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緩和ケアという意識の普及を
 東京医科大学八王子医療センター 増田 友香
 
概要
 
 研修では、コミュニケーション、症状マネジメント、日常的なケア、家族ケア、チームアプローチについて学びを得た。コミュニケーションの基本は傾聴、受容、共感であり、大切なのは、患者の言いたいことやあえて言わないことに耳を傾け、感じ合おうとする心である。症状マネジメントの主体は患者であり、看護の役割は適切なアセスメントと、患者のセルフケアの促進である。日常的なケアは、患者の尊厳と、最も心地良い援助のあり方を考えなければならない。家族ケアは、患者と家族を一単位としてとらえ、家族のセルフケア機能の健全さに注目することが必要である。チームアプローチは患者と家族の課題を達成するために必要不可欠であり、基本は信頼と尊重である。「Hospice is philosophy,not a facility」の考えを忘れずに、自施設での緩和ケアの意識の普及に努めて行きたい。
 
はじめに
 
 私がこの研修を希望した動機は、ホスピスに入院できない患者のケアをどのように行えばよいのか、また、ホスピスや在宅での看取りに至るまでの経過をどのように支えて行けばよいのかを学びたかったからである。
 私は現在、大学病院の内科病棟に勤めている。多くの患者と出会う中で、病状が進むにつれ、または最初の段階から、医療者が医療の中心になっていることを経験する。医療の中心は患者・家族なのにと思いつつも、意見を言うことに踏み切れない自分がいた。そしてたどり着いた考えが、緩和ケアである。
 この研修を終えて、緩和ケアの基本的な考えを学び、今の医療の問題点と自分の今後の課題を考えることができた。以下に、コミュニケーション、症状マネジメント、日常的なケア、家族ケア、チームアプローチの5項目について研修での学びを整理し、自己の課題を述べる。
 
コミュニケーション
 
 コミュニケーション(意思の疎通)は、人間関係に不可欠である。緩和ケアに限らず、患者―医療者間の信頼関係は、コミュニケーションにより育まれる。
 よりよいコミュニケーションを行うためには、感性とスキルを磨き、自己を冷静に見つめることが必要である。講義では、質問法、沈黙、感情に焦点を当てて対応することなどを学んだ。感情に焦点を当てることは、サイコオンコロジーの講義でも強調されており、緩和ケアにおいてコミュニケーションが重要視される理由であろう。
 コミュニケーションの基本は、傾聴、受容、共感だといわれている。山本1)は「絶対の共感的理解が困難であることにもとづく、経験や共感のズレに意味があるのではないか。つまりそれでも共感したいという態度をカウンセラーが強く持っているとき、カウンセラーとクライエントとの異なる体験をも共通に感じあおうとすることによって、2人は深い理解にいたるのである。」という。大切なのは、患者のそばに寄り添い、患者の言葉や、言いたいこと、あえて言わないことに耳を傾け、感じ合おうとする心である。
 
症状マネジメント
 
 症状マネジメントの目標は、その人らしい生を全うできるように、専門的知識を持って患者の苦痛を把握し、患者と家族にとってできる限り良好なクオリティー・オブ・ライフ(以下QOLと訳す)を実現させることである。症状マネジメントの主体は、症状を体験している患者である。我々はサポーターであり、サポーターとしての役割を果たさなければならない。
 症状マネジメントにおけるサポーターとしての看護の役割は、適切なアセスメントと、患者や家族のセルフケアの促進であると学んだ。これを実行するには、病態や薬理などの科学的な情報の分析と、患者の対処行動や表現能力などのヒューマニティーな部分の分析・解釈が必要になる。講義で学んだ症状マネジメントの統合的アプローチ(IASM)は、症状マネジメントの方略を導き出すのに役立つ考えだと学んだ。
 実習では、身体的な疼痛や倦怠感がいかに患者のQOLを妨げるかを直に経験した。また、今までの私の看護を振り返って、精神的な痛みやスピリチュアルな痛みに対する認識や介入が不足していることを反省した。
 
日常的なケア
 
 季羽は2)「ターミナルケアでは、重症であるから安静を保持しなければならない、という一般的な基準をはずして看護の関わりをする必要がある。」と述べている。たとえば、患者の全身状態が悪くても、患者や家族が望めば、介助方法を工夫して入浴することができる。医療者は、患者が大切にしている習慣を、ともに大切だと考える。緩和ケアでは、患者の尊厳が保たれ、その人らしさが失われずに生活を送ることが保証されるのである。
 患者は時が経つにつれ、セルフケア可能な範囲が狭められてゆく。患者の本意とは裏腹に、援助者の手を借りることが多くなる。鈴木3)は「活動性の低下した患者の行動範囲は、大方はベッド周囲である。その患者の身の置きどころ、心の置きどころに最も目を注がなければならない。」と述べている。行動範囲が限られても、そこは生活の場であり、最後まで生を営む場なのである。看護者は、患者の生活環境や、セルフケアの喪失による気持ちを理解し、何が患者にとって最も心地良い方法なのかを考えなければならない。食事、排泄、清潔、移動、睡眠などの全てにわたり、援助のあり方を考えなければならない。
 
