている中、私は緩和ケア病棟スタッフとしての知識を得るために今回の研修に参加することができた。緩和ケアについては、様々な患者さんを看る中その必要性を感じ自分なりに学習してきたが、それでも知識不足を感じ日常業務を遂行するという忙しさの中で、「看護とは何か」「このようなケアで本当によかったのだろうか」と迷い悩む日がたびたびあった。今回同じように緩和ケアを学びたい仲間や実際に緩和ケアに携わっている先生、また研究なさっている先生方よりネットワークの重要性・緩和ケアの実際・人を看るとはどのようなことかなどを学び、今後緩和ケア病棟でケアを進めていく上で大切なことについての考えを深めることができた。その内容をここにまとめてみる。
I. 研修会参加にあたっての自分の課題
1. 緩和ケアに必要な基礎的知識や技術を学び、その人らしい最後をむかえるための援助について理解する。
2. 緩和医療における症状マネジメントの知識や技術を学び、具体的な援助が実践できるようになる。
3. 終末期における患者と家族の心理について学び、精神的援助の方法について理解する。
II. 研修での学び
1. 緩和ケア(palliative care)とは何か
WHOのpalliative careの定義によると、「palliative Careとは治癒を目的にした反応しなくなった患者に対する積極的で全人的なケアであり、痛みやほかの症状のコントロール、精神的、社会的、霊的な問題のケアを優先する。Palliative careの目標は患者と家族のQOLを高めることである。Palliative careは疾患の初期段階においても適用される。」1)とある。研修を通して緩和ケアとは疾患をもつ患者すべてに適用されるべき考え方であり、ターミナル期にある患者に対しては、限りある命の中でその人がその人らしく生きていけるように、あらゆる方法を用いて全人的にケアしていくことであると認識した。
2. 緩和ケアにおける症状マネジメントの重要性について
がんの一般的なイメージとしてあげられるのは「痛み」「苦しみ」「不治の病」「死」であると思う。それゆえがんに罹った患者にとって、がんに罹ったことに気がついた時点からの身体的・社会的・精神的・霊的負担は大きいと判断される。このことは緩和ケアで目指すところの「生活・生命の質(quality of life:以下QOLとする)」の向上に多大なる影響を及ぼす。患者がその人らしい人生をその人らしく生きるためには、緩和できる症状は緩和する必要がある。これまでの自分が行ってきたケアを振り返ると、患者が苦痛と思う症状を取り去ろうと努力はしてきたが、心のどこかで「がんなのだから苦しくてあたりまえ」と緩和できる症状まで見逃してしまっていたのではないだろうか。また医療者側が何とかして症状を和らげなければならないという思いで症状を管理し主導権を握っていたと思われる。しかし研修の中で症状マネジメントは患者が主体であり、医療者は患者の行う症状マネジメントについて、そのセルフケア能力に応じサポートしていくことが必要であるということを学んだ。この学びから看護者は症状を科学的に分析し、薬物だけに頼らずあらゆる看護技術を駆使して諦めることなく前向きに対処しなければならず、大切なのは患者自身がどのようにすれば楽になるかを選定できるようにすることであると思った。今後これらのことを実現するためにも、患者の症状を理解し判断する能力を身につけ、患者と共に症状緩和の方法を考えていくことが必要であると感じる。
3. 緩和ケアにおけるチームアプローチについて
石垣は、チーム医療について「チーム医療とは、単に異なった専門職が集まり医療を行うことではない。チーム医療とは、限られた資源で、医療のアウトカムを最大にするために、チームの構成員が目標や必要な情報を共有し、協働していくプロセスであり、ネットワークを形成していくブロセスと重なる。」2)と述べている。末期状態にある患者およびその家族は身体的・精神的・社会的・宗教的ニーズなど多くのニーズをもっている。そのニーズを満たしていくためには、医師や看護婦だけではなく薬剤師、メディカルソーシャルワーカー、理学療法士、作業療法士、鍼灸師、音楽療法士、セラピスト、その他のコメディカルなど多くの職種による判断とボランティアのかかわりなどが大切であり、それぞれの専門分野における知識が必要である。そのチームアプローチを円滑に行うようにするにはカンファレンスが有効であり、チームメンバーがお互いに情報や意見を交換することは、患者やその家族のニードや価値観を多方面から捉えることができ多様なケアが提供できる。また、ブライマリーナースの精神的負担も軽減することができると思われる。