心にゆとりをもって「患者中心の看護」を
医療法人同愛会熊谷外科病院 矢島 仁美
I. はじめに
私の勤務している病院は、長年にわたり、広く地域社会の保健医療に貢献してきており、急性期から終末期にかけてのあらゆる患者が、その対象となる。わが国における人口の超高齢化は、当院にも影響を及ぼし、昨今のがん患者とがんによる死亡者の増加が著しい。患者中心の医療と、全人的なケアを目指している当院において、がん患者とその家族のQuality Of Life(以下QOLとする)の向上は、主要な課題であり、緩和ケアに対する関心も高まってきた。さらに、周辺地域には緩和ケア病棟がなく、がん患者・家族を最後まで在宅で支援する社会資源も充分整っていないため、患者・家族からの要望も強く、このたび緩和ケア病棟が開棟されることとなった。
私は、看護婦になって3年、検査目的や手術目的の患者、終末期のがん患者などもいる一般病棟に勤務している。看護婦としての知識・技術共に未熟であることは勿論だが、間断なく求められる診療の介助や看護ケアで走り回っており、大切な何かを忘れそうになることもある。
思い起こせば、看護学生として一番最初に関わった人は、終末期のがん患者であり、苦痛を訴えているその傍らで、話を聴いたり、体をさすったりしながら、実にたくさんのことを感じ、考えさせられたものである。現在に至っても、私の看護観の根幹をなしているといえる。
今回の研修では、看護婦になった時の原点に立ち戻り、今後何が必要なのか、自分を見詰め直すいい機会を得ることが出来た。また、本来の目的である緩和ケア病棟開棟に向けて、多くの学びを得ることができたので、ここに報告する。向けて、多くの学びを得ることができたので、ここに報告する。向けて、多くの学びを得ることができたので、ここに報告する。
II. 研修日標
1).緩和ケアの基本的な理念を理解する。
2).緩和ケアに必要な知識・技術を習得する。
3).家族の心理を理解し、こころのケアに対する知識・技術を習得する。
4).チーム医療の理念を理解し、チームアプローチが実践できる能力を養う。
III. 研修で学んだこと、今後の課題
1. 緩和ケア
緩和ケアとは「治癒を目的とした治療に反応しなくなった疾患を持つ患者に対して行われる積極的で全人的な医療ケアであり、痛みのコントロール、痛み以外の諸症状のコントロール、心理的・社会的な問題、スピリチュアルな問題の解決がもっとも重要な課題となる。緩和ケアの最終目標は、患者とその家族にとってできる限り良好なQOLを実現させることである。」と定義される。
患者と家族に対するQOLは、彼ら自身が評価するものであり、正しい評価をするためには、当然のこととして、インフォームド・コンセント(以下ICとする)が得られるような条件整備が必要となる。ICとは、患者側が病名や病状を正しく知り、医療者からの説明を十分に理解したうえで同意し、治療をどのように受け、療養生活をどのように過ごしていくかを決めることである。当院において、がん患者自身に真実を伝えている割合は、決して高くなく、その理由としては、家族の反対が一番にあげられるが、告げた後の患者に対するサポートに自信がもてない、という医療者側の事情もあると思われる。実際に、がん告知された患者は、心理的危機状態におちいり、提供された情報を理解して、自己決定しうる精神状態で要られることは難しい、と臨床場面で感じることは多い。「がんと言われたショックで、先生が何を言っていたのかよく覚えていないんです。」と、いったことはよく聞かれる。あるいは、「先生に全ておまかせします。」と、医師にすべてを委ねる日本の伝統的な上下関係が身についてしまっている人もいる。
看護婦には、患者のもっとも身近で、心身の苦痛にいつも向き合って対応している立場から、患者が情報を理解・判断し、自己決定するプロセスを看守り支援する役割がある。人はだれしも苦難を乗り越える力を内に秘めており、その力を十分に引き出すことができるよう、看護婦として、臨床場面での患者・家族の個別な問題に、積極的に取り組んでいかなければならないと考える。日頃から、患者・家族に信頼されるケアを提供し、がん医療全般にわたる十分な知識・技術をもっているとともに、患者の置かれている状況を倫理的に考察できる能力、ケアチーム内での調整能力なども備えていきたい。
