一般病棟における緩和ケアのあり方 ―看護者の望む姿勢とは―
立川相互病院 和田 克美
はじめに
わたしは、現在一般病院の外科病棟に勤めているが、発病して手術を選択して治療に臨む人、再発し新たな症状を抱え緩和目的でくる人、最期の時を迎える人と、さまざまな方がいる。がんの発病から最期まで、患者という病気を持つ人間と関わる中で、現実は手術前後の急性期の患者へのケアが中心となり、最後を迎えつつある残りの時間を過ごす人々へのケアが片手間に待っている。そんな中で、ある患者と出会った。淋しさと自分の人生に残りの時間がない事に悲嘆してそれを、呼吸困難感という身体症状で訴えてきた。最初はその身体症状にだけにとらわれていたが、患者と関わる中で、一人になる孤独感と仕事を生きがいとし、それができなくなる挫折感にさいなまれている事が分かった。しかし、重症患者を抱えて奮闘するチームの看護婦にとって、この患者の精神的なケアに関わる事自体非常に重いものであった。患者が訴えてくる夜間帯の時間の制約と、マンパワーの限界の中、患者との信頼関係を築く事の難しさ、チーム医療としての関わりの難しさを目の当たりにした。この研修では、一般病棟における緩和ケアのあり方を考え、緩和ケアの必要な知識と技術を習得し、チーム医療のあり方を学びたいと思った。ここでは、6週間の研修で学んだ事を報告する。
緩和ケア
患者のがんが発見された時、積極的な治療が始まる。今まではがん病変の治療がメインとされて、長い経過の中で再発・進行と病状が進むにつれ、痛み治療と緩和医療へと変更していく。しかし、がん治療が開始されると同時に、患者の身体的精神的苦痛に焦点をあてた痛み治療と、緩和医療が並行しておこなわれていかなければならないとWHOで謳われている。
がんが診断され、告知をおこなう時にもっとも重要なのはインフォームド・コンセントである。いわゆる「説明と同意」ということではなく、その患者にとっての疾患の説明であり、どんな治療方法があるか、そして今後予想されることについての情報提供である。その噛み砕かれた情報提供によって、患者が、その疾患と向き合い治療選択していくのか意思決定していく。治療の長い経過の中で、再発・進行と経過をたどっていく中、最後まで治療を諦めない人、症状緩和に切り換えていく人と、さまざまでありこの意思決定によって、医療者は患者が望むQOLをサポートしていかなければならない。
患者がもつさまざまな痛みとして4つの痛みがあるといわれている。身体的、精神的、社会的、スピリチュアル的な側面を持つものである。これらは、患者をとりまくすべてのことに影響を与えるといわれる。その中で最も優先されるのは、痛みと諸症状の苦痛の緩和である。その症状の適切な情報の提供と、痛みと症状マネジメントをおこなうことである。まず、症状の定義を考えそのメカニズムを知る。患者の体験・認知を理解するために訴えをよく聴く。(傾聴する)また、症状を客観的に捉えていく。(サインをモニタリングする)症状を科学的根拠に基づいていきながら、症状マネジメントの方略を考えていく。患者の希望はどうしたいか、どうなりたいかを知り、それをクリアする手段として、薬物療法の選択をおこない、同時に薬物療法以外の対処療法を提供していく。これには、看護技術も伴ってなければならない。患者にとって、迅速にかつ心地よいものでなければならず、技術がさらに新しい苦痛をつくってしまえばこれらは何の意味も表さない。
患者は自律しており、わたしたちはStep back(後ろから支える)することが、日頃のケアの中でも忘れずにこころの中に留めておきたいものである。わたしたちが支える患者は、病気があってもひとりの人間にかわりはなく、その人らしい生活が送れるように援助していきたい。
緩和ケアにおいて、忘れてはならないことは、人と人とのつながりを大事にすること、患者が目標としているものに対して結果ではなくてそこにたどり着くまでのプロセスが大事であり、そこに関わることは深い意味があることを忘れてはならない。
チームアプローチ
WHOの定義にある緩和ケアの最終目標は、「患者とその家族にとって、できる限り良好なクオリティ・オブ・ライフ(以下QOLとする。)を実現させることである。」と謳われている。それを支えることのひとつにチームアプローチがある。各専門職の知識、技術、情報の提供があってそれぞれが同じ方向に向くことができる。そして、問題点を共有し、ひとつの方向でケアが提供でき、患者家族のQOLの向上に務めている。情報の共有とは、単にお互いが持っている情報の伝達ではなく、共通理解を持つことである。それにはお互いを理解し、信頼と尊重できる環境を作ることである。確立したひとりひとりがお互いに認識しあう事で、チームのネットワークが広く深ひろがっていくのだと考える。それを、成長させる場としてカンファランスという場がある。日頃、情報交換で終わってしまう状況であるが、「目的は何か、何の為におこなうのか」を考えていくことの必要性を学んだ。そして、カンファレンスの機能として、「意思決定」が重要であることを知った。講義の中で、正しい「意思決定」は共通理解と、対立する意見、競合する選択肢をめぐる検討から、生まれると学んだ。日頃カンファランスの中で意見を述べる時、看護婦は主観に流され、感情的に言葉を発しやすいが、事実に基づいて話される事がチーム内のコミュニケーションのひとつにつながることを再認識した。それぞれの職種に何を期待し、患者に対し片寄った職種の意見が大きく影響しないように、たとえ意見の食い違いがあったとしても、個々の人生観、価値観を大切にしていくこと、それをどう意味付けてどう問題解決していくか、考えていく必要性があると認識できた。チームの中での看護婦の役割、責務については、ひとつにはチーム内の調整を行うことである。また日常生活の援助を実践できることである。まず患者の状態について科学的根拠をもってアセスメントしていくことができる。そして、患者家族に対する全人的ケアを提供し評価することができる。「わたしたちは何の為にケアをするのか」ということを、いつも忘れずにいたい。