カンファレンスを効果的に行うためにはまずチームメンバーが同等の立場にいることが重要であることを学んだ。日々の生活の中でも知らず知らずのうちに上下関係が生じている。まだまだ封建的な部分が残る医療の分野でもいえることである。それは法的にもしかたがないことではあるが、話し合いにおいてはお互いの意見を尊重し、お互いに協力者として認識しあい、話しやすい雰囲気をつくることが大切であると思う。さらに自分の意識改革が必要であり、自分は今までどのような話し合い方をしてきたのかを振り返り、自分の考えについて根拠をもって話し合いに臨むこと、相手を認め相手の良さを引き出す努力をすること、メンバーそれぞれがカンファレンスの目的を理解し協力的・積極的に意見を述べることが必要であると考える。カンファレンスの中での看護者の役割として重要なことは、患者や家族の最も身近にいる医療従事者として個々のニーズを明らかにし、そのニーズを満たすためにはどのような介入が必要かを考え、チームをどのように活用していくかを判断し提起していくことであると思う。そのためには患者・家族を理解する能力と理解したことを判断する能力を向上させていくことが必要であり、今後その能力向上を目指し努力していきたい。またチームを構成しているのは人間でありそれぞれに思いや考えがある。その思いや考えがあるから意見の相違が生ずる。共感が必ずしもよいものを生み出すわけではないとの学習から意見の相違がよい方向へ導き出すきっかけともなり得ると思った。その相違をいかにしてプラスの方向へもっていくかは建設的な話し合いの仕方にあると思われる。人は自分の意見を貫こうとしたり自分の考えを表出しなかったり様々であるからその調整は必要であるが、看護者として必要だと思った情報や意見は意見の相違を怖がらずに出していくなどの前向きな姿勢が必要であると思う。
4. 家族に対する看護について
家族看護の定義について鈴木・渡辺らは「家族が、その家族の発達段階に応じた発達課題を達成し、健康的なライフスタイルを獲得したり、家族が直面している健康問題に対して、家族という集団が主体的に対応し、問題解決し、対処し、適応していくように、家族が本来もっているセルフケア機能を高めることである。」3)と述べている。講義の中で「看護者は家族ではない。」「家族は患者と同様に、心理的・社会的に問題を抱えた存在である。」「家族と医療従事者は共同の関係である。」「がん患者と家族との関係の質は、がん患者のQOLに大きく影響する。」「家族は自己決定能力、適応能力、対処能力等の力を持っていることを信じて、家族のもつ機能が円滑に働くことを目標に関わっていくことが大切である。」ということを学んだ。患者を全人的に捉えた看護を展開するうえで家族は重要な役割を担う。しかしこれまでの看護の中で、私は家族を「患者を取り巻く環境の一部である」という捉え方をしていたと思う。もちろんそれも間違いではないと考えるが、家族を視点にしたケアはだいぶ不足していたと感じる。自分たちの思いを表に出してくる家族にはケアは提供されてきたが、多くの場合その思いを心に秘め我慢したかたちで過ごしてはいなかっただろうか。研修を通し家族とは何か、患者と家族をひとつの単位としたケアのあり方などの基本を学んだが、その内容を自分の中で深めその家族の個別性を考えたケアができるよう努力していきたい。また「患者がどのような終末期を迎えたかが死別後の家族の適応に影響する」との学びから、患者の終末期の満足度が遺族の心に大きく影響するとも言え、終末期医療の重要性をあらためて感じた。さらに遺族ケアについてであるが、これまでの経験の中一例だけ患者の死後遺族である妻が自殺を図ったケースがあった。講義で学んだリスクの高い遺族の中の「故人を恋焦がれる気持ちの強い人」であったように思う。このようにリスクの高い遺族の場合、電話や手紙だけではなく訪問や集会など直接顔を見る方法で家族の状況を知り必要なケアを提供することが大切であると思う。今後緩和ケアを行う上で、患者の最後だけではなく家族の心が回復するまでのケアも考えていきたい。
5. がん患者の精神的援助について