2. 症状マネジメント
緩和ケアにおいて、まず優先されるべきことは、良好な症状マネジメントである。症状が緩和された患者は、残された人生の時間を家族や友人と平和な時を過ごすことができ、やり残したことに取り組んだりすることもできる。すなわち、良好なマネジメントは、患者とその家族のQOLの向上への第一歩になる。
これまでの臨床経験の中で、私はがん患者がその苦痛に対して、日常生活を安楽に送るために工夫しているのを見てきた。その中には、症状や薬剤の評価能力の高い人もいたが、私達医療者は、患者が持っているセルフケア能力を信頼して、症状マネジメントの主役になってもらう、という認識が乏しく、医療者主導型となっていたと思われる。
本来、症状とは主観的な体験であり、症状マネジメントは、その患者がその主導権をもつとされる。看護婦は、患者のもつセルフケア能力を査定し、必要に応じて提供する知識・技術・サポートを決定し、患者のセルフケアを促進して、みずからが症状をマネジメントするように支援することが大切である。
ところで、患者の中には医療者に対して自分の意見を訴えたがらない人もおり、看護婦は、患者の持っている力を信じ、支持する姿勢を見せることが重要である、と考える。そのためには、患者に対して「あなたの思いを知りたい」というメッセージを伝えたり、ゆとりのある関わりを持つ時間を意図的に作る必要もある。
症状緩和には効果的な薬剤の使用が欠かせないが、患者の話をよく聴くことや、共感し理解すること、マッサージなどのほうが効を奏することもあり、患者の思いをいかに受け止め対応できるかが、看護婦には求められている。
がんによる苦痛を持つ患者に対しての看護婦の役割は、医師による指示薬を投与するだけでなく、症状のアセスメント、治療についての医師への働きかけ、症状が発生している理由や治療法を患者に正しく理解させるための指導、症状緩和に有効な看護ケアの実践など、広範囲にわたるマネジメントであると考える。
3. コミュニケーション
人々は一般に、自分たちの思考・感情・恐れ・心配・希望・欲求などを他人に打ち明けることを嫌がる傾向にある。特に、そのように打ち明けたことが、どのように受け止められるか確かでない時は、なおさらだ。患者は、看護婦が自分を受け入れてくれるという信頼感を得る必要があり、また自分が自らの気がかりなことや問題を打ち明けることによって、はじめて自分にとって意味のある方向で援助してもらえる、ということが分かるように関わられる必要がある。しかし、臨床現場においては、看護婦が繁雑な業務に追われており、患者が満足できる関わりをもつのが困難な状況にあるのではないか、とも思える。けれども、看護婦が患者との相互理解を増したり信頼関係を確立したり、望んでいる成果を得たりするのに効果のあるコミュニケーション技術がすでに明らかにされており、看護婦がそれを自らの実践の中に取り入れるならば、看護の効果を高めることになる、と学んだ。
講義の中で行われたロールプレイを通して、沈黙が苦手な自分に気づき、コミュニケーション技術は、注射などの医療手技と同様、習得するためには訓練が必要であることを体験できた。施設実習では、意識して沈黙を用い、傾聴・受容・共感に心がけたところ、無理にことばを交わさなくても、相手の気持ちを汲み取り温かく看守ることで、患者が心の内を表出することにつながる、と実感することができた。
確かに、心理的に不安定な患者のそばにいることは、こちらに心身のゆとりがないと難しいのだが、丁寧に患者と関わることで信頼関係が育まれ、患者が心の内を表出することにつながり、その希望を支え自立を手助けできるのではないか、と思う。また、一人ひとりの患者から人間の真のやさしさについて教えられることも多く、患者からの学びを真摯に受け止め、謙虚に誠実に関わることができるように、人間として成長し、看護婦としての質を高め、磨き続ける努力が必要だと考える。