また、チーム作りにおいて、チームと患者家族との対等でありかつ公平であることを念頭におかなければならない。よりよいパートナーシップを築いていくにはお互いを認めること、まずは自分を認めることが大切である。
コミュニケーションスキル
患者と向き合って話す時、環境を整えることが基本のひとつといわれている。場所の設定、患者との目線の合わせ方である。多くの場合わたしたちは患者のベットサイドという場所であることが多い。ここでは、寝ている患者の目線に合わせることが大切である。また、患者が話をしやすい雰囲気作りも大切とされる。
コミュニケーションスキルにとって基本な流れは、「傾聴―受容―共感」といわれる。積極的な傾聴に務め、関心をもっていることを態度であらわすことが大事といわれる。この傾聴の中で「沈黙」の役割は大きいとされる。患者との会話の中で「沈黙」という時間は、非常に長く感じるものであるが、この時間は、患者にとって気持ちを整理している時間でもあり、医療者はこの時間を待つということが要求される。また、言葉を発しないという「沈黙」の中に「頭の中の沈黙」ということも大事とされる。周囲の雑音が聞こえ、頭の中でいろいろなことが浮かんでくるがそれにとらわれないことである。そして、「沈黙」と相槌を使い、適度にフィードバックをおこなうことで相手に受容していることを、示していく。会話をすることが、コミュニケーションスキルではなく、緩和ケアにおいては非言語的コミュニケーションが大事とされる。黙って、患者のそばにいることが患者にとって安心感を与え、関心をもっていることを伝えられる。患者と一緒に喜んだり悲しんだりできる患者の心に寄り添えるような看護婦でありたいと思う。
家族看護
患者―家族を1単位として捉えることであり、ケアを提供していく対象者であることであることを学んだ。患者にとって家族は深い絆でつながれている。日頃わたしたちは、患者を中心として患者のサポーター役として家族を位置付けている。ケアに積極的に参加する家族はよい家族、消極的に関わる家族は何か問題があるのではないかと判断しがちである。患者からみた家族、家族が感じている家族、医療者が考える家族像の捉えかたとさまざまである。それぞれの立場で、家族としての認識に違いがあることを理解する必要がある。今まで、患者にとって誰がキーパーソンなのかを重点におき、その家族が抱えている問題に対し気になっていても一歩踏み込むことにためらいを感じていたように思う。家族の小規模化、高齢世帯の増加によって、家族の抱えるストレスは膨大である。そうした中で、家族と協働してこれらのストレスに対処していくことが必要である。
家族としての「歴史」の結果が、終末期がん患者と家族の関係に影響するといわれるが、問題解決するのは患者と家族であり、看護者の価値観、家族観を押し付けず中立でなければならない。わたしたちはその問題解決ができるように、事実に基づいた情報を提供することと、その結果、意思決定されたことに対して、援助していくことが大切である。
スピリチュアルケア
人は死ぬ瞬間まで生きていたいと希望をもっている、という。ある患者が、症状緩和されてきた頃から、「自分はどう生きていけばいいのか分からない」と話してきた。どう答えていいのか分からず「御家族の為に」と答えたが、これでよかったのかずっと、心に引っ掛っていた。はじめにのなかで触れた、呼吸困難感という症状で看護婦を頻回に呼ぶ患者の訴えこそ、その奥深くには人生の意味への問い、将来の喪失、憤りが隠されていた。講義、実習の中でまさにこの患者達の問いこそが、スピリチュアルペインであることを知った。スピリチュアルペインのプロセスで田村氏は1)「患者はどのような痛みで苦しみ、それを解決したいと思っているのか、どのように対応して欲しいと感じているのかなどを事実として知ることが大切である。」と述べている。患者をあるがままに受けとめ、患者の言葉を傾聴する。そして、患者に共感的態度で接することが大切である。ケアギバーの価値観を述べることなく、患者自身が自己の存在価値の再確認、人生の目的・意味を発見し、希望を見出すことが出来るように援助していくことが大切である。そのためには、この人にだったら話してもいいと思えるような雰囲気づくりと、精神的、肉体的ゆとりをもつことである。そして、自分なりの死生観、人生観を深めていきたい。
おわりに
一般病棟における緩和ケアの難しさに、急性期の患者、緩和ケアを必要とする患者の混在化、人員の問題、施設の限界さなどが挙げられる。痛みの緩和・さまざまな症状マネジメントにおいて、知識・技術は不可欠だが、緩和ケアの本質は、医療者が患者と真正面から向き合い、全人的医療に対してチームとして、一丸となって望めるかということにあると思う。大きな課題ではあるが、この研修で学んだことをいろいろな人と話をして、一緒に考えていきたい。
最後に
この研修に快く参加させていただいた総婦長、病棟婦長はじめスタッフの方々、看護協会の金子先生、日本財団、講師の先生方、実習を受け入れて下さった救世軍清瀬病院の関係者の方々、この研修で出会った研修生たちに感謝しお礼の言葉としたい。
引用文献
1) 田村恵子:「終末期患者のスピリチュアルケア 看護の視点から」「ターミナルケア10 103-107 2000」
参考文献
1) 鈴木秀子:「愛と癒しのコミュニオン」(文春親書 1999)
2) ロバート・バックマン・著 上竹正躬・訳「死にゆく人と何を話すか」(メヂカルフレンド社1990)
3) 季羽倭文子、玉地任子、鳥居 芽、栗原幸江「スピリチュアルケアを考える」「ターミナルケア6 177-184 1996」