がん患者の精神分析については、キューブラー・ロスによる「否認―怒り―取り引き―抑欝―受容」の5段階経過の考え方が一般的である。それは患者ががんと知った時から始まり生きていく上での心の障害となりえる。しかし患者の心の状態は目に見えないものであるから、私たちがどのように介入すればいいのか迷ったり、理解するのに時間がかかったりすることが多い。そしてこれまでの治療を優先する現場において、私たちは多忙な業務に追われケア自体もマニュアル的に提供し、時間をかけて患者の心を理解するということを忘れてしまっていたかもしれない。精神的援助の実践の場面におけるポイントとして柏木は、1)ベッドサイドに座りこむ 2)傾聴し感情に焦点をあてる 3)安易な励ましを避ける 4)理解的態度で接する 5)症状の変化に対する布石をする6)質問の機会を与える 7)希望を支える 8)非言語的コミュニケーションをはかること4)と述べている。これらのことからもゆっくり時間をかけて聴く姿勢や、患者の出している精神的苦痛の信号を敏感にキャッチし患者の心に一歩踏み込んでケアを行うことが大切であると思う。さらに研修の中で、精神的援助は患者と十分なコミュニケーションを図りながら信頼関係を築くことから始まるということを学んだが、精神的な援助を行う上でもコミュニケーションスキルは重要であると思われる。言葉は記録されないため振り返らないでしまいがちとなるが、それが看護者の目的達成のためだけとなってはいないだろうか。そのようなことがないように患者の一つ一つの言葉が何を意味しているのか、何を求めているかなどを考えながら会話をすすめていくことや、看護者の苦手とする沈黙を大切にして患者が話せる「間」をとっていくことが必要であると感じる。また今後非言語的コミュニケーションにも目を向け、患者のとっている行動や表情が何を意味しているかを知るなど言葉以外でのコミュニケーションについて理解を深めていくとともに、「傾聴・共感・感情への対応」という基本をもとに、患者が心を開くことのできるコミュニケーションがとれるように努力していきたいと思う。
おわりに
緩和ケアについて社会の関心が高まる中、ホスピスや緩和ケア施設の開設が増えている。それは長年必要性を感じてきた私たちにとって喜ばしいことではあるが、患者さんにとっての認識は低く、多くの場合その場所を「生きる場所」ではなく「どうにもならないがん患者が死んでいく場所」と捉えていると思われる。実際に当がんセンターでも緩和ケア病棟を建設しているが、「あそこは何をするところ?」「あそこに入ったらもうダメなんでしょう。」などの言葉が聞かれる。このことからもっと緩和ケアについての知識を一般にも広めていかなければならないと感じる。また近年の日本の問題として少子化とともに核家族化の問題もあると思う。「死」の教育をこれまで誰から学んできたのかを考えると、大家族の中の年寄りの死ではなかったか。しかし医療が進歩した現代社会の中で「死」に対する考えは薄く、病気に罹った人々の多くは家族を含めて初めて身近に「死」を感じるのではないだろうか。その人らしく生きるため、またはその人らしい死を迎えるためにも健康な時からの死に対する教育が必要であると考える。さらに患者さんにとって生きるための場所は医療の提供と家庭の環境、病状などが許せば家庭が最良の場所であると思う。在宅ケアを行うためにもこれまでのネットワークとともに新たなネットワークづくりも必要であると感じる。また、その人らしくあるために大切なことは、その人が今まで暮らした環境の中で、その人が思う生き方が出来ることではないだろうか。その満足の度合いがその人の最期や患者を失う家族の心理に大きく影響すると思われる。しかし、何らかの都合で病院という環境で生活せざるを得ない場合、私たちに必要なのは患者の環境調整時に柔軟に対応できるか否かである。病院という枠をどれだけ取り去ることができるかには様々な問題が出てくると思われるが、今後出来るだけその人に即した環境とケアが提供できるよう努力していきたいと考えている。
この研修を通し緩和ケアについて様々な知識を得ることができた。また自分の行ってきた看護を振り返り、これまでの自分の考えに対する意識改革が必要であることに気付いた。今回学習した内容を基に、私たちに何ができるのかを考え緩和ケア病棟開設後のケアに生かしていきたい。
引用・参考文献
1) 世界保健機関(武田文和訳):がんの痛みからの解放とパリアティブケア.金原出版.1994
2) 石垣靖子:他職種によるチーム医療.緩和医療2(1)110〜111.2000
3) 鈴木和子・渡辺裕子著:家族看護学 理論と実践 第2版.日本看護協会出版会.1999
4) 柏木哲夫:ホスピスとサイコオンコロジー.精神療法23(5)437〜477.1997
5) E・キューブラー・ロス著/川口正吉訳:死ぬ瞬間 死にゆく人々との対話.読売新聞社.1995
6) ターミナルケア編集委員会:ホスピス・緩和ケア白書.ターミナルケアVol.8 6月号別冊.三輪書店.1998
7) 柏木哲夫・藤腹明子編集:系統看護学講座別巻10ターミナルケア.医学書院.2000
8) 浅野茂隆・谷憲三郎・大木桃代編集:ガン患者ケアのための心理学 実践的サイコオンコロジー.真興交易医書出版部.2000
9) 橋本保彦監修・山室誠編集:がん患者の訴える痛みの治療 緩和ケアにおける Total Painへの対応.真興交易出版部.2001