4. 家族看護
「家族とは、絆を共有し、情緒的な親密さによって互いに結びついた、しかも、家族であると自覚している二人以上の成員から成る集団である。」とされ、患者自身もその中に含まれる。
これまで私が家族と認識していたものは、あくまで血縁上の家族でしかなく、当事者が意識している家族とは違っていた、ということに気がついた。また、家族理解を深めるためには、すでに明らかにされている家族発達理論、家族システム理論、家族対処理論の活用が有効である、と学んだ。家族看護の目的は、「家族のセルフケア機能の向上」であり、看護婦は、家族が自分達で適応状態になれるように援助することが重要である。
施設実習では、終末期にあるがん患者とその家族が、さまざまな苦悩を持っている、ということをあらためて痛感した。患者のケアと同様に家族成員もケアの対象であり、家族成員のケアを行うことが、結果的には患者のケアを高めることになると実感することができた。
一般に、家族は家庭内の問題などは医療者の守備範囲以上のことと考え遠慮しがちであり、緩和ケア病棟では、家族ケアを重視していることを伝えるとともに、折りに触れ、家族との話し合いの場をもうけるように心がけたい。
看護婦に求められることは、ありのままの家族全体を理解し、看護上の問題を明確化する能力、及びケアの実践であると思われる。温かい目で家族を丸ごと包むように看守る姿勢をとり、家族の意思決定を最後まで支えていくことが大切だと考える。
5. チームアプローチ
緩和ケアは、患者とその家族にとって、できる限り良好なQOLの実現を目指しており、その効果的実践には、チームアプローチが必要であり、そのあり方がケアの質の向上に関連している、といえる。
緩和ケアにおけるチームの特徴は、1).専門性を身につけた多職種の集団であり、対等な関係であること。2).意思決定を共有し、ゴール達成に向けて、ケアに継続性・一貫性があること。3).患者とその家族に対して、個別性を重んじたケアがなされること。4).今ここで、何をなすことが最善であるか、的確な判断がなされること。5).緩和ケアの範囲は病院だけでなく、自宅など広い範囲に及ぶこと。6).患者とその家族は、多種多様な課題をもっており、全人的な関わりが大切であること。
以上、いずれの項目をとってみても、一人で行えるものはなく複数の職種の人々が、よきネットワークを組んではじめて緩和ケアを行うことができる、と学ぶことができた。
実習施設においても、複数の職種が対等な関係を保ちながら、各自の役割を果たしており、その中にあって看護婦は、チームのコーディネーターとしての役割を果たしている、と感じた。
近く、緩和ケア病棟を開棟する当院においては、まず多職種で集まり、「当院における緩和ケアの目的」に向かって、相互に尊重し合いながら、コミュニケーションと信頼関係を維持し、相互理解できるようにする、ということが課題であると思う。そのためには、メンバー各人は責任感・協調性・限界を知る能力を要求される。そして、チームアプローチを円滑に運営するためには、各種カンファレンスの充実や、自由な意見を容認する職場の雰囲気作りも重要である、と考える。
6. おわりに
今回の研修を通して、緩和ケアとは、看護の基本であり、私が以前より求め続けてきたことに他ならない、と確信することができた。心にゆとりを持ち、真摯な気持ちで「患者中心の看護」を目指していきたい、と考える。
また、緩和ケア病棟開棟に向けて、研修で学んだことをチームのメンバーに伝え、共有し、実践していこうと思う。
引用・参考文献
1) 世界保健機関編 竹田文和訳:がんの痛みからの開放とパリアティブ・ケア、金原出版株式会社、1993、P.5
2) パトリシア.J.ラーソン/内布敦子他 編集・執筆:患者主体の症状マネジメントの概念と臨床応用、日本看護協会出版会、1998
3) 渡辺裕子・鈴木和子著:家族看護学 理論と実践、日本看護協会出版会、1999
4) 金子郁容:ネットワーキングヘの招待、中央公論社、1994