家族ケア
 
 家族ケアは出会ったときから始まり、患者の死後も続く。家族ケアには幾つかの前提がある。その中で私が肝に銘じたいのは、「患者と家族を一単位としてとらえる」「問題解決の当事者は本人と家族である」の2つである。
 患者をケアすることは家族をケアすることになり、その逆も成り立つ。患者の苦痛は家族の苦痛であり、家族の苦痛は患者の苦痛なのである。どちらか一方のみをケアしても、患者と家族は苦痛から開放されない。「患者と家族を一単位としてとらえる」とはこのような意味があると学んだ。また、家族には、発達段階に応じて課題がある。その課題を達成して行くのは患者と家族であり、その過程において看護者自身の価値観を押し付けてはならない。家族はセルフケア機能を備えており、看護者はその健全さに注目することが必要である。この家族ケアの考え方は私には新鮮だった。
 がん患者の家族は、集団としても個人としても多大なストレスを受けることになる。家族は精神的な打撃を受けながら、時に重要な決定をしなければならないことがある。看護者は家族のあるがままを受け止め、対処方法を理解するような援助の仕方を身につける必要がある。
 
チームアプローチ
 
 チームは、患者と家族の多様な課題を迅速に達成するために必要不可欠である。
 チームアプローチの講義は、自分のチームの現状を振り返ることから始まった。チームの中での看護者の役割は何か、よりよいチームアプローチはどうすれば実現可能かなどを話し合った。そして、緩和ケアにおけるチームは、ヒエラルキーのない、参加型ネットワークであることが望まれると学んだ。各メンバーに必要なのは、主体性を持つこと、理念と目標を共有すること、専門性を発揮し責任を果たすことである。看護者として、そのアイデンティテイーとチームの中での存在理由を他者ヘアピールできるだけの力を身に付けたい。
 チームによるアプローチの基本は、信頼と尊重である。これを育むためには、人間としての成熟と、コミュニケーションを積み重ねていくほかないだろう。理性と感情のコントロール、アサーテイブな自己表現が必要になる。
 チームが十分に機能を発揮している時は、患者と家族のQOLが実現に向かって進んで行く。チームの温かみは患者へも通じるだろう。と同時に、各メンバーの健康へも影響を及ぼすのではないだろうか。
 
考察
 
 現在の自己の課題について考える。今の医療現場は、緩和ケアの意識や認識がまだ薄い。しかし一方では、死を目の前に苦しんでいる患者と家族がいる。医師や看護者はケアの質の変換が求められているのに、その必要性に応えられないでいる。研修が終わり、1週間が経った。研修の学びを臨床の場にどのように還元するか思案中である。
 緩和ケアという意識の普及には、3つのレベルがあると考える。個人のレベル、チームのレベル、病院や社会規模のレベルである。まず、私ができることは、個人の能力を高めることである。そのためには、知識と技術を深めることが必要である。吉田4)は「本来、臨床というのは、理論や技術を現場に適用するというものではない。基本的には臨床の経験を重ね、その臨床実践の中から自分なりの理論や技術を開拓、創造することであり、その開拓と創造という姿勢において初めて、他の理論や技術なども活用することができるのである。」と述べている。研修の内容を自分の言葉で統合し、吸収して行かなければならない。その上で看護メンバーに緩和ケアの理念と基本を広めて行く。看護者はチームのコーディネーター役をしていることが多く、看護メンバーの共通認識を土台として、他職種や上司に緩和ケアの必要性を訴えて行こうと考える。
 しかしながら、病院のシステムは病気が治って行く人のために作られており、死んで行く人のために作られてはいない。どうしても限界にぶつかるだろう。この限界を認識しつつも、諦めないで取り組み続けたい。
 山崎5)は「ホスピスの理念が実現されれば、一般病棟でも家でもそれはホスピスケアといえるわけです。」と言い、さらに「人間が人間を支えることが基本になっていけば、がんやエイズといったかぎられた疾患だけでなく、ホスピスの理念はすべての人に提供されていくべき普遍的なものだと思います。」と述べている。「Hospice is philosophy,not a facility」を忘れてはならない。
 
おわりに
 
 講義や実習、研修生同士の交流を通じ、自分の看護観や死生観を考える良い機会を得た。自分もいずれは死を迎える存在である。死を思い、今ある生を見つめつつ今後も研鑽を積んで行きたい。最後に、講師の先生方、看護教育・研究センターの金子先生をはじめ関係者の方々、実習病院、研修生全員、婦長をはじめ病棟スタッフ、日本財団に感謝いたします。
 
引用文献
1) 古川聴編著:ふれあいの心理学―医療と看護の人間関係―、p46、福村出版、1998
2) 日野原重明監修:ターミナルケア医学、p31、医学書院、1989
3) 鈴木正子:生と死に向き合う看護 自己理解からの出発、p122、医学書院、1990
4) 吉田哲:看護とカウンセリング、p17、メディカ出版、1989
5) 山崎章郎:患者の心に聴く ホスピス医療の現場から、月刊ナーシング、17(12)、p84、1997
参考文献
1) 世界保健機構編:がんの痛みからの開放とパリアティブ・ケア、金原出版、1993
2) 鈴木和子・渡辺裕子:家族看護学―理論と実践 第2版、日本看護協会出版会、2000
3) パトリシアJ.ラーソン/内布敦子他:Symptom Management 患者主体の症状マネジメントの概要と臨床応用、日本看護協会出版会、1998
4) 柳田邦夫:「死の医学」への序章、新潮社、1998








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